仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

それがライブというものさ15

2009年08月28日 15時34分06秒 | Weblog
男は足をステージにかけようしていた。恵美子さんが男のティーシャツを引っ張っていた。伸びきり、もう少しで引きちぎれそうだった。ヒカルとマーが男の右脇にヒデオとマサルが左脇に着いた。近づくと、男はものすごく酒臭かった。腰と胸に手を入れて、男を引き摺り下ろした。男の目はだいぶイッていた。男は抵抗するわけでもなくそのまま、立見席の床に転がった。手を離すと早紀と美幸のほうに手を差し出し、手招きでもするような動きをした。蠢くようにして床に転がったままだった。
「ありがとう。」
恵美子さんが言った。平井さんに言われたとおり、客席のほうを向き腕を組んだ。その十人ほどの男たちの目がマーたちを見た。いや見ていなかった。男たちは転がった男を起した。そして、その男たちのなかに引き戻した。また、揺れだした。
 鉄の扉が開いた。昭雄さんが入ってきた。恵美子さんと話をするとマーたちのほうに来た。
「もういいから、戻っていいよ。」
そういうと男たちの中に入っていった。その中の一人と話をした。一人は手を合わせ、昭雄さんにあやまっているみたいだった。マーたちはブースに戻ろうとして、ステージを見た。ブースで見るのとは違っていた。汗に濡れた早紀と美幸は、まじかで見るとシースルーの衣装が肌に張り付き、体の色まで透けて見えた。全裸よりもエロチックだった。男たちの目がくらむのも肯けた。それでも、二人はステージの下でのことなどなかったように笑顔を作り歌っていた。
 いつもは黒い下着なんだろうな。・・・
マーはふと思った。
 俺たちはどんな風に見えたんだろう。・・・・
ヒデオが手を引いた。ハッとして、マーは皆に続いた。
 ブースに戻ると「ガンクス」のメンバーがいた。ロングヘアーの女もいた。
「解ったわ。ルシファーが終わったら、立ち見のほうにも配っておくわ。」
「テーブル席はもう終わったんだろ。」
「ええ、開演前に配ってあるわ。」
「回収のときは店の前のほうがいいよ。」
「ええ。」
ヒカルが覗き込んでいた。マーはヒカルをひっぱり、席に付かせた。

