仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

目覚める時の空のように3

2010年08月31日 17時43分41秒 | Weblog
奈美江の武闘派が、執行部が集まる会議室のドアを開けた。
「宰が戻られた。ただいま、宰が戻られた。」
執行部を囲むように配置された武闘派は奈美江の武闘派に詰め寄った。
「宰である。ここに、宰がおられる。」

コの字に配置された会議室の一番奥は誰も座っていなかった。執行部の誰もそこに座ろうとしなかった。

 二日前、名古屋から執行部に電話があった。
「宰は、我々の手によってお救いした。」
「奈美江様のお力によって、宰が復活を果たされた。」
「よって、これより、「流魂」に戻られる。」
「本部はお迎えの準備を果たすべし。」

 次の日、奈美江は移動しなかった。執行部は苛立った。それでも、二日続けて、執行部は全員が集まり、宰の到着を待った。

 執行部の武闘派を割るように、奈美江が先頭に立った。その手の中には、ヒロムの娘が抱かれていた。ヒロムは奈美江に張り付くように従った。名古屋の武闘派はその周りを囲むように移動した。執行部の面々はそれぞれに笑顔を作った。
「宰、お探ししておりました。」
「宰、お元気そうで・・・・」
「宰、お変わりございませんか。」
それぞれがヒロムを気遣うような言葉を発した。
 中央の席に奈美江とヒロムの娘とヒロムが着き、対面した。執行部の武闘派と入れ替わるようにその周りを名古屋の武闘派が陣取った。
「宰は戻られた。」
奈美江が言った。
「これより、「流魂」は宰の意志によって蘇る。」
「はっ。」
執行部は声をそろえた。そろえる振りをした。
「現行の「流魂」を宰は痛く憂いでおられる。」
奈美江は執行部の面々の顔を見回した。
「狩谷。」
「はい。」
グループ化している武闘派の中で、演劇部よりのそれの中堅どころと思われる男が返事をした。演劇部は驚いた。
「本部のありようを宰に説明しなさい。」
「はい。」

 狩谷は、「流魂」自体が分散化し、それぞれの派閥が独自に活動している状況を説明した。教えを離れ、人集め、金集めに執着している状況を淡々と語った。執行部の面々は痛いところをつかれた。
「宰は戻られた。そして、ここに宰の意志「流魂」は生まれ変わる。」


目覚める時の空のように2

2010年08月30日 17時51分32秒 | Weblog
 奈美江は妊娠が確かなものになるまで、ヒロムの分身をその体内に繰り返し、流し込んだ。
 二度の中絶を経験している奈美江は医師から、妊娠は難しいと言われていた。それを奈美江の強い意志が跳ね除けた。日当たりのいい牢獄で、既に、奈美江のペットと化したヒロムは、「命の水」欲しさに奈美江の欲求に従った。時には、奈美江が自分で準備し、ヒロムを押し倒すこともあった。
 ヒロムは体型が変わった。
 風貌も変わった。
 仙人のようになった。
 見た目は宗教団体の教祖にふさわしいストイックなものになった。

 妊娠がわかったとき、奈美江は性別判断をしてくれる医者を探した。婦人科によっては性別を告知しないところもあったからだ。女子とわかったとき、奈美江は一瞬、たじろいだ。
男子、ヒロムの後継者が欲しかった。が、既に、堕胎は不可能だった。もし堕胎すれば、次の妊娠の可能性はきわめて低いと言われた。「宰」が欲しかった。新しい「宰」になって欲しかった。
 奈美江は、ヒロムの後継者を女子にするための方策を考えた。
宰の子であれば・・・・・
「姫」として、その象徴となるというよりも、新たな存在として「流魂」に地位をおきたかった。

目覚める時の空のように

2010年08月25日 17時11分31秒 | Weblog
 それから、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
 一年、もっとか。


 「流魂」の名古屋が反乱を起した。
反乱といっても、武闘的な闘争ではなかった。ヒロムの後継者、娘を連れて、奈美江が執行部に乗り込んだ。

 執行部はそれまで、大政奉還を意図してきたが、ことごとく失敗した。名古屋での武闘派によるヒロムの捜索も、なんら糸口がつかめず、既に形だけのもになっていた。浮浪者の集団まではたどりついたが、その先が、徒労に終わった。
 仁についても市川の「ベース」、ヒデオ、アキコ、マサミの存在、農園、その活動内容まで調べ上げたが、仁を「流魂」に連れ戻し、宰として中心におくことについては、仁の力を知る執行部が、その力を知るがゆえに恐れ、首を縦に振らなかった。

