仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その坂を上って5

2010年11月30日 17時07分13秒 | Weblog
 諏訪からの連絡があった。
 農地の整備をするために人手がほしい、というものだった。しかし、市川も日常の作業がいそがしくて、なかなか、難しかった。地元からの参加者は、三人ほど、ライブのときから住み着いたの四人ほど、そのうち東京近郊を離れてもよいと言うのが三人出てきた。マサルは自分も、諏訪の状況を見たかった。軽トラ二台に分乗して、諏訪に向かった。

 諏訪ではおじいさんが大胆な行動に出ていた。ヒデオを隣のうちの納屋に案内した。小型のトラクターがあった。
「動くかい。」
だいぶサビていた。
「うーん、燃料を入れてみないとわからないけど・・・。使っていいんですか。」
その隣には小型の耕運機と脱穀機、田植え機があった。
「もう、つかってねえで、いいずらい。それより、動くかいね。」
「そんな大丈夫ですか。」
「昔はみんなで借りたり、貸したりしたもんだじ、使う人がきただで、使わしてもらいましょや。」
「はい。」
おじいさんは、大胆な人だった。何とか株式会社と書いてある事務所の裏手の車庫に行って、鎖を切った。何でもその地区に一軒だけあった建築会社だそうで、土木関連の仕事をしていたらしいが、倒産して夜逃げをしたらしい。
「ここのボウズがせ、けっこう遊んでいたもんで、つぶれただいね。みんな持っていかれたかもしらねけど。なんかあるかもしれんでね。」
あった。大型重機が置かれていたのだろうそこは、埃のたまり方が違っていた。そんな場所が、三箇所あった。そして、車庫の隅のほうにブルーシートに包まれ、トラロープでぐるぐる巻きにされた何かがあった。ヒデオが慎重に、トラロープを切って、中を確かめた。小型のユンボがあった。ヒデオはうれしかった。ユンボだったら、仁もヒデオも現場で使った経験があった。
 が、動くのか、それより、使っていいのか。
おじさんは、そのことをおかまいなし、という感じだった。ヒカルがいないのが痛かった。ヒカルは皆の中では比較的、機械に明るかった。
 マサルの到着、燃料の買出し、重なるときはいろいろ重なるものだ。

その坂を上って4

2010年11月26日 16時51分41秒 | Weblog
 第二「ベース」の構想は唐突に始まったわけではなかった。市川の「ベース」の周りは工場団地ができていた。市川市と千葉県の思惑が一致して、工場団地の拡充の計画が持ち上がった。そこで、いままで一度も連絡なかった大家さんから、直接電話が来た。市からの要請で、用地買収に協力してほしいという申しいれがあり、賃貸契約を期限を切って解消したいというものだった。突然の電話に皆は驚き、悩んだ。
 「グリーンベース」の活動が始まり、それなりの収益も上がり始めたときだった。すぐには返答できないと伝え、皆で話し合った。
 
