marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

『雪国』その後

2024-01-25 16:13:54 | #日記#手紙#小説#文学#歴史#思想・哲学#宗教

 TVでは、島村が悲しいほど美しい声と褒めちぎった葉子の方が、見た目、僕なりに好みに思えたんだけれどねぇ。気がふれた様子は見えないし、そもそも突飛なことがなければ現れない普段は隠れている気がふれたような表情をしない、ということもありえるのだが、物語や画面の中では駒子が、葉子のことを嫉妬深い、とうことで決めつけるけれど、それ以上のおかしさは読み取れなかった。

しかし、女性という中にはそれはそれは異常なる向学心や女の虐げられた地位に爆発するような不満をもって生き抜いていた女たちもいたのだろうから、人の気質から見れば、それを抑えたあきらめきれぬ思いで内心気がふれたようになっていた女もいたのであろうことは推察できる。葉子はそういう設定だったのだろうか。

気がふれているというようなことは、特にあからさまに公言することは、まったく村では禁忌事項となっていたものなのであろうか。それが、第三者的にスケベ心で東京から訪れていた島村には、特別に違った意味合いで、その表に現れない異常さが、その女の怪しげな美しさとなって、ことあるごとに美化することになったのであろうと思われないこともないけれど。

駒子にとっても、その鬱屈は、まずが閉鎖的な田舎村であったこと。第一に貧しかったこと。村でいい金を稼ぐにはそれなりに身を落として芸子になる仕事をしなければならなかったこと。芸指導の師匠には、それなりの授業料を上納しなければならなかったことなど。さらに、いいなづけにと考えていた師匠の息子が東京で働きだしたときも、駒子は芸子の上納金の一部を息子の行男に届けに東京まで行っていたことなど。

村に戻って芸者の仕事をするが、同じ村の葉子が、なぜ島村が乗った列車に病気になって回復の見込みのない村に帰って来た行男に看病しながら同乗していたのかなどは、皆目わからない。

葉子も東京にはでて看護婦の仕事をしていた。彼女は行男が東京に行くときに、実は追いかけて行っていたのだろうか。実は行男と生活を共にしていたのだろうか?死の床で行男を下の世話までして看病するが、この辺の関係はさっぱりわからないのであった。

この実は気の触れた女の妖艶な美しさ?! いづれにしろ、島村の女性に対する異常なほどの美化意識は、これも時代の反映というべきなのであろうか。

普段には、美人に見える年ごろの女。しかし、普通の生活においても、一転あることにおいては、急に狂いだす。実は内面、そういう気質を持った女だったというのはどうだろう。

それは、先に述べた村の閉鎖的な環境、貧乏と、閉鎖という村の環境と女という生き物の地位の低さ、その閉塞感が雪深いとう状況設定で、一層、内向的に自己を押し込め、追い込むことになった。そういう困窮とした状況での女のいきものとしてエストロゲン(女性ホルモン)のバランスが崩れると、もう狂うしかない・・・か。

実際にそういう女が存在しているということは、体験的に知らないことではない。。。

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2022の4月のブログに書いたが、川端康成のこの『雪国』の草稿メモが見つかったとのことを書いた。そのメモには。「葉子は、駒子のこと思い、島村を殺した」・・・という設定もあったということだった。

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昨晩からの雪は、あちことに大雪を降らせて道路の渋滞が報じられている。地震のあった能登半島の状況には心が痛む。雪は朝一面、地面を白くしたが僕のいるところは、まだそれほど積もらず、ブーツでも大丈夫。けれど今晩、降り積もるだろう。

毎年、雪が積もると川端康成の『雪国』を思い出すのであった。・・・


高橋一生主演:NHKBS 川端康成の『雪国』を見る

2024-01-23 18:57:33 | #日記#手紙#小説#文学#歴史#思想・哲学#宗教

  2024年1月20日夜、NHKBSで川端康成の『雪国』を見た。ここも雪国ではあるが信越地方程雪深くはない。年を明けたとは言え、雪がまだ降らない。寒くなり今晩あたりから大層な雪が降るというニュースである。

ノーベル賞をもらった方とは言え、川端康成はどうもすかんけれど、表現がとてもいいといいうかきれいな書き方をする作家と思う。心理学や精神医学やら脳味噌に関する本などを読むのが僕はすきなのだが、というのも自分の阿保さ加減を点検できるようで。そんなのをかじっていると、書いた作者や物語の中の人々の心理状態や心情を思ってしまって、こういう表現は何故かなぁ・・・などと思ってしまう。うまい書き方だなどと偉そうに思ったりするが、この作家はすごく危ないところがあるなぁ。