それがライブというものさ14

2009年08月27日 16時47分16秒 | Weblog
 皆で衣装の残骸を片付け、ペイント用品を仕舞い込み、楽器をケースに入れた。コンパクトに一つにまとめ、楽屋の隅に置いた。
「曲の間に外に出よう。」
マーが言った。
「うーおー。」
外から雄叫びとも呻きともわからない声が聞こえた。ハルがビビッた。
「だいじょうぶだよ。」
「こんばんは。ルシファーズ・・・・・・・。」
早紀と美幸のユニゾンのじゃべり声がした。マーが先頭に立ってドアを開けた。ステージの脇でスタンバっている恵美子さんが気付いた。
「ねえ、端を通って、卓の横にいって。出演者用の席があるから。」
誰もそんな席があるなんて知らなかった。会場にはある程度、半分くらいは客がいた。そのうちの十人くらいが、全員男だったが、立ち見の最前列にん並び、揺れていた。そこさえ避ければ、平井さんが座っている卓のほうにいけた。一列になって、進んだ。
 ハウスの一番後ろの真ん中に階段があり、テーブル席より一段高いスペースがあった。見切りの壁は人が立てるくらい高く、そこで平井さんと吉川さんがミキシングとライティングをしていた。階段の下に着くとその日はじめてみる平井さんの笑顔があった。平井さんはブースから降りてきて、階段の反対側にある出演者用の鑑賞スペースに案内してくれた。
「はは、面白かった。気合もあるし、俺は好きだよ。」
「ありがとうございます。」
マーが言った。
「なんか飲む。一杯はサービスで出るから。」
「ハイ。」
「うーん、未成年者はいないみたいだから、ビールでいいか。」
「ハイ、お願いします。」
皆で返事をしていた。
「はは、面白いな。君たち。座ってて。」
そういうとサービスのカウンターに走ってくれた。直ぐに戻ってきた。
「まあ、くつろいで。」
そういうとブースに戻った。
「ありがとうございます。」
と、また、皆でいっていた。
「ふふ、ヘンなの。」
ハルが言った。
「ほんと、ヘンな集団みたいね。」
マサミが言った。
「なんでそろっちゃうんだろうね。」
「そんな風に思われているかもね。」
「いいさ。」
サービスの人がビールを持ってきてくれた。
「お疲れ様でした。」
「ありがとうございます。」
また、声がそろった。一瞬、サービスの人がビクンとした。ビールを置くと軽く頭を下げ、走って戻っていった。
「乾杯、するか。」
「賛成。」
また、皆でシンクロしていた。笑いが出た。
「じゃあ、初ライブ乾杯。」
「カンパイ。」
ビールが旨かった。鑑賞ブースはけっこう広かった。安っぽかったがソファーが置かれていた。客席よりも目線が高くなり、ステージがよく見えた。飲み干すまでルシファーの演奏が続いているのを忘れていた。
「さてさて、どんなものでしょう。」
マサルはそういうとステージに一番近いほうに移動した。皆の視線もステージに注がれた。
 革ジャンの四人は同じように肩でリズムを取っていた。動きはあまりなく、ギターがソロの時に前に出てくるくらいだった。
 早紀と美幸の衣装はきわどかった。ライトが当るとその角度で乳首まで透けて見えそうだった。シースルー系の生地を前で重ねて、腰にスカーフのような光る生地を巻いていた。重ね方が二人でシンメになっていた。同じような化粧をしてるせいか、双子のように見えた。二人は振り付けをつけているように同じように動いた。曲が終わると最前列の男が叫んだ。
「サキチャーン。ミユキチャーン。」
マサルが振り向いていった。
「すごいな。アイドル歌手みたいだ。」
「ああ。」
その日の二人の対抗心が、ブラもパンティーもはずさせたのが原因なのか。まあ、ビーエスエイトの皆はいつものことなのか、と思ったのだが。
 最前列の男がステージに上がろうとした。恵美子さんが脇から飛び出してきて静止しようとした。男の体はボディビルダーのようだった。平井さんが突然、ブースから飛び出してきた。
「悪いけど手を貸してくれ。君たちの演出で一人ヤバイのが出そうだ。恵美子だけじゃ止められそうにない。」
平井さんの顔つきで、これがいつものことではないことがわかった。
「どうしたら、いいんですか。」
「とりあえず、ステージの前で腕を組むかなんかして、あいつを上げないようにしてくれ。ヤバクなったら、俺も行くから。」
「解りました。」
当然、マーとマサルとヒカルとヒデオが客席の脇を走った。

それがライブというものさ13

2009年08月26日 17時21分12秒 | Weblog
恵美子さんはミサキにキーボードを渡すと早紀と美幸を探した。
「ルシファー、スタンバイちょっと待って。少しインターバル入れるから。いいね。」
返事はなかった。
「だいじょうぶ。ほとんど、ルシファーのお客だから、ステージに上がれば、引っ張れるわ。だから、少しだけ、ね。」
そう言い残し、ドアを閉めた。
 マーは殺気に満ちた視線を感じた。振り向くとルシファーのギターが睨みつけていた。視線を合わせ、ゆっくりと皆のほうに戻した。
「出番の邪魔になるよ。」
そういい、最初に陣取った場所に皆を誘導した。ビーエスエイトは興奮していた。皆は言葉にはできないが、震えるような感覚の中にいた。とは言うものの自分たちが何を演奏したか。どう客が反応したかはわからない状態だった。マーを除いて。
 早紀がマーに近づいた。
「何してくれるのよ。私たちの前座のくせに。」
皆が同時に早紀を見た。
「なによ。」
半分トランスに入っているような視線に早紀はそれ以上何も言えず、ルシファーの場所に戻った。
 マーが振り向いた。革ジャンのギターが早紀と美幸に何か、話していた。ノックの音がした。
「そろそろ、行こうか。」
恵美子さんがドアを開けていった。ルシファーの革ジャン四人がステージに向かった。一曲めのイントロが聞こえた。
「負けないからね。」
そういうとビーエスに向かって黒い物を投げつけた。皆の頭の上に黒い物が落ちてきた。マーが手に取った。黒のブラジャーとパンティーだった。フッと早紀と美幸の目をやるとほとんど体が丸見えのシースルーの衣装を着ていた。二人は手を握り、ステージに向かって駆け出した。バタンとドアが閉まった。ウオーというすごい歓声がハウスを満たした。皆はビクンとしてやっと我に返った。
「着替えようか。」
マーが言った。
「そうだな。」
ヒデオだった。皆はボディーストッキングを剥ぎ取り、黒く塗られた身体のまま、服を着た。

