仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

下げた手を握り締めてⅡ

2008年06月30日 11時14分48秒 | Weblog
 ヒロムは溜息をついた。下げた手を握り締めて、ウーと唸りながら振り上げ、ベース」の定位地になったテーブルを殴りつけた。ドンという音が部屋全体に響いた。
ヒトミが来た。
「どうしたの。」
ヒロムの着替えを持っていた。
「ヒーちゃん」
「何」
「右手でこれ握ってみて」
そう言うと右腕をさし出した。
「何よ。」
「いいから」
ヒトミはヒロムのわきに洗濯物を置いて、遠慮しがちにヒロムの右腕を握った。
「違うなー、もっと、色っぽく握れない。」
「えー、なによそれ!。」
ヒトミは何度か試みた。ヒロムは腕の位置を変えたり、自分で触ったり、頭をかしげたり、最後には ウーと唸った。
 ヒトミはヒロムの行動が時々、解らなくなった。それでも、ヒロムに言われると協力してしまう。ヒロムに恋愛感情を持っているわけでもなかった。何かに集中し始めるとまわりのことが見えなくなる。ヒトミのほうが年上なのにそんなことは少しも気にしない。生意気で、清潔感がなくて、時に自分が一番と思っているようにも感じる。でも、いやな奴、とは思えない。かわいいと感じるときもある。世話をやかずにはいられない。弟、そんな感じなのかな。いろいろと頭の中を言葉が飛び交った。
「どうしたのよ。」
返事がない。
「ヒロム!」
「あっ、ゴメン。」
と言うだけだった。ヒロムはまた、思考に入っていた。こうなると人の声は聞こえない。ヒトミはフーと息をついて、事務所の整理を始めた。ヒロムが「ベース」にいるのはいいのだが、事務所のいたるところにヒロムの思考のための残骸が散らかってしまった。書類やメモ、雑誌の切れ端、ヒトミがそれらをわかる範囲で分類し、テーブルのキチンと並べていった。ヒロムの近くに来てまた、床に落ちている書類を取ろうとしたとき、ヒロムの手がヒトミのヒップを撫でた。
「ヒヤァー。何するのよー。」
振り向くとヒロムの顔が見るからにエロっぽく歪んでいた。
「大きなお尻」
「ちょっと、なに、考えているのよー」
フフと笑うような顔のヒロム。
「今度の火曜、何処か行かない。」
ヒトミは怒ったような顔をしながら、なんとも突然の提案に戸惑った。断る理由もないので、
「どこに行くのよ。」
今度はヒロムが口ごもった。ヒトミは自分が人いいと思うことがよくあった。悟の時もそうだった。ヒロムに関しては尊敬すべき点もあった。何かの調査にでもつき合わされるのかと勝手に解釈をした。
「いいわよ」
そう返事をするとうれしいそうな顔で、もう別のことに思考がいっているらしいヒロムがいた。
 そうこうしているうちにいつものメンバー集まった。マサルはT会の集会以来、毎日、顔を出すことはなくなった。六人組や常任については、ヒロムが形成した下部組織に任せるところが多くなり、自由に事務所に顔を出すといった雰囲気だった。ヒロムはそれ自体にも何か物足りなさを感じていた。





下げた手を握り締めて

2008年06月27日 16時27分25秒 | Weblog
 何かが足りない。
 ヒロムは考えていた。会員制を整え、その月の最初の来場の際に会費を徴収した。会員は会費を払うことで「ベース」に自由に入場できる権利を得た。「神聖な儀式」の時は寄付を募った。しかし、この活動自体に共感したとしてもそこから先が問題だ。
 ヒロムはミサキとのことを考えまいとした。T会のことを考えると連鎖的にミサキとの不愉快な出来事が頭に浮かんできた。コンプレクスを解消するための方策に思考の方向性が変わってしまった。ミサキからの聞き取りでヒロムはT会のやり方を再構築してみたかった。だが、ミサキとのことが頭から離れず、思うように行かなかった。
 
