仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

夜になるまで3

2010年09月30日 15時43分35秒 | Weblog
もし、このまま、ツカサが許してくれたら、二人で遠いところへ行きたい。
誰にも会うことのない遠い遠いところへ
誰にも気付かれない遠い遠いところへ
私が生きていたことを知る人がだれもいない遠い遠いところへ
でも、でも、怖い。怖い。

 ヒトミの震えがツカサに伝わった。
「ねえ、ツカサ、私と・・・・。」
「なんでしょう。」
「私と・・・。」
言葉にはならなかった。沈黙が怖かった。
「私なんか生きている価値、ないでしょう。」
「何を言うんですか。」
「だって、いつも自分のことしか考えてないし、自分がよければいいって・・・。代々木の大会のとき、はじめて知ったの。「流魂」が凄く大きくなってて、そして、その中の何人かは・・・・。わたしは、姫だったんだって。」
「姫、いえ、ヒトミさん。彼らにとっても、私にとっても、姫は姫でした。そんな言い方をしていいのかわかりませんが、姫は姫ではなくなりました。」
「どういうこと。」
「私は、貴重な体験をしました。死の意味を考えました。そして、姫と宰が生きる意味だと思いました。ただ、私の武闘派が私を拘束したとき、私の中で・・・
姫をお守りするために常におそばにいようとする私を、彼らがそうさせなかったとき、いえ、もっと前から、わたしの心は「流魂」から離れていたのかもしれません。姫が姫でなく、ヒトミさんだといわれた日から、いいえ、宰がお隠れになったときからかもしれません。」
「あの時は、私もヒロムを見捨てたわ。私が姫で・・・。」
「そうかもしれません。でも、ヒトミさんは、あの時、宰が苦しんでおられるのを知っておられた。」
「そんな、優しくしないで・・・。」
「姫、いえ、ヒトミさん、私は生きていることの罪を「流魂」で知りました。虚無を知ることで、意味のない生き方を知ることができました。宰のため、姫のために生きることが、わたしの全てとなりました。しかし、あなたが姫でなく、ヒトミと言われたとき、私は、全ての価値が変わっていくように思えたのです。
 私の恋人を飲み込んだ「流魂」。そして、今、姫も宰も見捨てる「流魂」。
あなたのそばにいます。あなたのそばにいることを許してもらえるのなら、私は・・・。」
「ツカサ、わたしもうね。生きていけないかもしれない。」
「いえ、あなたが生きていなければ、私は守ることができません。」
「ツカサ。」
「私は、いつ、この世界から離れてもいいのです。でも、あなたと、あなたと生きていたいと思うのです。」
「ツカサ。」
それしか言えなかった。ヒトミは涙がボロボロ出ているのに気付いていなかった。
 ツカサの手が涙をぬぐった。

夜になるまで2

2010年09月24日 16時36分50秒 | Weblog
川の中に入りたい。
流れの中で自分が消えてしまえばいい。
もう、いい。
自分したことは、いずれ、自分に帰ってくる。
エミちゃんみたいに自分を信じて「流魂」に入ってきた人はどのくらいいるんだろう。
私はその人たちに何ができるのだろう。
今も、自分のために、自分のためだけに逃げている。
私は、私は、

 ヒトミが腕を引いた。
「ベース」の反対側の河原に降りた。

「ツカサ、わたしの・・・・。」
「ヒトミさん。」
「はは、さんはやめてね。」
「あっ。」
「ツカサはどうしてわたしを・・・・。」
「はい。」
「はい、じゃなくて・・・・。私を助けたの。エミちゃんみたいに私が姫だったから。」
「いえ。」

流れが綺麗だった。沈黙は怖かった。ツカサの肩に身体をあずけた。光のダンスが見えた。

 緊張はしなくなっていた。「ベース」の視察以来、ヒトミのそばにいようと心がけた。一年、それはずいぶん長いようで短かった。
 武闘派が分裂していくことをくい止めようしたときもあった。抗争もあった。執行部が意図するところを探り、ヒトミの地位が危ないことも察していた。ただ、執行部も積極的には動かなかった。

