読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本】『チョコレートの世界史』(武田尚子著、中公新書) ~神々への捧げ物からグローバル食料へ

2013-02-15 21:54:50 | 本のお噂

『チョコレートの世界史 近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石』武田尚子著、中央公論新社(中公新書)、2010年

昨日、2月14日にはたくさんの人から人へと手渡されたのであろうチョコレート。それがどのように生み出され、普及していったのかを、近代ヨーロッパ社会の歴史を軸にして叙述した一冊です。

チョコレートの原料となるカカオ豆の原産地は中米。その歴史は古く、既に紀元前にはカカオが利用されていたことが遺跡から見出されています。
マヤ・アステカ文明の社会においては、カカオ豆は神々へ捧げられる供物であり、貨幣でもあり、健康増進のために飲まれる飲料でもありました。しかし、それは薬用として飲まれる苦いもので、主に特権階級の嗜好品でした。
それが変わっていくのは、1521年にアステカ王国が滅び、スペインにより植民地化されて以降のこと。スペイン人は、苦味ばかりだったカカオ飲料に砂糖で甘みを加え、それが多くの人々へと受け入れられていくのです。「チョコレート」の語が生み出されるのもこの頃です。
その後、ヨーロッパ諸国は中米・アフリカ・アジアに植民地を獲得。カカオは砂糖とともにそれら植民地のプランテーションにより栽培され、「大西洋三角貿易」により販路を広げ、普及していくのです。そこには、黒人奴隷を酷使しての搾取といった負の側面もあったわけですが•••。

ヨーロッパにおいて、カカオはまずココアとして普及していきました。はじめは貴族層の贅沢品だったココアでしたが、機械設備や輸送手段の近代化と歩調を合わせて大量生産が可能となり、次第に庶民にも手の届くものとなっていきました。そして1847年、イギリスにおいて固形チョコレートが誕生するのです。

本書で特に興味深かったのは後半。日本でもおなじみの「キットカット」を生み出した、イギリスのロウントリー社(1988年にネスレが買収)をめぐる記述でした。
クエーカー教徒による実業家ネットワークの一角を占めていたロウントリー社は、ビジネスはもちろんのこと社会改良にも熱心だったといいます。
中でも貧困問題への取り組みは刮目すべきものが。工場のあったヨーク市のワーキング・クラス1万1560世帯を戸別訪問して生活状態を克明に調査、その結果を研究書として出版までしました。それらは、20世紀のイギリスの福祉制度にも反映されていった、といいます。
また、労働者には良好な住環境の「田園ヴィレッジ」を提供したほか、週休二日制、女性従業員への教育プログラムやクラブ活動の整備、さらには労働者が「自主的」かつ「人間的」に働ける職場づくりのために産業心理学を導入するなど、労働者の待遇改善にも熱心に取り組みました。
さらに、ロウントリー社は菓子製造業としてはいち早く、大規模なマーケット・リサーチを行ったり、テレビCMを始めたりもしたとか。いろんな意味で先進的な企業だったんですね。

キットカットの誕生からヒットに至る歴史も興味を引きました。チョコにくるまれた層状のウエハースや、割って食べやすくするための「みぞ」についてのエピソードも面白いのですが、特に印象に残ったのは、戦時下で発売された「青いラッピング・ペーパーのキットカット」の話でした。材料調達がままならない中、「平和な時代」のような商品が作れないことへの苦渋が滲む、ラッピングに記された文面には胸打たれるものがありました。

チョコレートの中にも、歴史と社会のありようが凝縮されているんだなあ、ということを教えてくれる、興味深い一冊でありました。

2月14日の喧騒とは無縁のわたくしでしたが、前もって知人の女性からは、お気遣いのチョコレートを頂くことができました。それをつまみつつ、本書を読みました。


チョコレートの歩みを辿りながらのその味は、より一層深みがあったように思えました。


【関連オススメ本】


『砂糖の世界史』川北稔著、岩波書店(岩波ジュニア新書)、1996年

チョコレートが普及するのに大きく寄与したのが、甘さをもたらした砂糖。『チョコレートの世界史』にも参考文献として挙げられていたこの本は、その砂糖がいかにして「世界商品」になっていったのかを辿りながら、近代世界の歴史を概観していきます。ジュニア新書とはいえ、大人が読んでも面白く興味深い本です。

ETV特集『“ノンポリのオタク”が日本を変える時 ~怒れる批評家・宇野常寛~』

2013-02-11 20:18:35 | ドキュメンタリーのお噂
ETV特集『“ノンポリのオタク”が日本を変える時 ~怒れる批評家・宇野常寛~』
初回放送=2月10日(日)午後10時~10時59分

