おやままさおの部屋

阿蘇の大自然の中でゆっくりのんびりセカンドライフ

気をつけーっ、前ならーい

2011年08月30日 07時34分02秒 | 日記
一昨日、地元の子ども会が東北の義捐金集め(?村の有線放送だがよく聞き取れなかった)のために、ビール瓶、1升瓶を集めているのでご協力を!といっていた。

随分焼酎の1升瓶が貯まっている。協力しようと地区の区長さんに連絡、取りに来るという連絡だった。

待っていると、軽トラをお父さん達が運転し、二台に5人の小学生が乗っていた。

子供達は二台に乗ったまま、お父さん二人が瓶を運ぼうとした。

「待って!」

「みんな、車から降りなさい」

「全員、並んで気をつけーっ

子供を見ると、つい教員時代を思い出してしまう。

子ども会の事業なら子供が動かないといけない。親はあくまでそのサポート。

「皆、おはようございまーす」

「私は高校の先生でした。みんなの活動に賛同していっぱい持っているお酒の瓶を提供します」

そして・・・

私はみんなの応援のために、毎日このお酒を一杯飲んで空き瓶をたくさん作ってきました

「今日は暑いけれど頑張って下さいね」

ーい


夢に走る

2011年08月29日 06時58分24秒 | 日記
まったく読んだことがなかった小説家笠原靖という人の「ウルフ街道」という本を読んだ。

この本には2編収められていて、付属するような形で織田作之助賞を取ったという「夏の終わり」が入っているがまだ読んでいない。

狼王ロボを記した小説が痛快だった。ユズルという青年がロボを知るため、彼の若く一途な夢のために勤めを辞めアメリカに飛ぶ。

ニューメキシコを訪ね。ロボの足跡を丹念に辿っていく。そして次第にロボの実像が見えてくる。

狼王ロボの哀しき物語とそれを執拗に追い続けるユズル青年。ユズルの一途な思いに共感し、知りうる限りの情報を伝え励ますロボを知る地元の長老、インディアン。

筆致は淡々として描かれているのだが、次第にロボ追跡のドキュメントに素直な感動を覚えた。

教職現役だったらこれを毎日5ページずつ、クラスの生徒に読んで上げるのだがー

中学生や高校生の若き精神にとって「夢」を追うことの素晴らしさを感得させるこの小説はいい。出会う人間=白人やインディアンたちの人種民族を超えた優しさは素敵だ。

ハイウェイパトロールで速度オーバーで捕まったユズル、二人の警官に自分の渡米目的=「夢」を語る。一途な青年の心情に心を動かされた警官はにこりと笑って「グッドラック」と拳に親指を立て、去っていく。

うーんカッコイイ

狼ロボの最後はなんとも悲しい  

白人の入植者は地元原住民のインディアンを追い払い、バッファローを絶滅させ、それを食料としてきた狼は仕方なく牧場の牛を襲う。

カウボーイは飼っている牛を襲う狼を次々に罠で捕らえ殺していく。ロボは狼の中で神様のような存在でその巨大な体と身体的能力は他を凌駕し、そして5匹の秀でたグループを率い、その統率力と危険を察知する予見能力、視野の広さ。



閑話休題。

民主党の総裁選挙のこと。菅氏がやっと辞める事になった。遅すぎた決断、自分の歴史に汚点を点けてしまった。

ポスト菅の問題。国民、だれがそれに興味を持つと思う???

海江田、前原、野田あと二人いたと思うけど論外。

クルリンパ野田は前原出馬で本流から外れ支流となった。

海江田と前原だろうが、どうしても選ばねばならないとするならば前原だろう。海江田はやることがやらしい

日本近代史が大きく変換する事態になっているこの時に当たり、あの人の策謀、策略、見え見えの自己演出、その軽さ。
菅と対立したというが、不人気の菅の後を狙い菅追い落としに演技を入れ、人気を取ろうとした、それもマスコミを常に意識し、戦術に入れて。

海江田という名前からして薩摩の出身だろうが、西郷のような豪放磊落、計算をしない直情な生き方と人情細やかな薩摩人の風上にも置けないなあの人。

教え子との再会

2011年08月28日 06時52分26秒 | 日記
珍しくいい天気が続いている。

今日は日曜日にもかかわらず、好天だ

昨日もほとんど危ぶむことなく安心して来訪者との一日を過ごした。

母親は50に近づいているだろう。次男が母親の高校にすなわち私の勤める学校に入ってきた。親子2代の卒業生だ。

こういうケースは他にも多いのだが、ずっと連絡を取り続けているケースは稀有。母親は妻と仲がいい。妻の実家のみかんの手伝いに遠くから夫婦でやってくることもある。

末っ子の小6の息子が可愛かった。変に大人びていないし、性格温順で母親思いの優しい子だった。

息子二人を連れて、南阿蘇周辺を案内した。

牧場のなかにポツンと1本立っている「観音桜」(最近地元商工会が人集めのために観光開発のために命名された)と展望台。南阿蘇ではすでに白水の「一心行」の桜が名を馳せている。たしかTV朝日のニュースショウで全国紹介されてから一躍有名になった。今では日曜日となれば開花時期、驚くほどの人出。駐車場が第7、第8・・・そしてもちろんお金も取る。

人が集まると利権が発生して、その筋の人達が仕切り始めた。

今はどうか?

