今回はスミナガシ。昆虫採集をしていた小学生か中学生のころに、大阪で採集した記憶はあるが定かではない。今、生息分布図をみてみると、北海道を除いて沖縄まで広く全国にいるとされているので、一時期わが標本箱にいたとしても不思議ではない。その特異な名前も記憶に残っている理由かもしれない。
いつもの「原色日本蝶類図鑑」(横山光夫著 1964年保育社発行)によると、スミナガシは次のようである。
「本土席巻を目指すかのように見える熱帯系蝶の中でも、本種は北海道には未知だが、九州から既に青森にまで達している。紺の匂うサツマガスリのような翅の模様はいかにも南国的である。羽ばたきは高速で、飛んでいるものは種の判定も困難である。
平地ではほとんど見掛けず、渓谷沿いの路面・路上の石・湿地・樹液に好んで飛来する。年2回、春型は5月、夏型は7月の発生、母蝶はアワブキ・ヤマビワ・ミヤマハハソなどの葉裏に1個ずつ産卵、幼虫は4齢まで枯葉片を連珠状に糸で綴って中にもぐり、食痕のある食草葉の両側に下垂し、4齢後は葉上に現われて生育する。」
食樹のアワブキは一般になじみのない種であり、私もつい先日まで見たことがなかった。植物図鑑で調べると、次の記述がある。
「アワブキ(あわぶき科、アワブキ属)
本州、四国、九州、および朝鮮半島に分布。山地にはえる落葉高木。高さ10m位。芽、若枝、葉裏の脈上および花序軸に褐色の線毛がある。葉は長さ8~25cm。花は初夏に咲き、若枝の先に大きな円錐花序をつける。がく片、花弁とも5枚。花弁は3枚が完全、雄しべも5本のうち2本が完全である。和名は泡吹で、枝を切り燃やすと、切口から泡を吹き出すので名づけられた。(原色牧野植物大図鑑、北隆館発行)」
そのアワブキの木のある場所に案内してくれたのは、小諸のMさんであった。バタフライガーデンを管理しているMさんだが、アワブキの木はバタフライガーデンの中には無くて、少し離れた場所にある自然林に近い姿の、Mさんの畑地に数本が植えられていた。
この日は、私にアワブキにいるスミナガシの幼虫を見せるのが目的で、現地につくと早速数匹の幼虫を指さして教えてくれた。
図鑑にあるように、スミナガシの幼虫は食葉の破片で独特の連珠状のものを作る(本によってはこれを『カーテン』としている)ので、これをたよりに探すことで、幼虫を見つけることができる。ただ、枯葉に似た色と形をしているので、「ここにいるよ」と教えられてもすぐには幼虫の姿を見つけることができないくらいである。

アワブキの葉先の中脈にとまるスミナガシの幼虫 1/2(2024.7.3 撮影)

アワブキの葉先の中脈にとまるスミナガシの幼虫 2/2(2024.7.3 撮影)

スミナガシの幼虫(2024.7.3 撮影)

アワブキの葉先の枯葉片とスミナガシの幼虫 1/2(2024.7.3 撮影)

アワブキの葉先の枯葉片とスミナガシの幼虫 2/2(2024.7.3 撮影)
この日、このアワブキの木には成長度合いの異なる数匹の幼虫が見られ、中には終齢に近いと思われるものもいた。
この幼虫は枯葉で作った連珠のそばにはいなくて、新しい葉を食べる様子が見られた。

スミナガシの幼虫 (2024.7.3 撮影)

アワブキの葉を食べるスミナガシの幼虫 1/2(2024.7.3 撮影)

アワブキの葉を食べるスミナガシの幼虫 2/2(2024.7.3 撮影)
スミナガシの1齢~4齢がみせるこの特異な連珠状の枯葉片(カーテン)を作る行動は、葉の中脈を残すことから、「中脈タテハ」という名前が付けられているという。手元にあるチョウに関連した数種の書籍を一通り見てみたが、この言葉に触れているのは「イモムシハンドブック」(安田 守著、文一総合出版発行)だけであった。
別途検索して、この「中脈タテハ」のことについて触れている文献を見つけたので、ここに引用して紹介すると次のようである。
「タテハチョウ科幼虫の中脈を残す食性の比較:
日本産タテハチョウ科のうちでスミナガシ亜科、イシガケチョウ亜科、ミスジチョウ亜科には、幼虫が食草の中脈を残して食べていく興味深い習性がみられる。われわれは1961年から1964年にわたって、これら幼虫6属12種の記録をとることができたので、わずかな国外での資料も参考にして習性の比較を試みた。・・・」(福田晴夫・田中 洋、日本鱗翅学会 講演要旨、 40号 1965)
スミナガシの他にも似たような習性を持つタテハチョウが数種紹介されている。
さて、後日、Mさんから「スミナガシの蛹を見つけたので、取りにおいで、羽化するところが撮影できるよ」との連絡をいただき、早速受け取りに出かけた。
7月に見ていた幼虫が蛹になったものかどうかは判らなかったが、アワブキの葉裏で蛹化していた。

スミナガシの蛹(2024.8.1 撮影)
蛹を受け取って持ち帰り、自宅で撮影の準備をして様子を見ていたが、残念なことに1週間ほど経った頃に、蛹から寄生バチが出てきたとおもわれる穴が開いているのに気がついた。
他の種でも同様であるが、自然界では卵から無事成虫になるのは容易なことではない。やはり確実に成長の様子を記録するためには、卵の状態から飼育ケースに取り入れて、育てることが必要なのだと思い知らされた。
当地に来てから屋外でスミナガシの成虫に出会ったことが一度ある。Mさんのバタフライガーデンのことを知るだいぶ前のことだが、場所はそれほど離れていない小諸の山中のことで、山道を歩いていると、前方から素早く飛んできて、目の前の木の少し上の方に止まったチョウがいて、これがスミナガシであった。
逆光状態で翅の色の撮影が難しかったが、なんとか撮れたのが次のものであった。

小諸の山道で見たスミナガシ 1/5(2017.8.29 撮影)

小諸の山道で見たスミナガシ 2/5(2017.8.29 撮影 ストロボ使用)

小諸の山道で見たスミナガシ 3/5(2017.8.29 撮影 ストロボ使用)

小諸の山道で見たスミナガシ 4/5(2017.8.29 撮影 ストロボ使用)

小諸の山道で見たスミナガシ 5/5(2017.8.29 撮影 ストロボ使用)
手元にある義父のチョウのコレクションには、このスミナガシも10頭ほど含まれているので、その中から2頭を紹介する。採集地は、それぞれ「昭和37.8.22 ミツミネ 」,「昭和41.8.28 ミツミネ」とあり、妻に聞くとこれは秩父の三峰神社周辺に出かけた時に採集したものだろうとのこと。

スミナガシの標本(左:翅表、右:翅裏 2025.2.2 撮影)
当時の写真を見ると採集時の様子が浮かんでくるようである。

三峰神社周辺へのチョウ採集旅行(昭和37年頃の撮影)

三峰神社周辺へのチョウ採集旅行(昭和37年頃の撮影)