 信者と言える存在ではない。信仰心が「ベース」にはない。性的な高揚のみが彼らをひきつけているのだろうか。仁の特異性が魅力となっているのだろうか。
 
 ミサキがなぜ、あんな行動に出たのか
 
 ミサキが感じる恐怖、信仰から離れることの恐怖がヒントになる。
ミサキは恐怖から信仰に入った。恐怖を教えることが信仰に導く最良の方法と言うことか。

 ミサキの右手の感触は何なんだ。あれも教えられたことか。

瞳の奥を覗かれてⅦ

2008年06月26日 14時12分38秒 | Weblog
じっと待った、ヒカル自身が静かに離れるまで、ゆっくりと余韻に浸りながら。身体のすべての毛穴から汗が噴き出していた。二人はもう一度シャワーを浴びて、バスタオルに包まりリビングに移動した。ミサキはヒカルにもたれ掛かり、ヒカルは胸で受け止めた。窓の外を見たままミサキが話し始めた。
「話してもいい。ねえ、話してもいい。」
「何を・・・」
「話さなくちゃって思っていて、機会がなくて。話せなくて」
「どうしたの」
ミサキはヒカルの胸から離れ、振り向くとヒカルの瞳をじっと見つめた。
ヒカルは真直ぐミサキの瞳の奥を見ていた。
「あのね。・・・・・」
ミサキはためらいながら、それでも自分を奮い立たせるようにして言葉に代えていった。
 すべてを話すことの罪とすべてを隠すことの罪、どちらの罪が重いのだろう。語り手はその話の中で、いや、話すことで罪から逃れようとする。聞き手は同じ罪を共有しなければならず。また、その罪の重さに耐えなければならない。すべてを隠すことは、隠した本人がその罪を背負うことになる。罪の重さがときに破滅を引き寄せる。
 ミサキは嘘はつかなかった。もし、一つでも嘘をついたのなら、その嘘を隠すために、また、嘘をつく。隠すよりも重たい罪が心を汚していく。
 ヒカルは今までのことを考えたことがなかった。自然にここにいるような気がしていた。ミサキはヒロムが始めてきたときの事から始まり、ヒロムとの会話の中で「教え」から離れていく自分に恐怖を感じたことも話した。部屋を出て、喫茶店に行ったことも、ヒロムが変容していったことも、会話の中で、自分の生い立ちや寮生活のこと、勧誘の厳しいノルマ、「互いの奉仕」についても、すべてを話尽くした。ヒカルはヒロムの訪問については幾分、ムッとした。ヒカルの知らないことまでヒロムが知ってしまったことにも腹が立った。しかし、ミサキの話を聞いているうちにそのすべてがどうでもいいことのように思えてきた。今、目の前にいるミサキが愛おしいと感じる自分を実感していたから。
 ミサキは言葉を止めなかった。
「私はもっとも霊位低い人間だと教えられたの。
だから、神に奉仕して霊位を上げなければならないと言われたわ。
それが生きる使命だとも。
そして、B様の導きで真の配偶者と交わり、連鎖としての生を、高められた霊位の次人を世界に残すことが至福だと。
でも、私はあなたと出合った。
ヒロムさんの言う「偶然の支配」がそうさせたのかもしれない。
人は崇高なる意思と意図を持ち、高められることのみを目指すべき者であり、神の支配のみが真実である。
この道より外れた者は欲獣とかし、欲獣と化した人間は善悪の判断もできず、あらゆるものを食い尽くす。
私の堕落がほんとに「教え」の中の堕落なら、わたしは欲獣になってしまったと思ったの。
それが真実か知りたかった。」
 そういうとミサキはテルホに行ったこと、そこで起こったことすべてを話してしまった。
「わたしは解ったの。私はヒカル以外の誰とも堕落できないって」
言葉は残酷なものだ。怒りに似た感情がヒカルを襲った。激しい支配欲と征服欲がヒカルを突き動かした。言い終わったミサキの瞳の奥をじっと見ていたヒカルは、
突然、ミサキを押し倒した。ミサキが見た夢の奇獣が鹿を襲ったときのように柔らかな触れ合いもなく、そのまま突っ込まれた。ミサキは抵抗する事もできず、ヒカルの重さ、怒りの強さを感じた。準備もできていなかった。バスルームの中で感じた融合感もとろけるような感覚もなくただ痛みだけが身体中に響いた。ヒカルは突いた。激しく、さらに激しく突いた。痛みはどんどん増してきた。ミサキはこの痛みに耐えることがヒカルに対する償いなるかもしれないと思った。ヒカルはギリギリと締め付けるようなミサキ自身の中のヒカル自身が何も感じないのに気づいた。虚しさが頭の奥に拡がった。悲しさがヒカルの動きを止めた。ヒカルはミサキの顔を見ていなかった。身体をお越し、ミサキを見ると顔を横に向け、目を瞑り、歯を食い縛っているミサキがいた。ヒカルは自身を抜いて、身体を離し、横たわるミサキの前で正座した。ヒカル自身もヒリヒリと痛かった。
 ヒカルの視線はもう一度ミサキに向けられた。無防備に開かれた股からミサキ自身が覗いていた。豊満な胸が少し平たくなっていた。顔は横を向いたままだった。外から差し込む光に涙が光った。ヒカルはミサキを抱き起こした。何もいわず無表情のままで流れる涙をみた。その瞳に口付けずにはいられなかった。ヒカルも泣いた。
「ここを出よう。ここを出て、部屋を探そう。」
そういうとミサキはコクンと肯いた。二人は見つめあった、ヒカルの手がミサキの小さな顔を包み、ミサキの手がヒカルの唇に添えらて、瞳の奥を、その奥の真実を確かめあうように。そして優しい口付けから、もう一度、確かめ合うように二人は愛し合った。





