大地震発生から、約一週間がたとうとしています。この間、地震や津波の被害や非難している人のことよりも、専ら原発問題が多く取り上げられていました。私自身にしても、14日に大きなイヴェントが職場でありまして、それの遂行の実務面での責任者みたいな立場にありましたし、その後も約一週間は、それに関連する仕事が続きますので、なかなか忙しい毎日を送っています。しかし、その合間を縫って、ネットで原発の状況に注目しております。しかしながら、それがどういう状態なのか、または今後どうなっていくのかは、なかなかよくわかりません。最悪の場合、いったいどうなるのかな、ということもいろいろと頭をひねりながら、考えますが、報道でいろいろと知るってことは難しいですねえ。どういう事態になったとしても、原発は日本人が容認し、必要としてきたものであることは、間違いありません。否定できませんし、非難もできないな、って思っています。この未曾有の原発事故を克服し、この大震災からの復興を願わずにはいられません。
さて、こんなときには、こんな状況に相応しい音楽、ということになるのでしょうか。ふと、バッハのカンタータを聴きたくなりました。こんな時だから神を意識するということでもないのでしょうが、バッハのカンタータであります。無作為の抽出で選んだのが、カンタータ第129番『主に賛美あれ』BWV129であります。このカンタータは1726~27年にかけてライプツィヒで作曲されたものと言われています。バッハは、三位一体節のために4つのカンタータを残しましたが、この曲は、一連の最後の曲とされています。5つの曲からなり、第1曲はコラール合唱曲で「父なる神」を、第2曲はバスのアリアで、「子としての神」を、第3曲はソプラノのアリアで、「精霊としての神」を、それぞれ賛美します。そして、第4曲はアルトによるアリア、第5曲は再度のコラール合唱として、三位一体の賛美の中に曲を閉じます。このカンタータは、自由詩を欠くために、レチタティーヴォはありません。それはそれで、けっこう寂しいものですねえ。
そして、この演奏ですが、やはりカール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団。バスは、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、ソプラノはエディット・マティス、アルトはアンナ・レイノルズといういつもの人たちです。1974~1975年、ミュンヘン・ヘラクレスザールでの録音。リヒターの演奏、なんと言っても一番安心して聴けます。まず、なんと言っても、独唱陣が実にいい。これが最大の魅力でしょうねえ。そして、リヒターの真摯でひたむきな演奏に心が動かされることは必定でありますね。加えて、ミュンヘン・バッハ管弦楽団の弦のみずみずしさと管楽器を中心とした独奏楽器の秀逸さなど、他に追随をゆるさないものがあります。
私は、バッハのカンタータで最も好きなものは、アリアなんです。このカンタータには、バス・ソプラノ・アルトと三声の独唱アリアがあって、聴き応え満載なのであります。そしてどれも約5分の長さであり、十二分にそれぞれの魅力が満喫できますねえ。まずバスのアリアは、オルガンによる伴奏でいつものフィッシャー=ディースカウのゆるぎない声がいいです。やはりこの人は巧いですねえ。存在感は抜群です。次ぎにソプラノ。マティスの声には少々高めのようですが、母性を感じさせる歌声です。そして、このカンタータで最もいいのは、この次のアルトであります。独奏はオーボエ・ダモーレでしょうか。穏やかな牧歌的な美しさの中に、レイノルズのクセのない歌唱は、溶け込むように流れていきます。バッハのカンタータの代表的な世界がここには展開されております。
原発事故、いろんなことが次々と思って、もはや打つ手なし、という印象も持ってしまいます。なかなか専門用語も難解ですが、毎日ニュースなどで、置かれている状況はしっかり理解していきたいと思っています。
(ARCHIV POCA-3018 1996年 カール・リヒター メモリアル・エディション)
さて、こんなときには、こんな状況に相応しい音楽、ということになるのでしょうか。ふと、バッハのカンタータを聴きたくなりました。こんな時だから神を意識するということでもないのでしょうが、バッハのカンタータであります。無作為の抽出で選んだのが、カンタータ第129番『主に賛美あれ』BWV129であります。このカンタータは1726~27年にかけてライプツィヒで作曲されたものと言われています。バッハは、三位一体節のために4つのカンタータを残しましたが、この曲は、一連の最後の曲とされています。5つの曲からなり、第1曲はコラール合唱曲で「父なる神」を、第2曲はバスのアリアで、「子としての神」を、第3曲はソプラノのアリアで、「精霊としての神」を、それぞれ賛美します。そして、第4曲はアルトによるアリア、第5曲は再度のコラール合唱として、三位一体の賛美の中に曲を閉じます。このカンタータは、自由詩を欠くために、レチタティーヴォはありません。それはそれで、けっこう寂しいものですねえ。
そして、この演奏ですが、やはりカール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団。バスは、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、ソプラノはエディット・マティス、アルトはアンナ・レイノルズといういつもの人たちです。1974~1975年、ミュンヘン・ヘラクレスザールでの録音。リヒターの演奏、なんと言っても一番安心して聴けます。まず、なんと言っても、独唱陣が実にいい。これが最大の魅力でしょうねえ。そして、リヒターの真摯でひたむきな演奏に心が動かされることは必定でありますね。加えて、ミュンヘン・バッハ管弦楽団の弦のみずみずしさと管楽器を中心とした独奏楽器の秀逸さなど、他に追随をゆるさないものがあります。
私は、バッハのカンタータで最も好きなものは、アリアなんです。このカンタータには、バス・ソプラノ・アルトと三声の独唱アリアがあって、聴き応え満載なのであります。そしてどれも約5分の長さであり、十二分にそれぞれの魅力が満喫できますねえ。まずバスのアリアは、オルガンによる伴奏でいつものフィッシャー=ディースカウのゆるぎない声がいいです。やはりこの人は巧いですねえ。存在感は抜群です。次ぎにソプラノ。マティスの声には少々高めのようですが、母性を感じさせる歌声です。そして、このカンタータで最もいいのは、この次のアルトであります。独奏はオーボエ・ダモーレでしょうか。穏やかな牧歌的な美しさの中に、レイノルズのクセのない歌唱は、溶け込むように流れていきます。バッハのカンタータの代表的な世界がここには展開されております。
原発事故、いろんなことが次々と思って、もはや打つ手なし、という印象も持ってしまいます。なかなか専門用語も難解ですが、毎日ニュースなどで、置かれている状況はしっかり理解していきたいと思っています。
(ARCHIV POCA-3018 1996年 カール・リヒター メモリアル・エディション)
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