それがライブというものさ12

2009年08月24日 17時30分50秒 | Weblog
 音が消えると客のざわめきが聞こえた。
 一分が過ぎた。
 音は出なかった。
 五分が過ぎた。
 なにも音をださない演奏者を目の前にして、客は違和感を感じた。
 ただ、身動き一つしないで集中するビーエスエイト。
 客のざわめきが消えた。客は集中に引き寄せられていった。
平井さんもこの状況に戸惑った。
「どうした。」
恵美子さんの耳もとに平井さんのお声がインカムから響いた。
「もう少し待ってください。」
恵美子さんもこの集中が引き込まれていた。普通のバンドとは違う、と感じた。
 皆は待った。
 必然が音となり、魂が揺れるのを。
 十分が過ぎた。
ヒカルの指が弦の上を走った。その気配を皆が感じた。いままで演奏がヒカルから始まることはなかった。その日、ヒカルは集中の中で音を見た。自然と指が動いた。皆はヒカルの一音が飛び出すのと同時に音を出した。ルートが中心のいつものヒカルとは違っていた。テンポもキーもない音の羅列。暗闇に閉ざされたジャングルの夜明けのざわめきが音になった。
皆が反応した。
「オー、ガガ、ウイー、ガガガ。」
「いい。いい。いい。」
ユニゾンをとらないハルとミサキ。雄叫びがこだまするような演奏。ウネリがおきた。波がおきた。
の塊は時に、マサルを、時にマサミを、そして、マーを中心にして、集まり、はなれ、再び、一つになり、会場を揺さぶった。平井さんが笑った。
「はは、面白い。」
平井さんは各楽器が一律に存在感を表せるように、ヴォイスが、演奏に負けないようにフェイダーを調節すると、手を離した。吉川さんも、笑った。
「ははーん。」
そして、集中した。音の中心の変化を聞き逃さないように、そして、その中心をはずさぬようにライティングを試みた。
 ヒデオとアキコの身体が震えた。スーと立ち上がると向き合った。二人の手は同時にバスローブの帯をほどき、同時に肩に手をかけ、ゆっくりとバスローブをはずした。
「うおー。」
客席から驚きの声が上がった。ボディーストッキングだけの二人の姿はステージから漏れるライトの下では全裸のように見えた。音のウネリとシンクロし、二人の身体は動き出した。直接当らないライトは客のいない立ち見席に長いシルエットを描いた。
 怒涛のウネリが全ての音を包み込み、一つの頂点に達した。アキコの身体が宙に舞った。ヒデオが優しく包み込むようにキャッチした。
 音がフッと消えた。
 ヒカルがコンダクトした。ヒカルのフレーズは単音でキープし、リフレインに移行した。マサルはまだ、ジャングルにいた。マサミはマサルを諭すようにヒカルのフレーズを増幅させるような一拍が長い和音を添えてきた。マーはヒカルのフレーズに呼応しながら、フィルインでマサルを刺激した。ハルとミサキは赤ん坊のような声を出した。
「アアー、アアーアアー、アアー。」
その声は生まれたばかり赤ん坊の声から、徐々に意思を持った声に変化した。
「アーイー。アーイー・・・・・。」
マサルのフレーズがその声に反応した。マサルのエロチックなフレーズが始まった。そのフレーズにノリながら、ハルとミサキは皆のバスローブをはいで回った。
「うおー。」
再び、客席が唸った。マーがキープに入った。
「抱いて。」
「ねえ。抱いて。」
「抱いて。」
「ねえ。抱いて。」
ハルは自分が出せる一番低い声で、ミサキは一番高い声でユニゾンが始まった。アキコの身体は、人形のようにヒデオに操られた。離れ、くっ付き、抱きしめ、持ち上げ、柔らかく、艶かしく、立見席を動き回った。
 いつの間にか客が増えていた。テーブル席には三十人くらいの人がいた。立見席の周りにさらに十人くらいが立っていた。
「始める。始める。何を始める。」
今度の二人の声は音程的にもユニゾンを作り、微妙な響きとなって回り始めた。次の波が始まった。
 今度はマーがコンダクトした。ヒカルのキープを破壊するようにマサミとマーが吠えた。マサルは彼らを調教するかのように、突っ込み、戻り、ヒカルとユニゾった。誰が何処につくのか、走るのか、めまぐるしく展開していった。
 目覚ましがなった。
 ヒデオとアキコがストップモーションに入った。あの集中の後、マーはセットしていたのだ。マーの長いフィルインが始まった。そして、カウントを確認し、仁のテーマが始まった。
「ワン、ツー、スリー、フォー。」
「ジンジンジンオーイェー。」
「ジンジンジン、ウーウァオ-。」 
何度かリフレインが続き、雄叫びのようなフレーズを引くとマサルがアンプのヴォリュームを下げ、ギターを担ぐと楽屋に消えた。ミサキがメヌエットを弾いて最後は爆発しそうな連打を見せ、キーボードを離れた。ヒカルとマーは完全なキープを続け、何の合図もしないのにピタっと音を止めた。ヒカルはベースを担ぎ、マーはスティックケースと目覚ましを持ち、楽屋に消えた。
 ハルとミサキははいだバスローブを拾い集め、ヒデオとアキコを包むようにして楽屋に消えた。
 会場から手拍子が起きるわけでも、歓声が上がるわけでもなかった。しかし、会場の客のほとんどがその体のどこかで「仁のテーマ」のリズムを刻んでいた。それは振動となり、ハウスを揺さぶった。
 楽屋でミサキが叫んだ。
「キーボード片付けなきゃ。」
恵美子さんが楽屋のドアをノックした。キーボードを持ってきてくれた。
「今でないほうがいいわ。この雰囲気を壊したくないから。」

