仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

朝の臭いの中でⅢ

2009年04月30日 17時23分53秒 | Weblog
 朝食の準備ができた。
ヒデオが、アキコが、リビングの横のキッチンに出てきた。ハルとマサルがベッドルームから出てきた。ハルがマーを迎えに行き、マサミもつれてきた。大家族のような朝食が始まった。
 マサルの部屋にはいろんなものがあった。食器も揃っていた。シンクの下には鍋もフライパンもあった。ただ、それらは最近使われた形跡がなかった。ミサキは気合をいれて、朝食を作った。ぺペロンチーノを大皿に盛り、サラダも作った。スープもミックスベジタブルとコンソメで使ってあっさりと仕上げた。ヒカルのリクエストで買った朝ビールも食卓に並んだ。
 皆は驚き、ミサキに感謝し、朝食を取った。朝食を取りながら、ヒデオが船橋への移住計画を話した。ヒカルが興味を示し、マサルは資金的に援助すると言った。ヒデオは言い出すと直ぐに行動するほうだった。今月中には目星を付けたいと言った。
 仁の話題になるとマサミが仁が目覚めるまでここにいたいといい、マサルは問題ないと言った。マサミが仁が目覚めるまで、手伝いに来ると言った。ヒデオとアキコは朝食をすませるとそのまま、新天地を探しに出かけた。ヒカルとマサミは一度帰って、また来るといい、部屋を出た。
 清美さんから電話があった。マサルは留守の時でなく、一度、会えないかといった。嬉しそうな返事が返ってきた。が、Sに知れると都合が悪いので、平日に会おうと提案してきた。水曜日が非番なのでその日に来ると約束した。
 四人は仁の足元に座った。まだ、下着を着けていない四人の下着がアキコの座っていたあたりにきちんと並べてあった。マーが気付き、三人にわたした。が、そのまま、脇に置かれた。マーが座り、同じように脇に置いた。
「マサル、私、少し怖い。」
ハルが言った。
「何が、」
「昨日のこと。」
マサミが言った。
「仁ちゃん、また、英語しゃべってた。」
「うーん。英語ではないと思うけど。知らない言葉で寝言を言っていたよ。」
「えっ、英語じゃないんだ。」
「うん。聞いたこともない言葉だった。」
身体の臭いが四人とも気になりだした。
「シャワー浴びない。」
とマサルが言うとマーとハル、マサルがいっせいに脱ぎだした。
「皆で入るの。」
マサミが聞いた。
「ああ、そうか。気になるなら、後で浴びて。」
マサミは一瞬考えて、脱ぎだした。