サンちゃんが意外なことを言い出してみんなを驚かせた。
「この辺も好きだけど、実際、作物を作る環境としてはどうかと思うよ。
水も汚れているし、空気もね。無農薬がいいことはわかるけど。
本当は土も水も空気もきれいなほうがいいよ。
僕らがなぜ農業をしているのか。よくわからなかったけど、
ミサキさんのノートを読んでいて、自分が自然なんだって実感したんだ。
植物はそれぞれに力を持っていて、その土地や場所にあったものだけが生き延びていける。
そうして生き延びたものだけが、その生命を僕らにあえてくれるんだよ。
自分で作ってわかったんだよ。
もしできることなら、もっと、もっと、自然な場所に移りたいよ。」
仁が笑いながら、手をたたいた。皆が唖然としているので、場違いだった。が、皆は笑った。アキコの提案はその後から出てきた。
「ここに「ベース」をつくるときね。ふっと、諏訪の父かたの実家のことが浮かんだのよ。祖母が亡くなって、祖父がほとりで耕してるんだけど・・・・。いまどうなっているかわからないけど、一度行ってみたいな。」
また、仁が笑いながら、手をたたいた。
「うん、でも、ここの契約のはどうしようか。」
「すぐに、出て行けっていわれてもなあ。こまるよね。」
「それはないと思うけど・・・。」
そんな感じで話が進んで、とりあえず、不動産屋に話そうってことになった。ところが、この不動産屋が、面白い人というか、なんというか、熱い人だった。
「あんたらには居住権も使用権もあるんだから、がんばって交渉するよ。直接、そちらに話がいくなんて、おかしな話しだよ。本来なら、こちらを通さないと筋が通らないよ。もう、好きなだけ、いていいから。まかしといてよ。あっ、それから、この間、もらったサトイモ、うまかった。今度、お金出すから、また頼むよ。」
しばらくして、不動産屋が「ベース」に顔を出した。
「すごいねー。あの荒れ野原がこんなになっちゃったんだ。」
農場の状況を見て、ほんとに驚いていた。
「もったいないね。こんなにがんばっているのに。そうそう、あの話だけど、すぐ移転しろって話じゃないみたいだよ。お役所のやることだからね。とりあえず計画ができているけど、その際は協力してくれるかどうかの、確認だったみたいよ。ある程度、こっちの事情も考えてくれるってさ。よかったじゃん。」
「それでも、出て行けってのは変わんないんでしょ。」
サンちゃんが突っ込んだ。
「それは・・・・。」
「でも、ありがとう。不動産屋さんは僕らの味方だもんね。」
「はは、はっ、はっ、はっ、はっ。」
少し引きつっていた。

その坂を上って3

2010年11月24日 14時40分44秒 | Weblog
 そんなところに「ベース」から連絡があり、ヒトミとツカサがくる事になった。茅野駅のほうがわかりやすいということで、駅の改札で待ち合わせた。車の中は静かだった。もともと口数の少ないヒデオ、マサミも何を話していいかわからなかった。ヒトミとツカサも借りてきた猫状態だった。おじいさんの家に着くと、新しい仁とキヨミが外で遊んでいた。
「あら、はじめましてかしら。」
「そうだね。キヨミは会ったことないかも。」
「アキコは。」
「職安に行くって言ってたわ。」
「そうか。ま、しばらくしたら俺たちも現場探さないとな。」
「仁は。」
「わからないけど、山のほうに行ったみたいよ。」
新しい仁がおぼつかない足取りでヒトミとツカサのほうに近づいた。
「ねえ、紹介してよ。」
「あっ。ヒトミと・・・。」
「ツカサです。」
「はじめまして、キヨミです。そして、その子は仁です。」
「仁。」
「そうだよ。新しい仁。仁とキヨミの子供。戸籍上は俺の子供。」
「みんながね。「ベース」の子って言ってくれるの。」
ヒトミの脳裏に一瞬、真愛弥の顔が浮かんだ。新しい仁は、手をひろげ、ヒトミに抱っこをねだっていっるようだった。
「仁ちゃん。」
ヒトミの手は震えた。その手に新しい仁が触れた。なぜか、懐かしい感じのする電流が流れた。ヒトミはそっと、新しい仁を抱き上げた。