それがライブというものさ11

2009年08月19日 17時45分55秒 | Weblog
「ビー・・・・。」
恵美子さんは言葉を続けられなかった。白いバスローブの集団の円陣から集中に伴うエナジーが楽屋を満たしていた。それは先ほどのまさしく素人という感じのリハとは違った雰囲気だった。
「あッ、時間です。お願いします。」
「ハイ。」
皆の声が大きなユニゾンになって響いた。
マーが立った。手を拡げ、皆を導いた。皆がそれに続き、手を繋いで楽屋を出た。客はテーブル席の隅のほうにパラパラと十人ほどが座っていた。立ち見の席には誰もいなかった。ビージーエムにはピンクフロイドが流れていた。マーは平井さんの感覚の鋭さを感じた。
ヒデオとアキコが手を離し、ステージの中央の立ち上がりに背中をつけるようにして立見席に客席のほうを向いて座り、足を組んだ。次に、ハルとミサキが手を離し、ハルが左手をマイクにかけ、うつむき、直立した。シンメトリーを描くように、、ミサキは右手をマイクにかけ、同じように直立した。次にヒカルが、そして、マサミが手を離し、それぞれのポジションについた。最後に、マサルが手を離すとき、マーはマサルの手をグッと握った。マサルもグッと握り返した。二人は同時に笑みを交わした。
ヒカルとマサルがストラップをかけ、ボリュームをチェックした。マサミも音質と音量を確認した。全員のセットアップができたことをドラムスの位置から確認するとマーはスネアの上にスティックをそろえておいた。ビージーエムが流れていた。マーはステージの脇にスタンバッている恵美子さんに目で合図した。恵美子さんの口元が動いた。ビージーエムがフェイドアウトした。
集中が始まった。