朝の臭いの中でⅡ

2009年04月28日 14時05分55秒 | Weblog
「起きたの。」
「うん。」
「ねえ、朝ごはん作らなくていいかしら。」
「えっ。」
「キッチンにね。何もないの。」
「そう。」
「買い物に行かない。」
「何時だろ。」
「あっ。そうね。まだお店やってないかもね。」
「一番街の八百屋さんか、おにぎりやさんはやってると思うよ。」
「散歩に行きましょう。」
「いいよ。」
「鍵、借りていかなくてもいいかしら。」
「大丈夫だよ。」
ヒデオも起きた。
「起きたのか。」
「うん。朝飯、買ってくるよ。」
「これもってけ。」
ヒデオはヒカルに札を渡した。
「いいの。」
「いいよ。なにか適当に買ってきてくれ。それとハイライトも。」
「うん。解った。ありがとう。」
ミサキとヒカルは外に出た。澄み切った朝の臭いがしていた。
「そうだ。あそこの酒屋、やってるよ。」
先を歩くヒカルが手を出した。ミサキはその手を抱きしめるようにつかまえた。
「どうしたの。」
「昨日こと・・・・」
「何。」
ミサキの胸の感触でブラを付けているのがわかった。
「いけない。」
「なーに。」
「そのままできちゃった。下着、どこにあったの。」
「ふ、ふ、アキコさんのバッグのなか。」
「はは、まあだあの中だったか。」
二人の目が合った。ミサキが目を閉じた。ヒカルは軽く口づけた。
「ねえ、ヒカルは嫌じゃなかったの。」
「何が。」
「私があなた以外の人と・・・・」
「僕以外・・・・」
しばらく言葉がなかった。ヒカルはミサキの質問の意味を考えていた。普通に考えたら、昨日の行為は単なる乱交パーティーなのかもしれない。「ベース」を知っていたヒカルにとってはそれは違っていた。
「うん。うまく言えないけど、昨日は「ベース」に戻っていたような気がしていたよ。」
「「ベース」。」
「仁さんもいたし。もし完全にセクスが目的だったら、僕は帰ったと思うよ。」
「・・・・・・」
「昨日、誰とどんなふうにしたかなんて覚えていないだろう。」
ミサキが今度は考えた。昨日のことを思い出そうとした。
「心の、奥が暖かくなって・・・・・。」
「それで。」
「何か、セクスの快感というより、身体が解けて、皆と一緒になれた様な・・・・・」
「そう。」
「とても嬉しくて、幸せな気分だった。」
「そうなんだよ。マサルたちとのセッションは刺激的だったけど・・・そこから先は・・・」
「ヒカル、ベース弾くの素敵だった。」
「・・・・・・」
ヒカルが少し照れた。
「はは、仁さんがいたからかもしれないけど。僕らは「ベース」で一人じゃないって感覚になれたんだ。どうしようもない孤独感が襲ってきた時、「ベース」は僕を救ってくれた。僕らは一人、独りだけど、魂の奥の方でつながっている。そんな感覚を持てたんだ。そのつながっている感覚を身体が変わりに伝えてくれている。ただ、それだけのことなんだ。だから、セクスという感じじゃないような気がするんだ。」
ミサキが微笑んだ。
「僕はミサキが一番好きだよ。」
「私もヒカルが好き、一番好き。」
またミサキが考えた。
「でもどうして、昨日みたいになれるのかしら・・・・。」
「解らないけど、仁さんがいたからかなあ。」
いまはどこにでもあるコンビニのさきがけのような酒屋兼スーパーのような店が
茶沢通りにあった。店は朝、七時半には開いていた。二人は店の近くまで来ていた。
「何にしようか。」
「うーん、スパゲティにしましょう。」
「賛成。」
二人は材料を買い込み、ハイライトも買って店を出た。ミサキが独り言のように言った。
「お鍋あったかしら。」
「えー。」
ヒカルが荷物を持ち、ミサキが後ろを押して軽快な歩調でマサルのマンションに戻った。

朝の臭いの中で

2009年04月27日 16時08分35秒 | Weblog
 ミサキは朝の臭いを感じていた。それは、いつもの臭いと違っていた。アルコールの混じった体臭でマサルの部屋は充満していた。上京した頃のミサキだったら、貧血と嗚咽に見舞われ立っていられなかったかもしれない。ミサキは自分がたくましくなったと思った。下着を着けていないことに違和感はなかったが、どこにあるのか、いくぶん恥ずかしいような感覚にとらわれた。素肌に当るジーンズの感触はそれほど気にならなかった。それでも、と思いアキコが寝ているあたりを見回した。アキコの後ろに口の大きなバッグが横たわっていた。中からパンツやパンティー、ブリーフ、ブラが顔をのぞかせていた。笑いがこみ上げた。ミサキはアキコの後ろに回り、バッグの中から、赤いパンティーを取り出した。そして、おなじ色のブラを探した。なかなか見つからなかった。口を大きく開けるとアキコの手帳にさしてあるボールペンにはさまっていた。ミサキは噴出しそうになった。口を押さえ、笑いを堪えた。納まった。手帳とブラを取り出し、ブラをはずして、手帳をバッグに戻した。ティーシャツを脱ごうとして、まだ、誰も起きていないのになぜか恥ずかしくなった。ミサキはブラとパンティーを握り締め、足音に注意しながら、キッチンに走った。
 ミサキはヒカルが仕事をし始めてから、ヒカルの出かける一時間前に必ず起きた。朝食を用意し、ヒカルを起した。それはいつしか習慣になり、休みの日でもその時間になると目が覚めた。
 その日も目が覚めてしまった。キッチンで全裸になり、ブラとパンティーを付けた。服を着て、キッチンを物色した。食材といえるものはなかった。冷蔵庫にはビールと乾き物とジャンクフードしかなかった。朝食をつくりたかった。リビングを戻り、マサルを探した。鍵を借りて買い物に出たかった。
 名古屋の実家に比べれば、いくぶん狭いが、マサルの部屋は広かった。ヒカルと住む部屋がキッチンだけですっぽり入ってしまいそうだった。それに違和感を感じることはないのだが。
 目覚めたときは気がつかなかったがマサルはリビングにはいなかった。リビングを出てベッドルームを探した。カーテンの真中が少し開いていた。そこから朝の光が差し込んでいた。メガネをかけないミサキには世界が、まだ、完成していなかった。が、目がなれてくると全裸で重なるマサルとハルが見えた。マサルの上にハルが覆いかぶさるようにして寝ていた。
 突然、昨日の事が脳裏によみがえった。気恥ずかしさが拡がった。頬が赤くなるのを感じた。振り向いて、リビングに戻った。ヒカルの横に寝そべった。
 昨日の行為について、以前のミサキだったら、真に「堕落した人間」になってしまったと思っただろう。罪の意識に押しつぶされ、自殺も考えたかもしれない。昨日のミサキには、ヒカルの顔が全てを許していることのほうが大事だった。心も身体も全てが開放されていくのを感じた。それは日常を超えた世界だった。
 ハルとマサルを見た瞬間、行為そのものがミサキにヒードバックしてきた。羞恥の感情がミサキの心を締め付けた。ミサキは後ろからヒカルに抱きついた。