すかんけれども、と書いたのは、はっきり言えば、これは一線を超えない主人公が爽やかに思い込んでいるだけのエロ小説である。それに時代とは言え、女性蔑視なのではないかと思ったりする。けれども時代が許せば、それは一時の切ない物語なのであると。『はじめからただこの女がほしいだけだ。』なんて言葉が出てくるし、第一、のっけから駒子に『この指が君を覚えていたよ』なんて言うのは、おいおい、その指で何したんだよ、などど思ったりしたものだった。

島村は自分(川端自身)ではない、と末の注解に書かれているけれど、女性の見た目や声をこれほどまでに美化して書いて表現するには、やはり川端自身が危ない、と思ったりする。なぜ、これほど女性を美化して、それが彼のイメージの原点なのだが、表現するんだろう。そのイメージが川端の作品のイメージの基なのだ。それにしても。。。

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殊に娘(葉子)の顔のただなかにの山のともし火がともった時には、島村はなんとも言えぬ美しさに胸がふるえたほとだった。・・・娘の眼と火が重なった瞬間、彼女の眼は夕闇の波間に浮かぶ、妖しく美しい夜光虫であった。・・・ 女(駒子)の印象は不思議なくらい清潔であった。足指の裏の窪みまできれいであろうと思われた。・・・細く高い鼻が少し寂しいけれども、その下に小さくつぼんだ唇はまことに美しい蛭の輪のように伸び縮が滑らかで、黙っているときも動いているような感じだから、もし皺があったり色が悪かったりすると、不潔に見えるはずだが、そうではなく濡れ光っていた。・・・葉子の悲しいほど美しい声・・・。

以上のような表現が点在。とにかく、女性に対する目線は、今から言えばちょっと異常!!特に、清潔とか不潔とか、の言葉はどうなのだろう。

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幼少の頃に何かあったんだろうな、と思ってみると、やはり2~3歳で父母を、7歳で祖母を、15歳でたった一人の姉と祖父が亡くなっていた。そういう悲しみの人だったのだ。島村が駒子に『早死にするわよ』と言われる場面があるけれど、そのように川端は自ら早逝してしまった。

これは小説の中で描かれてはいないのではなかったかなぁと思われた箇所。駒子が『貧乏がいやだ』となんども内心叫ぶところ。それから、いい名づけではなかったかと言われた芸後の師匠の息子の行男の名前をなんどもノートに書きつける場面。小説では、師匠も夫婦になるのを願っていたのであろうけれど、駒子はそれを否定したし決して表立って公言せず、むしろ村に病気で帰ってきても会おうとしなかった。

不思議な物語でもある。結局、病気になった行男を看病しつつ東京から付き添って来た島村が列車の中から瞳や声が美しいと形容する葉子と、駒子の関係はやっぱりはっきりしなかった。それをはっきりさせないところが不思議なところで、駒子は葉子さんと呼び、葉子は駒ちゃんと呼ぶ関係。同じ村で知り合いの若い娘が、いづれ東京に出ていくが、東京にいっていた行男との関係はどうだったのか、何故、駒子が村に戻り芸者を勤め、雪の晩に、国境のトンネルを抜けて島村が同乗していた列車に行男を看病しながら葉子は乗って帰ってきたのか・・・??

不思議な結論めいた回答をさがすと、どうも葉子は気がふれている(きちがい)という設定で、これを露わにしないために詳細を語らないために、彼ら(行男、葉子、駒子)の関係が最後までわからないという設定だったのではないか、と勝手に思っている。それにしても、島村の葉子に対する形状や声の美化は不思議なほどの描写である。

『国境のトンネルを超えると雪国だった』という場面。この場面から列車の中の筋向いにすわった女性葉子の描写からなど駅長との葉子の会話は、高校の教科書に載った。そのころ僕は当時、雪深い青森にいたので、非常にこの場面が印象に残ったのだった。1999年新聞にモデルとなった駒子さんが亡くなったという記事が掲載され、僕はそれを切り取って古本屋で100円で買った新潮文庫に挟めていたのだ。

  2022年の4月にも掲載した新聞の記事である。むしろ、こちらの実際の記事が僕はとても感動したものだった。

空想に夢を馳せ早死にした作家、対し小さき頃からの困窮に絶え、現実をたくましく生きた女性。あらためて当時の新聞の記事そのままを掲載して、この寒い夜の今晩から降るであろう雪国からのブログを終わることにします。

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 『川端康成の名作「雪国」のヒロインで「温泉芸者・駒子」のモデルと言われた小高キクさんが先月31日午前11時39分、胆管がんのため新潟県三条市の済生会三条病院で死亡していたことが3日、わかった。83歳だった。