 その夜、歓迎会が開かれた。
 ほとんど、言葉を発しない仁、でも、仁はいつもおじいさんの隣に座った。おじいさんも仁が気に入っているようだった。アキコは、職安の帰りに肉と酒を調達してきた。
 おじいさんは料理も上手だった。何もできなかったアキコも「ベース」で鍛えた成果が出ていた。キヨミは、プロの腕前と言ってもよかった。時代の流れか、囲炉裏部屋の横の大きな居間に台が並べられ、そこに料理が運ばれた。ヒデオが囲炉裏は使えるのかと聞いたとき、おじいさんはまあなと答えるだけだった。小宴会はいつもどおり、ヒデオのつたない挨拶で始まった。
「じゃあ、旧友とニューファイスに乾杯。」
「もう、ヒデオったら。」
 そして、時間が過ぎた。
 新しい仁がヒトミところに行き、ひざの上に座った。ヒトミはまた、電流のようなものを感じた。身体が火照った。涙がにじみ出た。新しい仁をひざの上にのせたまま、ヒトミがつぶやいた。
「どうして何も聞かないの。」
そのかぼそい声をマサミが感じた。
「ヒーちゃん、ひさしぶり。いいんだよ。何か話したかったら、話して。」
「私はここにいてもいいの。」
「いいよ。いいに決まってるよ。」
「どうして。」
「ここは「ベース」だから。「ベース」よ。あのスペイン坂で始まった「ベース」といっしょだもの。」
「そんな・・・・。」
「うん、きっと何か大変なことがあったと思うけど、ここに来る人を「ベース」は受け入れるのよ。出て行くときも、止めないわ。それはあのときから、スペイン坂のときからかわらないはづよ。」
「今日はいいよ。静かに、新しい人と、ヒトミを歓迎するよ。」
ヒトミは涙が止まらなかった。新しい仁が手を伸ばした。ヒトミの頬に触れた。新しい仁の笑顔がヒトミの視線と重なった。ヒトミはうれしくなった。ただ、うれしかった。

その坂を上って2

2010年11月22日 17時43分57秒 | Weblog
 その村もその時期の典型といっていい過疎化が進んだ場所だった。おじいさんの隣の家も、そこの隣も空き家だった。先代がなくなって、葬式を済ますとその子供たちはほとんどその場所に顔を出すことがなくなった。おじいさんの土地も広かったが、空き家の周りの荒れた土地も広かった。境界線などなった。でも、荒れ方の違いでどこからがおじいさんの土地かということはわかった。
 家も広かった。昔からの農家は市川の家も大きかったが、おじいさんの家はさらに大きかった。
「どうしたね。アキちゃん。」
 おじいさんは、アキコが小さいころよく遊びに来た時のことをゆっくりと懐かしそうに話した。アキコもおじさんの家に来るのが好きだった。おじいさんのひざの上の感触やおばあさんが抱いてくれた胸のぬくもりを肌の記憶として覚えていた。だから、というのも変だが、おじいさんはアキコの話を半分ぐらい聞いて、後は、全部許してくれた。
 次の日から、ヒデオと仁が家の手直しをはじめ、キヨミと新しい仁とアキコとマサミは農地の状況を調べた。
「ミサキがいてくれたらな。」
ふっと、マサミがもらした。
「なに言ってのよ。私たちだってできるわよ。」
アキコが言い聞かせるように言った。それでも、使われていない農地はひどかった。
「時間はかかりそうね。」
アキコも軽い嘆息を漏らした。



その坂を上って

2010年11月17日 17時59分28秒 | Weblog
中央道があと少しで、つながるという時期だった。
ヒデオの車には、ヒデオとツカサとヒトミ、マサミが乗っていた。
諏訪といっても、実際は諏訪湖の見えるところではなった。
茅野市に近い山間の道を車は走った。
道は源流からの流れが徐々に拡大していく川沿いを奥地のほうに源流のほうに続いていた。
山を一つ越えて、諏訪盆地より一段高い場所に第二「ベース」の農耕地があった。
周りを山に囲まれているものの平たく開けたその場所は、広大なコロシアムのようだった。
休耕地や休耕田、つまりは、まだ、草ぼうぼうの荒地のようなところがほとんどだった。
アキコのおじいさんはその一角で細々と農業を続けていた。
かつては、高原野菜やトマト、イチゴなどおばあさんと一緒に出荷するほど、作っていた。
農協とけんかをして、おばあさんが先に逝ってしまうとおじいさんの農耕地はどんどん狭くなっていった。
おじいさんの子供は全部で七人いたが誰も農業を継がなかった。
突然、アキコが現れて、畑を田んぼを貸してくれといったときは、腰を抜かすほど驚いた。