さらにその手を握り締めⅢ

2009年04月24日 16時55分24秒 | Weblog
「はは、早かったですねだって。」
「ねえ、キスして。」
「何。」
まだ、明けきらない空の下で、ハルが目を瞑った。化粧も取れた顔なのに綺麗だった。マサルはグッと抱きしめてキッスした。下着も着けない身体の感触は柔らかく温かかった。
「うふ。素敵。」
唇を離すとハルが言った。飛びつくようにマサルの首に絡まった。マサルはそのままハルを抱きかかえ、坂道を部屋に戻った。マサルはミサキがいることを思い出していた。それでもそのまま、ハルを抱いて部屋のドアを開けた。皆はまだ寝ていた。ハルをゆっくり降ろした。ハルは手を離さなかった。不思議な光景だった。仁が中心に寝ていてその周りに皆が折り重なるように寝ている。お通夜か、何かで疲れきった遺族が倒れ込んでいるようだった。マサルとハルは仁の足元に座った。
 突然、仁の上体が起きた。

リヴェリ、ホエ、キンゴ、クラリュイネ、スマシュ、ラベ、キュエンゴ
リヴェリ、ホエ、キンゴ、クラリュイネ、スマシュ、ラベ、キュエンゴ
リヴェリ、ホエ、リヴェリ、ホエ、リヴェリ、ホエ、リヴェリ、ホエ、
リヴェリ、ホエ、キンゴ、クラリュイネ、スマシュ、ラベ、キュエンゴ

仁の目が開いているように見えた。

ハイダ、リヴェリオ、ハイダ、キュリンガ、
ホセ、フウオー
ホセ、フウオー

二人は固まった。仁を見続けた。仁は大きく手を上げるとそのまま後ろに倒れた。
「仁ちゃんだめよ。まだ夜なんだから。大きな声出しちゃ。」
マサミが寝言を言った。それにも驚いた。
「マサル、キスして。」
ハルが言った。
「ねえ、キスして。」
ハルは震えていた。唇を重ねて、舌を入れて、長い長いキッスをした。唇を離すとハルが言った。
「どうしたらいいの。どうなるの。」
マサルはもう一度、ハルの唇を奪った。

さらにその手を握り締めⅡ

2009年04月23日 16時34分54秒 | Weblog
 マサミの頭がヒデオの肩にのった。マサミの手をアキコが握り締めた。涙が綺麗だった。
「なあ、皆で住まないか。」
「それじゃ解らないわ。ヒデオ。」
「そうか。」
「ヒデオと話したの。もう、今の「ベース」にはいけないって。それでね。スペイン坂の「ベース」で感じたことをね。他の形で始められないかなって。」
「うん、今日の感覚。そうなんだよ。「ベース」はほんとうはこの感覚だったんだって感じたんだよ。」
「ハル、マーも、ミサキも、「ベース」は知らないでしょ。でも、今日が始めてのような気がしないの。みんなが同じ感覚を持ったって。仁が導いてくれたって感じがするの。」
「仁ちゃんは・・・・」
マサミが言いかけて、言葉に詰まった。皆が待った。
「仁ちゃんは、優しいんだよ。病気になったとき、店に電話してたら、受話器を押さえて、首を振ったの。目を開いて、何も言わなかったけど、もういくなって。解ったの。」
涙がこぼれていた。
「でもね。でもね。仁ちゃんは特別じゃないよ。普通に人だよ。土曜日になるまでソワソワ、ソワソワしてたもの。」
「うん、それも感じた。」
「ヒデオさん一緒に住むって、どうするんですか。」
「まだ解らない。漠然としているんだ。でも、絵は見える。」
「もう、ヒデオー。」
アキコが笑った。それにつられて、皆が笑った。マサミも笑った。
ヒデオは話し出した。当然アキコが注釈を入れた。ヒデオはあまり言葉を使いこなせなかった。その伝えたい気持ちが皆に響いた。