瞳の奥を覗かれてⅦ

2008年06月25日 15時25分34秒 | Weblog
ミサキ自身の準備は充分できていた。右手で招いたヒカル自身が入り口に触れると一瞬、ためらうように手が止まった。右手はもう一度、ヒカル自身を握り直し、入り口に運んだ。ヒカルはミサキ自身に満たされた暖かな液体がヒカル自身を受け入れるのを感じた。入り口から少し中に入ったとき、ミサキは身体が裂けるような痛みを感じた。身体がビクンと震えた。それでもミサキはゆっくりとヒカルと招き入れた。ヒカルが完全にミサキに挿入すると、片手で支えきれなくなったミサキは右手をバスタブにのせた。ヒカルの体温が身体の内側から全身に伝わった。ヒカルもヒカル自身からミサキの体温が全身に伝わっていくのを感じた。ヒカルはミサキの丸いヒップに掌を添えた。二人はそのまましばらく動かなかった。お互いの体温が行きかうのを確かめ、一つになれたこと感じていた。
 ヒカルが手を回した。ミサキの下腹から、なぞるようにして乳房の下で止めた。
ミサキの体重をすべて受け止め、離れないようにしながら、ミサキの身体を起こした。ヒカルが少し腰を落とし、ミサキは足に力を入れた。ヒカル自身がミサキの一番奥に届いた。
「アンッ」
ミサキは声をもらした。乾き始めた石鹸の臭いがした。ヒカルは手を伸ばし、シャワーのコックをひねった。最初に出た水は冷たかった。徐々に温度を増した水は石鹸の滑らかさを取り戻させた。その滑らかさがとれ、お互いの肌の感触が戻るまで二人はじっと待った。ヒカルは左手でミサキを支え、右手の中指でミサキ自身に触れた。
「アンッ」
声がもれた。身体を動かすことなく、ヒカルは指を動かした。ミサキの身体が指の動きに反応するように微妙な感覚で揺れ始めた。
 ヒカルは、もう一度、乳房の下に両手を戻し、腰で支えるようにしながらミサキを持ち上げ、バスタブに腰を下ろした。ミサキはヒカルの顔が見たかった。ミサキはそのままの状態で身体の向きを変えようとした。それは難しかった。ヒカルの腕をほどいて、ゆっくりと離れた。向き直った。バスタブをまたぐようにしてもう一度重なった。二人はお互いの意図がわかるようにヒカルがミサキを支え、ミサキがバランスを取り、自身が自身の中に。今度は痛みを感じなかった。腰が自然に動き出した。それはゆっくりとした波のように、やがて、激しいうねりとなって二人を突き動かした。ミサキ自身がそのうねりの中で収縮を始めた。それはヒカルのリズムをさらに激しくした。
声が出た。
「ヒカル、ヒカル・・・・」
しがみ付くようにしながらミサキは叫んだ。
やがて声は
「アー、アー、アー、・・・・」
激しい収縮がヒカル自身を襲ったとき、ヒカルはミサキを抱きかかえ立ちあげった。と同時にヒカル自身からカレの分身がミサキの中にほとばしった。
「アーーーー、」
ミサキの声が響き渡った。
「フォー」
と声を上げて、ヒカルはミサキを抱いたままバスタブに腰掛けた。まだ雄々しいヒカル自身にミサキ自身の小刻みな収縮が伝わった。二人はきつく、強く抱きしめあった。



