仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その場所が「ベース」ということ9

2009年11月27日 17時37分34秒 | Weblog
対の片割れがいなくなった喪失感と空虚がヤマノモノをとらえた。
ヤマノモノはウミノモノを探した。
ウミノモノは海を渡った。はるか彼方に逃げ延びた彼らを探すことなどできなかった。
ヤマノモノが山を降り、その素性を隠して、人の海に溶け込んだ。
いつか再び、遠い記憶の楽園を再興するために。
全ての男が全ての子らの父であり、全ての女が全ての子らの母であったその楽園を。

その場所が「ベース」ということ8

2009年11月26日 18時14分17秒 | Weblog
キヨミは養父の話を思い出しながら、話を続けた。

もう一つ、我らが絶滅の危機にさらされたのは、この地のほとんどの人々があの女の末裔を神と呼ぶものによって洗脳され、命もいらぬと闘った戦争時だった。
その中で、我らは彼らにことごとく追及され、その半分の存在は「名なしは人でなし」とされ、前線に送られた。
逃げるものは簡単に殺された。
彼らは最も弱いものから、死を選ぶように、死に向かうように、戦いに引き込んだ。

我らはその存在を隠すために人の中にはいらなくてはならなくなった。

その場所が「ベース」ということ7

2009年11月25日 17時14分40秒 | Weblog
その話は波の音のように寄せては返した。

出遭った瞬間から、私たちは感じていました。ずっと、ずっと探していた心の半分欠けていた部分を見つけたような気持ちになりました。
そして、けして人前では、使ってはいけない言葉を私たちは使いました。そう、教えられていました。仁が選んだ人たちだから・・・そうしたのかもしれません。
イエ、その瞬間はなぜそうしたのか。いつもの自分ではありませんでした。解りませんでした。

私たちは遠い過去の記憶から、世界とのかかわりをごくわずかにして生きていくことを定めれられていました。
 徳川の時代には人よりも劣った存在であることを受け入れることでその血を受け継いだと聞かされました。身分のない存在。庄屋さまの小作人台帳にも載らない存在。人がしない仕事を請け負う存在。人々が忌み嫌うものとしての存在。
 戸籍が作られるようになると、私たちはそこに存在することになってしまいます。そこで、の半分をおなじ名前にして、存在を半分に抑えたそうです。

なぜ、そうまでしたのか。

まだ、この地が人の手によって侵されたなかった頃。
私たちは空から来たと教えられました。


そのままの姿で、この地に同化するために、作ることも、壊すことも、闘うことも、私たちは捨て去った。
野を駆け、川を渡り、その大地に跪けば、大地はあらゆるものを私たちに与えてくれた。
私たちはやがて、ウミノモノとヤマノモノにわかれ、大地と海を共有した。
それは完全な調和と共存だった。
そこにウミカラキタモノが武器を持ってやってきた。
世界のあらゆる場所から、虐げられた人々が海を渡ってその小さな大地にやってきた。

その場所で戦いに敗れ、追放された人々がたどり着いたのがココだった。
肌の色も、目の位置も、背の高さも、唇の形も違う人々。
違う場所で虐げられた人々。
それでも彼らは武器の力を知っていた。
ココでも彼らは闘わなければならなかった。
一番になりたかった。
戦いは一人の女がひきいる部族が勝利をおさめた。
支配する人間とされる人間。
その支配者の下でウミカラキタモノが大地を作り変えていった。
ウミノモノとヤマノモノは闘うことを知らなかった。
だから、彼らが何をしているのかわからなかった。
微笑み、近づくと簡単に殺された。
ウミノモノは海に、ヤマノモノは山の奥深くに逃げた。
ウミカラキタモノはしつこく、追い回し、支配を誇示するために殺した。