個々は独立していて、孤独な存在だ。
が、最も奥の方で誰もが繋がっている。
それは孤独を感じない人間には必要のない世界かもしれない。
「ベース」に集まった人間にはその世界が必要だった。
言葉もなく、触れ合うことでそこにいる自分を認めることができた。
皆が持つ、引き合う力が「ベース」を創った。
だから、誰が来ても、出て行っても、全てを許す新しい「ベース」、根拠地を創りたい。
その始まりとして家を創りたい。
仁が中心となっても、ならなくても。

「仁さんがいなくても、今日みたいな感覚になれるのかな。」
マーが言った。
「私も怖いわ。」
ミサキが言った。
「それは今日だから、仁さんがいたから・・・・・」
ヒカルのほうを見た。ヒカルの顔は優しさに満ちていた。言葉が静かに消えた。皆が言葉の支配から解放され、自分という存在から解放され、何の戸惑いもなく、そこにいる全ての人と融合できたことを身体の記憶として持っていた。性的な快感とは違うものとして。
マサルはミサキと交わったことも忘れていた。個人として肉体的なセクスをしたのとは違っていた。だから、今、ミサキの声を聞き、しぐさを見てドキッとした。
「そんな難しい話じゃなくて、皆で住もうってことかな。」
ヒデオが最後に言った。
「船橋あたりなら、一軒家を借りてもそんなに高くないんだ。」
「えっ、もう探しているんですか。」
「まあ、なんとなく。」
そこで会話は途切れた。仁のゆっくりとした呼吸が部屋に響いた。言葉が重たく感じたのか、そのテンポに誘われるように一人ひとりが眠りについていった。
 マサルはウトウトしてハッと目を覚ました。スタジオの鍵を持って部屋を出た。ハルが追いかけた。
「マサル、私たちどうなるの。どうするの。」
「解らないよ。でも、そんなに直ぐに動き出すことじゃないよ。」
「ねえ、マサル、「ベース」って何なの。」
「えっ。」
「今日の凄かったよ。三人でしたときと似てたけど、違ってた。もっと、凄くて、でも・・・・」
「何。」
「違うところにいるみたいだった。」
「たぶん、それが「ベース」だよ。」
「うーん。」
マサルの手を取った。
「感じるね。」
「何が。」
「マサルがいるって感じ。」
「そうだね。」
「ねえ、ライブやろうよ。」
「え。」
「きっと凄いライブできるよ。」
「ははっ。いいかもね。」
茶沢通りをわたった。スタジオの入り口のある二階にマサルは走った。ビルの一階のシャッターの前でハルは待った。