瞳の奥を覗かれたⅥ

2008年06月24日 13時00分15秒 | Weblog
 ヒカルは濡れた身体のままでミサキを抱いた。ミサキは涙を止められなかった。
ヒカルの体温が自分に伝わる。安心感が満ちてきた。この感覚は絶対に違う。ヒカル以外の誰からも得ることはできない。そう、思うとまた涙が出てきた。涙と鼻水でグチョ、グチョになった顔は五反田の駅でヒカルが抱きしめたときと同じ顔だった。ヒカルはミサキの家着に手を掛けた。ミサキは素直に従った。ミサキは赤い下着をつけていた。土曜日はいつも赤い下着だった。ヒカルは下着も取った。抱きかかえて、風呂に入った。狭い風呂だった。この手のマンションは当時、ユニットバスが普通だった。バスタブのヘリにミサキを座らせた。ミサキはヒクヒク啜り上げていた。ヒカルはシャワーを出して、ミサキの足元からゆっくりと全身を濡らした。石鹸を取って、そのまま、ミサキの身体にこすりつけ始めた。くすぐったかった。全身に塗り終わると、ヒカルは石鹸を置いた。足先から洗い始めた。洗うと言うよりも、ミサキの右手になったつもりで、触れるか触れないかの感触で撫で、擦り、掴み、また撫でる感じを繰り返した。ミサキの柔らかい肌とヒカルの指の硬い皮膚の間の石鹸の滑らかさがミサキに刺激を与えた。
 ヒロムの両手の人差し指がミサキの踝からスタートして膝の脇を通り、太腿の横を這って、ミサキ自身に近づいたと思うと掌が太腿を撫でた。また、踝から始まり、今度は背中を通って、乳房のしたで掌に変わり、腹を撫で下り、ミサキ自身の手前で止まった。また、登り始め、乳房の下で人差し指に代わり、乳房を周りを円を描くように回って、首筋で掌に代わった。ミサキの顔は涙で崩れた顔から、徐々に高揚していった。ヒカルの掌は背中をゆっくりと降りて、ヒップのところで人差し指に戻り、今度は二手に分かれて、左手は右の乳房に右手はミサキ自身に向かった。
「アンッ」
ミサキ自身にツンと触れるとすぐに離れ、左の乳房に向かった。ヒカルの掌は熟れ過ぎた桃を潰さないように細心の注意を払って触れる時のようにミサキの乳房を包んだ。ヒカルはミサキがいつもしてくれるように触れたかった。愛おしさを掌に集中した。ミサキの肌とヒカルの掌が溶け合い、体の芯にまで届きそうな快感がうねりとなって押し寄せた。それは大きく波打ち、小さくさざめきミサキを取り込んでいった。ミサキも今感じている快感をヒカルに伝えたかった。両腕を伸ばし、ヒカル自身に触れた。ヒカル自身はミサキの手の中で徐々に硬直していった。ヒカル自身が頂点に達した時、ミサキは手を離し立ち上がった。同時にヒカルの動きも止まった。中腰のヒカルに泡だらけのミサキが抱きついた。身体を摺り寄せながら、二人は立った。見つめ合いキッスをした。長いキッスの後、ミサキはヒカルの手を解き、振り向くとバスタブに左手を掛け、右手を太腿の間から通して、ヒカル自身を捕まえた。ゆっくりと、ゆっくりとヒカル自身をミサキ自身に招き入れた。ヒカルは一瞬、ハッとした。いいのか、その思いもミサキの中に入っていく自身の感覚が忘れさせた。