 奈美江、奈美江の反乱。

 遅かれ早かれ、ヒトミが姫でいられなくなる。その時、どうするか。

ツカサは決めていた。守る。この女性を自分が守ると決めていた。よく、見つからなかった、つかまらなかったと思った。武道を熟知している武闘派にはかなうわけがなかった。恵美子が来た時、ツカサは自分にまだ運が残っていると思った。ツカサは世田谷の屋敷の裏手で、じっと、その時を待っていた。

 もう、帰る場所はない。

ツカサはそう決めていた。

「どうして私を助けたの。」
ヒトミを見つめた。グッと引き寄せ、抱いた。
「ツカサ、ツカサ。」
ツカサの胸に顔を埋めヒトミは泣いた。ツカサの腕の力も、体温も、体臭も、その心が伝わった。

夜になるまで

2010年09月22日 16時32分22秒 | Weblog
 市川の「ベース」の景色はずいぶんと変わっていた。
 効率的な土地の使用を考え、区画を整理し、その周りの農家からも土地を借りるようになった。化学肥料を使わず、無農薬で栽培された作物は、形も色も不揃いだった。その頃、残留農薬や、農薬に使われている薬剤の種類を気にする人が、ある程度の収入のある人々の間で少しづつ増えてきた。世田谷の住宅街やマンションで移動販売をしていた「ベース」の面々は、定期購買をしてくれる人々に月二回あるいは、三回で宅配をするようになった。「グリーンベース」という名前でそれらは届けられた。「ベース」の敷地の横には運搬用の軽トラックが4台ほど止まっていた。

 ヒトミはやはり、立ち止まった。土手の上から見下ろす景色が一年足らずでずいぶんと変わり、外から見ても、中の活気が伝わってきた。かつて、「流魂」での自分の地位を存続するためという理由だけではなかったが、ここを視察に来たときのことが、昨日のことのように思い出された。彼らのもとに自分が入っていくことが許されるのか、わからなかった。

「いってみましょうよ。」
ツカサがいった。
「ヒトミさんの原点なんでしょう。」
「さんは、止めてね。ツカサ」

 二人は、ツカサの部下だった武闘派で、まだ、ツカサを慕う堀口の手助けをえた。堀口も恵美子と同じようにツカサを自分の上司と信じていた。今回の動きについて、上層部に不満をもっていた。武闘派の動きをツカサに伝え、「ホンダライフを使ってください。」と提供した。
 堀口は恵美子ほど自由な立場ではなかった。新しい指揮官が堀口の上にでき、その指導が始まっていた。在宅であることが幸いし、ヒトミの衣装や化粧品やその他もろもろをそろえることも堀口の部屋に世話になることで可能となった。また、武闘派本部も、堀口の部屋に二人がいるとは思わなかった。不思議なことに、上層部から、姫とツカサの捜索の命令は出ていなかった。なにかが、違うような気が堀口はした。

 そして、二人は堀口の部屋を出た。

電車に乗って、市川の駅をおり、歩いた。
その土手を歩いた。
ヒトミは何も話さなかった。
ツカサもヒトミも普通の格好をしていた。
普通のカップルだった。
土手を散歩するカップルだった。
姫ではなかった。
頭の中でいろんなことがグルグルと回っていた。
何が何だかわからない。
そんな思いがヒトミを襲った。

自分が何なのか。
ツカサがどうして、自分を助けにきたのか
恵美子は大丈夫なのか
堀口は裏切らないのか。
なぜ、「ベース」に向かうのか

時々、めまいがした。
ツカサの肩に寄り添った。
ツカサはためらいながら、手を握った。
握り返す手に力はなかった。

まだ、太陽がまぶしい時間だった。

目覚める時の空のように9

2010年09月17日 17時27分08秒 | Weblog
 恵美子に確かな計画があったわけではなかった。ヒトミが成城にいるという確かな情報もなかった。それでも、自分の感じるところを信じた。武闘派と識別できる衣装を着ていかなかった。私服、普段着で出かけた。