はじめてその地に降り立ったものたちは、そのほとんどが殺された。
わずかに残った人々はその存在を消すように密かに密かに生き延びようとした。
それが我らだ。



その場所が「ベース」ということ6

2009年11月24日 17時55分03秒 | Weblog
夜の音が聞こえてきた。木造の家のキシミや風の音、喉を通り過ぎるアルコールの音。酒盛りにはならなかった。誰かが興味深げに問いただすこともなかった。皆、静かに待った。キヨミの声が、かすれたような声が、夜の音と重なった。
「子供ができました。」
一瞬、皆に緊張感が走った。今まで何度となく繰り返された性的行為の中で避妊ということはされてなかった。その行為の持つ意味を、行為の本質を教えられたような気がした。
マサミは胸が熱くなるのを感じた。
マサルは消失感を感じた。
アキコが言った。
「すごい。仁の子供。」
「はい。」
「よし、改めてカンパイだ。」
ヒデオが音頭を取った。が、宴会という雰囲気ではなかった。
「お話してもよろしいでしょうか。」
キヨミの声は、小さかった。
「いいよ。」
マサルが言った。
「マサルさんやマサミさんがいるのに、どうして、ここに・・・・。」
「でも、キヨミさんはマサミのことは知らないでしょう。」
「それは・・・・。」
「そうか。解っちゃうのかな。」
「ええ。」
「ゴメン、続けて。」
「こんなお話は信じてもらえるか解りません。でも、仁がここを選んだから、仁がここを感じたから、私たちは戻ってきました。
仁にはその理由を言葉にしてお話しすることはできないと思います。
だから私が・・・・。

その場所が「ベース」ということ5

2009年11月18日 16時20分52秒 | Weblog
「ベース」の扉の前でキヨミは震えた。仁がキッスした。キヨミは仁の手をグッと握り締めた。開けっ放しのドアの中に仁とキヨミを先頭に皆がはいった。
「ホファー。」
中に入ると仁が叫んだ。ミサキの手を全裸のアキコに任せると「ベース」の内部に駆け上がった。壁を叩き、床を踏み鳴らし、ルームの中に走りこみ、奇声をあげた。アキコは震えるキヨミの肩を抱き、大きなテーブルのセンターに座らせた。全裸のアキコにはキヨミの震えがそのまま伝わってきた。
「アキコさん、服、着てきなよ。」
ハルが言った。顔を上げるとマサミが肯いた。アキコはその手をマサミにあずけた。うつむいたままのキヨミの横に座り、手を取り、そっと抱いた。頭をつけた。キヨミが顔を上げた。マサミに気付くとビクンと身体が揺れた。
 マサミの顔を、目を見た。
 涙はさらに噴き出した。
マサミは気遣いながら、抱き締めた。マサミの体温をキヨミは感じた。キヨミの震えが少しづつ、消えていった。
 仁が大きなテーブルの近くに戻ってきた。
「すごい、すごいな。生まれ変わったな。もう、何もいない。」
「仁。」
「ヒデオさんも・・・・」
ヒデオは全裸のままだった。
「アッ。」
全裸の自分をまた、意識していなかった。
「プ、ハハハ。」
仁が笑った。
「マサル。」
マサミの目がキヨミの横に座るように誘った。一瞬、マサルの全ての動きが止まった。もう一度、マサミの優しい視線がマサルに向けられた。マサルはキヨミの横に腰を下ろした。マサミと同じようにキヨミを抱いた。
「なあ、いいだろ。いいだろ。俺たちも、俺たちも・・・。」
仁の顔がいくぶん緊張していた。
「できた。できたんだよ。」
皆はその時、意味がわからなかった。
「ハルちゃん、何かあったかしら。」
ミサキはハルとキッチンへ行った。リハーサル続きでちゃんとした夕食は最近、とっていなかった。それでも、二人で簡単なサラダと焼き物を作った。マーとヒカルを呼んで、ビールとウォッカを運んだ。アキコが戻った。ヒデオも戻った。仁はニコニコしながら、テーブルの周りを回っていた。
「仁、座ろう。」
ヒデオが言った。
「突然すぎて、どうしていいか、解らないけど、とりあえず、カンパイするか。」
「いいねえ。」
マーの声は弾んでいた。
「仁、仁、座ろうよ。」
「できた。できたんだよ。ほほ、できたんだよ。」
「だから、何ができたんだ。」
ヒデオの声にキヨミはビクンとした。
「私から、私から、話します。」
小さな声がした。
「えっ。」
「まあ、いい、とりあえず、座ろう。」
皆が座った。仁がキヨミに向かい合うように、それを囲むようにしてテーブルに着いた。グラスが皆にいきわたった。ビールとウォッカの瓶がテーブルの上を行き来した。
「私は・・・・。」
「まあいいじゃない。」
「なんだかわかんないけど、カンパイだぁ。」
ヒデオのヘンな音頭でカンパイした。少しの違和感はあるものの、皆は嬉しかった。ほんとうに嬉しかった。