さらにその手を握り締め

2009年04月22日 15時48分32秒 | Weblog
「アキコ、病院に行かなくてもだいじょうぶか。」
ヒデオが聞いた。アキコは仁の脈を取った。
「うん、不思議ね。ずいぶんゆっくりとしてるけど、安定しているわ。こんなにゆっくりで、でもはっきりしている脈は取ったことがないわ・・・・・
病院にはいかなくても、いいかも。」
「何か、着せましょうか。」
「そうね、スウェットか何かある。」
マサルがベッドルームからパジャマを持ってきた。枕も持ってきた。マーとヒカルとヒデオで一度、仁を持ち上げて、マサルが布団をセットし直した。アキコとマサミとハルとミサキで仁にパジャマを着せた。仁を皆でお持ち上げ、きちんとなった寝具のうえにそーと寝かせた。
「大丈夫なんだな。」
ヒデオがアキコに確かめた。
「ええ、心配はないと思うわ。」
「マサル、スタジオ見てきてくれないか。」
「いいよ。」
マサルが立つとマーとハルも立った。皆で三人を見送った。仁の回りに戻った。
「ヒロムのところも凄いと思ったけど。マサルのとこはもっと凄いな。」
「だってSの息子だもの。」
「まあな。」
ヒデオとアキコの会話にヒカルとミサキが顔を見合わせた。
 マサミの声がした。
「仁ちゃん。」
「マサミ、待ちましょ。」
「だって。」
仁の肩を揺すっていた手を離した。
「こんなことまたいつあるか、解らないじゃない。」
「そんなことないよ。」
「仁ちゃん。嬉しかったんだよ。赤ちゃんいなくなってから、仁ちゃん。ぜんぜん笑わなかったもの。」
「赤ちゃんて。」
「秀ちゃんと三人で遊んだ時ね。秀ちゃん、妊娠しちゃったの。それで、どうするって話になったら、秀ちゃんがいらないって言い出して・・・・・」
「三人で。」
「うん、そう。仁ちゃん、何も言わなかったけど、秀ちゃんの肩を持って、ブンブン揺さぶって、パッて放したら、出て行っちゃって。」
しばらく黙っていた。
「秀ちゃんがお金ないって言うから、仁ちゃん、「ベース」に行ったの。」
「それで。」
「ヒロムにお金もらって、秀ちゃんが堕して、部屋に来て、病院にいったって・・・・・
仁ちゃん、秀ちゃんを殴って、振り向いたら、涙をいっぱい溜めてた。」
「仁が泣いたの。」
「うん。私に抱きついて、私の膝の上に顔をうずめて、オイオイ、泣いたの。子供みたいに泣いたの。」
ヒデオもヒカルもミサキも、マサミの話に聞き入った。
「それからしばらく仁ちゃん、ボーとなっちゃった。そしたら、私、病気になっちゃって・・・」
「病気。」
「うん。組の人みたいな人にお店で無理やり中だしされて、それから、かゆかったり、痛かったり大変だった。秀ちゃんが来て、話したら、保険証かしてくれて・・・・
そのときも、仁ちゃんは秀ちゃん無視して出て行っちゃった。」
「なんだったの。」
「なんだったっけ・・・・、保険証はあるけどお金なくて・・・・そしたら、仁ちゃんが早起きしてくれて・・・・
現場行くようになって。お金もくれた。何とか感染症って言われて・・・」
「どうしたの。」
マサミは泣いていた。
「どうしたんだろ。この前、ヒトミが来て同じこと話たのに・・・・
そのときは泣かなかったのに。」
皆がマサミに近づいた。身体を寄せ合い、軽いボディタッチをした。アキコがマサミの肩をしっかり抱いた。
「仁ちゃん、嬉しかったんだよ。笑ってたよ。今日、ずっと笑ってた。」

 しばらくすると三人が戻った。一瞬で空気を感じて、マサミの周りに腰を下ろした。
「まだ残っていただろう。」
「あっ、持ってきましたよ。」
「少し飲むか。」
ハルとミサキが立った。マーとヒカルが後を追った。アキコとヒデオがマサミを囲むようにして、また、仁の周りに、今度はガラスのグラスにそれぞれの飲料を満たして、座った。
「マサミさん、何かあったんですか。」
「うん。」
ヒデオのその声だけで充分だった。
「なあ、今日、こうして会えたのは偶然かな。」
ヒデオが話し始めた。
「いえ、違うわ。ヒロムの言う偶然の支配なんかじゃない。皆が引き合ったのよ。」
「そう、俺もそう感じるんだ。」

限一夜共演驚喜Ⅲ

2009年04月21日 14時28分52秒 | Weblog
 時間は、罪深く過ぎた。
 重なり合う身体が魂の部分で満たされると、仁の呼吸が再び始まった。仁が中心に座り、両手を両膝にそれぞれ、外に開いてのせた。仁の回りに再び、円ができた。手と手を繋ぎ、八方陣を作った。
「ツー、ハー、ツーハー、・・・・・・・」
呼吸は同調を始めた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、・・・・・・・・・・」
頂点を目指すかのようなテンポに変わった。
 仁のあの半開きの目から一度、カッと見開いた。
「ハッ。」
その気合とともに仁の身体が宙に浮いた。そして、落ちた。仁の目が閉じた。上半身から崩れ落ちるように足をくんだまま仁の顔が床についた。ドスンという音に焦点の合わない世界を見ていた八人が仁を見た。手を離し、ジンに近づいた。マサミが叫んだ。
「仁ちゃん、仁ちゃん、仁ちゃん。」
ヒデオが仁の身体を抱き上げ、足を伸ばし、寝かせた。呼吸、心臓、循環する全てが一気に速度を落としていた。
 生きてはいた。
だが、言葉に対する反応ができないほど、仁はエネルギーを使い果たしていた。
「僕の部屋に行きましょう。」
マサルが言った。下着など、誰も着けようとしなかった。そのまま、服をはおり、ズボンを、スカートをあげた。ヒデオが仁を背負った。
「マサル、スタジオの人、まだ、帰らないんだろ。」
「いいよ。鍵をかけていけば、彼も鍵は持っているから。」
アキコが全員の下着を一つにまとめ、バッグにつめた。裸体の仁が他の人に気づかれないようにヒデオの周りを皆で囲んでスタジオを出た。茶沢通りを抜けて坂道を走った。
 ハルとマー以外はマサルの部屋に入るのは初めてだった。白金のヒカルの部屋にはマサルはよく来た。が、ヒカルがマサルの部屋に来たことはなかった。エントランスのガラス戸をマサルが押した。ドアを支え、皆を招きいれた。階段を登り、部屋の鍵を開けた。
 マサルの部屋は三人で住みだしてからも綺麗に整っていた。清美さんは部屋の変化を感じ取っていた。そう、マサル一人の時とは臭いが違った。それでも、何も問いただすことなく掃除に来てくれたのだ。マサルたちは清美さんが来る日は駒場公園に出かけた。その世界に清美さんが参加するようになるのにそんなに時間は要らなかったのだが。
 マーがベッドルームに走り、掛け布団を三枚持ってきた。リビングの敷き、仁を待った。ベッドルームでもよかったが、皆が仁を囲めるように自然と身体が動いた。
 仁を寝かせ、皆が仁の呼吸と鼓動に集中した。

