仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

王様の新居2

2009年09月30日 16時25分00秒 | Weblog
成城の新居は木造で、古かった。洋館のようなその家は肩くらいの高さの御影石の塀が取り囲み、塀の上には植栽が施されていた。門をくぐると、車が乗用車で二台止めれそうなスペースがあり、アーチ型の玄関があった。エントランス兼リビングがあり、中央に階段、奥にキッチンとバス、書斎があり、二階に四部屋、寝室にも個人の部屋にもなんにでも使えそうな部屋があった。
 その一部屋に武闘派が常駐した。一部屋はヒトミとヒロムの寝室に、一部屋はヒトミのクローゼットに、最後の一部屋にはそのころまだ高価だったコンピューター関係の機材が積まれた。が、ヒロムは書斎にこもった。クイーンズサイズのダブルベッドを置いた寝室にヒトミと寝ることはあまりなかった。むしろ、寝室はヒトミの世界になった。
 不思議なものでヒトミは性的に発達していった。男でも女でも、常任はヒトミに呼ばれることを最高の至福と感じた。ヒトミは自由に「流魂」の中を行きかい、好みの対象を選んだ。時々、というよりごく稀に、ヒトミはヒロムを誘った。ヒロムはヒトミの誘いには応じた。常駐の武闘派にツカサが来る時はほとんど毎晩、ヒトミの声がかかった。ヒトミは姫を楽しんだ。
 性的な興奮が、魂のウネリであり、生への衝動と感じて、それを基盤に「流魂」を導いてきたヒロムが、逆に性的なものから離れて行った。ヒロムはオカルト的なものに興味を持ち出した。書斎にはそれに関わる本が積まれた。スプーン曲げに集中したり、霊媒の本を読み漁ったり、時として、当時はやり始めたテレビゲームに興じた。
 ヒロムの心に虚無が忍び寄っていた。ヒトミと交わる時はヒトミがヒロムに「命の水」を飲ませた。そうしなければヒトミを満足させることがヒロムにはできなくなっていた。孤独がヒロムを締め付けた。

王様の新居

2009年09月28日 17時17分18秒 | Weblog
 窓の外の景色が変わった。桜上水のマンションは「流魂」の世田谷支部として機能し始めた。常任たちはヒロムとヒトミに成城の一軒家を用意した。金のことも考えなくなった。王様は王女様より暇になった。ヒロムは太った。
 勧誘のプロセスも、講和の内容も、全てが常任によって構成され直した。かつての「六人組」のような組織が、「流魂」の中枢が、将官たちで再構築された。組織とは不思議なもので、完成されると一人歩きし始める。王国に住む住民は王の名のもとに全ての苦しみからも、罪からも逃れた。自分のためでなく、王のために、全ての行動は王のために行われた。どんな罪も、どんな犯罪も、王のためであるから、許された。それは自分の責任において行動するのではなく、全ての責任を王に転嫁しての行動だった。
 ヒロムはその事実に気付いていたのかどうか。彼らの行動をとめることはしなかった。ヒトミを抱くことも稀になった。常任が飛び切りの新生をヒロムに合わせた。ヒロムと関係を持つことはそれだけで、素晴らしいことと演出されていた。ただ、それも気持ちが乗るときだけになった
 魂の高揚を望んだヒロム、そのための組織。
 ヒロムは部屋にこもった。

有言4

2009年09月24日 17時32分41秒 | Weblog
 宗教のように装う、装うというのが適切な表現だとヒロムは思った。教義を立案し、文学部哲学科の常任に手渡せば、思いもよらぬ力作が戻ってきた。ヒロムは簡単な手直しを、命ずるだけでよかった。ヒトミは高級エステに通い、その体型を維持すればよかった。
 優秀な常任は「流魂」を彼らの王国に創り上げた。ヒロムが教えた世界感が彼らを王国創造へと駆り立てた。
 虚無、死によって全てが終わる。
 人は死を前にすると無力である。
 生きることは死に向かうことである。
 よって、人の生は無意味である。
そう教えこまれた常任はほとんどが大学生だった。虚無からの脱出をヒロムは昇華と呼んだ。彼らは虚無の恐怖から逃れるために必死で王国を築いた。ヒロムを宰とし、ヒトミを姫とすることで自らの虚無から逃れることができた。ヒロムが喜ぶ顔を、ヒトミの悦楽の表情を彼らは求めた。そして、尽くした。