 表玄関に、二人、勝手口に一人、武闘派の衣装を着た男がいた。知らない顔だった。勝手口を選んだ。恵美子は、その身体と顔に似合わず、極真の有段者だった。さらに、整体の資格も持っていた。やる気のなさそうな見張りの首もとの急所を付いて、寝てもらった。
 中に入った。台所には誰もいなかった。女子がいなくなって、掃除もしないのか、嫌な臭いがした。

ここをどうする気なのだろう。

ふと、頭をよぎったが、それどころではなかった。ツカサは書斎に幽閉されていた。が、ヒトミ、姫をあそこに入れるわけがない。寝室か、クローゼットだろう。
 
 一階のホールにはやはり、武闘派の男がいた。三人いた。その時、後ろから肩を叩かれた。身構えて、振り向くとツカサだった。
「ツカサ様。」
「シッ。エミちゃん、来てくれたんだね。」
「ツカサ様は・・・・。」
「きっと、誰かが来てくれると思っていた。エミちゃん、ありがとう。」
台所から、ホールを見た。
「三人か。たぶん、上にもいるな。」
「ええ。」
「勝手口のは、どのくらい起きないかな。」
「まだしばらくは。」
「裏から上るか。」
「えっ。」
二人は裏手に戻り、勝手口の横の楠木に登り、屋根に移り、クローゼットとして使われていた部屋の窓越しに中を見た。

ヒトミはいなかった。

ベッドルームの窓にはカーテンが引かれていた。

ここだ。

窓には鍵がかかっていた。恵美子はその屋敷の構造を熟知していた。空気を取り込むための小窓が部屋の隅にあった。そこから中を覗くと、ヒトミはベッドの上でうな垂れていた。その窓は押し戻しで開いた。人が入れる大きさではなかった。
「ヒトミさん。」
押し殺したツカサの声は届かなかった。恵美子は屋根に落ちていた枯れ木を拾うと、その小窓に手を伸ばし、投げ入れた。

ヒトミが気付いた。

 そこからは映画のシーンのようにことが進んだ。ヒトミが窓を開け、二人が入り込み、外から鍵がかかっているドアを恵美子が蹴り開け、ひるむ武闘派を一撃で倒し、階段を駆け下りた。ソファーでくつろいでいた武闘派は立ち上がるの時間がかかった。二人が倒れたところで最後の一人が、恵美子の前に立ちはだかった。
 ヒトミを抱えて階段を降りかけたツカサは、ヒトミを階段に座らせ、武闘派に見つからないように階段を降りた。予想をしない展開に武闘派はツカサの動きまで感知することは出来なかった。ツカサは武闘派の後ろに回り羽交い絞めにした。恵美子の一撃はかなり効いたのか、それとも、危ない急所を狙ったのか。とにかく、武闘派は倒れた。薄いネグリジェのようなものしか着ていないヒトミをツカサは再び抱いて、勝手口から逃げた。
 通りを三つほど越したところで、ホンダライフがあった。ヒトミを後部座席に乗せ、運転席にツカサがのった。恵美子はドアを開けなかった。
「エミちゃん、一緒に行こう。」
ヒトミが声にならない声で言った。
「いえ、私は・・・。」
「どうするんだ。武闘派には戻れないぞ。」
「いえ、私だとわかる人はいません。顔もはっきり見られたわけじゃないし。」
「だが、どこでわかるか・・・。」
「私はまだ、「流魂」の会員ですから。」
「エミちゃん。」
「私にとって、姫は姫しかいませんから。お救いするのが当然ですから。」
「わかった。いま、どこにいる。」
「練馬支部です。」
「寮は、」
「いえ。」
「じゃあ、これに住所書いて。」
ツカサの渡したノートに恵美子は住所を書いた。それを受け取るとツカサはエンジンをかけた。
「エミちゃん、ありがとう。」
「連絡する。」
 ライフは、走り出した。世田谷の窮屈な道をタイヤを鳴らして疾走した。恵美子はライフのタイヤの金切り声が聞こえなくなるまで、頭を下げていた。

