marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

哀悼!(その5)大江健三郎:金曜日受難の時!

2023-04-06 08:04:33 | #日記#宗教#思想・哲学#宗教#手紙#小説

  キリスト教会には教会暦というのがあって、’23年は4月2日の週が受難週にあたります。昨日、6日はイエスが最後の晩餐を行い弟子達の足を洗います。それは、弟子達の足でイエスの業(わざ)を苦難をとおして世界にに広め伝えなければいけないという暗示でもありました。洗足木曜日と呼ばれます。

そして、今日、金曜日十字架に掛かられる。朝の10時頃、そして午後の3時頃に息を引き取られたと言われます。

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既に昼の12時ころであった。全地は暗くなり、それが3時まで続いた。太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。イエスは大声で叫ばれた。「父よ、私の霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。(ルカ23:44~46)

十字架の7つの言葉を残した言われる。天の父に向かってこう叫ぶ。

「父よ、彼らをお赦し許しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)

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さぁ、僕らは自分の事がどれだけ分かっているかと問われれば、第一にそもそも、自分を相対的、客観的に自分を見つめる基点をどこに置いたらよいのかさえも分からないのではないか。考える言葉も持ち合わせない。あたらしい実存主義はこの言葉の獲得を目指したものと理解しています。

3年と僅かばかりのイエスの生涯での言葉と行為は、読む者たちに対して彼が語り掛ける内なる声を聴くこと求めさせるようにも思わされるのです。

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彼(イエス)は今も生きている。”死者を死すると思うなかれ、生者のあらん限り死者は生きん。” 

それはこういう意味にもなるでしょう。”イエスを死すると思うなかれ、信者のあらん限りイエスは生きん。”

肉体としては見えなくなるが『聖霊』をあなたがたに与えようと言われ、イエスは天に昇天したと言われる。

彼は『聖霊』として、語り掛けているというのです。

信者個人としては自らが天上に帰還する誉をいただいたことに、おそらくこう責任があると思っているのです。

わたし(信者)の関わる、わたしのDNAを持ち運び来たいにしえの未信者の親族の方々よ。わたしたちがこの地上の存在し続ける限り、あなた方は生き続けるでしょう。・・・私が永遠の命の門をこじ開けます。ですから、迷わずついて来て下さい。

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大江の母親が、あの四国の山の中でハックルベリーフィンの冒険の本を彼に与えたこと、早逝した兄から英語の辞書をもらったこと、そして彼が心理的深層の関連に、頭の出来が良かったと思われた兵衛伯父さんのDNA関連を認めながらも、そういう血筋が流れたいたことは、彼が一浪して東大のフランス文学の渡辺一夫の元で学んだ向学心をもつ幼小の頃からの原点にもなっているものであったろうと思われます。更に古代に遡れば、名字から言って朝廷側に反乱か、疎まれて四国の山に逃げ込んだ祖先がいたのかもしれない。

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世界大戦で日本は敗戦し、その状況に渡辺一夫はイエスの磔刑状況を思いつつ人間の罪を嘆いた文を残しています。

大江の専攻は、当時のJ・P・サルトルでしたが、サルトルは哲学の経緯を引き、僕らは新しい実存主義として読んだものです。僕はカミュが好きでしたが・・・。サルトルは仕事がらか無信論者でした。ノーベル文学賞も辞退し、女流哲学者ボーボワールとの親交がありました。彼女の言葉『女は女に生まれるのではない。女につくられるのだ。』当時、男社会に対する反論アジテーションです。男女平等では低ランクのこの国において、もし平等を求めるとすれば彼女の文章には目を通すべきでしょう。僕にとっては古典で言えばJ・P・ミルの『自由論』も。

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今日は朝から雨です。・・・Bachの マタイ受難曲を聴きながら 


哀悼!(その4)大江健三郎:生者のあらん限り死者は生きん!

2023-04-06 07:57:38 | #日記#宗教#思想・哲学#宗教#手紙#小説

 ”表題の言葉”は大江が、過去の誰かの言葉(ゴッホ?)を自身の著作の中で紹介していた言葉でした。

”死者を死すると思うなかれ。聖者のあらん限り死者は生きん、死者は生きん。”

半世紀以上も前の学生時代のころ読んだものでしたが、今はそんな言葉は巷では聞かれなくなった『自分探しの旅』という奴で、学生運動も下火のころの時代でしたが、盛んに若者が将来に向かう成長期のこの国の時代の活発なエネルギーの捌け口を求めて暗中模索していた時代だったように思います。