瞳の奥を覗かれたⅤ

2008年06月23日 13時49分15秒 | Weblog
時間が長く感じられた。「ベース」に向かうタクシーの中で、異常な男臭さを感じた。しかし、ヒロムはそれが自分から発しているとは思わなかった。運転手は怪訝そうな顔でヒロムを見た。
ヒロムの頭の中では
「アラッ、アラッ、アラッ、アラッ、・・・・・・」
「もうお帰りですか。もうお帰りですか。もうお帰りですか。もうお帰りですか。・・・・・・・」
「ハハハッ、ハハハッ、ハハハッ、ハハハッ、・・・・・・」
この三重奏が鳴り響いていた。青山墓地の端で車を降りた。腹の辺が冷たかった。左手を心臓の下に当てた。視線を向けた。青いシャツに白い模様がついていた。どうしようもない屈辱感がヒロムを襲った。引きちぎるようにシャツを脱ぎ捨てた。ヒロムは上半身裸の状態で「ベース」のドアを開けた。
 ミサキは電車賃を探した。ポケットの中にはジャリ銭が少ししかなかった。数えながら自分がしていることが滑稽に感じられた。金は足りた。電車の車窓から、緑燃える駒場の森が目に入った。ずいぶん長い時間が過ぎたような気がした。大学に入学してから今までのことが頭の中で渦を巻いていた。明大前で乗り換えるとき、京王線のホームのベンチに座り、フーと息をついた。
 何故ここにいるのだろう。
 何をしに東京に来たのだろう。
 ジョン・アルビンにあこがれていたのではないか。
 原書で読みたかったから、研究者のいるR大にし進学したのではないか。
 今、自分がいる場所はどこなのだろう。
 ヒカルに合いたい。
 目の前を何本も電車が通り過ぎた。焦点はどこにも合わなかった。ドンッと横に初老の女性が腰掛けた。ミサキは、ハッとして行き先を告げる案内板の横の時計を見た。立ち上がり、近づいてもう一度確かめた。慌てて次の電車に乗り込んだ。
 
 その週の土曜日、ヒカルはいつものように出かけるつもりでいた。ミサキはシャワーを浴びて出てきたヒカルにバスタオルを被せた。
「ここにいよう。今日は、二人きりでここにいよう。」
頭にバスタオルを被せられたヒカルにはミサキの表情は見えなかった。
「どうしたの。」
裸のヒカルにしがみ付くミサキの腕の力が増した。
「私は堕落した女なんです。あなたに助けてもらったのに。あなたを好きになったのは私なのに・・・・あなたは私を受け入れたくれたのに。」
グッと強まった力が抜けて、ミサキはヒカルの前に座り込んだ。ヒカルがバスタオルを取ると、そこには涙目のミサキがいた。二人で逃げ出した時と同じような顔がそこにあった。