その場所が「ベース」ということ4

2009年11月17日 17時28分48秒 | Weblog
 マサルは一番後から続いた。マサミがその前にいた。心の中で音がした。フッと振り向いたマサミの目には涙が溜まっていた。その涙の水滴が大きくなってスクリーンのように見えた。マサルは、その中に、それまでのことが、「ベース」に関わることよりも家で起こったことが映し出されていくように思えた。

 森口さんの話だとマサルの父親はかなり激怒したらしい。探偵を雇って探し出せとまで言ったと、森口さんが言っていた。ほぼ決まりかけていた結婚話が花嫁の逃走でなくなった新しい運転手はその態度の悪さでクビになった。クビになるのがわかっていたのか、金になりそうな骨董品がいくつか消えていたのだが。
 清美さんの部屋のものを全て捨てろと言われ、森口さんは不動前に四畳半を借りてそこに荷物を移した。血縁の関係があるわけでもないのに森口さんは清美さんの事をほんとうに心配していた。
 マサルは一度、父親に呼び出され、尋問のように清美さんについて問いただされた。嵐のうような興奮が収まると、まるで、マサルなどいなかったかのように軽くあしらわれた。
「知らないならいい。もう帰れ。」
マサルはひどく心が痛かった。怒りが脳を締め付けた。ベンベーのアクセルを思いっきり踏み込んで白金の家を出た。
 車の中で、父親の言葉が頭を殴りつけた。
あんなによくしてやったのに・・・
面倒を見てやったのに・・・・・
ほっと置けば死んでいたかもしれないのに・・・・
俺の言うことを聞いていればいいものを・・・・
どれだけ、どれだけ・・・・
その言葉は主人と使用人という関係だけのものとは思えなかった。その態度も。声も。マサルに父親が清美さんと肉体関係を持っていたのではないかという疑いを植えつけた。マサルはクラクラしながらベンベーを走らせた。そういえば、エスが、マサルの父親がマサルを呼び出すことなど、それまでなかった。清美さんのことを聞いても、マサルのことは何も聞かなかった。怒りは悲しみに変わった。
放任、というより、どうでもいいのかもしれない。・・・・
自分のことなど・・・・
そう思えた。
が、「ベース」に向かいながら、父親の金が今の自分を支えていることも頭をかすめた。
清美さんの言葉。
「旦那様はお優しい方ですよ。」
悲しみがさらに膨らんだ。