この観音桜、はじめは多くの赤牛戯れる牧野の中の名もなき一本桜だった。

それが今年、駐車場が整備され、牧場を商工会が桜の時期だけ借り上げるのだろうか、柵を明けて自由に中に入らせ見物させていた。まだこの春まではお金が動いていない。

ところがその後、牧野のその上に随分資金を投入して展望台を作った。駐車場がさらに整備され、桜に「観音」の名が付され、あちこちに看板が敷設された。春には観光バスまでやってきた。来春は一心行に勝ると劣らない人出になるのではないかー

TVでも紹介されたらしい。

但し、来春からはお金をちゃーんと取るらしい。

消費資本主義社会の典型がここにもある。人が金を落としそうなところ=利益を生み出す場所には人が群れ始める。

この場所まで車で2,3分。展望台で写真を撮ってやった。五岳のついての説明を一くさり・・・

それから「水の生まれる里」、白水の白川水源は金を取るので、そこよりも湧水量は倍、分あたり120トン(白川水源は60トン)を誇る竹崎水源に案内。ここは田圃の細いあぜ道を走っていく。車の車幅いっぱいいっぱいのところ。すなわちまだ「金」と「欲」が動いていない。

地元の慈善行為によって水が汲めるようになっている。

この後、根子岳が見える付近まで進んで、それから引き返して巨大な野外劇場?アスペクタへ。

ここは先日「カルデラウォーク」大会で初めて訪れた。催し物が何もないときには入るのはただ。お弁当を開くには最高のシチュエーション。ロケーションは素晴らしく広く原野を切り開いてあるので眺望を邪魔するものは何もない。目の前に五岳と雲海が揺蕩っている。

秋風が肌を優しく撫で、もうススキもちらほら。ナデシコ、オミナエシが風にそよぎ道の脇には葦が揺れている。

事務所でちょっと気になる質問をした。「最近ある人から聞いた情報ですが、あのマイケル・ジャクソンのファミリーがここアスペクタに来るらしいって本当ですか?ジャネット・ジャクソンも一緒に?」

これは地元の知人から直接聞いたことだが、ちょっと聞いていて半信半疑だった。そこの職員、丁寧に応えてくれた。
「実は話はあるにはあるのです。しかし、まだ契約までいっていないのです。困難な問題が多発して難航しています。県の了解を取らないといけないし・・・」

「そうでしょうね。世界的なスターがこの田舎に来るとなれば、たいへんな混乱が予想されるし、警備は?宿所は?世界から人が集まるとなればたくさんの通訳の人材が必要となろうし・・・やっぱりねー」

こんな会話をして、家路についた。バーベキューが待っている。






バーベキューするどーっ!!

2011年08月27日 07時01分56秒 | 日記
いい天気だ。朝日が眩しい。

こんな朝、本当に久しぶりのこと。

今も噴煙を上げている中岳をはじめ、高岳、杵島、往生、烏帽子など阿蘇中央火口丘よりも噴火の歴史が古くその仲間には入らない根子岳方向から昇る朝日を拝む、そして眼前の阿蘇の五岳に向かって手を合わせる。
一日の内でもっとも厳かで心静かな時だ。

もちろん、神棚と仏前に水とお茶を上げた後だ。

5つ下の弟が病で倒れた。まさに企業戦士で、異変を医者から指摘されているのに「まさか、俺は大丈夫!長く休む訳にはいかない}と高を括り忠告を無視していた。

私の過去と同じだ。ストレスのあまり狭心症を発症した時、即入院手術をという医者の忠告に「2日後に2学期の終業式があり、私は式辞を読まなければなりません。それでひどい発作が起きて死んでも決して訴えるようなことはしません。同意書だって書いていいです」とまで言ったのは、その兄だった。

今思うと、やはり異常というしかない。その言葉を横で聞いていた妻はどう思ったことだろう・・・

現在、先端治療を受けている。来週の火曜日には航空機で当地に向かう。畑で作ったスイカとウリを切ってクーラーボックスに入れてもって行ってやろう。妻はおやま家伝統の「コノシロの姿寿司」を作っていくという。

台風よそれまで静かにしていてくれ

閑話休題。

今日は久しぶりにお客が訪れる。

私の古い卒業生で、その息子も同じ卒業生。親子3人でやってくる。

我が家は千客万来だ。歓待してあげようと相談した。やっぱりそれならバーベキューだ。

自慢の専用テーブルも先日塗り替えた。

肉は阿蘇の赤牛。野菜はできるだけ畑にあるものを使う。キャベツが間に合わないが、タマネギ、ジャガ、ナス、ピーマン、レタスもトウモロコシは収穫してしまったが大丈夫。

長男は飲めるようになっただろうか?

生死は一如、今呼吸していても明日のことはわからない。この世の人生は仮住まい、いつか元の静謐な動かない世界に戻っていく。
楽しむ時には一所懸命に生きていることを謳歌する。

食べる幸せと飲めるラッキーを全身で感じること。

偉大な阿蘇の麓にいるとやっぱり「サムシンググレート」をつい意識し、感知してしまう。

ありがとう神様、そして苦しむ者に手を差し伸べてください