今年は、桜の開花が早いだろう、と言われていましたが、このところの寒の戻りで例年より遅れるそうですね。確かにこのこのところ寒い毎日が続いています。そんな中、職場ではエアコンの工事で、暖房が使えない。そのため、暖房なしの勤務になっております。まあ、寒い寒い。あまりの寒さに、ダウンコートやマフラーを着用する始末。ほんとにかないませんねえ。工事は、月末まで続くそうで、それまでは寒さに震えながらの仕事。早く春になって欲しいですねえ。
そんなこんなで、今回もモーツァルト。ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466。数あるピアに協奏曲でも、特に名曲であります。映画『アマデウス』のラストで流れた第2楽章には、ほんとに涙を誘いました。そして、演奏はエリック・ハイドシェックのピアノに、アンドレ・ヴァンデルノート指揮バリ音楽院管弦楽団。1962年の録音になります。過日、中古やさんで、この演奏のCDを買いました。第23番と一緒に収められているもの。500円でありました。
ハイドシェックは、かの宇野功芳氏のイチオシのピアニストとして有名になりました。宇野氏の著作を拝読し、興味を持ちました。1960年代の若いときに脚光を浴びましたが、その後活躍が途絶え、宇野氏の支持をうけて復活したのが1990年代でしたかねえ。1935年のお生まれなので今年87才になられるそうです。若い頃のモーツァルトやベートーヴェンのソナタなどの多くの録音が残されていますね。
そして、モーツァルトの協奏曲もヴァンデルノートと第20、21、23、24、25、27番の6曲の録音があります。これらの演奏は、少し前にタワーさんからSACDで再発売されました。一方で、ハンス・グラーフ指揮ザルツブルク。モーツアルティウムOとの再録音もあり、これには、18番以降その他がCDとなっております。ハイドシェックは、若い時には天才と言われていましたが、その後「年を取るにつれてルパートなどが常套的になってしまった…細工が目立ったり、新鮮味を失ったり…」「解釈に恣意性が目立つようになり…リズムは崩れがち、技巧も衰退した」などと評されています。まあ、いろいろと難しいものであります。
それで、この演奏であります。まず、ヴァンデルノートとパリ音楽院Oです。ヴァンデルノートは1991年に64才で逝去されたベルギーの指揮者ですね。他にはさきごろ、これもタワーさんから復刻SACDされたモーツァルトの交響曲集くらいしか存じ上げませんねえ。とは言え、このハイドシェックとの演奏は素晴らしい。それはピアノと実に一体化しているオケの響きなんですねえ。耳を傾けていると、ときたまピアノかオケが区別ができなくなるような感覚があります。私的には、実に素晴らしい伴奏ではないでしょうかねえ。
それに加えてハイドシェックですねえ。実にきれいな音色のピアノに耳が奪われますねえ。それでいて表情も豊かです。それは感情に訴えるという趣きではなく、あくまで私には絶対音楽として卓越したピアノの表現力であるように思います。特に次第に弱音になって次のフレーズに移ってところの見事さには感動します。この人のルパートを指摘することも多いのですが、それに加えて、抜群の強弱のバランスのよさや、それによる表情の豊かさが私には強く印象づけられることなんですねえ。
第1楽章、管弦楽による曲が進む中、ピアノの演奏が加わるが、ワクワクしながらピアノがどんな風に演奏されるかを楽しめる。期待に違わず多彩な表現でのモーツァルト。第2楽章、実にきれいなモーツァルト。ピアノの音色が宝石のように光輝いています。理想的なテンポ強弱、それよる表情の豊かさは比類ありませんね。そして、オケもピタリとピアノに寄り添う。第3楽章、まさに、ピアノと管弦楽の競演。その中でピアノは実に雄弁。いろんな変化をもって歌い上げる。それにオケも十二分に呼応していくあたりはスリリングでもある。やはり、ハイドシェックの変幻自在のピアノはスゴいですねえ。その技量は天才的としかいいようがありませんねえ。
そんな中、マウリツォ・ポリーニの訃報に接しました。82才ということ。音楽を聴き始めた頃に気鋭だった演奏家が次々にお亡くなりになる。悲しいことですねえ。ご冥福をお祈りいたします。(EMI TOCE-7160 1991年)