大江の文学は、ストーリー性よりも彼の著作活動への同期(読者への文字で解読する行為への同時性)を求めているように思わされます。従って、おそらくですが普段の方が読まれても、特により複雑に引用や暗示する言葉、時折出てくる主人公の名をゴチックの活字を用いる作家活動の後半部より、作家活動を始めた初期の将来への新規文学の予兆を暗示した初期作品の小説やエッセイの方が、彼自身も暗中模索をしている様子がうかがえて、まさに『新しい「われらの時代」』が来るとそういう思いで社会と自分の将来を眺めることが出来るように思われました。

誰でも人には言われない、というか自分個人でも気がつかない一人一人の考えには、身体的ものから影響を与えらえている事柄があるものです。しかし、そのようなことは、哲学者や心理学者や、あるいは生理医学的なことからそのひとへの影響を考える専門家のような人でなければ普段は考えないものでしょう。実際は人の基本となる個人の頭脳配線は、親の知能を受け継ぐと同時に幼少の頃(10歳頃まで)の成長過程の環境の在り方で決定されているものなのです

僕の場合は、作品よりも作家自身の生涯をとおして、その時代に作家がどのような思いで作品を書いたかという、彼自身に書かせた原動力となった基点はどのようなことなのかということをいつも考えてしまうのです。

人という種の世界は当分続きそうですから、その基底に流れている時代時代にある将来、人類の考えが一点に収斂されていくであろうその流れに彼はなにをもたらしたのか、というその原点を考えてみたくなるのです。

娯楽小説ジャンルから一つ上のジャンルの文学というレベルでは、あるいは少し小難しい哲学や思想などでも今という現実世界に何らかの影響を与えるものでなければそれは文学と呼べるのか、大江は中期の頃それを深く考えた。『文学は何をなしうるか』。平和を考え『広島ノート』を著し、加藤周一と『九条の会』を立ち上げた。

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机上にいつも置いていた掲題の彼の宗教性に関わると思われる作品に『いかに木を殺すか』(文春文庫)がある。その冒頭の作品に”揚げソーセージの食べ方”というのがある。あらすじを簡単に書けば・・・

早稲田の理工を中退した兵衛伯父さんは、仏教と自然科学の統合を考えていた人で、四国の山の谷間の村に帰郷してから山羊5頭を連れて谷間から忽然と東京を目指して放浪の旅(臨終の地への旅)を続ける。

著者の連れ合い(妻)が、山羊は野犬に殺され若者らに暴行を受け肋骨を損傷しながらもひとり浮浪者のように新宿駅構内で百日間ほど住み着く兵衛伯父さんを見つけ、揚げそう―セージを与え、ひたすら食べることが瞑想であるかの如く、ゆっくりゆっくり味わい、咀嚼し、喉仏をクルリと動かして飲み込むのである。これを丁寧に書いているのがこの作品の題名となっている。

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作品のままの文章から兵衛伯父さんの人らしきを引用をする。また、作者(おそらく大江自身)との関係と兵衛伯父さんと作品に表記する理由を、次のように書く。これも知られた研究者の名が出てくる。エリアーデの名前も・・・

”兵衛伯父さんが『南伝大蔵経』の一冊として生涯読み続けた、ブッタの「大いなる死」の記録、つまり『大バリニッバーナ経』の岩波文庫版がふくまれているのをあらためて認める。”

”それでも兵衛伯父さんをオジサンと呼ぶ時には、これまでいつも当の漢字が頭にあったと思えるし、レヴィー=ストロースの親戚関係研究で、僕と兵衛伯父さんとの実際の関係がーーーおおいに心理の深層に関わりつつーーー母方の伯父と自分の、関係のありようにつうじると自覚されるのでもある。”

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この小説は大江の幼少期から少年時代にあの四国の山の中の谷間の部落でどのような影響を受けたのかが分かるような作品である。(彼の作品のほとんどはあの幼少期から少年期の自分の四国の故郷の部落にある。)

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・・・祈りは僕自身の、将来にかけて開く運命に関していた。・・・

”ーーーどうか先祖の皆さん、森の中の谷間の共同の祖先である神様方、私のおかしな顔つき、躰つきは、つくりかえていただかなくてよろしいです。そのかわり、どう私の頭を良くしてください。兵衛伯父さんのように頭が良すぎるまでになく、そのほんの少し手前まで、私の頭を良くしてくださるよう、お願いいたします!ーーー”

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兵衛伯父さんの著者(大江自身だろうが)への最後の言葉は次のようであった、と。

”小説を書く仕事について、兵衛伯父さんはともかく修行のひとつと評価してくれたのである。のちのことを思えば、むしろ兵衛伯父さんは、『大バリニッバーナ経』の次の一節を引用してそういったとすらいいうるであろう。《「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう、『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成しなさい』と。」 / これが修行を続けて来た者の最後の言葉であった。》

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誰でもが、ご先祖からの肉体のDNAを引く次いで生きて来たので今の私が存在する。”死者を死すると思うなかれ。聖者のあらん限り死者は生きん、死者は生きん。” ・・・