瞳の奥を覗かれてⅣ

2008年06月20日 14時24分31秒 | Weblog
ジャージに着替えた女子が勧誘先の資料を持って入ってきた。男子も着替えていた。既にブラを外してリラックスしている女子のジャージから乳首の隆起がはっきり解るのを男子は見ていた。二人は膝を突き合わせて、勧誘ルート、時間帯、不在者対応についてまじめに話し合った。汗ばむ季節だった。風呂は活動前に銭湯に行くのが通常だった。その日、その女子は銭湯に行きそびれた。話が終わりに近づいたころ、男子はその臭いでおかしくなり始めていた。部屋に散らばった資料の中から、女子の脇にあるものを取ろうとして男子の手の甲が女子の乳首に触れた。
「アンッ、」
艶かしい声だった。それがスタートの合図になり、男子は女子を押し倒した。ジャージを捲くり上げ、乳首を吸った。左手で女子の両手を頭の上で押さえ、右手は下腹を這った。女子自身に触れると荒々しく刺激した。女子は呻いた。さらに男子の手は、女子の下半身を露わにした。男子が自分でズボンを下げ、挿入しようとした時、
「それをしたら、堕落する。」
女子が言った。男子はハッとして身体を離した。二人は挿入することなく慰めあった。
 「教え」のテキストの中には「悪しき混血につながる交わり」は否定していたが、それ以外の行為についての記述はなかった。彼らはそれを理由に自分たちを慰めあった。それは「互いの奉仕」と呼ばら、慣例化していった。管理部は大体のことを把握していたが、勧誘実績が伸びたことで黙認した。先輩に教えられるがままにミサキも「互いの奉仕」を覚えていった。が、それはミサキにとって意図的なものではなく、義務、あるいは儀式のようなものだった。
 そのときの自分が、今、ヒロムの前にいる自分と重なった。ミサキは自分のしていることを悔やんだ。ヒロムとの会話の中で自分が教えを離れ「堕落」していくのをヒシヒシと感じた。そして、「堕落」した自分が何故、ヒカルを選んだのだろうという疑問がわいてきた。自分は「教え」の厳しさ、勧誘生活の厳しさに耐えきれず、ただ逃げ出したかったのではないのか。ヒカルでなくてもそこから自由に慣れれば誰でもよかったのではないか。自分は「堕落」し、欲獣と化した。
「欲獣と化した人間は善悪の判断もできず、あらゆるものを食い尽くす。」
それが自分ではないのか。ミサキは以前とは別人のようなヒロムで自分を試していた。それは厳格な言葉で意識したのではない。ミサキはこの状況の中で自分がしたことに気づいた。
 ミサキは涙を堪えながら、ヒロムのベルトを外し、ジッパーを下げた。ヒロム自身は硬直はしているのだが、ヒカルのとは違いトランクスの中で隠れていた。ボタンを外し、中から取り出し、ミサキは左手でやさしく握り、頭を右手の掌で撫でた。そして、右手で握り直そうとした時、ヒロム自身は勢いよく発射した。それは行為を凝視していたヒロムの顔にかかった。
「アラッ、」
ミサキは思わず声を出した。不思議なことにミサキの手には一滴もかからなかった。発射の勢いが良過ぎたのか、ヒロムのシャツと顔がすべてを受け止めた。驚いたのはヒロムの方だった。何が起こったのか、解らなかった。頭が段々理解し始めると恥ずかしさと惨めさが一緒になってヒロムを襲った。ヒロムは突然立ち上がると
「何を笑っているんだよ。」
と言って、そこにあったティッシュで顔を拭き、部屋を出て行った。ミサキは笑っていなかった。ヒロムが部屋から出て行くの見て慌てた。所持金がなかった。ヒロムを追いかけた。ヒロムは既にエレベーターに乗っていた。ドアが閉まった。三階だった。非常口を探して階段を降りた。
 ヒロムは会計のところにいた。相手の顔は見えないのだが、もうお帰りですかと言われたような気がした。ヒロムは値段を確かめることなく鍵と一緒に一万円を置いて外に出た。後ろから笑い声が聞こえるような気がした。
 ミサキは階段室のドア越しにヒロムが金を払うのを見た。なぜか、ほっとした。ヒロムが出て行くのを確認してミサキも家路に着いた。