仮面ライダーやAKB48が好きだという、1978年生まれの批評家・宇野常寛さん。
アイドルから政治・社会問題までを、ポップカルチャーを軸に批評していく活動を幅広く展開し、若い世代から圧倒的な支持を受けている批評家です。仲間たちと創刊した雑誌『PLANETS』は、批評誌としては異例の1万部を突破する勢いだといいます。
番組は、多忙な批評活動をしながら雑誌を制作していく宇野さんを密着取材、彼の「怒り」の裏にあるものに迫ろうとしていきます。

しかし、その取材はしょっぱなから手ごわい展開に。取材を申し込むディレクターに向かって宇野さんは「僕、テレビって嫌いなんですよ」と、自分の発言を都合よく切り貼りして使うようなテレビの姿勢に、警戒感をあらわにするのです。ことに、文章を綴っているときのパソコン画面を映されることを過剰なまでに嫌がるのでした。
それでも宇野さんは、ディレクター1人のみの密着取材が続いていく中で、少しずつ「世の中を変えたい」という思いと、その背景にあるものを語っていきます。
宇野さんは、多くの若者たちが、その才能を開花させることもなく潰えていく反面、その半分も才能がない人間が既得権益に守られながら「昔は良かった」的ノスタルジーを口にすることへの怒りを語り、こう続けました。
「わくわくしない世の中はつまらない。わくわくするために僕らに賭けてください」
また、自らがやっていることを“学生カルチャー”などと呼ばれることを肯定した上で、こうも言いました。
「学生に夢を見せられないで何をやるんだ、っていう」

実のところ、宇野さんのことは名前しか知らなかったわたくし。しかし、番組を観ていくうちに、既得権益に安住しようとする者たちへの怒りと若い世代への優しさ、そして繊細さと熱さとを併せ持つ宇野さんの人物像に興味が湧いてきました。
さるイベントの中で、秋葉原連続通り魔事件やオウム真理教について語っていた宇野さん。それらを自分に引き寄せながらの語り口には思いのほか浮ついたところがなく、地に足がついているという印象を受けました。聴衆の1人の「うさん臭いと思っていたが、説得力があった」との感想が大いに頷けました。

圧巻だったのは、書店で行われたトークイベントでの場面。
本と雑誌と書店のこれからを考えるというテーマにも関わらず、既得権益と過去の成功体験へのノスタルジーに浸る雑誌・出版業界を全否定したあげく、「雑誌は滅びる」とまで言い切って、聞きに来ていた出版関係者から反論を受けてしまうというありさま。
それはなんぼなんでも身も蓋もない言い方じゃないのかなあ、と若干の反発を覚えながらも、心のどこかで「なるほど」と思っている自分がいました。
制度疲労を起こし硬直したシステムが、大きく変わることもなく続く出版業界。そんな状況を末端で歯がゆく感じていることが、そういう気持ちを起こさせたのでありましょうか。

宇野さんの「怒り」は、若い人たちに夢や希望を示すことができず、自らもわくわくする気持ちを忘れてしまっているような大人たちに向けられているのかもしれないな、というように思えました。

宇野常寛さん。わたくしにとって気になる存在の1人となりました。これから、その著作や雑誌『PLANETS』を読んでみようかなと思ったりしております。•••AKBのことはほとんどわからないのですが。仮面ライダーならいくらかはわかるんだけどなあ。

【読了本】『ダムの科学』 ~基礎知識からトリビアまで、ダムのあれこれが丸わかりの一冊

2013-02-08 22:39:31 | 本のお噂


『ダムの科学 知られざる超巨大建造物の秘密に迫る』
一般社団法人ダム工学会 近畿・中部ワーキンググループ著、ソフトバンク クリエイティブ(サイエンス・アイ新書)、2012年

「ダムマニア」と呼ばれているヒトたちがおられるそうですな。各地にあるダムを訪ね歩いてはそのカタチを愛でる、という趣味をお持ちの皆さんのことをそういうのだそうで。
たいていは周りに何もないような、山の奥のほうにあったりするダムをあちらこちらと巡るわけですから、その趣味のないわたくしなんぞには、なかなかに物好き、もとい、求道的な趣味だなあという感じがしたりもするのですが、渓谷にどーんと立っている巨大な構造物の威容というのは、なにかしらヒトを惹きつけるものがあるのかもしれませんね。
本書は、そんなダムマニアの皆さんのようにはダムを身近には感じていないようなフツーの人びと(あ、一応このわたくしも含んでおるわけですが)にも、ダムの基礎知識から歴史、作り方、最先端技術、そしてトリビアまでが丸わかりできるようにまとめられた一冊であります。