それがライブというものさⅩ

2009年08月17日 17時33分57秒 | Weblog
 ヒカルとマサルが楽器を片付けだした。恵美子さんがギタースタンドのあることを教え、そこに置くように指示された。恵美子さんにマーがスタートの連絡をするので楽屋を出ないでくれと言われた。
「はい、解りました。」
 楽屋に戻った。緊張。それは仕方のないことだとは思っていた。
 マーは楽屋に戻ると、アキコに衣装のこと聞いた。衣装はまだ車の中だった。マーとハルとマサルは恵美子さんにスタンバイと開演時間を聞き、車に走った。墨汁とバケツとハケとボディストッキングとバスローブ。楽屋に戻ると、マーは提案した。
「一人づつ、皆でしようよ。」
「誰から。」
「もちろん、俺から。」
ハルが笑った。
「用意、はじめ。」
ハルのノリのよさがはまった。皆は笑いながら、マーの服を剥ぎ取り、ボディペイントを施し、極部が黒で判別できないようにし、ボディストッキングを装着した。エムの字のマー。
「次は、ハルだー。」
皆はほんとに楽しくなった。
「ベース」での衣装合わせのときを思い出した。エムが四つ、エイチが三つ、エイが一つ。身体全体にその文字はかかれ、エムのとんがったところが極部を、エイチとエイの横線が極部を、黒く隠した。女子の乳房には文字より細い線で横線の二重線が施された。緊張はかすかに和らいだ。
 マーは言った。
「もう、始まっているけど、ほんとに集中できてから始めようよ。」
「え、」
「ステージに上がってから、ほんとうの集中ができて、音が見えたら、演奏を始めよう。エンディングの時間はそのときセットするから大丈夫。それまで音だけに集中しよう。」
やっとマサルが元気になった。
「オーケー。」
マーが手を出し、皆がその手に手を絡めた。皆でキッスをして、円陣に座り、最初の集中に入った。恵美子さんがノックした。
「ハイ。」
「まだ、お客さんが少ないんだけど。十分くらいは押せるから・・・どうする。」
「もう、そんな時間なんですか。」
「ええ。」
「すみません。十分押しで。あ、それと僕らがステージに出たら。ビージーエムは下げてください。」
「解った。」
「しばらくはスタートしなくても、そんなスタイルなんで、お願いします。」
「平井さんに言っとく。」

二度目のノックの音がした。

それがライブというものさⅨ

2009年08月11日 15時51分05秒 | Weblog
 早紀と美幸がステージに上がった。黒の革ジャンで決めた四人の男が後ろに並んだ。リハの進み方は同じでも、バンドによって、音のつくり方が違った。
 ルシファーズアイの中心はリードギターの人だった。平井さんと話すのもリードギターの人だけだった。サウンドチェックを済ませるとギターの爆音が響いた。男っぽい演奏が会場を満たした。
 二人が歌いだした。二人の声は非常にポップだった。アイドル歌手を思わせるような声だった。演奏とのアンバランスが面白かった。ギターが演奏をやめると全員が止まった。ギターはメンバーに厳しい口調で指示し、おなじ曲を最初から始めた。演奏が歌を聞こえなくすることもあった。
「平井さん、いつもどうり、ヴォーカル、ギリギリでお願いします。」
「いいけど、今くらいが限界だよ。」
「もう少し・・・。」
「ちょっとハウるけどいい。」
「その辺はよろしくお願いします。」
ギターの態度の豹変が面白かった。早紀と美幸は人形のような感じがした。リズムの取り方が硬かった。全ての曲の触りを試し、エンディングの曲の最後の部分を何度か繰り返した。
「そろそろいいかな。」
平井さんの声が響いた。
「あ、すみません。本番よろしくお願いします。」

 マーが合図をして、全員が楽屋から楽器を持ち出した。すでに誰もいなかった。が、楽屋は機材でいっぱいだった。入り口で早紀と美幸にすれ違った。
「カッコイイジャン。」
マーが言った。
「まあね。楽しみにしてるわ。」

 サウンドチェックが始まった。
 マーは慣れていた。ヒカルは緊張していた。ベースのボリュームを上げるのを忘れていた。ラインインのボックスにシールドを繋げず、アンプに直接繋いだ。
「ベースさん、ベースさん。ここじゃないんだけど。」
恵美子さんに言われてドキッとした。
「す、すみません。ど、何処に入れたらよいのですか。」
「ここよ。」
恵美子さんが直した。マーのチェックが終わり、ヒカルの番になった。音がでなかった。
「どうしたの。ベースちょうだい。」
平井さんの声が響いた。
「恵美子。」
「大丈夫、ですけど。」
恵美子さんはハッとして、ヒカルに近づいた。ヒカルの正面に回り、ベースのボリュームに触った。音が出た。ヒカルは頭を下げた。
 ヒカルは緊張の頂点に達していた。力が入り、弦を切るほどの勢いで押さえ、音が狂うほどの力で引いた。歪んだグシャという感じの音が響いた。マーがヒカルを呼んだ。ヒカルは気付かなかった。マーはドラムを離れ、ヒカルの前に来た。ヒカルはびっくりした。
「深呼吸しようよ。」
マーが言った。マーのリードで二人は深呼吸をした。少し落ち着いた。それでもヒカルの弾けたのは四弦の五フレットを押さえ、おなじテンポではじくことだけだった。リズムに入っても同じだった。だがマーのドラムがヒカルを支えた。

