その話は波の音のように寄せては返した。
出遭った瞬間から、私たちは感じていました。ずっと、ずっと探していた心の半分欠けていた部分を見つけたような気持ちになりました。
そして、けして人前では、使ってはいけない言葉を私たちは使いました。そう、教えられていました。仁が選んだ人たちだから・・・そうしたのかもしれません。
イエ、その瞬間はなぜそうしたのか。いつもの自分ではありませんでした。解りませんでした。
私たちは遠い過去の記憶から、世界とのかかわりをごくわずかにして生きていくことを定めれられていました。
徳川の時代には人よりも劣った存在であることを受け入れることでその血を受け継いだと聞かされました。身分のない存在。庄屋さまの小作人台帳にも載らない存在。人がしない仕事を請け負う存在。人々が忌み嫌うものとしての存在。
戸籍が作られるようになると、私たちはそこに存在することになってしまいます。そこで、の半分をおなじ名前にして、存在を半分に抑えたそうです。
なぜ、そうまでしたのか。
まだ、この地が人の手によって侵されたなかった頃。
私たちは空から来たと教えられました。
そのままの姿で、この地に同化するために、作ることも、壊すことも、闘うことも、私たちは捨て去った。
野を駆け、川を渡り、その大地に跪けば、大地はあらゆるものを私たちに与えてくれた。
私たちはやがて、ウミノモノとヤマノモノにわかれ、大地と海を共有した。
それは完全な調和と共存だった。
そこにウミカラキタモノが武器を持ってやってきた。
世界のあらゆる場所から、虐げられた人々が海を渡ってその小さな大地にやってきた。
その場所で戦いに敗れ、追放された人々がたどり着いたのがココだった。
肌の色も、目の位置も、背の高さも、唇の形も違う人々。
違う場所で虐げられた人々。
それでも彼らは武器の力を知っていた。
ココでも彼らは闘わなければならなかった。
一番になりたかった。
戦いは一人の女がひきいる部族が勝利をおさめた。
支配する人間とされる人間。
その支配者の下でウミカラキタモノが大地を作り変えていった。
ウミノモノとヤマノモノは闘うことを知らなかった。
だから、彼らが何をしているのかわからなかった。
微笑み、近づくと簡単に殺された。
ウミノモノは海に、ヤマノモノは山の奥深くに逃げた。
ウミカラキタモノはしつこく、追い回し、支配を誇示するために殺した。
はじめてその地に降り立ったものたちは、そのほとんどが殺された。
わずかに残った人々はその存在を消すように密かに密かに生き延びようとした。
それが我らだ。