たとえば、ダムの高さや貯水容量順でみた日本と世界のダムランキングなんてのがあります。貯水容量ベスト10のところには、2億6100万m3を誇るわが宮崎の一ツ瀬ダムが10位にランキングされております。1位は岐阜県の徳山ダムで6億6000万m3。おおそれはすごいと思っていたら、海外には1000億m3以上も貯水容量があるダムがいくつもあるというのですね。いやあ、ダム湖も広いけど世界も広いなあ、とつくづく思うのであります。

また、日本と世界の代表的なダム技術者を8人ずつ紹介している項目。日本編にトップで登場するのが、東大寺大仏建立にも携わった仏教僧の行基(ぎょうき)。昔はダムの建設や改築には、土木技術にも秀でていた僧侶たちも関わっていたんだとか。
そして、世界のダム技術者でトップに登場するフランスのフランソワ・ゾラは、『居酒屋』などで知られる文豪、エミール・ゾラの父親だったりして、意外なヒトとダムとの関わりを知ることができましたね。

ちょっとびっくりだったのは、コンクリートで作られたダムは、セメントが固まるときの発熱によって「中心部は、ぬるいお風呂くらいの温度」になっている、ということ。そして、ダムは水圧やダム自体の膨張・圧縮によって、常に上下流方向および上下にわずかながら動きつづけている、というのも「ほほ~」というオドロキがありましたね。

なにより、本書に豊富に収められているいろいろなダムの写真を見ていると、ダムというのは本当にそれぞれが個性のある存在なんだなあ、ということがよくわかるのであります。
中でも、1929年に作られた香川県の豊稔池(ほうねんいけ)堰堤は、5つのアーチを組み合わせた凝ったデザインに目を見張ります。そして1938年に作られた大分県の白水溜池堰堤は、壁面を流れる水の模様がなかなかの美しさ。いわゆる「戦前」のデザインというのも、なかなかいいセンスしてたんだなあ、と思いましたよ。
•••などということをしたり顔して書いたりなんぞしているわたくしも、実はダムにちょっと関心が向いてきたのかもしれんなあ。

ダムマニアの皆さんにはいささか物足りないのかもしれませんが、それ以外の皆さんには、拾い読みするだけでもいろいろと興味が湧くところのある内容なのではないでしょうか。


ETV特集『音で描く賢治の宇宙 ~冨田勲×初音ミク 異次元コラボ』

2013-02-05 21:27:27 | ドキュメンタリーのお噂
ETV特集『音で描く賢治の宇宙 ~冨田勲×初音ミク 異次元コラボ~』
初回放送=2月3日(日)午後10時~10時59分(5.1chサラウンド放送)


多くの映画やテレビ番組などの音楽を手がけるかたわら、シンセサイザーを使って新たな音楽の可能性を切り開き、海外でも広く知られる作曲家・冨田勲さん。
80歳となった冨田さんが、自身の音楽活動の集大成として取り組んだのが、長年思い描いていた宮澤賢治の世界を表現した「イーハトーヴ交響曲」。
その世界観を表現するために、冨田さんが歌い手として起用したのが、インターネットで大人気のヴァーチャルアイドル「初音ミク」でした。
番組は、オーケストラと初音ミクの共演という、前代未聞の試みが実現するまでの過程を追いながら、「イーハトーヴ交響曲」に込められた冨田さんの想いに迫っていきます

冨田さんは、交響曲の世界観や宇宙観を表現するための「声」をどうするかで悩んでいました。
そんな時、テレビで見かけたのが「初音ミク」でした。「パソコンの中にしかいないミクロの存在、それは異次元の存在と置き換えられる」というのが、冨田さんのミク起用の理由でした。

これまでは、既にできている音楽に合わせて歌い踊るだけであったミク。しかし、今回はオーケストラの指揮に合わせて歌い、踊るためのシステムが要求されました。
そこで、ミクの開発に携わるエンジニアなどは、指揮に合わせてスムーズに歌や踊りを変えられるためのシステム構築のため、試行錯誤を重ねていきます。
冨田さんは言います。「今回は『イーハトーヴ交響曲』のためだけど、もっと先を見越して、これをやっておくことが大事だと思う」
試行錯誤の末に理想的なシステムを得て、会場である東京オペラシティに現れたミク。ミクは指揮に合わせて完璧にテンポを変えながら歌い、踊ったのでした。オーケストラとの共演は成功裡に終わりました。

子どもの頃に感じた賢治への印象をすべて曲に込めた、という冨田さん。その原点は『銀河鉄道の夜』にありました。
戦時中に過ごした愛知県。空襲に怯える日々に加え、三河地震(1945年1月)の被害に直面した少年時代の冨田さんが出会ったのが『銀河鉄道の夜』。それは、冨田さんに夢と希望を与えてくれたといいます。
『銀河鉄道の夜』をモチーフにした楽章。はるか上にまで続くような闇と光が包む中、賛美歌が響き渡る会場は幻想的な雰囲気に。その場にいたら、さぞかし深く感動していたことだろうなと思いました。