瞳の奥を覗かれてⅢ

2008年06月19日 13時07分59秒 | Weblog
ヒロムは困った。ヒロムの予想にはなかった展開だった。もっと困ったのはミサキの右手だった。ヒロムの右腕がヒロム自身になってしまったかのように快感が体中を走り回った。ヒロム自身もそのウネリに反応し、ズボンを膨らませた。ミサキの視線はヒロムに向けられるわけではなく、どこか遠くの場所を見ていた。ヒロムが手を引こうとした。ミサキの身体がガクッとまえに倒れそうになった。ハッとして、ミサキは慌てて手を離した。ヒロムはスッと手を引いた。
「ドッ、ドッ、どこに行きたいの。」
今までのヒロムとは思えない感じになってしまった。ミサキは我に返った。見つめているヒロムの瞳に気づいた。何をしようとしているのか自分でも解らなかった。また、ヒロムの視線を逃れようと下を向いた。
「どこでもいいの。」
ヒロムは困った。そんな場所をこの辺では知らなかった。M大の近くに休憩云々と書いてあるテルホを見たことがあった。そんな場所に行っていいものか。冷静になれない自分を何とかコントロールしようとするのだが、言葉は勝手に口を出た。
「アアッ、じゃあ、出ようか」
そういうと二人は店を出た。
 ヒロムは駅に向かった。無言のままミサキが後についた。切符を二枚買い、ミサキに手渡した。電車に乗り、結局、井の頭線に乗り換え、神仙で降りた。「ベース」の初めのころに行ったテルホの前に来た。そこまで、何の会話もなかった。「ベース」では会話のないのが当たり前だった。だが、この日の沈黙は、ヒロムの頭を狂わせるほど、長く感じた。ミサキが理解できなかった。ヒロムの計画では、T会の情報が得られればいいだけの話だった。それは徐々に成功していた。この展開はこれからどうなるのか、ミサキに対して性的に何か欲するものがあるわけではなかった。その右手以外は・・・・・・
「入る・・・」
ミサキは目を合わせず、肯いた。
 どこでもいいので、目に入った部屋のボタンを押して鍵を取った。部屋は一番小さな部屋だった。入り口の横にユニットバス、その先に小さなテーブルがあり、椅子が一つ、後はベッドだけの部屋、ベッド脇の壁が鏡張りになっていた。
ヒロムはこんな部屋に来るのは初めてだった。ミサキはこんなところへ来たことがなかった。ヒロムはその小さい椅子に座った。ミサキはベッドの端に腰掛けた。ヒロムも女性と二人きりでこんなところにきたことはなかった。そのことしか意図しないこの部屋で、ミサキの右手の感触を思い出すとヒロム自身がズボンの中で蠢き始めた。
「ここでいいの。」
今にも、ミサキに襲い掛かりそうな情動を抑えて、聞いた。ミサキは答えなかった。
 情動がヒロムを行動に移させた。ミサキの腕を引き、無理やり抱き寄せ、口付けようとした。ミサキは腕を胸の前で組み、ヒロムの唇が近づくと、ドンと跳ね除けた。予期せぬ行動にヒロムの身体はバランスを崩し尻餅をついた。
「ハッ、ハッ、ハッ、」
笑いが出た。ヒロムは体勢を整えてミサキのほうに向き直った。ミサキはヒロムを押し除けた勢いで座り込んでいた。
「そういう意味じゃなかったの」
ミサキはイヤイヤをするように頭を振った。
「君が二人きりになりたいと言ったんだよ」
ミサキはブルブル震えながらたちあげった。
「ごめんなさい。私、帰ります。」
そう言って、振り向いたミサキの右手をヒロムが取った。
「それはないだろう。」
ヒロムの右手には力が入っていた。それは従うしかないほどの威圧感があった。グッと引いて振り向かせた。下から見上げるようにミサキを見た。恐怖がミサキの顔をこわばらせた。
「座りなよ。」
ミサキは言われるままに膝を落とした。
「ねえ、触ってよ。君の右手のせいでこんなになっちゃったよ。」
そういうとヒロムは股を開き、ミサキの右手を自身に押し付けた。
「どうすればいいの」
涙が出そうになった。
「気持ちよくしてよ」
ミサキの頭の中で寮での生活が蘇った。
 極端な禁欲生活の中で寮の男子たちは抜け道を探し当てた。食事も、書物も、テレビの番組も、すべてが管理下にあり、自由ということばはほとんどなかった。彼らは二階に女子がいることで性的な欲求から来るストレスを感じないわけがなかった。就寝時間も活動が終わるのが深夜なので、二時三時は当たり前だった。それでも寝付けない彼らは自慰で慰めていた。
 ある日、その日の勧誘がうまくいかなかったペアの男子が部屋で作戦会議をしようと同行した女子を誘った。



瞳の奥を覗かれてⅡ

2008年06月18日 14時00分29秒 | Weblog
ミサキはそこまで話すと言葉に詰まった。涙が流れていた。ミサキの胸元をみて話を聞いていたヒロムは様子が変わったのに気づき、フッと顔を上げた。ミサキの視線はまっすぐ前を向いていた。そこにいるヒロムの何処かに焦点があっているわけではなく、はるかかなたを見ていた。ヒカルの部屋で泣いていた時のように表情は変えずに涙が瞳からこぼれていた。この状況はヒロムのシュミレーションになかった。ヒロムはこの面談に入る前に「聞き上手になる」、「GORO-口説きのテクニック」などなど女性と話すための資料を勉強し、ヒトミを練習台にして、何度もシュミレーションをした。だが、女性から話し出し、泣き始めるというのは考えられなかった。しかも表情も変えずに・・・・
 今回の手法はうまく言っていると思っていた。情報を得るために研究した成果が出ていると思っていた。
 ミサキの焦点がヒロムの瞳に合った。今日は黒縁メガネをしていなかった。ミサキの近視の瞳は澄んでいた。その澄んだ瞳がヒロムの瞳をとらえた時、ヒロムの思惑が見透かされたしまうのではないかとヒロムは一瞬不安になった。が、ミサキの視線はヒロムの瞳と交差したかと思うとそのままテーブルの上にのせた手の上に頭から落ちていった。ミサキは音も立てずに静かに泣いた。ヒロムは困った。今日は結束していなかった。さらさらとミサキの髪が流れ落ちた。ヒロムは手を伸ばして、ミサキの髪に触れた。髪をすくようにしながら、頭を撫でた。意図したわけでなく、自然と手が動いていた。しばらく動かないミサキ、ヒロムの手を一度、左手で押さえて頭を少し上げ、右手でヒロムの腕を取った。電気が走った。ヒロムの腕を両手で包むように持って、頭を起こし、ヒカルの掌を自分の頬にくっつけた。ヒロムの腕はいっぱいに伸びていた。
「ここで、お話するの止めましょう。」
二人は行き着けなった喫茶店にいた。
「えっ、どういうこと」
「誰もいないところで話したいの。」
「それじゃ、部屋に戻ろうか。」
「部屋には戻りたくないの。」
そう言いながら、ミサキの右手はヒロムの腕を微妙なタッチで擦っていた。