有言3

2009年09月18日 17時51分32秒 | Weblog
舞台袖に戻るとヒロムがいた。
「宰、どうなされたんですか。」
岸折奈美江は驚いた。
「奈美江さんのお話を聞きたくなってね。」
「まあ、嬉しい。宰にお会いできるなんて。」
「素晴らしかったよ。あなたの話し方はほんとに魅力があるね。引き込まれていったよ。」
「お恥ずかしいですわ。」
「また、会員が増えそうだね。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ。」
「お帰りですか。」
「ああ、青山によろうと思ってね。」
奈美江は深々と頭を下げた。ヒロムの姿が見えなくなると奈美江はキッとした顔で振り向いた。
「堀部、堀部は、」
「ハイ。」
「前列中央、右から七番目の女をターゲットにしなさい。私の講和中に三度もあくびをした。」
「ハイ、解りました。」
 組織は巨大化した。ヒロムはほとんど何もしなくなった。時々、ヒトミと会員の前に現れればよかった。「流魂」はヒロムの手を離れたのか。確かにヒロムが見込んだ幹部は優秀だった。法学部、演劇部、経済学部、薬学部、理科学部、それぞれの得意分野を生かし、組織が大きくなることを喜び、ヒロムとヒトミに認められることを競い、ヒロムの手が、ヒトミの身体が癒しを与えてくれることを望んだ。幹部クラスになると十分に楽しみながら「命の水」を使った。

有言2

2009年09月15日 16時01分10秒 | Weblog
私は悪くないと思いました。
私の生まれた場所が悪かったのだと思いました。
それもこれも、偶然であり、そのために、人は苦しむのだと思いました。

私がその手を感じなかったら、私は、護美となって魂の行き場もなく果てたのでしょう。
「流魂」に出会う前、私はこのカラダを売りました。
十代の中ごろでした。
男は直ぐに金をくれました。
私はその金で貧乏から逃げた。
服を買って、美味しいものを食べて、お酒を飲んで、悲しい幸せを買いました。
渋谷で酔いつぶれていた時でした。
世界が回っていました。
目の前を人の足が通り過ぎていきました。
立つこともできませんでした。
男たちはもの欲しそうに私を見ました。
頭の中で靴音が響きました。
いままで近くにいたはずの友達、友達と思っていた人たちが消えていました。
虚無が、靴音と共に私に忍び寄りました。
どうして、生まれてきたんだろう。
私に何の意味があるのだろう。
今、そこにいた人たちは誰だったのだろう。
寂しくて、悲しくて、辛くて、もういい、と思いました。
最も簡単な方法が、この孤独から逃れるための簡単な方法が頭に浮かびました。
その時、何かが触れたのです。
私の体に、温もりが触れたのです。
始めて感じる感覚でした。
雲がかかった視界の中に今まで見たことのない優しい顔がありました。
四、五人の人が私を包んでくれました。
その温もりの手が私を「流魂」に導いてくれたのです。

全ては偶然が支配しています。
けれど、出会いは、「流魂」との出会いは偶然を必然に変えてくれたのです。
ここにいることを皆さんは偶然の出会いと思われると思います。
けれど、ここにいられることは皆さんが選ばれた人である事の証なのです。
私はその時、「流魂」の愛を知りました。
全ての人がここに生を受けたことの意味を知りえるのだと知りました。
そして
皆さんはまだ、その段階ではないのかもしれません。
が、「命の水」を知る時が来ます。
人の生命には何の保証もありません。
けれど、一瞬が永遠に繋がっている事を、全てはその一瞬の中に隠されていることを知れば、全ての恐怖から抜け出せるのです。

個々は個々として孤独の中にいます。
「流魂」はその孤独の中から皆さんを救い出してくれるのです。
全体は、全体があるからこそ、個々が存在するのです。
個々は個々として独立し、全体として一つになれるのです。


