
先週8月末に公開したにしてつWebミュージアム「懐かしの福岡スポーツセンター」頁への反応(アーカイブ使用の依頼相談)が続き、アーカイブ化を担当する私も、今さらながら昭和の福岡に欠かせない施設だったのだと再認識させられています。
公開しているのはほんの一部、相撲協会さんに権利のある力士の取り組みや支度部屋での風景などは公開していませんが、昭和32年に始めて大相撲九州場所が開催されて以降数年は写真が遺っています(昭和30年から準本場所)。
同じ週に公開したひとつ「ショッピング電車&バス」では、福岡市内線で昭和40年代に運行された「ショッピングサービス電車」ユニード号・いわたや号などの写真を紹介。
「西テツ郵便車・ユニード配送トラック」では、久留米での戦前から平成の初めまで続いた郵便輸送車と、渕上ユニードの箱崎流通センターから各店舗への商品配送トラックを紹介。いずれも西鉄バスの運転手が朝のラッシュ時運転を終えてから担当していたそうです。
「ビヤガーデン」では、昭和40~50年代の西鉄プラザ運営のビアガーデンを紹介。福岡ビル、天神コア、西鉄久留米駅ビル等々。
「到津パレスボウル」では、1970(昭和45)年4月に「いとうづゆうえん」向かいに開業したボウリング場の記録写真を紹介しています。
西鉄本社に遺る膨大な写真資料をアーカイブ化する作業を担当して8年になりますが、公共交通機関としてだけでなく、都市の発展に欠かせない様々な施設やインフラを支えてきたんだなと再確認しているところです。