小高さんは1915年(大正4年)11月23日、同市の生まれ。10歳の頃から新潟県長岡市や「雪国」の舞台となった同県湯沢町の置屋で「松栄」の名で芸者として働いていた。

川端が初めて湯沢を訪れたのは34年の冬。川端は高半旅館(現・雪国の宿高半)に宿泊し、当時19歳だったキクさんが呼ばれ、酒の相手をした。川端は36年まで、湯沢を訪れるたびに高半旅館の二階の「かすみの間」に泊まり、キクさんを電話で呼び出したという。

キクさんは40年、24歳の時に芸者をやめた。湯沢町の神社で川端にもらった原稿や本をすべて焼き捨てて三条市へ帰り、小高久雄さんと結婚。以降、和服仕立て屋の女将として暮らした。

その後、川端との交流はなかったが、川端がノーベル賞を受けたのを聞き「あの人も世界の先生になりよございましたの」と越後なまりで答えたという。亡くなる間際、「最後は静かに送ってくれ」との遺言があり、葬儀・告別式は〇日午前11時半から、三条市内で親族のみで営まれた。』


(その3)Kさんへの返事:ある共〇党員との往復書簡

2024-01-21 08:02:34 | 手紙

 K様

 返信をいただき、大変恐縮しております。人生の先輩に何をかいわんやですが、少しく返答させていただければと思います。何も口論して争いをしようとするものではありません。小生、学生時代からの疑問であったのです。知人には資本論の全集を揃えていた者もおり、いろいろ話を聞かされたこともありました。それで、メールは決して激論を交わすようなお尋ねではないことをご了承願えればと思います。

K様にもお話しましたように長年の疑問だったのが(1)にまとめていただいた疑問でした。ありがとうございます。故人となりましたが、かなり前にキリスト教会に属し、県南から共産党から立候補された方がおられた方も知っております。残念ながら当選はしませんでしたが、キリスト教と共産党の考えはかなり近いものがありますね。

このメールは(1)にまとめていただいた質問の返答を再度、お尋ねしたいためですのでご了解ください。

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お手紙にあります(3)マルクス・エンゲルスについて 「二人は資本主義を徹底的に調査・分析し、資本主義の現実と闘い人々の解放を願い、問題の本質を深く考え、解決の方向を明らかにする態度を一貫してとっています。」 とありますが

これは、当時の時代においてということでいいのでのでしょうか、いや、そうではなく最近の斎藤幸平の著作にもあるように遺された膨大なノートからは現代、から将来まで見据えた考えがあったということでよろしでしょうか。小生はそうだと思いますが・・・。

理屈抜きで「共産党はダメ」というのは、小生は全く逆で、しかし理屈で考えるといろいろ疑問に思うところがあるのです。普遍的な真理のような思想を読みこもうとすると、どうも分からなくなるところがあるのです。

①彼らの思想を読み、まったくそのまま受け止めてしまえば不幸な国の体制が出来てしまうこともあるから、そうではなく彼らの思想から「科学の目」と「変革の精神」を吸収すべく、日本のように学び続けるべきである、ということが正しい読み方であるのだ、ということでいいでしょうか。

それは、彼らの思想からそのまま突き詰めれば、
②共産主義思想をとる北朝鮮や中国のような政治体制が出て来ているということは、二人の思想の学び方の間違いだ、ということになるのでしょうか? あるいは、国の体制や時代によって、様々な異なる行動基点ともなる思想でもある、ということなのでしょうか? 資本主義体制を経過していないから、まだ駄目なのだ、ということなのでしょうか。

③彼らの著作の中には、かなり過激な文書もあるが、その行動のエネルギーも「資本の現実と闘い、人々の解放を願い、問題の本質を深く考え、解決の方向を明らかにする態度を一貫して取っています」の、結論としての行動なのでしょうか?
「この科学的社会主義の基礎理論を学ぶうえで大切なことは、二人(マルクス・エンゲルス)の個々の言説を絶対化するのではなく、この「科学の目」と「変革の精神」を吸収することです。」 と書かれていますが、これは小生も賛同致します。

④すると、課題は彼らの思想をどう読むべきである、という前提があっての 二人の思想ではないかと思われますがいかがでしょう。小生はそう思いますが。(6)に書かれた二つの保障からはそのように読み取れますが。

⑤つまり、他の国では不幸があるが、日本共産党では、そういう読み方も実践もしない。しかし、民衆も貧しく、学問も貧しく時代的に今だ進んでいない国では、ラジカルな行動を起こす二人の思想の解釈もそういうとらえ方も時には必要である、ということなのでしょうか。あるいはそうではなく、まだ資本主義を経過していない国は、その思想に適さない、ということなのでしょうか?

