チョウの採集に明け暮れていた子供の頃、好きな種の一つがこのルリタテハであった。大阪でも時々見ることができたが、捕えるのは至難で、首尾よく標本箱に収まっていたかどうか、記憶は今では定かでない。
シロチョウの仲間は可憐な感じがし、アゲハチョウの仲間は優美な感じがするが、タテハチョウの仲間はというと俊敏な戦士のイメージである。
中でも、ルリタテハはそうした印象がより強く、せっかく出あえても、捕えることがとても難しいのである。
今は捕虫網をカメラに替えてチョウを追っているが、事態は同じで、散歩途中で見かけてもすぐにどこかに飛び去ってしまい撮影するチャンスは少ない。
軽井沢に来て8年、ルリタテハを当地で撮影できたのは1度だけであった。それが理由で、ここで採りあげるチャンスもなかなかやってこなかった。
ところが、今年になってヒメギフチョウの観察・撮影に誘っていただいて、東御市に出かける機会ができ、ここで運よくルリタテハを撮影できた。
駐車スペースに車を停めて歩き始めた時に、背後から弾丸のような黒い影が通り過ぎて行って、妻はその飛び方からスミナガシかもしれないと推理していたが、20mほど先の枯れ草の上に止まった黒い点に近寄ってみるとルリタテハであった。翅に欠損は見られないが、鱗粉はかなりはげ落ちて見える。他のタテハチョウと同様、ルリタテハは越冬するのでこうした姿になるのもやむをえない。
私が近寄る気配を感じたのか、一旦はパッと飛び立ったが、上空をひとまわりしてすぐまた元の場所近くに舞い戻ってきた。これはこのルリタテハの習性のようであり、一度どこかに止まってくれるとその後の撮影は容易になる。
以下、これらの写真を紹介する。
先ずは南軽井沢で撮影したものから。この年羽化したと思われる新鮮な個体で、翅の傷みもほとんどない。翅裏の色は濃い焦げ茶色でタテハチョウの中でもクジャクチョウと並び濃い色をしている。
南軽井沢で見かけたルリタテハ 1/6(2016.7.10 撮影)
南軽井沢で見かけたルリタテハ 2/6(2016.7.10 撮影)
南軽井沢で見かけたルリタテハ 3/6(2016.7.10 撮影)
南軽井沢で見かけたルリタテハ 4/6(2016.7.10 撮影)
南軽井沢で見かけたルリタテハ 5/6(2016.7.10 撮影)
南軽井沢で見かけたルリタテハ 6/6(2016.7.10 撮影)
続いて東御市で撮影したルリタテハ。こちらは越冬した個体なので、翅は欠損こそないがだいぶ傷んでいる。前掲の軽井沢の個体に比べると翅裏の色は更に濃い印象である。
東御市で見かけたルリタテハ 1/7(2022.4.27 撮影)
東御市で見かけたルリタテハ 2/7(2022.4.27 撮影)
東御市で見かけたルリタテハ 3/7(2022.4.27 撮影)
東御市で見かけたルリタテハ 4/7(2022.4.27 撮影)
東御市で見かけたルリタテハ 5/7(2022.4.27 撮影)
東御市で見かけたルリタテハ 6/7(2022.4.27 撮影)
東御市で見かけたルリタテハ 7/7(2022.4.27 撮影)
学生時代から持っている、古い「原色日本蝶類図鑑」(横山光夫著 1964年保育社発行)には興味深い記述があり、次のようである。
「東洋の特産種で、ヨーロッパ地方には全く姿を見ないこの蝶の類縁種が、太平洋をへだてた遠いメキシコに取り残されているのは不思議に思われる。この隔絶した分布の理由として、第4期氷河以前ベーリング陸橋によって、東亜と北アメリカは続いていたため、アジアの生物は自由に交流したが、氷河の襲来によって、『るりたては』の祖先はメキシコの山地に自然の孤児となったものと考えられる。」
日本で見られるアカタテハ、ヒメアカタテハ、ヒオドシチョウ、コムラサキ、クジャクチョウ、キベリタテハなどタテハチョウの仲間の多くは、ユーラシア全域に分布しているので、このルリタテハの分布の狭さはなぜだろうかと思う。上記の説明も、メキシコに分布している理由にはなっているが、ヨーロッパにいない理由にはなっていない。
国内での生息域は広く全国に分布していて、食草は、サルトリイバラが主だが、地方によってはオオバタケシマラン、シオデ、サツマキンライなどの名前も見られ、全幼虫期を通してこれら植物の葉裏で生活するとされる。また、ユリ科のホトトギス、オニユリ、ヤマユリなども食べるので、これらが植栽されている都市部の公園や人家など小規模な樹林の周辺にも見られるという。
我が家の庭にも、ホトトギスはたくさんあるし、オニユリも植えているが、まだ自宅周辺でルリタテハの姿を見かけたことは無く、幼虫の姿ももちろんない。図鑑で見る幼虫の姿は、黄白色の棘を計68本ももっていて、恐ろし気に見えるが、これは他のタテハチョウ科のトゲイモムシ同様、棘状の突起であって、刺されることはないという。図鑑などによると齢の違いによる色変化もあって興味深く、いつか機会があれば飼育してみたいと思うチョウである。
義父のコレクションにはルリタテハが7頭含まれていて次のようである。採集日と場所を見ると、左上から
昭和40年7月25日 那須 昭和37年8月22日 三峰
昭和40年7月25日 那須 昭和49年7月29日 塩原
昭和38年8月28日 那須 昭和37年7月18日 日光
とある(1頭はデータなし)。
ルリタテハは、全体として瑠璃色を帯びた構造色と思われる地色の中に、明るい青色の帯が見られる。この瑠璃色部は、見る角度により青みが失われる様子を写真で確認することができる。下記標本の中には(左上から3番目)この瑠璃色部と青色の帯が消失している異常型個体も含まれている。