仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その手の中に9

2012年06月22日 16時07分11秒 | Weblog
アクリルの窓の向こうにリツコと仁に挟まれるようにして彼がいた。

身体から湯気の出ている中の様子をみて、リツコが皆の分のバスタオルを取りに行った。
アクリルの窓の向こう、皆には曇りガラスのように見える向こう側に仁と彼がいるのがわかった。

スグリと新しい仁は中央に倒れ込み、その周りに手をつなぎ、頭を垂れてた状態で静止していたのだが。
マサミが、アキコが、ヒデオが、そして、最後に、マサルが頭をあげた。

リツコがドアを開け、中に入った。
バスタオルを皆の肩にかけて回った。

新しい仁はバーンと跳ね起きた。
タオルを受け取ると汗を拭き、身体に巻いた。
「気づいたんだね。」
「そうみたい。」
リツコはスグリの肩を抱いて、起こした。
大きめのバスタオルを二枚、一枚は床に敷き、一枚をスグリの肩にかけた。
スグリの焦点が徐々にあってきた。
リツコを確認できた。
「ありがとう。」
リツコの綺麗な笑顔があった。
それ以上にスグリの笑顔も綺麗だった。

「リツコは知らないの。」
「うん、知らないわ。でも、仁がわかったみたい。」

皆は衣服を手にして、「ルーム」を出た。

「仁。」
「マサルが気づかなくてもしょうがないかも。」
「どうして。」
「だって、この状態を、この姿を、認めたくないでしょう。」
「うん。」
「もう気づいたんでしょ。」
「うん。」
「でも、まだだよ。」
「仁。どういうこと。」
「目が覚めてないもん。」
「そうなの。」
「うん。時間が、違うね。折れてるから、治してやらないと。」
「いいのよ。ここは「ベース」だから。」
「どうしたらいいかわかる仁。」
「まだ、感じない。」
突然、スグリが新しい仁を抱きしめた。
「ありがとう。小学生。」
スグリは大人にするように新しい仁の唇にキッスした。
新しい仁の顔が真っ赤になった。
「ねえ、ねえ、普段は普通の小学生なのよ。」
「あらー、ごめんなさい。」
皆が笑った。

その手の中に8

2012年06月21日 14時24分46秒 | Weblog
身体を流れる不思議な電流。

スグリの右手を新しい仁の左手が握っていた。
新しい仁の右手はスグリの脇腹からへそに向かって動いた。
へそに到達すると一度止まった。
そこからへその周りを円形に移動した。
あわてたわけではないが、スグリはその時、新しい仁の手に自分の左手をのせた。

電流が走った。

強烈な静電気とは違った。
痛みはなかった。
が、一瞬にして身体のすべての部分を駆け巡り、新しい仁の手と重なったスグリの手に集中した。
暖かな感触が、スグリのへその周りを回った。

ヒデオもアキコも全裸にならなった。
ムービングでなくヴォイスの中にいた。
すっと新しい仁が重なったその手を抜き取り、スグリの手を握り返した。
そして、大きく両手をひろげるようにして、スグリを解放した。
スグリは身体の中をめぐる電流に導かれるように身体が揺れた。

新しい仁の手がスグリの服に触れた。
あらゆる呪縛から解き放たれるように身体をくねらせ、新しい仁の手に絡まるようにスグリは服を脱いだ。
ブラジャーはつけていなかった。
パンツも新しい仁の手に絡まって落ちた。
ショーツも落ちた。

皮膚が音を吸収した。

新しい仁も全裸になった。

二つの影がシンクロするように動きだした。

波のように、風のように、蝶のように、

ずっと以前から組んでいたかのように二人は踊った。

同調はすべての奏者に伝わった。
あの時のように、演奏を止めることなく、皆が互いに導きあい、全裸になった。

スグリと新しい仁は背中を合わせるようにして中心で回転した。
ヴォイスの面々はその手をつなぎ、輪をつくり、中心を支えた。
演奏が、静かなテンポをつくり終焉に向かうまで。

スグリの身体からはそこに内在するすべての液体が、毒素をはきだしように噴出した。

その手の中に7

2012年06月18日 16時14分27秒 | Weblog
ヒカルが名古屋にいってから、ベースのポジションが空いていた。
マサミのキーボードがカバーしていたが、挑戦者のサンちゃんがベースを取った。
それに次いでハルもベースに挑戦した。
ヒカルがいなくなってから、二人は競うようにベースを弾いた。
トレーニングはマサルの指導を受けた。
もともと、ドラムスのサンちゃんはリズム感には問題がなかった。
リズム譜以外の譜面は難しいものがあった。
ハルは、というと、解放弦のフィンガリングから始まった。
道は長そう感じられたが、センスがカバーした。
解放弦だけでも「ビーエス」のサウンドには調和できた。

