NHKスペシャル “認知症800万人”時代『“助けて”と言えない 孤立する認知症高齢者』
初回放送=11月24日(日)午後9時00分~9時49分
キャスター=鎌田靖 語り=柴田祐規子
今年1月、NHKスペシャルとして放送された『終の住処はどこに ~老人漂流社会』。介護施設にも入ることができず、居場所のないまま「漂流」せざるを得ない高齢者の現実を伝え、反響を呼びました。
さらに深刻な状況に置かれているのが、認知症となった一人暮らしの高齢者です。認知症の進行により本人の意思確認ができなかったり、本人の強い拒否にあったりして、介護サービスを受けることができないままの人たちも少なくないといいます。
『老人漂流社会』の続編でもある、今回の『“助けて”と言えない 孤立する認知症高齢者』では、東京・墨田区の地域包括支援センターに密着。一人暮らしの認知症の高齢者が置かれた、厳しい現実の一端を追っていきます。
墨田区のアパートに住む76歳の女性。30年前に夫と別れて以来、一人暮らしを続けてきました。
その女性のもとを、包括支援センターのケアマネージャーらが訪ねます。認知症の進行を遅らせる薬を飲み忘れていないかどうか確かめさせてもらおうとしますが、強い被害妄想にとらわれてもいるその女性は「結構です」「嫌だ、帰ってもらう」の一点張り。
女性は、食事を十分に摂れなくなって栄養状態が悪い上、ものを片づけられなくなってしまっていました。部屋の天井には、クモの巣が張られたまま。
他人を強く拒絶する時もあれば、フレンドリーに接することもあった女性。ある時は、かつての夫との思い出話を笑顔とともに語り出したりもしました。「(夫から)ギターを習っていた時が一番幸せだった」といい、新婚時代に覚えた曲をギターで弾く女性。しかし、その別れ際には、またケアマネージャーに対して強い拒絶の態度を見せてしまうのでした。
「感情の起伏が激しくて•••」などとインタビューに答えるケアマネージャー
。その向こうには、自室から出てきてアパートの廊下をうろつく女性の姿がありました•••。
一人暮らしではなく、夫妻での二人暮らしであっても、片方が認知症になったことにより孤立するケースも。
73歳の夫と二人暮らしの79歳の妻。40年間駅の売店で働き続け、社交的だった妻でしたが、認知症になってからは他人を極度に避け、家事が思うようにできなくなったことに苛立つようになってからは家事もしなくなりました。夫は、そんな妻の代わりに家事をこなしながら、妻を支え続けていました。
頼る子どももいないという夫妻。ケアマネージャーは妻に介護サービスを受けさせようと説得しますが、妻は「落ち着かないし、なんか駄目」「とにかく(家を)出るのが嫌」とそれを拒否します。夫も、そういう妻を説得することができないでいました。
「もう自分が見るしかないなと思っている。本人が今のままが一番いいと言って聞かないから」という夫。ケアマネージャーも「無理矢理連れていくわけにはいかない。本人やご主人の気持ちも大切にしなければ•••」と、対応の難しさを語るのでした。
しかし、夫は自身が体調を崩しがちになる中で、将来に対する不安を抱いていました。それでも、やはり妻に介護サービスを受けさせることができないまま、一人で見続けようとする夫。
「(東京)オリンピックまで7年、それまで頑張ろうという人もいるけれど•••こういう生活をしている人もいるということを知ってほしい•••」語りながら泣き崩れる夫。その横で「なにも泣くことないじゃない」と無邪気に言う妻•••。
判断力が鈍った認知症高齢者に代わり、親族や弁護士、司法書士による「成年後見人」が、財産管理や介護施設への入所手続きなどを行う「成年後見制度」があります。しかし、その成年後見人だけで、すべてをカバーしきれるわけでもありません。
妻と離婚し、やはり高齢の弟とも離れて一人で暮らす82歳の男性。成年後見人が財産を管理し、年金から月2回、生活費を手渡されていました。かつて、証券会社などからの勧誘を受け、よくわからぬままに未公開株などに出資を続け、仕事でこつこつと貯めた蓄えを失ってしまったことがきっかけでした。
日常の動作には格別問題がないことで、「要介護1」にされていた男性は、それゆえ十分な介護サービスは受けられませんでした。しかし、認知症の進行により、脳梗塞などの持病の薬を飲み忘れるようになっていました。