 緊張は伝染していた。
 マサルもがガチガチだった。ディストーションとコンプレッサーだけなのにセッティングができなった。アンプの音もうまく作れなかった。それでも焦って、ガチャガチャ弾いた。
「ハイ、いいよ。解った。」
平井さんの声が響いた。
 マサミは緊張はしていたが、マサミだった。メヌエットを崩して弾いた。
「オッケーでーす。じゃあボーカルください。」
 ハルもミサキも困った。
「上手の人から」
二人で声を出した。
「そうじゃなくて、ギターのほうに立っている人からね。」
ミサキだった。
「あー、あー、あー。」
顔が真っ赤だった。
「はい、はい、解った。じゃあ、隣の人。」
ハルは何とか、格好をつけた。
「ワン、ツー、ワン、ツー、アー。」
「チェック、チェック。」
「ハイ、オッケーです。じゃあ、全体でください。」
困った。何をやっていいか、解らなかった。
「あッ、すみません。」
マーが言った。
「このマイクのチェックもいいですか。」
ドラムの横に置かれた台の上の目覚まし時計をならした。目覚まし時計の音が響いた。と同時にマーが仁のテーマのリズムに入った。反応には少し時間がかかった。三度目のマーのフィルインから全員が入れた。
「ジン、ジン、ジン、オーイェー。」
おなじパターンの繰り返しになった。マーの強引なフィルインで何とか、エンディングに持っていけた。が、ヒデオとアキコは直立のままだった。
「こんな感じなんですけど・・・。」
「大丈夫ですか。」
「ええ、まあ。」
「よければ、スタンバイに入りますけど。」
それ以上なにかできる状態ではなかった。
「はい。本番、ほんとによろしくお願いします。」

それがライブというものさⅧ

2009年08月07日 16時49分10秒 | Weblog
 鉄ドアが開いた。早紀と美幸が入ってきた。二人とも、ギンギンの化粧をしていた。衣装はティーシャツとホットパンツだった。マーが近づいた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」
「早いのね。」
「早速だけど、楽器とかは、何処に置いたらいいの。」
「ああ、そうか、新人さんだったわね。」
その言葉にマーは一瞬、ムッとした。
「こっちよ。」
大きなバッグを担いでいる二人が先頭になって、ステージの大きなスピーカーの裏の楽屋に案内してくれた。楽屋は広かった。マーが出ていた新宿や下北のハウスの楽屋は狭かった。「ベース」のルームより広い感じがした。
「そうね。まだ誰も来ていないから、好きなとこでいいんじゃない。」
というと、そこは二人の、いや、彼女たちのバンドの定位置らしいところに荷物を置いた。マーは皆を呼び、彼女たちと反対側に荷物を置いた。楽屋のドアが開いた。
「おお、気合、入っててるねー」
昭雄さんだった。
「関心、関心。新人はそうじゃなくっちゃね。精算するから、来てくれる。」
マーとマサルは事務所に行った。
「あまりチケットは何枚。」
そういうと手を差し出した。あまりチケットは・・・・・・、マサルは部室に置きっぱなしだった。マーたちは、とにかく配りまくったので手元には五枚ほどしかなかった。渡した。
「すごいね。こんなにはけたの。」
「はあ。」
「じゃあ、悪いけど。ノルマ分を精算して。四十枚分ね」
マサルが財布を出し金を渡した。
「ハイ、ありがとう。マー君、他のバンドのリハを見て勉強してね。ウチはけっこういい音出すんだよ。」
キッチンのスタッフもフロアーの人も来ていた。マーは楽屋に戻り、皆をつれ、スタッフの人たちに挨拶して回った。そんなマーたちの行動に、店の人は驚いていた。片付いたところで、客席の先ほどの場所に皆で戻った。