再び、スグリは入室した。
新しい仁も、サンちゃんも、ハルも、マサミも、アキコ、ヒデオ、その他、仁とリツコを除くすべてのメンバー、いや、オージはもう寝ていた。

マサルの音が変わっていた。
マーのドレムセットの横にはもう一台、ドラムスがセットされていたが、サンちゃんは、ティンパレスとハイハット、シンバルを二枚セットしなおして、マーの前に陣取った。
マサルのギターはテンポがあるようでないよなリフを繰り返していた。

再スタートは、キーちゃんのサックスから始まった。

マサルの単音のリフに誘われて、少し上の空気を吸うようなフレーズがゆっくりとしたテンポで始まった。
ハルのベースがイー弦の解放で支えるように、ひろげるようにテンポとリズムの間を埋めた。

新しい仁がスグリの手を握っていた。
そのせいもあってか、スグリはジャストビートの呪縛から、いくぶん、解放されていた。

ヴォイスが始まった。

ワンヤ、カシャ、カシャ、カシャ、グン、ワンヤ。
イヨヤー、イヨヤ、イヨヤー、サバラワナ、ゴエ

むしろ、ヴォイスのほうがインテンポのようにスグリは感じた。

その上に波が、うねりが、音の渦が拡がるのだ。

押し寄せ、引き、登りつめ、はじけ、燃え上がり、結晶化して、分散する。

これは、何。
違う。
耳で聞こえるものじゃないのね。
身体が、いいえ、身体の奥のもっと深い部分が感じる。
そうか、頭で聞いてちゃいけなかったんだ。

気付くと、新しい仁の手が、握っていないほうの手が、スグリの脇腹から徐々に中央に移動していた。
その動きを止める理由がスグリには浮かばなかった。
動き自体が、その空間で始まった、いや、空間そのものがうごめくような空気に同調していたから。

その手の中に6

2012年06月15日 16時17分44秒 | Weblog
振り向くと、また、新しい仁が立っていた。
真っ直ぐにスグリを見ていた。
その視線から、目を離すことができなかった。

手が伸びた。

今度は両手の掌をひろげて、スグリの左右両方の乳房を包んだ。

掌が乳房の皮膚から身体の中へ入り込んでくる感覚。

目を閉じた。

掌のそれぞれの指が木の枝のようになって、身体の隅々にまで伸びていくような感覚。

とがった先端が、流れの途絶えた神経を刺激した。
何かが流れ出した。
記憶の作り出した壁を、身体に染みついた意識を、ニュートラルな状態にするような流れ。

スグリの力が抜けた。
スグリの身体が覆いかぶさるようにして新しい仁と重なった。
新しい仁にはさすがにその身体を支えることはできなかった。
乳房に掌をあてたまま、床に倒れ込んだ
はっとして、スグリは手をついた。
「重いよう。」
「失礼ねえ。」
スグリが身体を起こした。
新しい仁の手はそのままだった。
新しい仁の身体を起こして両手を握り、静かにはなした。
「本当に小学生のくせにエッチね。」
その顔は綺麗な笑顔だった。
新しい仁も笑った。
「スグリ、行こうよ。」
まるでずっと前から、スグリを知っているかのようだった。
新しい仁がスグリの手を取った。
「よし。」
ヒデオが言った。
仁がヒデオの肩に手をのせた。
「わかった。」
仁はリツコのいる、そして、得体のしれない生き物のいる土間の横の小部屋に向かった。
「サンちゃんどうする。」
「今日の感じだと、ハルのほうがいいかな。」
「そうね。」

その手の中に5

2012年06月14日 16時57分11秒 | Weblog
スグリも「ルーム」に飛び込んだ。

身体はそう簡単にはいかなかった。
頭はその音を理解しようとするのだが、音は頭で理解するものではなかった。
身体に刻み込まれた感覚が「ルーム」に入って四、五分でスグリを襲った。
身体が覚えたジャストビートがスグリを追い詰めた。
無軌道とも思える演奏のずれが吐き気を呼んだ。
スグリは「ルーム」を飛び出し、座敷を抜け、障子戸と雨戸をあけ、縁側に手をついてはいた。
気づいたハルとマサミが走った。サンちゃんも洗面器を取りに走った。
「どうしたの。」
「飲みすぎたかな。」
新しい仁がよってきた。
「まだ早かったんだよ。」
「どういうこと仁。」
「だから、今日のマサルは落ち着くまで無理だよ。」
「そんな感じはする。マーもはまってないもんね。」
スグリはライブの「ビーエス」は知っていた。
が、客として、と言うか、外で聞くのと自分が参加するのでは大きな違いがあった。
マーが洗面器に冷水を入れ、タオルを浸して持ってきた。