目覚める時の空のように8

2010年09月16日 14時31分58秒 | Weblog
 恵美子だった。
恵美子は、世田谷の屋敷でヒトミの入浴の世話をする係りだった。ヒトミの身体を洗い、髪を流した。ヒトミの背中を流す時、恵美子の指が震えた。ヒトミの背中を斜めに走る傷跡は生々しかった。そこを洗うときの恵美子の指の震えをヒトミは快感とともに愛おしく感じた。
 そんな恵美子をヒトミは好きになった。小柄で、顔立ちも歳のわりに童顔で、しぐさもどことなく幼かった。いつも、身体を拭き終わると恵美子は深々と頭を下げ、退室した。

あるとき、ヒトミは、その手を取った。
「後で、お部屋にいらっしゃい。」
「えっ。」
驚いた表情が、徐々に崩れ、これ以上ないという笑顔で恵美子は肯いた。

 その夜、ヒトミは希釈した「命の水」をビールに入れて、恵美子と二人で飲んだ。広いベッドの上で、二人は身体を寄せ、身体を確かめた。道具は使わず、指と、唇と、舌で身体の全ての部分を確かめた。二人は女性でしか知ることの出来ない部分で感じた。至福のときを過ごした。

 朝日が眩しかった。
全裸でヒトミは目覚めた。ベッドの横に恵美子はいた。衣装をつけ、正座していた。ヒトミの目覚めに気付くと、スッと立ち上がった。
「おはようございます。姫。」
「おはよう、エミちゃん。」
「そっ、そんな・・・。」
恵美子は顔を赤らめた。それでも、身体を起こしたヒトミの肩に、サッと薄い部屋着をあてがった。
「ありがとう。ねえ、よかった。」
ヒトミは悪戯っぽい眼差しを恵美子の向けた。
「はっ、はい。」
「また、あそぼ。」
「そっ、そんな。いえ、ありがとうございます。」
ヒトミは立ち上がり、窓をあけた。太陽の眩しさを称えるような青の空が広がっていた。

 恵美子は「流魂」に異変が起きていることはわかった。成城の、かつてヒロムが書斎にしていた部屋にツカサが幽閉されたとき、恵美子は、まだ、成城に詰めていた。武闘派の頂点と思っていたツカサの幽閉を目の当たりにしてから、この異変が普通ではないことを感じた。

 一度だけ、ツカサに食事を出す指示を恵美子は受け、ツカサと対面した。
「エミちゃん。」
恵美子は驚いた。
「ヒトミさん、いや、姫から君の事を聞いたことがあるよ。もし、姫に何かがあったら、力になってあげて。そして、もし、姫と話をすることが出来たら、「ベース」へって伝えて・・・。」
「はい。」
そのとき、恵美子は意味もわからずに答えた。

 それから、武闘派の混乱と、指揮系統の変更、姫付きの女子の武闘派の転属、あわただしくことは運んだ。大政奉還の儀式の時、恵美子は館内警備にまわされた。その時、はじめて、奈美江を見た。

 そして、この儀式が姫を・・・・

 下部の隅々まで、統率が取れているわけではなかった。だから、恵美子は走った、あの幕の中の出来事を見るために。担がれて、うなだれたヒトミを見た。

その二日後、恵美子は成城の屋敷に向かった。

目覚める時の空のように7

2010年09月15日 17時30分18秒 | Weblog
 奈美江を中心とする新体制への移行はさほど難しいものではなかった。執行部の各メンバーの中で自分で責任を取ろうとするものはひとりとしていなかった。それ故、大政奉還についても、新しい宰を決めることも出来ず、反乱を受け入れるしかなかった。
 が、執行部のメンバーはホッとした。宰は戻り、真愛弥様なる新しい象徴まで出来た。宰のため、真愛弥様のためと言えば、全てが許される状況に戻った。
 奈美江の召集に全員が答えた。奈美江は、各メンバーの持つ、会員数、指揮系統を報告させ、執行部自体の指揮系統を一本化することを認めさせた。さらに、経典に基づいた勧誘方法を徹底するように指示した。