男性を案じた後見人は、自宅を出て24時間介護を受けられる施設へ移るよう説得しますが、男性は「思い切って(施設に)行けない」「なかなか決心が決まらない」というばかり。かつて家族と共に住み、長年守ってきた自宅から離れたくなかったのです。
ある夜。男性は、かつて家族とともに食事を囲んでいた居間で、一人配食サービスの弁当を食べながら言いました。
「結婚してそのまま、一緒に暮らしていたほうがよかったね•••」
男性には大切にしていたものがありました。以前皆に聞かせていたという、自慢だった歌声を録音したテープでした。男性はそれを聞きながら、歌えなくなってしまった口をかすかに動かすのでした•••。
その2週間後•••男性は心臓発作で倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。
最初に取り上げられた76歳の女性。認知症が進行し、食事もまともに摂れなくなっていく中、ケアマネージャーらは女性を病院に連れて行こうとします。しかし女性は「まだ用意ができていない」とそれを拒みます。粘り強い説得の末、ようやく女性は病院へ行くことを承諾したのでした。
検査の結果、女性の認知症は予想以上に深刻で、専門の施設で時間をかけて診ていくことになりました。その2週間後、女性の部屋は引き払われました。
命の危険を見越して取られた、自治体による緊急の措置でした•••。
ある種の軽妙さもあった前夜(23日夜)の番組から一転、今回は実に重く、辛い内容でありました。普通に生きてきたはずの人々の晩年が、こんな状況であっていいのか、との思いがするばかりでした。
国の施策によれば、認知症の人たちの介護を施設から自宅へとシフトしていこうとしていますが、このような状況で本当にいいのか、まだまだやるべきことがあるのではないのか、とあらため強く感じました。
とはいえ、ではどうすべきなのか、ということへの答えもまた、容易には出せないことのように思えます。私たちそれぞれが考えることで、とるべき方策や知恵が集まっていく方向を目指すしかないのではないか、と思ったりもしています。
とても重い問いを投げかけてきた番組でありました。
初回放送=11月24日(日)午後9時00分~9時49分
キャスター=鎌田靖 語り=柴田祐規子
今年1月、NHKスペシャルとして放送された『終の住処はどこに ~老人漂流社会』。介護施設にも入ることができず、居場所のないまま「漂流」せざるを得ない高齢者の現実を伝え、反響を呼びました。
さらに深刻な状況に置かれているのが、認知症となった一人暮らしの高齢者です。認知症の進行により本人の意思確認ができなかったり、本人の強い拒否にあったりして、介護サービスを受けることができないままの人たちも少なくないといいます。
『老人漂流社会』の続編でもある、今回の『“助けて”と言えない 孤立する認知症高齢者』では、東京・墨田区の地域包括支援センターに密着。一人暮らしの認知症の高齢者が置かれた、厳しい現実の一端を追っていきます。
墨田区のアパートに住む76歳の女性。30年前に夫と別れて以来、一人暮らしを続けてきました。
その女性のもとを、包括支援センターのケアマネージャーらが訪ねます。認知症の進行を遅らせる薬を飲み忘れていないかどうか確かめさせてもらおうとしますが、強い被害妄想にとらわれてもいるその女性は「結構です」「嫌だ、帰ってもらう」の一点張り。
女性は、食事を十分に摂れなくなって栄養状態が悪い上、ものを片づけられなくなってしまっていました。部屋の天井には、クモの巣が張られたまま。
他人を強く拒絶する時もあれば、フレンドリーに接することもあった女性。ある時は、かつての夫との思い出話を笑顔とともに語り出したりもしました。「(夫から)ギターを習っていた時が一番幸せだった」といい、新婚時代に覚えた曲をギターで弾く女性。しかし、その別れ際には、またケアマネージャーに対して強い拒絶の態度を見せてしまうのでした。
「感情の起伏が激しくて•••」などとインタビューに答えるケアマネージャー
。その向こうには、自室から出てきてアパートの廊下をうろつく女性の姿がありました•••。
一人暮らしではなく、夫妻での二人暮らしであっても、片方が認知症になったことにより孤立するケースも。