マサミが涙をこらえて笑った。マサルは我に返った。
「マサル、仁ちゃんが、仁ちゃんが帰ってきたのよ。」

その場所が「ベース」ということ3

2009年11月16日 17時36分31秒 | Weblog
二人に触れられるくらいの位置に近づくとキヨミが泣いていた。皆は二人を囲んでキヨミを覗き込んだ。
「仁、おまえ・・・」
全裸のヒデオが仁を睨んだ。仁はびっくりした顔をした。
「違います。違います。」
キヨミが言葉を、途切れ途切れに続けた。
「私、謝らなくては、謝らなくては・・・・」
「何を。」
ハルが聞いた。
「マサルさんにも、マサミさんにも・・・。」
「そんなことはいいから、とりあえず、「ベース」にいこうよ。」
ヒデオが言った。
「まさか、「ベース」に行くまでの間に、消えたりしないだろ。」
全裸のヒデオがまじめに言った。そのスチュエーションが面白かった。
「ふふ、ふふ、はは、ははは。」
皆が笑った。アキコも自分が全裸であることにいくぶん違和感を感じながら・・・・
「そうよ。こんなところいたら風邪引くわよ。」
その言葉が笑いの輪をさらに大きくした。皆は仁とキヨミを囲みながら「ベース」に向かった。

その場所が「ベース」ということ2

2009年11月13日 16時21分21秒 | Weblog
 マサルはルームに走った。ドアを開けたまま、ハルのマイクを取った。
「仁が、仁が・・・・。」
それだけで皆は感じた。
 
 ハルとミサキの特訓中だった。マーは偶然を意図的に作り出せと、言い張った。わけが解らず、ハルが泣き、ミサキが頭を抱えた。マーの言い方が難しかった。マーはタイミングのズレが気になっていた。気ままに発するハルとミサキのヴォイスをかっこよくしたかった。
 
 そして、マサルが飛び込んできた。
 
 マーがマサルを見た。マサルはドアのほうに走り出していた。皆が続いた。土手を駆け上がりながら、不安が忍び寄った。土手を登りきったら、また、消えてしまうのではないか。皆は街灯のほとんどない土手の上の道に立った。寄り添う二つの人影はそこにあった。
「仁。」
ヒデオが叫んだ。叫んでから、アキコと自分が全裸であることに気付いた。それでも、仁に向かって走った。マサルは立ち止まった。二人が消えたこととその後の自分、家、いろんなことが頭の中で回った。最後になった。ハルが振り向いた。その手が誘った。マサルは思いを振り切り、走り出した。走らなければ、また消えてしまいのではないか。そんな思いが皆を全力で走らせた。仁は右手でキヨミの肩を抱き、左手を大きく振った。暗闇に近いその土手の上でも仁の笑顔が皆には解った。皆は嬉しくなった。身体が熱くなるくらい嬉しくなった。

その場所が「ベース」ということ

2009年11月12日 17時49分34秒 | Weblog
マサルの喉はカラカラだった。リハーサルは三時間を越えていた。

平井さんから連絡が来た。一週間後の土曜日にライブをやらないかというものだった。ハルがとった。
「ハイ、やります。」
といってしまった。マーが激怒した。というのもライブが終わってから、なんとなく、セッション自体に空気がなかった。同じようにルームに入っても、全体でグルーブを感じるまで行けなくなっていた。マーは、ライブは今回で終わりかな、と感じていた。
特にハルが・・・・

 ハルは、また、涙ながらに仁のテーマを歌うことになった。毎晩のようにリハーサルが続いた。今度は意識が変わった。ステージを意識した展開をマーが望んだ。演奏形態を変えるというのではなく、集中を内とともに外にも向けるように緊張感を作った。ヴォイスの位置付け、タイミングがうまくいかないと演奏は止まった。繰り返すことができるようになった。

カラカラの喉に水道水を流し込んで、顔を上げた。あの時の場所に、光の輪のように人影が見えた。

やがて無言の時は過ぎ5

2009年11月10日 17時56分41秒 | Weblog
近づくにつれて女が震えた。
その震える肩を男が抱いた。
護岸工事で整備された階段を降りて、河原に出た。
釣り人の陣取っている場所から少し離れてすわった。
震えの止まるまで男は待った。

彼らが許してくれるのか。
彼が許してくれるのか。

女は不安を持った。

太陽が隠れて、釣り人もいなくなった。
男は女の身体をつつみこんだ。
口づけた。
震えは止まっていた。
男がニッと笑った。