 彼らは何一つ、反対することなくそれに従った。そこから、どうやって私財を増やすかを模索し始めた。

 奈美江の大掛かりな組織の組み換えは、まだ、始まっていなかった。

 武闘派の解体と再生を奈美江は最初の仕事にした。執行部の各メンバーの下で独自に動いていた武闘派をメンバーの指揮系統から分離し、名古屋で奈美江を支えた武闘派を頂点に全ての武闘派を掌握した。それが、「流魂」を変える大きな力になること確信して。

ヒトミをどうするか。

ツカサの逃亡を許した武闘派は、ことごとく、批難され、死の部屋にしばらく入ることになった。シナリオとしては ツカサとヒトミが一緒に「流魂」を逃げ出し、亡き者となってくれるのが好ましかった。が、ツカサはひとりで逃げた。

ヒトミをどうするか。

「命の水」を使うか。

が、ヒトミを姫と信じる武闘派によって、ヒトミも逃げた。

目覚める時の空のように6

2010年09月09日 16時22分34秒 | Weblog
幕に中、外から見えないところで、武闘派はヒロムを取り押さえた。
「宰、悪ふざけは止めましょうね。」
奈美江がヒロムの鼻先に顔を寄せて言った。
「今度、こんなことをしたら・・・・フフ、もう出来ないでしょうけど。許しませんよ。」
両腕を後ろで押さえられているヒロムの胸を奈美江の人差し指の爪が這った。下腹部に近づくにつれ、徐々に力が増し、腹に食い込んだ。そして、ヒロム自身に触れるとグッと力をこめて握り、グングンという感じで引っ張った。
「わかりました。宰、わかりました。」
語気が荒くなるにつれて、その動きも激しくなった。痛みの中でヒロム自身は哀れに勃起した。
「ハハハハ、いい子にしてくださいね。宰。」
パッと手をはなすとそういい捨てて、振り向き、壇上を後にした。
 ヒトミが追いかけた。武闘派の壁ができた。体格のいい武闘派がヒトミを捕らえ、担いだ。ヒトミはしばらく抵抗したが、項垂れた。

 その時、ツカサはどうしたのか。ツカサは成城で縛られていた。ツカサの部下と思っていた連中がツカサを拘束したのだ。
 この儀式が行われる前にヒトミは執行部に呼び出された。一人で来るように言われた。ツカサは密かに後を追った。が、本部の前で、他の武闘派が立ちはだかった。
「今日は、ここまでです。ツカサ様。」

 それは、簡単なことだった。責任を取る人間が変わったからだ。命令のままに動く人間にとって、指揮系統が代われば、それに従うだけだ。ツカサはヒトミについていた。づっとヒトミのそばにいた。そんな指揮官に従う部下はいなくなった。

 ヒトミの姫としての地位もなくなった。

ツカサはその縄から、何とか抜け出して逃亡した。

目覚める時の空のように5

2010年09月07日 13時58分03秒 | Weblog
「ここに、姫がなぜいない。」
「姫は、現在、お疲れの様子で、世田谷にて、休養を取られております。」
執行部の一人が言った。
「宰が留守の間を守るのが姫の勤め、何ゆえ・・・執行部の乱れも・・・・
姫を呼びなさい。」

そして、ヒトミが糾弾された。姫の地位を追われ、退会を強いられた。

 あたかも、宰と姫の意志によって、大政奉還がなされたように演劇部はシナリオを創った。そのセレモニーが代々木の体育館を貸しきって行われた。「流魂」を支える信者がそこから、ここから、あそこからと集まった。入場できない信者は、外でその雰囲気を味わった。
 ヒロムもヒトミもその信者の多さに驚いた。
壇上では、ヒロムが言葉を発することはなかった。
ヒトミも何も言わなかった。
 奈美江の演説が、人々を魅了した。演劇部のシナリオは、奈美江という女優によって、完璧なものに仕上がった。白衣衣装、ヒロムが企画した最初の「神聖な儀式」の時のような衣装を二人は着せられた。