73歳の夫と二人暮らしの79歳の妻。40年間駅の売店で働き続け、社交的だった妻でしたが、認知症になってからは他人を極度に避け、家事が思うようにできなくなったことに苛立つようになってからは家事もしなくなりました。夫は、そんな妻の代わりに家事をこなしながら、妻を支え続けていました。
頼る子どももいないという夫妻。ケアマネージャーは妻に介護サービスを受けさせようと説得しますが、妻は「落ち着かないし、なんか駄目」「とにかく(家を)出るのが嫌」とそれを拒否します。夫も、そういう妻を説得することができないでいました。
「もう自分が見るしかないなと思っている。本人が今のままが一番いいと言って聞かないから」という夫。ケアマネージャーも「無理矢理連れていくわけにはいかない。本人やご主人の気持ちも大切にしなければ•••」と、対応の難しさを語るのでした。
しかし、夫は自身が体調を崩しがちになる中で、将来に対する不安を抱いていました。それでも、やはり妻に介護サービスを受けさせることができないまま、一人で見続けようとする夫。
「(東京)オリンピックまで7年、それまで頑張ろうという人もいるけれど•••こういう生活をしている人もいるということを知ってほしい•••」語りながら泣き崩れる夫。その横で「なにも泣くことないじゃない」と無邪気に言う妻•••。
判断力が鈍った認知症高齢者に代わり、親族や弁護士、司法書士による「成年後見人」が、財産管理や介護施設への入所手続きなどを行う「成年後見制度」があります。しかし、その成年後見人だけで、すべてをカバーしきれるわけでもありません。
妻と離婚し、やはり高齢の弟とも離れて一人で暮らす82歳の男性。成年後見人が財産を管理し、年金から月2回、生活費を手渡されていました。かつて、証券会社などからの勧誘を受け、よくわからぬままに未公開株などに出資を続け、仕事でこつこつと貯めた蓄えを失ってしまったことがきっかけでした。
日常の動作には格別問題がないことで、「要介護1」にされていた男性は、それゆえ十分な介護サービスは受けられませんでした。しかし、認知症の進行により、脳梗塞などの持病の薬を飲み忘れるようになっていました。
男性を案じた後見人は、自宅を出て24時間介護を受けられる施設へ移るよう説得しますが、男性は「思い切って(施設に)行けない」「なかなか決心が決まらない」というばかり。かつて家族と共に住み、長年守ってきた自宅から離れたくなかったのです。
ある夜。男性は、かつて家族とともに食事を囲んでいた居間で、一人配食サービスの弁当を食べながら言いました。
「結婚してそのまま、一緒に暮らしていたほうがよかったね•••」
男性には大切にしていたものがありました。以前皆に聞かせていたという、自慢だった歌声を録音したテープでした。男性はそれを聞きながら、歌えなくなってしまった口をかすかに動かすのでした•••。
その2週間後•••男性は心臓発作で倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。
最初に取り上げられた76歳の女性。認知症が進行し、食事もまともに摂れなくなっていく中、ケアマネージャーらは女性を病院に連れて行こうとします。しかし女性は「まだ用意ができていない」とそれを拒みます。粘り強い説得の末、ようやく女性は病院へ行くことを承諾したのでした。
検査の結果、女性の認知症は予想以上に深刻で、専門の施設で時間をかけて診ていくことになりました。その2週間後、女性の部屋は引き払われました。
命の危険を見越して取られた、自治体による緊急の措置でした•••。
ある種の軽妙さもあった前夜(23日夜)の番組から一転、今回は実に重く、辛い内容でありました。普通に生きてきたはずの人々の晩年が、こんな状況であっていいのか、との思いがするばかりでした。
国の施策によれば、認知症の人たちの介護を施設から自宅へとシフトしていこうとしていますが、このような状況で本当にいいのか、まだまだやるべきことがあるのではないのか、とあらため強く感じました。
とはいえ、ではどうすべきなのか、ということへの答えもまた、容易には出せないことのように思えます。私たちそれぞれが考えることで、とるべき方策や知恵が集まっていく方向を目指すしかないのではないか、と思ったりもしています。
とても重い問いを投げかけてきた番組でありました。