今回はヤマトシジミ。前翅長9~16mmの小型の蝶で、全体として小型であるシジミチョウの中でも小さい部類である。年4-6回発生し、暖地性の蝶に属する。食草はカタバミ科のカタバミだけとされるが、このカタバミは繁殖力が強く庭の雑草として嫌われものの部類に属するくらいであり、そのおかげかこのヤマトシジミは、北海道と青森県を除く全国津々浦々どこででも普通に見かける種である。近年、分布が北上しているとされる。
類似種にシルビアシジミがいるが、ヤマトシジミの方がより大きく、シルビアシジミでは前翅の裏面の中室内に黒点のないこと、後翅裏面の外側より3列目の黒点列のうち、前より2番目の黒点が内方にずれるため、黒点の形成する円弧がここで分断される点で区別される。また、シルビアシジミの生息域は離散的で限定されているので、長野県のこの地方ではシルビアシジミに出会うことはまずなさそうである。
ヤマトシジミ(上)とシルビアシジミの後翅裏の黒点の違い
両種は混棲し、且つ酷似していたことからシルビアシジミの存在は長く知られなかったが、1941年以来話題の蝶として注意されるに至ったという(原色日本蝶類図鑑)。
それにしても、かたや最も日本らしい「ヤマト」を冠した名前をつけられ、もう一方は西欧風の「シルビア」という名前をつけられたこの2種。この「シルビア」の命名の由来は何なのかが気になり調べてみたところ、次のようなことが判った。
鳥取県東伯郡羽合町(現・湯梨浜町)生まれの中原和郎(わろう)博士(1896-1976)は1918年にコーネル大学を卒業後、ロックフェラー医学研究所、理化学研究所、東大伝染病研究所などで研究を進め、1923年 京都大学医学博士、1948年から財団法人癌研究会所長を務め、1962年、国立がんセンター研究所初代所長となるが、留学中の1918年にドロシー婦人と結婚、翌1919年には二人の間に生まれたシルビア嬢を授かるも、その娘は生後7か月半で夭折する。
中原博士は、外国産蝶コレクションの草分け、日本産蝶の分類研究者としても知られ、『世界の蝶 原色図鑑』黒沢良彦共著(1958 北隆館発行)もあるが、娘を失った直後に2種類の蝶を発表し、1種はドロシー夫人の名前にちなんだ学名を、もう1種類にはZizerasylviaという学名を与えている。この学名はその後の研究で無効となるが、和名「シルビアシジミ」は今も使われ続けているという。
シルビアシジミそのものについては、1877(明治10)年7月12日、東京大学で英語教師をしていたフェントン氏が、栃木県の鬼怒川で日本初となるシルビアシジミを発見したとされる。世界初ではなかったものの、日本初のシルビアシジミは今でも大切に大英自然史博物館に保管されているという。
シルビアシジミのことが長くなったが、元に戻る。義父のコレクションに両種があるので、比較すると次のようである。
左側上からヤマトシジミ♂、同♀、同裏面♂、右側シルビアシジミ♂(2018.2.1 撮影)
雌雄の判別は、♂が翅表全体が紫青色で、縁が黒く、♀は暗灰~黒色部が広いことで容易である。翅裏では♂♀で色彩・斑紋はほぼ同様とされるので、判別は困難である。
卵は0.5mmの扁平なまんじゅう型、終齢幼虫は体長12mmの緑色、4-5齢で蛹化し、蛹は細長いだるま型、黄緑色や褐色で体長9mm、帯蛹とされる。越冬態は幼虫と断定している文献(「信州浅間山麓と東信の蝶」 信州昆虫資料館発行、チョウ② 保育社発行)と、不定(「イモムシハンドブック」 文一総合出版発行」)としているもの、そして蛹(ウィキペディア 2015.3.24付け)とするものなどと異なっていて、身近な蝶だけに不思議である。私はまだ幼虫や蛹の姿を見たことは無い。どちらかというと、地味で無視され続けている存在である。この蝶もいずれ生活史を3D撮影しなければならないと改めて思う。
いつもの「原色日本蝶類図鑑」には次のような表現で、ヤマトシジミのことが書かれている。
「春秋好天の日は忘れることなく庭の一隅に飛来して、草花を訪れるやさしい蝶の一つである。4-5月から路傍いたるところの叢に現われ、秋もおそくまで姿を見かける。・・・」
長野県でもほぼ全域の市街地を含む平地から低山地にかけて生息し、垂直分布の上限は1000mとされているが、軽井沢でもときどき見かける。我が家の庭では、花に吸蜜にくることはあまりなく、気がつくとチラチラと辺りを飛んでいる姿にであうといった具合である。写真の方も、吸蜜に来た姿を撮影できたのは次の1枚だけと言う状況であった。翅を閉じていると、前記のように雌雄の判別ができない。ただ、同じ時に撮影した他の写真で僅かに開いた翅表が見える場合には、そこからの判断で雌雄を示しておいた。
キャットミントに吸蜜にきたヤマトシジミ♂(2016.10.4 撮影)
とても小さいので、よく見ないとわからないが、♂の翅表の色はなかなか美しい。一方♀のほうは暗灰色で目立たない。
庭の葉の上で休息するヤマトシジミ♂(2016.7.28 撮影)
枯れ草の上で休息するヤマトシジミ♂(2017.4.15 撮影)
庭の葉の上で休息するヤマトシジミ♂(2016.7.28 撮影)