まあ親切。

スグリは彼らの連携に感心した。
そして、大きなテーブルに戻った。
「だいじょうぶ。」
「今日のはちょっとね。意外と繊細なのよ。マサル。」
「なんか、ひどくおびえているみたいね。」
「そうかあ、おびえてるのとは違うみたいだけど。」
「でもなんか引っかかってるのよ。」
「そうだな。」

スグリは驚いた。

漏れる音だけなのに。漏れてくる音だけなのに、マサルの演奏からそれを感じているんだ。

スグリは清水さんに縛られている自分がそこにいるような気がした。

誰がそんなことに気付いて演奏してくれただろう。
リハーサルも、ライブも、正確に演奏しているけど、その時の自分に誰が気付いてくれていただろう。

「完璧なデモテープをつくれ、いいか商品にならないようなものなら、音楽をやる必要はない。」
「もっといいものがあるはずだ。こんな歌じゃ、誰も買ってくらないぞ。」
「いいか、ライブはノーブラ、ノーパンだ。それだけで、男のファンがつく。」
「もっと、エロく踊れ、いや、踊らなくていい、動け。」

「よかったよー。スグリちゃん。とっても、とっても感じたよー。上手だねえ、スグリちゃん。いいお口だねえ。」

モソカシタラ、ワタシハ、オンガクヲ、ヤッテイタンジャナクテ、ショウヒンヲツクッテ、イタノカナア

ショウヒンニ、サレテ、イタノカナア

ドウグカナア

背中のほうで何かが切れる音がした。
はっとすると弦が切れてバランスを失ったストラトが悲鳴をあげていた。

その手の中に4

2012年06月12日 14時10分23秒 | Weblog
マーはドラムセットの椅子に座って、、腕組みをした。
マサルは壁際に何本も並んでいるギターケースの中からストラトを出した。
コンプレッサーとオーバードライブをつなげ、ツインリバーブにジャックを差し込み、オンにした。
チューニング前のその状態で、マサルのストロークが始まった。
不快感を伴う微妙なずれ。
そのずれのせいか、共鳴するシンバル。
ディストーションのかかった不協和音。
意図的ではない不協和音
マーは腕組みをしたままで、スティックを握ろうとしなかった。
すべてをの弦を解放の状態でマサルはストロークを続けた。
そして、そのストロークを続けながら左手はチューニングを始めた。

スグリは漏れ出す不協和音に吐き気がした。
そして、自分が音楽的に次元の違うところにいるような気がした。

が、マサルの不協和音は意図的でないものから、意図的なものへと変わっていった。
ハウリングがアクリル板の窓を振動させた。
セブンスコードの響きに似たテンションのきいた音が長く伸びた。

マーがスティックを持った。
マーはマサルの恐怖に似た感覚を投影するかのように、激しいロールから入った。

スグリはいつ自分がそこに立ったのか、気づかなかった。
アクリル板の窓から中を見ていた。

もし自分のバンドのリハだったら、こんなことは許されない。

頭で回るのはプロ志向という言葉のもとに清水さんが自分に言い聞かせた言葉ばかりだった。

自分が清水さんに手なずけられたペットのように感じた。

どちらもリズムを合わせようとしない。

テンポを決めようとしない。

これが音楽か。

キーちゃんが横に立っていた。
マーに合図を送った。
マーはスティックを横に振った。
キーちゃんは中の音がかなりの音量であることを察していた。
が、今日のマサルには音量を下げるように知らせるのは難しかった。
キーちゃんが厚いドアを開けた。
大音量が、響き渡った。
飛び込むように「ルーム」に入り、ドアを閉めた。

「スグリも中に入るの。」

新しい仁が横にいた。
こんな子供に呼び捨てされている自分。
一瞬、ムッしたが、新しい仁の顔を見たら、なぜか、納得できた。
新しい仁は手をスグリの足に絡めていた。
抱えるように、手はスグリ自身の近くにあった。
その手を取って、言った。
「小学生のくせにエッチだぞお。」
「えへ。」
きれいな顔だった。
「まだ、みんな入らないよ。今日はマサルが落ち着いてからのほうがいいみたい。」