ヒトミの手にはツカサが切りつけたナイフがあった。
ヒロムの手には絹の布があった。

演出では、ヒトミがそのナイフを奈美江に手渡し、真愛弥の頭にヒロムが布を巻くことで、大政奉還がなされたことの象徴となるはずだった。壇上の中央でそれは行われた。壇上の一番奥の高級な椅子に座っていた二人は一度、舞台の袖に向かい、ナイフと布を受け取った。

 そして、ヒロムとヒトミが中央で待つ、奈美江と真愛弥に向かった。四人の距離が一メートルほどに近づいた時、ヒロムが、ヒトミのナイフを取って、奈美江に斬り付けた。ヒロムは真奈美を押し倒し、その身体にまたがると、両手でナイフを握り、大きく振りかざした。ナイフが奈美江の胸に当ると思われたその一瞬、奈美江の視線がヒロムをとらえた。

冷たく、服従を強いる視線。主人が犬を見る視線。

真奈美の衣装をナイフが突き抜けることは無かった。真奈美は両手でナイフを握るヒロムの手を押さえた。グッと引いてから、上に持ち上げた。ヒロムは視線が意図するところに従いその形のまま立ち上がり、真奈美の手を引き、真奈美を起した。
 身構える武闘派に対して、真奈美の視線は制止を伝えた。突然の出来事に会場に緊張が走った。しかし、真奈美はそれすらも儀式のように、恭しくヒロムからナイフを取り、マイクに向かった。
「悪しき心の闇を、今、宰が断ち切ってくださいました。新生「流魂」の旅立ちが始まったのです。」
 
 感動の雄叫びが会場を満たした。その演出が、まるで、真実のような流れだったかのように人々の心は揺れた。

確かに、それはヒロムの殺意だった。
後、一秒、真奈美の視線がヒロムを捕らえるのが遅かったら、感動とは程遠い、恐怖が会場を満たしていただろう。その時の真奈美には何かがあった。何かが真奈美を守った。
 呆然と立ちつくすヒロムの周りは笑顔の武闘派が取り囲んいた。ナイフを控えの執行部に渡し、女子が抱いていた真愛弥を抱いて、真奈美は中央に戻った。笑顔の武闘派が囲む中、絹の布を帯状にして、ヒトミが真愛弥の頭に巻いた。

光沢のある赤。

真奈美は高らかと真愛弥を掲げ上げた。不思議なことに、真愛弥はなかなかった。表情も変えなかった。視線はゆっくりとあたりを見回していた。
 袖から、執行部の面々が手を叩きながら、中央に集まった。会場から、「流魂」の雄叫びが聞こえ、それは、膨大な音量のリフレインとなった。外にいた信者もその気配を感じたのか、「流魂」の雄叫びを唱和した。

 やがて、天井から巨大な幕が落ちてきて、壇上を覆った。

目覚める時の空のように4

2010年09月06日 16時33分07秒 | Weblog
 奈美江の演説が始まった。武闘派の女子が娘を抱いた。内容は宰を頂点とした組織の再編成だった。最期に奈美江は言った。
「宰、お言葉を。」
ヒロムはゴモゴモ口を動かした。
「聞かれよ。宰は嘆きの中でお言葉を無くされた。執行部が宰の意志を理解し、宰を敬愛していたのなら、宰がここを離れることは無かった。
わたくしの非力で宰をお助けすることが出来るとは思わなかった。
宰は新しい命を望まれた。
そして、ここに宰の意志を受け継ぐものが生まれたのだ。
我が子、そして宰の子、我らが子が生まれたのだ。
 宰、お言葉を。」
ヒロムの口はまた、モゴモゴ動いた。奈美江は耳をヒロムの口元に当てた。
 オマエハホントニヤナオンナダ
奈美江はヒロムの目を見て、薄笑いを浮かべた。
「命の名は、恒久の誉人、真愛弥様。」
また、耳をヒロムの口元に近づけた。
 オレヲナンダトオモッテイルンダ
「宰の意志は、真愛弥様の意志であり、真愛弥様の意志は、この奈美江の意志であるといわれている。」
パラパラと拍手が起こった。それにつられるように拍手の輪が広がった。執行部全員、武闘派全員が手を叩いていた。