次の交尾写真は雌雄の大きさの違いが際立っているが、資料をみても、自宅にある標本写真を見ても、これほどの差は認められない。また、翅裏の色の違いも明確ではあるが、翅表がはっきり見える写真が撮れていないので、雌雄の判別はできなかった。
庭の葉の上で交尾するヤマトシジミ(2016.4.30 撮影)
類似種にシルビアシジミがいるが、ヤマトシジミの方がより大きく、シルビアシジミでは前翅の裏面の中室内に黒点のないこと、後翅裏面の外側より3列目の黒点列のうち、前より2番目の黒点が内方にずれるため、黒点の形成する円弧がここで分断される点で区別される。また、シルビアシジミの生息域は離散的で限定されているので、長野県のこの地方ではシルビアシジミに出会うことはまずなさそうである。
ヤマトシジミ(上)とシルビアシジミの後翅裏の黒点の違い
両種は混棲し、且つ酷似していたことからシルビアシジミの存在は長く知られなかったが、1941年以来話題の蝶として注意されるに至ったという(原色日本蝶類図鑑)。
それにしても、かたや最も日本らしい「ヤマト」を冠した名前をつけられ、もう一方は西欧風の「シルビア」という名前をつけられたこの2種。この「シルビア」の命名の由来は何なのかが気になり調べてみたところ、次のようなことが判った。
鳥取県東伯郡羽合町(現・湯梨浜町)生まれの中原和郎(わろう)博士(1896-1976)は1918年にコーネル大学を卒業後、ロックフェラー医学研究所、理化学研究所、東大伝染病研究所などで研究を進め、1923年 京都大学医学博士、1948年から財団法人癌研究会所長を務め、1962年、国立がんセンター研究所初代所長となるが、留学中の1918年にドロシー婦人と結婚、翌1919年には二人の間に生まれたシルビア嬢を授かるも、その娘は生後7か月半で夭折する。
中原博士は、外国産蝶コレクションの草分け、日本産蝶の分類研究者としても知られ、『世界の蝶 原色図鑑』黒沢良彦共著(1958 北隆館発行)もあるが、娘を失った直後に2種類の蝶を発表し、1種はドロシー夫人の名前にちなんだ学名を、もう1種類にはZizerasylviaという学名を与えている。この学名はその後の研究で無効となるが、和名「シルビアシジミ」は今も使われ続けているという。
シルビアシジミそのものについては、1877(明治10)年7月12日、東京大学で英語教師をしていたフェントン氏が、栃木県の鬼怒川で日本初となるシルビアシジミを発見したとされる。世界初ではなかったものの、日本初のシルビアシジミは今でも大切に大英自然史博物館に保管されているという。
シルビアシジミのことが長くなったが、元に戻る。義父のコレクションに両種があるので、比較すると次のようである。
左側上からヤマトシジミ♂、同♀、同裏面♂、右側シルビアシジミ♂(2018.2.1 撮影)
雌雄の判別は、♂が翅表全体が紫青色で、縁が黒く、♀は暗灰~黒色部が広いことで容易である。翅裏では♂♀で色彩・斑紋はほぼ同様とされるので、判別は困難である。
卵は0.5mmの扁平なまんじゅう型、終齢幼虫は体長12mmの緑色、4-5齢で蛹化し、蛹は細長いだるま型、黄緑色や褐色で体長9mm、帯蛹とされる。越冬態は幼虫と断定している文献(「信州浅間山麓と東信の蝶」 信州昆虫資料館発行、チョウ② 保育社発行)と、不定(「イモムシハンドブック」 文一総合出版発行」)としているもの、そして蛹(ウィキペディア 2015.3.24付け)とするものなどと異なっていて、身近な蝶だけに不思議である。私はまだ幼虫や蛹の姿を見たことは無い。どちらかというと、地味で無視され続けている存在である。この蝶もいずれ生活史を3D撮影しなければならないと改めて思う。
いつもの「原色日本蝶類図鑑」には次のような表現で、ヤマトシジミのことが書かれている。
「春秋好天の日は忘れることなく庭の一隅に飛来して、草花を訪れるやさしい蝶の一つである。4-5月から路傍いたるところの叢に現われ、秋もおそくまで姿を見かける。・・・」
長野県でもほぼ全域の市街地を含む平地から低山地にかけて生息し、垂直分布の上限は1000mとされているが、軽井沢でもときどき見かける。我が家の庭では、花に吸蜜にくることはあまりなく、気がつくとチラチラと辺りを飛んでいる姿にであうといった具合である。写真の方も、吸蜜に来た姿を撮影できたのは次の1枚だけと言う状況であった。翅を閉じていると、前記のように雌雄の判別ができない。ただ、同じ時に撮影した他の写真で僅かに開いた翅表が見える場合には、そこからの判断で雌雄を示しておいた。
キャットミントに吸蜜にきたヤマトシジミ♂(2016.10.4 撮影)
とても小さいので、よく見ないとわからないが、♂の翅表の色はなかなか美しい。一方♀のほうは暗灰色で目立たない。
庭の葉の上で休息するヤマトシジミ♂(2016.7.28 撮影)
枯れ草の上で休息するヤマトシジミ♂(2017.4.15 撮影)
庭の葉の上で休息するヤマトシジミ♂(2016.7.28 撮影)
次の交尾写真は雌雄の大きさの違いが際立っているが、資料をみても、自宅にある標本写真を見ても、これほどの差は認められない。また、翅裏の色の違いも明確ではあるが、翅表がはっきり見える写真が撮れていないので、雌雄の判別はできなかった。
庭の葉の上で交尾するヤマトシジミ(2016.4.30 撮影)