「スミマセーン。遅くなりました。」
その日の最後に出演する「ミラクルフォース」の人たちが来た。楽屋に行くこともなく立見席に楽器を置いて、バンマスらしき人がミキサーの平井さんと打ち合わせを始めた。他のメンバーはステージに上がり、楽器をセットし始めた。慣れてる感じがした。ハルは時々、マーのリハに付き合ったことが会ったが、他のものは初めてだった。何か、とてもすごいことが行われているような感じがした。緊張感が走った。打ち合わせが終わると、バンマスがギターを持って、ステージに上がった。平井さんと吉川さん、女性のスタッフが一人、バンマスを追いかけるようにステージに上った。
 「ミラクルフォース」は五人バンドだった。それぞれの位置に立つと、スタッフがそれぞれのマイクの位置やモニターの角度を調整した。女性のスタッフが一人、ステージ上に残り、平井さんと吉川さんが卓に戻った。
「ベードラからください。」
平井さんの声がスピーカーから響いた。ビクッとするくらいの音の大きさだった。リハーサルが始まった。一つ、一つの楽器の音をチェックして、それぞれの演奏者から、確認とも注文とも思える意見が卓に返され、音が決まっていった。
「それじゃあ、全体でください。」
「入りの曲から行きます。」
ドラムスから、カウントが出され、演奏が始まった。一回ししたあたりで、バンマス、ヴォーカルの人が演奏をとめた。
「すみません。歌の返しとドラムの返しをもう少し上げてください。」
「はい、解った。」
それぞれの楽器の担当者からも同じような応答があった。もう一度、カウントが出された。ギターの人が立見席に降りて、全体の音を外から確認していた。ヴォーカルと目で合図した。演奏が止まった。
「じゃあ最初あから、流します。時間になったら、とめてください。」
ギターがポジションに戻った。
「ハーイ、ミラクルフォースです。」
カウントが刻まれ、演奏が始まった。風圧を感じるような音だった。皆は圧倒されそうだった。マーだけは懐かしいような、うらやましいような、不思議な感覚だった。しっかりを訓練されている感じが心地良かった。一人、一人が自分のパーツを確実に演奏していた。リフも、決め事もそろっていた。
「フー。」
「スグイね。」
「こんなもんだよ。」
「そうなんだ。」

 鉄ドアが開いて、「ガンクス」のメンバーが入ってきた。リハの音量の中で入ってきたことが解った。存在感があった。
「はーい、そんなとこでどうでしょう。」
平井さんの声が響いた。
「ありがとうございました。本番お願いします。」

 「ミラクルフォース」の時とはリハの雰囲気が違っていた。ステージが空くまで三人は動かなかった。完全にステージが空くと、ドラムスの人からゆっくりとステージに上がった。平井さん、吉川さん、女性スタッフがまた、ステージに上がった。セッティングに時間がかかった。ドアラムスは個人もちのタムやシンバルをセットした。セッティングが終わると、三人がかりでマイクがセットされた。走るようにして平井さんが卓に戻った。何の会話も交わされずにベードラの音が響いた。
「キック、オーケー。」
スネアの音に変わった。
「オーケー。」
タムの音が回った。シンバル、そしてリズム。やっていることは「ミラクルフォース」と変わらないのだが、雰囲気が違った。
 ベースの人がステージに上がった。ドラムスの音はフッと消えた。イー弦の開放音がズーンという感じで響いた。全ての開放弦の音を、ゆっくりとしたテンポで、テンポを狂わすことなく、チェックした。
「フレーズで。」
その瞬間にビートを感じさせるリフが始まった。
「ドラムと。」
会話が短かった。最後にギターヴォーカルの人がステージに上がった。フェンダーのアンプの横に黒いボックスが置かれた。ラインインのボックスとアンプの両方にシールドがつながれた。
「ガツ。」
一発目の音がなり、流れるようなフレーズが会場を満たした。
「オーケー。」
「チェック、チェック、ワン、ツー。ワンツー。」
「いいよ。」
「ワン、ツー、スリー。」
演奏が始まった。
「ミラクルフォース」とは音の質が違った。マサルが緊張していた。
「大丈夫だよ。」
マーがマサルの肩を叩きながら言った。
「マサルのほうがすごいよ。」
マサルは複雑な気持ちだった。
 演奏は一曲が完全に終わるまで止まらなかった。
「平井さん。僕のモニター、ジーが出てる。」
「エッ、ほんと。恵美子。ちょっとシールド変えて。」
「ヴォーカルの返し、が大き過ぎるから・・」
ドラムスの人が言った。直しが終わるとベースとギターが立見席に下りた。カウントが始まり、演奏に入った。
 ロングヘアーの女性が入ってきた。演奏をしているギターの耳に何か言った。ベースとギターはステージに戻った。女性はハウスの中を移動しながら、ステージのギターの人にサインを送った。先ほどとはちがう曲が完全に演奏された。
「公子、遅いよ。」
「ゴメン、でも、いい感じだよ。」
「平井さん、ジー消えた。いい感じです。よろしくー・・」
二曲でリハは終わった。