 ヒトミも疲れ果てていた。執行部自体がいくつもの派閥にわかれ、それぞれが勝手に動き出していた。武闘派もツカサを代表とするチームと、それとは別のチームが構成され、さながら、派閥闘争の道具に使われることもあった。

 その状況が、名古屋の反乱を許した。

 名古屋から、既に、その支配下に置いた武闘派を引きつれ、ベンツを走らせ、青山に奈美江は向かった。ヒロムとその娘をつれて。

その窓辺にたたずめば10

2010年08月18日 17時11分00秒 | Weblog
 ヒカルは淡い光の中で目覚めた。ミサキが横に寝ていた。頭にロープを巻かれ、締め付けれらるような感じがした。ただ、全身の毛穴から虫が這い出すような恐怖は薄らいだ。
「ミサキ。」
「ヒカル、起きたの。」
「うん。」
「ヒカル、ヒカル。良かった。」
「何があったの。」
「ヒカルのために皆で集中したの。新しい仁が踊ってくれたの。」
「そう。」
「ヒカル。」
ヒカルが昨日の夜の出来事を覚えていないことにミサキは気付いた。
「ヒカル、昨日のことは覚えてない。」
「うん、でも、少し楽になった。」
「ヒカル。」
ミサキはヒカルに抱きついた。
「でも、何だろう。頭の周りに何かいるみたいなんだ。」
「何かって。」
「何か、締め付けられているみたいで。」
ミサキの不安そうな顔をヒカルは見た。
「大丈夫、だいぶ楽になったから。」
「ヒカル。」
ヒカルの手がミサキの肩に回った。朝日が直接入り込む部屋ではなかった。淡い光の中で、二人は時間の立つのを待った。


その窓辺にたたずめば9

2010年08月17日 16時19分04秒 | Weblog
新しい仁は踊った。
ヒカルの上で踊った。
そして、ヒカルの胸につかまった。
張り付くようにつかまった。
仁が手を拡げるとその指先から見えない糸がつながっているようにヒカルが立った。
仁は一度手を、人差し指を身体の前で合わせて、スーという感じで手を開いた。
ヒカルの身体が同調した。
今度はヒカルが踊った。
新しい仁を胸につけたまま、ヒカルが踊った。
全ての力は抜けているのに、まるで、呼吸と同調するように、呼吸が造る気流と同調するように
ヒカルの身体が踊った。
仁の人差し指のタクトがリードした。

皆はその気流の中に溶け込んでいった。

皆は目を閉じた。

闇は深かった。
明りはついていたのだが、皆はその闇に取りこまれた。
身体は気流のみを感じた。
揺れた。
皆は、その闇がヒカルの魂の闇であるのを感じた。
そして、
その気流が意思であることを感じた。
集中した。
呼吸を、気流を、全てをその意思と同調するために。
上昇。
上昇。
上昇。
仁のタクトは上へ、上へと向けられた。
新しい仁がヒカルの頭の上に立った。
腕を振り、グーと背伸びをするような動きを繰り返した。
それに合わせて、ヒカルの身体は縮み、伸びた。
上昇。
上昇。
上昇。
目を閉じた皆の闇の中から、その頭上から、光が・・・・・
皆は光を感じた。
グーと背伸びをした新しい仁の小さな指先から光が放たれた。
それを合図に仁のタクトが止まった。
ヒカルの身体は空気のぬけたバルーン人形のようにベッドの上に横たえた。
新しい仁はその上にゆっくりと着地して、はじめのときのようにヒカルの上に収まった。
静かな呼吸が戻ってきた。
皆はゆっくりと目を開けた。
そして、
ヒカルの身体にその手を添えた。

その窓辺にたたずめば8

2010年08月12日 15時55分46秒 | Weblog
 それは静かに始まった。服も脱がなかった。仁がヒカルの前に座った。右手の人差し指と中指、薬指を左手で握った。背筋を伸ばし、目を閉じた。ベッドはルームの中心に置かれていた。それを中心に円を描くように皆が座った。皆は手をつなぎ、目を閉じた。ゆっくりと仁の呼吸を感じた。今まで感じたことのない静かな呼吸が仁から伝わった。長く、深く、仁の呼吸に皆が同調していった。

 呼吸がルームを満たし、ルーム自体が呼吸に同調した時、仁が立った。仁は手を開き、人差し指を新しい仁に向けた。

 新しい仁が立った。

まだ、つかまりだちも出来ない新しい仁が立った。仁の指の動きにシンクロするかのようにヒカルの上で踊った。その気配を感じて、誰からともなく目を開いた。
「オー。」
声が響いた。それを制するように仁の呼吸が変わった。
「つィー、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。」
そして、皆が同調した。