⑥もし、そうだとすれば(4)の「共産党はいつの時代でも資本家・権力者の目の敵であった。」とあるように「共産党」は、現状の経済的体制により、あるいは時代により、国によりとらえ方の思想行動の起こし方の相違があってしかるべきで、発達した資本主義での社会変革でなしえるものだから、そういう経過をへていない国の体制には、そもそも合わないものである、ということでいいでしょうか?

⑦それは(7)の③にもありますように「日本共産党」は不破哲三さんが『資本論』はじめ古典と言われる著書のすべてを研究し、その成果を日本社会に当てはめて新しい論建てをしているのです。」とありますように、その国々に当てはめてその国の真摯な党員がおればですが、その方が自国に当てはめて彼らの言ったことをそのままの絶対化ではなく言わんとすることを吸収し論建てすることが大切なことである、という結論になりますが、いかがでしょうか?

以上、まとまらないところがありますが、日本共産党に対する偏見を取り除くためにもこの点を明確にしていただければ、小生も長年のもやもやが解消できると思いますので、K様の①~⑦までの項目にご返答くだされば、心からの喜びとするところです。

そこで、今回、大変、ぶしつけなメールをしてしまいましたのは、新年号からいきなりマルクス・エンゲルスの個々の言説を絶対化のような記事が出て来ましたので、それは大いに偏見を巻き起こし逆効果ではないかと思った次第でした。会員の方しか読まないからそもそもそういう偏見は起きないでしょうけれども。

日本共産党員の方の行動のバイタリティーには、「マルクス主義とキリスト教」を書いた矢内原も敬服している文面が読み取れます。キリスト教は、唯物史観ではなく霊の救済という別次元のものですが、行動力に大いに学べと・・・。

小生は夏の豪雨災害に床上浸水の被害宅の被災家財の運び出しや、被災施設の床下の泥かきなどの奉仕をしました。募金も致しました。ウクライナ支援募金も行いました。ガザの被災者救援募金も行いました。そして、能登半島地震緊急支援募金も行いました。この募金はまだまだ継続中です。

大変失礼な、やりとりを始めてしまいましたことをお許しください。

永年活動されてきたK様とこのようにやり取りができますことを嬉しく思います。
K様のバイタリティーに学ばなければなりません。大変な年の始まりとなりました。

K様の健康が守られますよう。       2024年1月15日    Yより

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※これに対する返事は来ていません。たまたまでしょうけど、一昨日、委員長が志位さんから田村さんに代わる組織替えがありました。しかし、これほど与党がダメになったことに驚きを隠せません。

 昔、恩恵を与えてくれたアメリカからの今の悪影響というしがらみを排除すべくは、日本の神道が太刀打ちできなとすれば、それらと闘うために、まさにすべてのしがらみから離れて真にキリストを研究し学んで受け入れ、悪魔と対抗すべきではないだろうかとしきりに思わされています。

写真は信仰により闘うパウロ像。


(その2)Kさんからの返事:共○党員との往復書簡

2024-01-20 13:32:31 | 手紙

以下は、先の配信に対して、長年活動をされてきたKさんからの返事です。

*****にある伏せ字は、オープンには許可をいただく内容です。又、特にメールの趣旨にはまったく関係ないためです。世的にどこでも読もうと思えば見ることの内容はオープンにしています。

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前略 ごめんください。拙いメ-ル年賀への返信ありがとうございました。併せて、退院報告=元気に退院されてよかった!安心しました。また、****共産党や共産主義についての疑問など率直なご意見をいただきました。昨年来、あなたに「入党」のお勧めなど無理難題を提起したことで一抹の不安を感じていましたが、この長文に込められたあなたの気持ちを知り、お互いの信頼を深めることができたと喜んでいます。ありがとうございました。

 それだけに、あなたの疑問については慎重にお答えする必要がると考え、改めて「しんぶん赤旗日曜版」の志位委員長と青年たちとの対談を読み直し、また第29回党大会決議案や日本共産党101年の歴史、科学的社会主義の基礎理論(勤労者通信大学)などに目を通して再学習をしました。お陰様で、日本共産党の綱領方針(人間の社会は、資本主義社会を乗り越えて次の新しい社会に進む必然性と、その「未来社会=社会主義・共産主義の社会」に到達するには、まず、当面する国民の苦難軽減を図る民主主義革命・多数者革命を実現することと、日本共産党の役割)に確信を持つことがだきました。感謝します。