「仁ちゃん、嬉しかったのかな。」
「なに。」
「仁ちゃん、頑張っちゃったもの。」
「どういうこと。」
「仁ちゃんね。「神聖な儀式」の後も三日くらい寝込んじゃったの。」
独り言のように話すマサミの言葉にアキコが反応した。
「きょう、手間賃凄いな。そう言ったきり、倒れちゃって、ズーと寝てたの。時々、凄いいびきかいて・・・・突然、起き上がったかと思ったら、英語喋るの。そしたら、また倒れて。」
しばらく、黙った。
「心配で、お店休んで仁ちゃん見てたの。」
「そんなだったんだ仁。」
ヒデオがポツンと言った。
「うん、でもね。三日目に目を覚ましたの。お金もって出て行っちゃったけど。」
「この前、「ベース」に行った後も・・・・」
「えっ、「ベース」に行ったの。」
「お金なくなっちゃって・・・・」
「どうしたの。」
「ヒロムがお金くれて。そのときも寝込んじゃった。」
沈黙がしばらく続いた。

限一夜共演驚喜Ⅱ

2009年04月20日 15時59分20秒 | Weblog
 仁の手が円を描いた。その手が天に伸びた。身体が大きくうねって大きな球体をかかえた。スッと空気を切って、球体を投げた。空気が大きくバウンドした。演奏者は仁の動きに反応するかのように、コンダクトされているかのように、シンクロしながら、その「ウネリ」が渦となって、スタジオを満たしていった。
 ヒデオとアキコは揺れていた。喉を鳴らし、ヒデオがウォッカの瓶に向かい、氷を入れ、コップを満たし、飲み干した。連動するようにアキコも動いた。ヒデオがウォッカとジンと、ホワイトの瓶を持ち、アキコが氷と、ビールを持って、演奏者のほうに向かった。それぞれのコップを満たし、一巡するとそれらを置いた。ミサキとハルはマイクスタンドを持ち、スタンドをスタジオの隅に片付けた。ハンドマイクになり、ヴォイスを再開した。残った一本をミサキが取ろうとすると仁の身体がマイクに巻きつくように動いた。
 ミサキは一歩引いた。そのミサキの目の前で、ハルの両脇にヒデオとアキコが立ち、ハルの服をほどいた。仁と演奏のシンクロにさらにシンクロする形でボディタッチをはじめ、その延長線上で、身体をつつむ煩わしいさを全て解き放った。
 ミサキはヒカルのほうを見た。その目の中には全てを許す優しさがあった。怖さが消えた。全裸のハル、今度はハルとヒデオがアキコを解き放った。そして、ヒデオを、三人がミサキを導いた。
 次に、四人はベースのヒカルからその手を伸ばしていった。ボディタッチ、ヒカルは「ベース」の頃の感覚が体に拡がるのを感じた。ヒカルの音が、消えている間、マーとマサミが音を補った、全体の「うねり」を損なわないように、仁の動きを、マサルのフレーズを止めないように。全裸のヒカルの音が戻った。
 四人はマーの後ろに来た。マーを背中からタッチした。マーは立ち上がり、ベードラでテンポをキープした。上半身を開放した。下半身を解放するときはフロアタムでキープした。マーも全裸になった。
 マーを見ていたマサミが立った。マサミの音が突然消え、仁がよろめいた。今度はマサルとマー、ヒカルがカバーした。マサミは振り向き、四人のほうに自ら進んだ。手を拡げ、足を開いた。四人の指が、舌が動いた。そして、綺麗に剥ぎ取った。
 最後にマサルの身体に四人は触れた。マサルはガンと打ち鳴らすと、アンプにギターを立てかけた。激しいヒードバック。そのノイズに合わせたマーの乱れうち。キープを守るヒカル。それを繋げるマサミ。仁の身体は柔らかく、激しく、空気を切った。マサルはギターを身体に擦り付けながらフレーズに戻っていった。
 全員が全裸になり、リフレインが再び、始まった。
「チキチカ、アーハー、チキチカ、アーハー、チキチカ、アーハー、・・・・・・・・」
ミサキのヴォイスにハルがヴォイスを重なった。
「抱いて。」
「抱いて。」
仁の唇がマイクをくわえた。
「ツー、ハー、ツーハー、・・・・・・・」
鼓動と呼吸が音とシンクロした。空気が渦を巻き、世界が溶け出した。
 揺れる二人が重なった。アキコが胸を突き出し、ヒデオの胸を押した。揺れながら二人は壁にもたれた。アキコの指が、唇が、ヒデオを、ヒデオ自身を愛した。音に変わる行為の波が二人から拡がった。ミサキとヒカルがヒデオとアキコに重なり、ハルとマーがそれに加わり、マサミが追いかけた。
 マサルの音と仁の呼吸が最後に残った。ハイトーンのチョーキングがヒードバックする中で音が空気の中に静かに消えた。そして、仁の呼吸だけが、世界を造った。マサルがミキサーのボリュームを下げ、仁のマイクを取り、スタンドを片付けた。仁がゆっくりと腰を下ろした。仁を中心に円ができ、仁自身を全ての唇が、体が、愛した。全ての身体が溶け合い、全ての意識が溶け合った。
 そこには個人はなく、境界もなかった。
 鼓動と呼吸と「ウネリ」の中に意識は深遠を見ていた。
 同じものを、同じ感覚を、全ての魂が感じ取った。
 誰はという意識はなく全てが一つだった。