瞳の奥を覗かれて

2008年06月17日 13時07分19秒 | Weblog
 ヒロムの訪問は続いた。一回の訪問に使う時間は一時間半、話題の作り方は天気の話からはじめ、日常の些細なことで笑い、徐々に本論に近づく。紳士的に振舞うヒロムにミサキも好感を持ち、会話は続いた。しかし、話がT会の話になるとミサキは表情が曇り、口が重くなった。ヒロムは無理に聞くことはなく、かさぶたをゆっくりはがすように細心の注意を払った。初めのときとは違い、B氏を否定的に表現することなくヒロムはミサキの心に迫った、T会の戦略を理解するために。
 ミサキとの会話の中でたびたび出てくるフレーズがあった。
「私はもっとも霊位が低いから・・・・」
「何故って、人間は霊位を高めるために生まれてきたのだから・・・・」
「れいい」と言う言葉の意味が解らなかった。
「B氏の教えは素晴らしいと思う。けれど、一つ、質問をさせて欲しいんだけど、{れいい}ってなに。」
そう、聞いた時、ミサキはヒロムの顔を見返した。その意味を聞かれるとは思わなかったという顔をした。会話に詰まると二人は席を立った。無理をしない。ヒロムは決めていた。次の日か、その次の日、ヒロムは呼び鈴を押した。
 話を続けるうちにミサキは、自分が何をしているのか、と考えるようになってきた。会話の中で自分に気づき始めることは恐怖もあった。カウンセリングのような会話がミサキを少しづつ開放していった。それは情熱的な行動に出た自分と対面することにもなった。
 その日はミサキから丁寧に話し出した。
「人間は神の次の存在なのです。世界は神によって造られました。そのときから、魂の数、霊の数は決まっていたのです。神の下に人間がいて人間が生きるためにすべての生き物が造られました。人間はその霊位を神に近づけることが最大の使命なのです。神に近づき神のお役に立つことが、最上の至福なのです。神は人間を高めるために悪をも御造りになりました。悪は人の心に住み着き、神から離れようとしたのです。人は無垢なる生命から傲慢な生き物に変わってしまいました。神は悲しみと怒りを覚え、その人の心の美しさに応じて言葉も肌の色も別々にしてしまわれたのです。」
 ミサキは水を飲み、息をつき、だんだん興奮していく自分を抑えながら、続けた。
「そうした神の仕打ちに人間が気づき、悔い改めたなら、人間は浄化の道には入れたのです。神が思うよりも人も心は弱く、悪に支配されていきました。そして、神が与えてくださったすべてのものを自分で支配できると思うようになったのです。人間の数が増えることによって、その他の生き物の数が減りました。その霊が入るための生き物の数が足りなくなり、人の体に他の生き物の霊が入り込んできたのです。かれらは神の庇護の下では無垢なる生き物でした。しかし、人の体を得ることでケダモノに変わってしまったのです。そうした霊位の低いものが、上位のものと性的関係を持ち、血は汚れ、世界は滅びの道に向かい始めたのです。それを正し、浄化の道にいざなうのが神の声を聞くことができるB様なのです。」