****この後、数行、新聞のことが書かれています。日本共産党は政党助成金などではなく、活動に賛同する人々の新聞購入代など募金によりなりたっている。*****

次に、日本共産党の議員活動を支援する募金については、あくまでも支持者の主体的判断に基づいていただいています。たとえば私が担当している日曜版の読者は、新聞代930円+募金70円の人、また930円+募金200円の人、年に2回1000円ずつ募金の人など様々ですが、いずれにしても募金は党員(私は年に4~5万円)を含めて国民一人ひとりの浄財からいただくのが原則です。他の党は政党助成金(国民一人当たり250円、憲法違反であり共産党は拒否)315億円を山分けしている他、自民党などは禁止されている筈の企業団体献金(パ-テ-券など裏金を含む)を貰って「政治不信」の根源になっています。これを止めさせるためにも日本共産党への募金支援の輪を大きくしたいと思っています。

(1)あなたの疑問の件ですが、次のように私なりに整理してみました。

 ①まず人間の自由の問題です。日本共産党が言う「『人間の自由』が花開く社会」について一面では 理解できると言いつつ、「人という生き物」を突き詰めて考えると自己矛盾が生じてくるのでは? 

 ②その上で、北朝鮮や中国の共産党が国民に対し「政府に従え」(つまり自由を束縛する)ということにならないか? 共産党を避ける人はこの点を気にしています。 

 ③次に、資本主義の次に来る「未来社会」について日本共産党は「社会主義・共産主義」と表現していることに関連して、社会主義まではよいが共産主義はみんな嫌っていると指摘されました。 

 ④さらにマルクスとエンゲルスの時代と現代とでは、時代も変わり、国も変わり、思想や制度も変わってきているのに、彼らの言うことをそのまま受け入れるのは問題でないか?

 ⑤つまりマルクスらの思想を土台にして共産主義の政治を行う北朝鮮や中国などと日本共産党は同じことになるのでは?という疑問が出てきます。

 ⑥あなたは人間の思想イデオロギ-が先にあって行動する訳ではない。つまりいつの時代も人の欲望にそって行動してきた?のであって、その結論は「人とは  何なのだ」に行きつきます。

 ⑦ その国に、その時代に、生きているそして普遍的に命ある人を変革することの難しさは志位委員長も理解していると思うが、体制に安穏として満足している  大衆に「宗教はアヘンである」と語ったマルクスのことばは理解できます?

 以上、あなたの言い分からみて見当外れもあると思いますが、これに一つ一つ答える前に、私が学んだ科学的社会主義の基礎理論について紹介します。この中に回答の一部が含まれていますので…。

(2)科学的社会主義とは、人間解放のための理論であり、運動です。―—解放の対象は、資本主義社会の現実のなかで自由を奪われ苦難を余儀なくされている働く人々、つまり人間そのものです。→「人間とは何か」一つの生命体(知性的であることで他の生物と区別される)→「労働が人間をつくった」とも言われる。科学的社会主義では→人間について自然的存在、社会的存在、歴史的存在、共同労働→言語→意識と意思(心の問題)として、精神的存在が前3者に関わって重要な位置を占めます。

◆この理論は、人間、社会、自然の現実をありのままにとらえ、その運動と発展の姿をとらえる「ものの見方・考え方」をもっています。それが「哲学」です。

◆そして資本主義社会を調査・分析し、その矛盾を明らかにし、変革の方向を解明する「経済学」をもっています。 ――生産力と生産関係の矛盾――生産と消費の矛盾――資本主義の基本的矛盾―― 

◆さらに、歴史の発展法則をとらえ、労働者階級を中心とした民衆のたたかいこそが未来社会をきりひらく「階級闘争の理論」を主張します。 ――階級闘争(経済闘争・政治闘争・思想闘争)――

(3)マルクスとエンゲルスについて 

 二人は資本主義を徹底的に調査・分析し、資本主義の現実と闘い、人々の解放を願い、問題の本質を深く考え、解決の方向を明らかにする態度を一貫してとっています。

・そこには真理を究明する「科学の目」と、困難な現実を打開する「変革の精神」が満ち溢れていました。

・この科学的社会主義の基礎理論を学ぶうえで大切なことは、 二人の個々の言説を絶対化するのではなく、この「科学の目」と「変革の精神」を吸収することです。

(4)共産党はいつの時代でも資本家階級・権力者の目の敵であった。  1848年マルクスの著書『共産党宣言』の開巻第1㌻に、「ひとつの妖怪がヨ-ロッパをさまよっている―—共産主義の妖怪が」という有名な言葉で書き始めていますが、この時代でも反共攻撃があった証拠の一つとして紹介しました。