限一夜共演驚喜

2009年04月17日 15時50分10秒 | Weblog
 ヒカルたちが戻るとマサルは鉄のドアを閉め、鍵をかけた。レコーディングルームとの間にある二重のガラス窓の淵にジン、ウォッカ、ホワイト、ビールが並んだ。乾き物はミキサー台の横に積まれ、ブロックアイスは袋のままバケツに入れられ、その横に置かれた。プラスティックのコップをハルが皆に配った。それぞれがそれぞれにコップを満たし、乾杯の音頭などなくその手を掲げ、二次会が始まった。
 ヒカルがマサルに耳打ちした。マサルはマーを呼び、鍵をわたした。マーは肩に引っ掛けていたスティックケースをベードラの脇に掛けると走った。次にマサルはウォッカを一杯飲み干し、パワーアンプ関係のセッティングを始めた。ハルとヒカルが手伝った。セッティングが終わるとヒカルはマーのスティックケースから細めのスティックを取り出し、ドラムスに座った。スローなエイトビートを刻み始めた。それにあわせてハルがマイクの前に立ち、マイクチェックに入った。
「チェック、チェック、ワン、ツー、ワン、ツー」
マイクは三本立っていた。全てのマイクのチェックが終わる頃、マーがベースとギターを担いで戻った。マサルが鍵を受け取った。マーは楽器を置くと、ドレムスの前に立ち、ヒカルのビートに合わせて、素手でシンバルを叩き始めた。
 そこからセッションが始まった。
 ヒカルが一本目のスティックをわたした。素手とスティックでたくみにビートをキープして、ヒカルの側に回り、ポジションを変わると同時にもう一本のスティックを受け取った。
 ツインリバーブが唸った。マサルのギターが火を噴いた。一瞬、そのまま、あの世界へ行くのかと思われた。が、それはなかった。テンポにあわせて、「スモークオンザウォーター」のリフを刻みだした。ヒカルもベースアンプにシールドを差し込んだ。マサルを追いかけるようにリフを重ねた。
 マサミがマサルを突いた。二人にビートを任せて、ピアノにマイクをセットした。マサミのピアノが入ることで、サウンドが変わった。マサミはディープパープルを知らなかった。が、そのリフに反応する形で鍵盤を叩いた。そのニュアンスに今度はマーが反応した。 
 楽器をやらないヒデオとアキコは、そのサウンドに身体が反応していくのを感じた。音量が上がるにつれて、アルコール類が危険にさらされた。アキコが慌てて、窓の淵からそれらを救い出し、床に置いた。仁は部屋の隅に会った丸椅子にチョコンと座り、ウォッカを舐めながら嬉しそうに微笑んでいた。ミサキはベースアンプの横に立った。ヒカルのベースを弾くところを見るのは初めてだった。
 ハルがマイクの前に立った。ハルの音程感は独特だった。歌っているのか、語っているのか、解らなかった。ヴォーカルというよりもヴォイスプレイヤーという感じだった。それでも「スモークオンザウォーター」を熱唱した。ハルの声にマサルが、マーが、ヒカルが、マサミが、反応した。段々、ディープパープルのそれとは違うものになってきた。
 ミサキが動いた。
 ヒカルが驚いた。ミサキはハルの横に立った。ハルのヴォイスにあわせてコーラスを入れていた。
 マーのフィルインがはじけた。そこから、マサルがリフを崩し始めた。いち早くマサミがそれに反応した。ヒカルはその性格からか、力量か、直ぐに反応するのは難しかった。マーのビートがそれを支えた。ヒカルは自分のポジションに気付き、フレーズから離れ、一番低いミの音のみでその雰囲気に溶け込んだ。その安定感がマーのドラムスを自由にした。小節の区切りが取れていった。「ウネリ」が始まった。アキコの身体は動いていた。ヒデオも、ゆれていた。
 主役はまだ、ニコニコしながらウォッカを舐めていた。
 マサルのギターが奇声をあげた。マサミのピアノは打楽器に変わった。マイクはスタンドから取り外され、ハルの身体を探り始めた。ミサキははじめて感じるリープ、抑制のない世界に踏み込んでいった。ヒカルはキープに徹していた。それが反作用となって、空気さえ歪ませる「ウネリ」がスタジオの中を満たしていった。
 マサルのあのフレーズがヒカルのベースと呼応した。ミサキ、ハル、マサミ、マー、打ち合わせなどなかった。空気が彼らを導いた。「ウネリ」が増殖した。
 仁が揺れた。ウォッカを一気に飲み干した。床を這うように、爬虫類のようにハルとミサキの前に移動した。その「ウネリ」を切り裂くように仁がスッと立った。音が一瞬、その動きと同時に止まった。
 マサルの弦に指が触れる微かなノイズに反応して再び、フレーズが始まった。
もう誰も何も考えられなかった。揺れながら、ヒデオとアキコは仁に近づき、仁のシャツをヒデオが、バックルをアキコがその窮屈な、煩わしさから開放していった。
 全裸の仁はフレーズの中で飛翔した。