有言

2009年09月14日 17時14分00秒 | Weblog
もし私が宰にも姫にも会わなかったら、現実から逃げ続けていたでしょう。
苦しみの根拠も知らずにただ、震えていたでしょう。
生きることの真実を誰が教えてくれたでしょうか。
両親の交わりによって私がいることの根拠を両親は知りえたでしょうか。
否、 彼らは問いただすことなく死への道を進んで行くだけです。
宰の御言葉の独立と自生こそが人間の元来のありようであり、美しい生の姿なのです。
さて、此処におられる方で姫の背中を見たことがある方が何人いるでしょうか。
姫の背中にたどり着ける人が何人いるでしょうか。
姫はその背中を魂の闇に沈んでいたツカサ様をお救いするため捧げたのです。
宰と姫の慈悲によってツカサ様は今、お二人の御傍にお立ちになっているのです。

私は、死を恐れていました。
死によって全てがなくなることを恐れていました。
死があるのになぜ、生きていかなければないのか。
私にはわかりませんでした。
醜く人と私を比べました。
もし、王女として、生まれてこれたら、こんな苦しみはないと思いました。
私は両親の元を出ました。
というよりも、家族として生きていくことに限界が来ていたのです。
母は意味もわからずに父を責めました。
貧しさは全て父のせいだといいました。
時には私がうまれてきたから、生活が苦しくなったとも言いました。
父はそんな母を許しました。
許すことしかできませんでした。



無言 2

2009年09月11日 17時22分50秒 | Weblog
女が、ほとんど、話をまとめた。
男は、ほとんど、言葉を口にしなかった。
工事現場が、まだ、騒がしい頃だった。
ジョイントベンチャーの公共工事がいろんなところで盛んだった。
「賄い夫募集中」の張り紙を剥がして、組の親方と直接交渉をした。
男が鳶であることも伝えた。
それから、組の寮に入った。
二人の仕事ぶりは評判になった。
親方は現場が変わるたびに、二人を誘った。
二人は、いつも、肯いた。
男も女も記憶の糸が切れいた。
子供の頃のことも、出会いの時のことも、二人の記憶の中から、消えていた。
むしろ、今、現在に至る遠い過去の記憶が二人を支配した。
長い、長い、孤独と疎外の日々の記憶が二人の結びつきを強固にした。
場所は何処でもよかった。
生きて入れればよかった。
夜になると二人は必ず交わった。
疑うことも、恐れることもなく、大きな動きも、激しさもなく、一つの生き物ののように二人は重なった。
男が果てることもなく、女がよがることもなかった。
全ての細胞壁が剥がれ落ち、魂が液状化し、その記憶が過去のものとも未来のものともわからない世界へ導いた。
そこは静寂と安堵の世界だった。
二人はまだ、その世界から出るつもりにはなれなかった。
その時が来るまで。


無言

2009年09月10日 17時38分45秒 | Weblog
寒さに震えるほどのことはなかった。
肩を抱いた。
右側の窓を開けた。
厚い雲が海の向こうからこちらを目掛けて走るようにやってきた。
その寮は二人には調度よかった。
肉体労働の後、焼酎を飲み、眠った。
化粧もしなくなった。
髪を切った。
時間の中で二人の存在が消えていくような感覚が酔いと共に二人を取り込んだ。
身体を重ねた。
安堵が一言の会話もなく続いた。
記憶の中にいた。
脳の記憶ではない肉体の奥のさらに奥の細胞壁の間に潜む微かな記憶の中にいた。
なぜ、という思いは、その理由があるからだ。
彼らには理由はなかった。
金はそれなりにあった。
部屋も借りれたのだろうが、二人は寮を選んだ。
追うものもいなかった。
それだけでいいのか。それだけで。
彼らは存在の真実を知っていた。
恐れるのものはなく、消えていくことが当たり前のこととして彼らを動かした。
再び、そう再会が時間の渦の中で形を変え、姿を変え、繰り返されることに疑問を持つこともなかった。
だから、今をこの愛おしい時を二人は人知れず、感じたかった。

