読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【わしだって絵本を読む】『ルリユールおじさん』 受け継いでいくことの大切さを伝える絵本

2013-11-04 18:27:21 | 「本」についての本

『ルリユールおじさん』
いせひでこ作、講談社(講談社の創作絵本)、2011年(元本は2006年、理論社より刊行)

フランスのパリ。アカシアの木が大好きな少女・ソフィーが大切にしていた植物図鑑が壊れてばらばらになってしまった。新しいものを買うより、どうしてもその図鑑を直したいというソフィーは、「ルリユール」という製本職人の工房を訪ねる。「ルリユールおじさん」はソフィーの目の前で、木のこぶみたいな手を巧みに使いながら、図鑑をていねいに綴じ直していった。
その日の夜、やはり製本職人だった父親のことを回想する「ルリユールおじさん」。やはり木のこぶみたいな、しかしデリケートな「魔法の手」で、本に新しい命を吹き込んでいた父を思い浮かべながら、「わたしも魔法の手をもてただろうか」と自問するのであった。
翌日、直してもらった図鑑を受け取るためやって来たソフィー。そこには、見違えるような形で生まれ変わった図鑑があった•••。

ヨーロッパで400年近く前に誕生し、受け継がれてきた製本職人の仕事に材をとった、いせひでこ(伊勢英子)さんの秀作絵本です。本作は講談社出版文化賞絵本賞を受賞しています。
「ルリユール」ということばには「もう一度つなげる」という意味もある、とおじさんはソフィーに教えます。そしておじさんの父親は、ルリユールという仕事の役目を、このようなことばで息子に伝えていました。

「本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱいつまっている。
それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事だ。」


本に新たな命を吹き込むことで、その中につまっていることを「もう一度つなげて」受け継いでいくルリユールの仕事。その手仕事もまた、人から人へと受け継がれることで続いてきました。その中で培われた職人の技術と誇りが、ソフィーの図鑑を素敵な形で甦らせたラストには、静かな感動が湧き上がってきました。
かけがえのないものを受け継いでいく、ということの大切さ。
本書にはそのことが静かに、かつ太く流れていて、それが読むものの心に深い余韻を与えてくれます。
細部までしっかりと描き込まれていながらも、淡く優しい色づかいで彩られた絵の一点一点にも魅了されました。特にパリの街中を描写した絵は素晴らしく、パリに生きる人びとの息づかいまでが感じられてくるようでした。

あとがき的な一文で「ヨーロッパで印刷技術が発明され、本の出版が容易になってから発展した実用的な職業」と説明されているルリユール。現在ではIT化、機械化により、「製本の60工程すべてを手仕事できる製本職人はひとけたになった」といいます。
いまや本も、大量に生産され、大量に販売され、読み捨てにされるような存在になりました。そして電子書籍の台頭により、そのあり方自体が変化に直面してきています。
紙の本がどのようになっていくのか、わたくしにはまだ予測もつきません。ですが、ひとつだけ言えることは、人間にとって大切なことを未来へと受け継いでいく、ということが、これからも本づくりの根っこにあって欲しい、ということです(これは本に限らず、他のものにも言えることかもしれないのですが)。
果たしてつくり手は、大切なことを未来へと受け継ぐ気持ちで本をつくっているのか。そして、わたくし自身も含む売り手は、それらをきちんと読者に手渡すことができているのか。
本作を読んで、そういうことも考えさせられました。

大切なものを「もう一度つなげて受け継いでいく」ことの価値に気づかせてくれる、素晴らしい絵本でありました。