下北に行こうⅣ

2009年04月16日 11時10分50秒 | Weblog
 ミサキもハルもマーもその雰囲気に違和感を感じなかった。ただ言葉によるその集いが言葉によるものだけあって、本質、つまり、仁以外の全員が思う「仁の事」については何も触れなかった。イメージも雰囲気も彼らが知る仁とは程遠いものだったのが。三人には仁は普通の人に見えた。
 アキコはヒデオと同じアパートに引越したことを披露し、マサルとハルとマーはルームシェアなどという言葉のない時代だったので、共同生活をしていると報告した。会話の中心にアキコがなり、時間が経つにつれて、マサミの病気についても聞き出した。その雰囲気はけして誰かをスケープゴードにして楽しむというものではなく、常に全てを受け入れる優しさに満ちていた。ヒデオが座を崩すジョークを発し、皆で笑った。制限時間は直ぐに過ぎた。店を出る間際になって、マサルが提案した。
「さっき会った角のビルでこれからセッションするんですけど、皆さんご一緒しませんなか。」
「セッション。」
「はは、部屋でやってたんですけど、段々音量が増しちゃって、上と隣から苦情でちゃったんですよ。」
ハルもマーも笑った。皆笑った。その宴会の間、仁はほとんど言葉を発しなかった。が、ずっと笑顔で嬉しそうだった。店員がレシートを持ってきた。アキコが受け取り、計算を始めた。暗算のできるアキコ。そのレシートをマサルがひったくり言った。
「久しぶりだし、楽しかったから、僕、出しますよ。」
「そんな訳にいかないわよ。」
「じあ、三で割って。二が僕ならいいでしょ。」
「ヒデオー。」
「じゃあ、次はオレな。」
「あは、酒屋で調達していきましょう。」
ヒデオもアキコもマサルの金銭感覚が普通じゃないと知っていた。深く考えなかった。
「スタジオで飲めるのか。」
「そこは何とかします。」
 九人は店を出た。その頃、コンビもそんなになかった。遅くまでやっている酒屋にヒカルが走った。ハルもマーも走った。スタジオでマサルが店員と交渉した。何枚かの札をわたし、合鍵を受け取って、深夜パックの終了時間に戻ることで話がついた。その場所は朝まで九人のものになった。