それでも、誰かが聞いている 3

2009年09月07日 16時02分25秒 | Weblog
平井さんたちはいつもそこに座り、お疲れビールを飲んで解散するのだといった。
「注文した。」
「まだです。」
「出演者料金だから、安いよ。何か頼む。」
「ハイ。」
恵美子さんに耳打ちした。ビールと乾き物が運ばれてきた。さっきのサービスの人だった。
「お疲れ様。ナーンだ。普通ね。ちょっとびっくりしたけど。」
笑顔で言った。平井さんたちも笑った。
「リハーサルの時はどうなるかと思ったよ。」
「すみません。」
「あやまることないよ。初めての人多いんでしょ。」
「僕とボード以外は・・・・。」
「そんな感じはする。うちのドラムスであの音出せるのそんなにいないからね。」
「ありがとうございます。」
「でも、どうしてライブやろうと思ったの。」
「すみませーん。私がライブやろうよって言い出したんです。」
「だから、あやまることないよ。そうかあ、うん、バンドっていろいろあるから・・・音って外向きの音と内向きの音があるんだよ。ライブに出るバンドって、外向きのが多いからさ、何か新鮮だった。ほら、ダンサーの人の目、外を見てなかったでしょ。あれ帰っちゃったのか。」
「すみません。ちょっと、お先にでした。」
「あやまることないってば。プロ志向のバンドなら自分らのことをよく見せようといろいろやるんだけど、君らのダンサーはそれってわけでもないみたいだし・・・・。自分らの感性の中へ、さらに、中へ、引き込まれていくようだったよ。俺たちを見てくれ、認めてくれ、解ってくれってのが全然なくて、目的は解らないけど、内的なものの中にさらに中に・・・・。あッ、ゴメン、しゃべりすぎた。」
嬉しそうな顔だった。皆は真剣な顔で聞いていた。ハルの目が潤んでいた。たぶん、ヒデオとアキコがいたら、「ベース」のことから始まり、平井さんと大討論会になったかもしれない。むしろ、この日は、皆が聞き手になっていた。自分らのやることが意味づけられ、自分らの方向性を平井さんが示してくれているような気がした。平井さんの質問にはほとんどマーが答えた。曲は決まっているのか、構成はどうなっているのか。マーはほとんどがアドリブだと答えた。平井さんは肯いた。
「そう、君らの演奏を聞いていると、確かなテクニックがないと難しいと思うんだよ。でも、いいところは自分らの力量を超えずに演奏しているところかな。そう、歌に歌詞がないのもいいかもしれない。下手に意味をつけると客はそれを聞いてしまうからね。でも、声はもう少し出たほうがいいね。ミキサーが大変なんだよ。はははは。」
それから平井さんは聞き手を選ぶバンドかもしれないと言い、でも今日、ビーエスエイトを聞いた人はまた聞きたくなると思うとも言ってくれた。皆は緊張していたが、平井さんの話を聞いてほっとした。吉川さんも自分も一緒にライブを、即興演奏をしているような気分になったといってくれた。最後に平井さんが今度はいつかと聞いた。
「決まってないんです。昭雄さんがタイバンを選ぶからって。」
「それは、難しいな。昭雄さんがそういう時は次はないよ。」
「そうなんですか。」
「でも、ここじゃないほうがいいかも。」
「そんな感じはしました。バンドのカラーが決まっている感じしました。」
「うん、むしろイベントのほうが効果的かもしれないね。ここの企画もののときに昭雄さんに推薦しとくよ。」
平井さんは少し考えた。
「ちょっと狭いかもしれないけど、ジャズって言うか、即興系の箱に知り合いがいるから連絡してみようか。」
皆は、感動した。御礼をたくさん言った。スタッフの人たちにもう一度、挨拶に回りハウスを出た。出掛けにマサルが財布を持って、平井さんのことろに行った。平井さんは金を受け取らなかった。

それでも、誰かが聞いている 2

2009年09月03日 16時26分21秒 | Weblog
サービスの人がハウスのフロアーを組み替えた。立見席にテーブル、椅子をセットして、テーブルの上にキャンドルをのせた。雰囲気が変わった。平井さんと吉川さん、恵美子さんはステージの機材を並べ替えた。マイクスタンドが前面に並び、アンプ類が一箇所に固まった。センターにドレムスがセットし直され、シンバルが揺れた。ピンスポットが一本だけ当り、機材が作る影が綺麗だった。
 皆はじゃまにならないところを探した。結局、観賞用ブースに陣取った。

「はは、ここに来たか。」
平井さん、吉井さん、恵美子さんが来た。
「え、まずかったですか。」
「いいよ。いいよ。」