そんなこんなで、今回もモーツァルト。ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466。数あるピアに協奏曲でも、特に名曲であります。映画『アマデウス』のラストで流れた第2楽章には、ほんとに涙を誘いました。そして、演奏はエリック・ハイドシェックのピアノに、アンドレ・ヴァンデルノート指揮バリ音楽院管弦楽団。1962年の録音になります。過日、中古やさんで、この演奏のCDを買いました。第23番と一緒に収められているもの。500円でありました。
ハイドシェックは、かの宇野功芳氏のイチオシのピアニストとして有名になりました。宇野氏の著作を拝読し、興味を持ちました。1960年代の若いときに脚光を浴びましたが、その後活躍が途絶え、宇野氏の支持をうけて復活したのが1990年代でしたかねえ。1935年のお生まれなので今年87才になられるそうです。若い頃のモーツァルトやベートーヴェンのソナタなどの多くの録音が残されていますね。
そして、モーツァルトの協奏曲もヴァンデルノートと第20、21、23、24、25、27番の6曲の録音があります。これらの演奏は、少し前にタワーさんからSACDで再発売されました。一方で、ハンス・グラーフ指揮ザルツブルク。モーツアルティウムOとの再録音もあり、これには、18番以降その他がCDとなっております。ハイドシェックは、若い時には天才と言われていましたが、その後「年を取るにつれてルパートなどが常套的になってしまった…細工が目立ったり、新鮮味を失ったり…」「解釈に恣意性が目立つようになり…リズムは崩れがち、技巧も衰退した」などと評されています。まあ、いろいろと難しいものであります。
それで、この演奏であります。まず、ヴァンデルノートとパリ音楽院Oです。ヴァンデルノートは1991年に64才で逝去されたベルギーの指揮者ですね。他にはさきごろ、これもタワーさんから復刻SACDされたモーツァルトの交響曲集くらいしか存じ上げませんねえ。とは言え、このハイドシェックとの演奏は素晴らしい。それはピアノと実に一体化しているオケの響きなんですねえ。耳を傾けていると、ときたまピアノかオケが区別ができなくなるような感覚があります。私的には、実に素晴らしい伴奏ではないでしょうかねえ。
それに加えてハイドシェックですねえ。実にきれいな音色のピアノに耳が奪われますねえ。それでいて表情も豊かです。それは感情に訴えるという趣きではなく、あくまで私には絶対音楽として卓越したピアノの表現力であるように思います。特に次第に弱音になって次のフレーズに移ってところの見事さには感動します。この人のルパートを指摘することも多いのですが、それに加えて、抜群の強弱のバランスのよさや、それによる表情の豊かさが私には強く印象づけられることなんですねえ。
第1楽章、管弦楽による曲が進む中、ピアノの演奏が加わるが、ワクワクしながらピアノがどんな風に演奏されるかを楽しめる。期待に違わず多彩な表現でのモーツァルト。第2楽章、実にきれいなモーツァルト。ピアノの音色が宝石のように光輝いています。理想的なテンポ強弱、それよる表情の豊かさは比類ありませんね。そして、オケもピタリとピアノに寄り添う。第3楽章、まさに、ピアノと管弦楽の競演。その中でピアノは実に雄弁。いろんな変化をもって歌い上げる。それにオケも十二分に呼応していくあたりはスリリングでもある。やはり、ハイドシェックの変幻自在のピアノはスゴいですねえ。その技量は天才的としかいいようがありませんねえ。
そんな中、マウリツォ・ポリーニの訃報に接しました。82才ということ。音楽を聴き始めた頃に気鋭だった演奏家が次々にお亡くなりになる。悲しいことですねえ。ご冥福をお祈りいたします。(EMI TOCE-7160 1991年)
大胆に真っ向勝負、私はまったくおかしくない、といった感じの内容でした。ブルックナーもお好きでした。私は、朝比奈隆指揮のブルックナーの交響曲 第5番と第8番を大阪フィルの演奏で聞いたことがあります。
日曜日に堺シティオペラでオットー ニコライ作曲のウィンザーの陽気な女房たちを見てきました。公演機会が少ないオペラなので、ここを見逃すと次はいつになるかわからない、と思って行ってきました。
手元になくなると聴きたくなるのは不思議です。