◆志位委員長が、資本主義社会は「利潤第一主義」が第一の特徴で、長時間労働、使い捨て労働、貧困と格差の拡大、もうけのためなら地球環境などお構いなし「あとは野となれ山となれ」と告発。つまり、もうけは「労働者から搾取」し、権力を持つ資本家階級・政府は国民を抑圧し、権力の横暴に抗する労働者階級・共産党は、いつも資本家の目の敵であり、「共産党は怖い」と大衆が支持しないよう仕向ける(反共攻撃)のが常套手段で、共産党はこれとたたかう運命にあります(現に100年間たたかってきた)。

◆日本における「反共攻撃」の特徴は、「共産党は何でも反対」「共産党には自由がない」「共産党は財産を取り上げる」「共産党は暴力革命」などの古典的なものから、最近は「旧ソ連、中国、北朝鮮と同じ(共産主義は恐ろしい)」「役員選挙が民主的でない」「委員長の任期が長すぎる」「反対意見を抹殺する」「自衛隊を解散して国を護れるか」「市民と野党の共闘の要を潰せ」「共産党は言うことは良いが力がない」などのほか、芳野友子連合会長の「共産党と共闘する政党は支持しない」や馬場伸幸日本維新の会代表の「共産党は日本にいらない」など、国民の反共意識に直かに訴える卑劣なものまで出てきました。

(5)日本共産党の反論  反共攻撃にひるまず堂々と反論しているのが「日本共産党第29回党大会決議案」であると私は受け止めています。特に、「社会主義社会に自由がない」は国民が騙されて誤解しているのであって、社会主義・共産主義社会はそれとは正反対に、「人間の自由」が花開く社会にすることが目的であり最大の特質であるとして三つの角度から説明しています。①「利潤第一主義」からの自由、②「人間の自由が全面的に発展」する、③発達した資本主義での社会変革は「人間の自由」でも計り知れない豊かな可能性があることを強調しています(この3点の共通項は「たたかいとる」ことにある)。

◆この3番目で大事なことは、社会主義への転換は、唯一、発達した資本主義から転換するもので、しかも資本主義の中で作られた①高度な生産力、②経済を社会的に規制・管理する仕組み、③国民の生活と権利を守るル-ル、④自由と民主主義の諸制度と国民のたたかいの歴史的な経験、⑤人間の豊かな個性などがそのまま引き継がれます。たとえば、ジェンダ-平等などいま私たちが要求したたかって「いいもの」にすることが即新しい社会につながる訳で、遠い将来の夢物語ではないということです。

(6)旧ソ連や中国のような「自由がない社会」にしないための二つの保障   ①日本共産党の綱領に、「社会主義・共産主義の日本では、民主主義と自由をはじめ資本主義時代の価値ある成果のすべてが受けつがれ、いっそう発展させられる」と明記し、個人の思想・信条の自由、反対政党の存在と活動の自由、一党制は取らない、特定の世界観を国民に押し付けないと約束しています。

②日本の発達した資本主義国を土台にして社会変革を進める事業は、1917年ロシア革命、1949年中国革命、いずれも資本主義の発達が遅れていた中での革命であり、自由、民主主義、人権、議会がないなどの制約、また国民の文化水準たとえば、ロシア国民の7割は字が読めない、中国は8割以上でした。そのうえ国の指導者が遅れ克服の努力を怠り、逆に弾圧など間違った政策を取ったことが現在の一党制になっているのです。これに比べて日本は、現在の憲法の下で、自由、民主主義、人権の制度、議会制民主主義など国民のたたかいが育んできたもので、「自由のない社会」への逆行は起こりえないということです。

(7)その他の回答について  

①「人という生き物」の自己矛盾について—―どんな人間でも自然と社会と繋がって生きています。今は資本主義社会(階級社会)ですのでその影響を受けるのは当然で、政府が国民の声を聞かずに強権政治を押しつけてきたとき、それを甘んじて又は我慢するのか、強権政治を止めさせるために戦うのかで道(心)は分かれます。死後の世界はともかく、現世で命や自由や平和を守るために一緒に行動することは可能ですし、現にやってきました。自己矛盾とは、真心を込めて祈っても人間らしく生きられない現実に迫られたときに生じるのでないでしょうか。マルクスがたった一度だけ言った「宗教はアヘンである」という言葉は、自己矛盾と関係あるように思います。私はあまり気にしていませんでしたが。

②「社会主義・共産主義」の表現については、日本共産党は「同意語」として使っており、厳密に区別する必要はないようです。あなたが言うように社会主義までは良いが「共産主義はダメ」というのは、反共攻撃で、理屈抜きで「共産党はダメ」と思い込んでいるからだと思いますが、どうでしょうか。しかし、共産との立場からすれば、これを無視する訳にいきませんから、資本主義の次に来る社会主義・共産主義の社会を「人間の自由」を保障する社会で、それを三つの角度から丁寧に説明していこうというのが今回の大会決議案のテ-マであると言っている訳です。