キーちゃんはミキサーのセッティングをして、マイクを立て、サックスを出した。
うねりのような音の中でその隙間を探すように単発で、音を出した。
マサルとマーの狂気をなだめるように。

「ごめんね。生意気でしょう。でもね、私たちには普通なの。生まれた時が違うだけで、生きている時間はいっしょでしょ。長さは違っても。」

マサミが言った。
スグリは清水さんの言葉の渦から少しだけ解放されてような気がした。

違う場所にいるんだ。
ここは「ベース」なんだ。

その手の中に3

2012年06月08日 13時29分25秒 | Weblog
「ルーム」のドアが開いた。

オージの家の奥座敷を改造した「ルーム」。
マサルの機材は、二度の引越にも耐え、健在だった。
さらにサンちゃんやキーちゃんの機材も増えた。

天井など張ってあるはずもない古い家屋。
上を見上げると、藁葺の骨組がそのまま見えた。
中心に太い大黒柱が伸び、その周りに大木の枝のように梁がめぐらされていた。
直線とアールの正確な曲線でできた都会の建築物とは違い、生き物のようだった。
その奥座敷の襖をあけると防音用の厚いドアがあり、「ルーム」があった。

マーとマサルは「ルーム」へ、サンちゃんとキーちゃんは外に走った。
ライトは消費電力を抑えるために非常に暗かった。
外から、エンジン音がした。
古い家の定格電圧は低く、すべてのアンプをオンにすると悲鳴をあげて消灯した。
そこで、現場で使わなくなった発電機をヒデオが安く手に入れ、電気楽器を援護した。
まあ、電気が使えなくても、「ルーム」は成立してのだが。

マサルが諏訪に来ると「ルーム」にこもることもあった。
高井戸に一人でいるマサルをそうさせた。
月に二回から三回程度しか「ベース」に来ることができなかった。

サンちゃんとキーちゃんが外から戻った。
が、「ルーム」に入るのではなく、また、飲み始めた。
防音を含めて、自作である「ルーム」は音が漏れた。
襖をすべて開けると、アクリル板の窓から中が見えた。
新しい仁が襖を開けた。

皆がいっせいに「ルーム」に入るわけだはないのだ。
スグリは、また、不思議な感じがした。

時間にうるさい清水さんはスタジオの二十分前の集合を義務付けた。
全員が集合し、譜面の確認をした。
チューニングの必要なものは、スタジオに入る前に済ませておかないと清水さんに怒られた。
スタジオは四時間が最短時間とされ、最初の一時間は、メトロノームを裏拍でとるリズム練習にあてられた。
「いいか、プロとアマチュアの違いはリズムだ。正確なリズムが刻めないようならやめろ。」
スグリは最初、何を言っているのか解らなかった。
が、そのトレーニングを続けるうちに、というか、ある時、演奏されている楽器の向こうに拍が聞こえた。
それは今までの音の世界と違うものだった。
見えないものが見えたような気がした。
と言っても、清水さんは毎回リハーサルを顔を出すわけだはなかった。
それでも、その練習、確かに練習は続けられた。

「ねえ、スグリちゃーん、ここも、ぺろぺろしてえ。」

厳格さを崩さない清水さんがスグリとホテルにはいった瞬間から、別人になった。
そして、ホテルを出ると、厳格さが復活した。

「バンドで飯食いたいんだろー。」

そのギャップに戸惑った。
最初にホテルに誘われた時はなんだこいつはと思った。
それでも、そのギャップがスグリを、スグリの女の部分をくすぐった。
そして、歳の数が増えていった。

その手の中に2

2012年06月05日 16時49分01秒 | Weblog
「スグリ、飲みすぎですよ。」
ペースの速さに気付いたマサルが指摘した。
はっとした。

ドウシテココニキダンダロウ

違和感。
そこにいる人間たちは、皆、マサルと同じような空気を持っていた。

ナゼ、オチツイテイラレルノダロウ

スグリは得体の知れない生き物のような人をみるのが初めてだった。
幸運というべきか、死者にあったことがなかった。
生きてる人でも全身不随の人間などに会うはずもなかった。