その坂を下って5

2010年11月05日 16時37分15秒 | Weblog
 結局、もう寝ようか、というまで二人は降りてこなかった。
「お夜食作ろうか。」
「そうだね。持ってくよ。」
「布団のあるところ、わからないんじゃない。」
残しておいた夕食を小皿にもって、トレーにのせた。マサルが持って、リツコが追いかけた。リツコが布団を敷き、ツカサがヒトミを寝かせた。
「ここで食べる。」
「そうか、寝かせてんなら、下でいいじゃん。」
「はは、そうですね。」
「私、もう一組、敷いとくから。」
「うん。」
マサルはトレーをもった。
「自分が持ちます。」
「いいよ。」
ツカサは従った。

 ハルとマーがいた。ビールを出した。皆で飲んだ。ツカサの食事が終わるの待って、マサルが言った。
「何かあったの。」
「はい。」
しばらく、間があった。
「「流魂」はご存知ですか。」
「知らない。」
「宰が、いえ、ヒロムさんが始めた宗教団体です。」
「宗教団体って。」
それから、ツカサは、それまでのことを話しだした。時々、ヒロムを宰、と呼び、ヒトミを姫といいながら。「流魂」を説明するのが、意外と難しいことに気づいた。自分が信じていたものが何だったのか、自信がもてなくなった。ヒロムの逃亡、ヒトミとの企て、奈美江の反乱。説明ができたのか、できなかったのか、それでも一生懸命話した。皆は、真剣に聞いた。
「えー。じゃあ、仁を捕まえて、何だっけ、その。」
「「流魂」。」
「その、何とかの、教祖にしようとしたの。」
「いえ、それは・・・、」
 ツカサは一年位前に、ヒトミとここに来たときのことを話した。ヒトミが皆に会うことができなかったことも話した。
「ただ、今は、ヒトミさんも、私も頼るところがないのです。」
「だいたいのことはわかったけど、ここに「ベース」があることはあちらの人も知っているんでしょ。」
「たぶん、執行部のほうで、知っているものは・・・・、いる可能性はあります。確信はもてませんが。」
「じゃあ、ここじゃないほうがいいわよ。」
「えっ。」
「そうだね。諏訪のほうがいいよ。」
「どういうことでしょうか。」
「私たちにもね、事情があって、第二「ベース」って言うか、アキコのおじいさんとこの土地をね、借りることになったの。」
「そうなんだ。ヒデオたちが先発隊で行ってるんだよ。」

その坂を下って4

2010年11月04日 17時36分45秒 | Weblog
 夕食の時間になった。
 ハルとマサルが二人を呼びにいった。
「食事にしよう。」
マサルがいった。
「二人の分もあるよ。」
ヒトミはツカサの股間に頭を埋めるようにして寝ていた。
「あれ、まだ寝てるんだ。」
「そうなんです。」
「じゃあ、どうしようか。」
「寝かせておけばいいじゃない。残しておいてさ。」
「そうするか。」
「すみません。」
「あやまることはないよ。」
「えーと、ツカサさんだっけ、先に食べる。」
「いえ、姫、いや、ヒトミさんが起きてからいただきます。」
「そう。」
マサルとハルは食堂にもどった。

 食事が終わった。
 食事の間に、明日の配送先や、収穫の段取りの打ち合わせをして、皆がそれぞれの時間の中に入っていった。マリコとサンちゃんとキーちゃんはルームにはいった。それに最近、ベースに住み着くようになったメンバーがついていった。外から来ているメンバーはそれぞれの住処に戻った。食堂にはマサルとマーとハルとリツコが残った。
「マサル、どんな人なの。」
「どんな人っていっても、返事のしようがないよ。」
「でも、マサルの知り合いなんでしょ。」
「ていうか。ヒデオもアキコもマサミも仁も、みんな知ってるよ。渋谷のスペイン坂に、スペイン坂で「ベース」は始まったんだ。」
そのころの「ベース」のことを、マサルが話した。簡単にというか、ヒカルと名古屋に行ったときと同じように皆に話した。そのころのメンバーで、自分らは青山から離れたので、その後のことはわからないといった。納得したのかしないのか、それでも、くるものは拒まずだった。