③マルクスとエンゲルスが生きた時代と現代とは200年も経って、何もかも違っているのはご指摘の通りです。ですから(3)で述べているように、彼らの言ったことをそのまま使う(絶対化)のでなく、その言わんとすることを吸収することなのです。日本共産党は不破哲三さんが『資本論』はじめ古典と言われる著書の全てを研究し、その成果を日本の社会に当てはめて新しい論建てをしているのです。「日本共産党綱領」改正もその一つです。

⑧人間らしい生き方についてです。 科学的社会主義の立場は、世界の事物はすべて運動し、変化し、発展するものとみており、日本共産党の党組織も例外ではありません。しかし、あなたも言うように共産党に対する偏見は、教育やメディアの影響もあって日々増幅していることは無視できません。

 さらに人間そのものも変化します。特に、人間らしい生き方をもとめて意識的に行動することで前向きの変化をつくりだすことは可能です。「どうせ世の中は変わらない」「自分も変わらない」と考えている人の意識と意思に対し、たたかって変えた事例を知らせ、いっしょに行動し、話し合うことで人間の意識を変えることができ、意識が変われば「よしやろう!」と意思が動き出します。

 いま日本共産党は、多くの支持者に「入党」を呼びかけています。それは「人間らしい生き方」=たたかう生き方をごいっしょにやろうということです。いろいろ立場の違いはありますが、観覧席で応援することも大事ですが、グランドに降りて党員として行動する意思をお持ちの方は、いまこそ絶好のチャンスであることを訴えます。よろしくご検討ください。お願いします。

 以上、大変長くなりました。不足な分はまたお話し合いしましょう。ではおやすみなさい。

2024年1月11日 23時38分                 K


K様へ:共○党員の方との往復書簡

2024-01-18 21:40:23 | 手紙

  今回のブログは、正式に掲載されないかも知れませんね。至って素人目線で、素直に疑問を持っていたことを、それはおそらく殆どの方も同じでしょうが、一つの政治政党を支えて活動されてきた高齢者の活動家へのその疑問を投げかけた手紙のメールのやりとりです。

公の方のお名前もそのまま掲載しております。ニュースにもなりましたし、小生の意見のみではありますが、だめなら、ブロガー管理者の方がオープンにはされないでしょう。ただ、批判でも何でもありません。正直に学生時代から疑問に思っていたことを聞くチャンスに巡り会ったなと思った次第でしたので。

それで、先入観なしで皆さんに読んでいただくことを希望致します。それにしても今はまさに、この国は政治的危機ではないでしょうか。若者も大いに政治に目覚めていただくことを願っています。

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今日は2024年の1月18日です。委員長が変わりましたね。志位さんから田村さんに。地方のこの様なメールのやりとりが大きな組織に影響を与えることは無いでしょうが、何故か、これから読まれる小生の素直な疑問の提示の一週間ほど後に偶然か、組織の変更があるなんてね。(ニュースでは1月19日)

『共産党はなくなった方がいい』などと語った維新の会の代表もおりましたが、これもまた、実在し多くの党員をも抱え、政治資金を自らねん出し、どこからも文句は言わせないと頑張って実際に行動している政治政党に、こういう発言をするのも世界的にも全く無教養での世界的に恥さらしのように思われて、どうしてこの国の政治家は・・・と良し悪し抜きでまったく個人的にがっかりするのです。

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この手紙(メール)は、新年の挨拶をたまたまいただいたその党員の方とのやり取りで、これもまた、学生時代からの疑問で、社会に出てからも、この唯物史観のブームに浸った時代の方がおられたので、資本論全集を部屋にあった人との話し合いも気になってしかたがなかったことを、この際、ストレートに質問することができると、いただいた新年号の記事について質問した次第でした。

この方とのいきさつの原因は、僕が加藤周一や大江健三郎が立ち上げた『九条の会』に関わったの経緯から始まり、『平和委員会』などの背後には共産党の方が控えていたわけで、年賀のメールをいただいた返事に対して、赤旗の日曜版『新年合弁号』をいただき、その内容に志位委員長が、若者との対談に、マルクス・エンゲルスの写真入りで『共産党宣言』などを持ち上げて、『自由』などの若者受けの言葉を話されているのを読んで、おいおい、待ってください、会員の減少を嘆く前に、いまだ金科玉条のごとくに古典を肯定しているのは、それは何でも会員は増えはしないでしょう、としきりに思ったことでした。