モシ、シンジャッタラ、ドウスルンダロウ

スグリは気配を感じた。
振り向くと新しい仁が立っていた。
屈託のない笑顔。まるで幼児のような笑顔がそこにあった。
新しい仁の手がスグリの乳房に伸びた。
掌をいっぱいに開いて、乳房を包んだ。
するとその手が皮膚を通過して、スグリの心臓に届くような感覚にスグリはとらわれた。
おびえて震える心臓を新しい仁の手が包んだ。
性的な興奮に伴う快感とは違った。
暖かく、柔らかく、心臓が解けていくようだった。
スグリは目を閉じた。
身体の心から全身にその暖かさが拡がった。
不安も、疑いも、違和感さえも、その暖かさに取り込まれ、解けていくようだった。
「やわらかいね。」
スグリは目を開けた。
「そう。」
小学生に触られているのだ。性的に芽生えていなくてもそれは不自然なはずだった。
「うん、キヨミのも柔らかいよ。」
「ふふ、エッチね。」
スグリは新しい仁を抱きしめた。
電気が全身を駆け巡るような感覚。
が、マサルとのセクスとは、いままでのセクスとは全く違う何かをスグリは感じた。
「マー。」
マサルの声がした。

その手の中に

2012年06月04日 15時48分55秒 | Weblog
「スグリさん、スグリさん、何飲みますか。」
「あー、スグリでいいですよ。」
「そうそう。」
「何よ、マサル。」
「僕らと一緒でいいみたい。」
「そうなの。」
「お客さんって感じでもないし。」
「マサル、失礼よ。」
「あら、スグリさん、え、スグリでよかったのよね。何、飲みますか。」
「なんでも、だいじょうぶ。」
「マサルに聞いてないわ。」
「とりあえず、ビールかな。」
「マサルに聞いてないってば。」
「どうしますか。」
「あ、ビールで大丈夫です。」
不思議な緊張感だった。

「世田谷を中心とした「グリーンベース」の活動もひとえにスグリさんのご協力が・・・・。」
「ヒデオ、ヒデオ、もういいよ。」
「あ、そうか。じゃあ。乾杯。」
「カンパイ。」

「スグリさんのバンドって、どんな感じなの。」
「かなりエロい。」
「マサルに聞いてない。」
「どんなって。」
「売れ線のロックンロール。」
「マサル。」
「へー、カッコイイ。」
スグリの話題が続いた。
マサルが知ったかぶりをして、べらべらとしゃべった。
そのたびに、たしなめられた。
「マサルに聞いてない。」
それでも、マサルはバンドのことやプロモーションビデオ、マージャンの話をした。
「マサル。」
マサルをたしなめる声がユニゾンになって、だんだん大きくなった。
スグリは面白かった。
「ねえ、スグリさん、あ、スグリはどうしてマサルと一緒に来たの。」
ハルが突然聞いた。
「え。」
考えてみれば、どうしてマサルと来たのだろう、スグリ自身も・・・・
セクスの後の一体感が残った状態で、マサルの困り切った顔を見て一緒に行くことが当然のことのように思えたのか。
それとも、「ベース」、そのものに興味がわいたのか。
得体のしれない生き物の顛末が知りたかったのか。
すべてが当てはまるようで、すべてが違うような気がした。
突然聞かれて、スグリは戸惑った。
「それはあ。」
マサルも話しかけて、言葉が途切れた。
「わかんない。」
「ならいいんだけど。」
「どういうこと。」
「マサルとどうにかなっちゃったんじゃないかって。」
「ハル、気になるの。」
「そういうわけじゃないけど。」
「僕がつれてきちゃったのかな。」
「どういうこと。」
「セッションもしたかったし。」
「まあ来てしまったんだからいいじゃない。」
「そうね。」
マージャンの時のスグリを比べるとずいぶんおとなしかった。
「あの、あの人どうなるの。」
「だいじょうぶ。今はリツコが見てるから。」
「リツコのほうが頭のほうは強いのよ。」
「頭って。」
「肉体的な異常ではないと思うのね。たぶん、精神的なもの。」
「そういういことか。」
「だって、マサルが拾った時は動いてたんでしょ。」
「うん。」
「流動系の食べ物だったら食べれそうだし、落ち着いたら・・・・。」
「そうか。」
「病院は。」
「うん、誰かの保険証で行ってもいいんだけど、正常な状態になった時、彼も困ると思うの。」
「なるほど。」
「ホームレスということで役所に知らせる方法もあるんだけど・・・・。役所はねえ。」
「なんですか。」
「冷たいから。それに本当に危機的状態だったら、仁が動くと思うの。」
「仁。」
「「ベース」の中心だよ。」
「まっ。普段はただの人だけどね。」
そう、スグリ以外の人間は同じ感覚だった。
仁が動かないのなら、そう心配したことはない。
が、スグリはその落ち着きが不思議だった。
このような状態の人を受け入れてしまう雰囲気が不思議だった。
なぜか緊張が取れず、飲んだ。