それで昔からの疑問がでてきて無性にいろいろ尋ねたくなったのでした。

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K様

年賀挨拶ありがとうございました。いただいた日曜版『新年合弁号』を読んでおりました。志位委員長と若者との対話。マルクス・エンゲルスの写真とその『共産党宣言』、マルクス主義についてはやはり多くの疑問があります。

彼らの著作を持ち出しますが、また、人間の自由などを語りますが、素直に突き詰めていけば、目指す社会が実現すれば、自己矛盾が生じてくる考えです。

対談されて青年の方々も、人というものはどういうものか、という視点から学べばいづれ理解されるだろうと思います。小生がそうでしたので。

一面からの理解はできますが、土台を崩し、その土台となった時、今度は何を変革の対象とするのでしょうか?その判断基準が、この思想にあるとすれば、まだまだ書かれている理想のようなひとつひとつの文言に多く、深く考えねばならないことがあると思います。

※実際、僕は世において仕事させてもらい、北は北海道、北見から南は九州鹿児島までの、殆どの企業を訪問する機会に恵まれ、その地域に産業を興し、人々に経済の恩恵を付与する企業が存在したことは、決してこの国では儲け一点ばりで労働者を搾取し、また、それをひっくり返すような闘争の世界ではない、こと見てきました。

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時代的制約がありそれが正しいとしても、現代においても人という生き物は、物事をすぐなんでも理解できる人ばかりではありません。そうすると、それを拘束するためには行く末は、北朝鮮か中国共産党のようになりませんか?

北朝鮮も『共産主義』と大きく山に文字で表示して民衆に鼓舞しています。中国の習首相もマルクス・レーニン主義と明確に語ったテレビ放映を見たことがあります。

共産党を避ける人は、資本家が民衆搾取ための労働者の闘争との意味合いで捉えるこをと、その思想の行く末に不安を覚えるものと思われます。

民主主義がいきわたった国でアンケートをとっても社会主義があがるとしても、今は共産主義がいいという人は殆どいないと思います。

それは日本共産党と異なる、というのであれば同様の古典ともなっているマルクス・エンゲルスのことを持ち出すのは、あの時代にあの産業機構においては、大いに救済の考えとなったのですけれど、時代が変わり、国も変われば、そこから流れる思想の結果は異なっても構わないのだ、ということなのでしょうか? 彼らは深く学んでいないだけだ、というのでしょうか? 

あるいは多民族国家である中国などは、それを採用しなければ、国体を維持できないというのでしょうか? 小生はまったくそうだと思いますが。本来の『自由』とは、人として無言ともいえる律しなければいけないという共通理念が共有化された社会で初めて、その言葉が使えるものではないでしょうか。

マルクスらの思想を土台として後の我々がその考えを発展させていくのであれば、国の事情によっていかようにも解釈ができてしまう。そうすれば、北朝鮮の共産主義の考えは間違っているということは言えなくなるのでしょうか。

実現できない現状を変えていく過程の改革させる限定の思想であるとすれば納得できます。ただ、あの時代状況からの思想であったということが条件であったと思います。

いずれ、活動は賛同いたしますが、小生は何事も思想イデオロギーが先にあってからの、人の活動ではないと考えます。思想なる言葉が先に会っての経済活動ではない。人の欲に沿ってのいつの時代もそれである。だから、問題は人なのだ、というのが小生の考えです。

小生は『人とは何なのだ』というのが学生時代からの追求課題でした。無論、小生自身の内省含め限界がありましたけれど。行きつくところ、最後はその国に、その時代に生きているそして普遍的に命ある人のことなのです。

志位委員長もこのことは十分理解されていると思います。だからこそ、実際に思いを反映させ、行動に移さねばと、変えるための行動を起こすきっかけが、マルクス・エンゲルスの思想にあるとの解釈なのだと思いますが、体制に安穏として満足している大衆に『宗教はアヘンである』と語ったマルクスの言葉は、そういう意味で理解できますが。

長々となりますのでこの辺で終わりますが、会員数の非常に減じている状況において、確かにあの時代、まさに世界を席捲した思想には敬服します。多大なる恩恵を残したことも事実です。彼らのいた英国には、労働党なる政党がありますし、多くの民族がおりますから。ペストは流行した時、彼らが最も早く、国民に警告を発したのも彼等でしたね。

今また、マルクスが残した書籍になっていない膨大な量のノートが注目を浴びてます。それが開示されるようになると、彼の先見性にまた世界を席捲するかもしれません。

○『マルクス主義とキリスト教』(矢内原忠雄:岩波書店)

○『日本現代史とユダヤ思想』(苗村育郎:無明舎出版、この方は秋田大学の精神科の医者です。そういう意味からか宗教にも厳しい意見です)

機会があれば一読ください。県立図書館にもあります。

健康に留意されてください。     この辺で終わります。