そして、冨田さんを創作に駆り立てたのは、10年前の約束でした。
親戚でもある、東北大学の元総長・西澤潤一さんと交わしていた、詩『雨ニモマケズ』に曲をつけるという約束。それが、東日本大震災を受けて形になったのです。
少年のころの地震の記憶がよみがえった冨田さんは、今こそ形にしなければ、と岩手を訪ね、賢治の遺品や岩手山などの自然からインスピレーションを受け、作品を創り上げました。
第6楽章に置かれた『雨ニモマケズ』は合唱のみで表現され、深い祈りがストレートに伝わってくるようでした。
冨田さんは言いました。
「(震災を受けて)ぼくも奮起しなければバチが当たる」「東北の人たちが、この曲を聴いてがんばってくれたら嬉しい」

初音ミクという「袋」を得て、「酒」である古典的な物語が新しい姿を現していく過程は、なかなか面白い驚きがありました。
そして何より、80歳になってもなお、好奇心とチャレンジ精神あふれる冨田さんの姿勢には、圧倒されるものがありました。しかも、さらに先の可能性をも見据えてのチャレンジを。
つくづく、すごい方だなあと思うばかりでありました。

「イーハトーヴ交響曲」、全曲通して聴いてみたいなあ。叶うものならば初音ミクとのコラボの形で。



NHKスペシャル『沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚 “戦場”写真 最大の謎に挑む』

2013-02-04 22:55:06 | ドキュメンタリーのお噂
NHKスペシャル『沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚 “戦場”写真 最大の謎に挑む』
初回放送=2月3日(日)午後9時~9時49分


今もなお、伝説的な存在として語り継がれる戦場カメラマン、ロバート・キャパ。
その存在を一躍世界に知らしめたのが、スペイン内戦(1936~39)のさなかに撮られた「崩れ落ちる兵士」と呼ばれる一枚の写真。銃弾に体を撃ち抜かれる「死の瞬間」を奇跡的に捉えた写真として、彼の代表作ともなっています。
しかし、その写真にはネガもキャプションも残っておらず、真贋論争も絶えなかった謎多き一枚でもありました。
番組は、長年キャパを追い続けてきた作家の沢木耕太郎さんによる真相発掘の旅に同行しながら、CGを駆使した解析により、「崩れ落ちる兵士」に秘められた謎を一つ一つ解き明かしていきます。

(これから番組をご覧になるという方は、どうぞ以下の文章は視聴後にお読みいただければ幸いです)

沢木さんは、キャパが撮影に赴いた南スペイン、アンダルシアを訪ね、当時の戦いを知る人びとや戦史研究家などから話を聞きます。
さらに、「崩れ落ちる兵士」と同じ場所で撮影された43枚の写真を解析、当時の地形や状況をCGで再現し、何が起こっていたのかを明らかにしていきました。

残されている写真のいくつかには、戦場にしては不自然なところが見受けられました。敵に丸見えになるかのような位置に並んでいる兵士たち。のちに撃たれて倒れることになる兵士の表情には満面の笑みが。さらに、撃つことができないようになっていた銃がいくつも写っていたのです。

そしてついに沢木さんは、現地の人から決定的ともいえる証言を得ます。
「崩れ落ちる兵士」が初めて雑誌に掲載されたのが1936年9月23日。しかし、それ以前に現地では戦闘はなかった、というのです。
一連の写真は、実際の戦闘ではなく、演習を撮影したものだったのです。そして、あの「崩れ落ちる兵士」は撃たれてもいなければ死んでもいなかった、と•••。

当時22歳のキャパにとって、初めての戦争取材となったスペイン内戦。そこで捉えた「決定的瞬間」の写真はキャパを一気に表舞台へと引き上げ、ついには世界的にも有名な写真雑誌『LIFE』にも掲載されます。
生前のキャパは、「崩れ落ちる兵士」について一切語らなかったといいます。一人歩きしていった「崩れ落ちる兵士」は、既にキャパが手をつけられるものではなくなってしまっていました。

しかし、これですべての謎が解き明かされたわけではありませんでした。「崩れ落ちる兵士」と43枚の写真を解析する中で見えてきたのは、キャパが短い生涯にわたって背負い続けていたであろう、重い「十字架」だったのです•••。

話題になった『ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる』(2009年)を手がけた国分拓ディレクターによる本作。とにかく圧倒的な面白さでありました。
「崩れ落ちる兵士」とキャパをめぐる謎の数々が、残された写真の1つ1つから薄紙を剥ぐように明らかになっていく過程は、まことにスリリングでありました。
そこから浮かび上がってきたのは、キャパが抱えこまざるを得なかった、「戦場カメラマン」としての「業」のようなものでした。
番組の終盤に、沢木さんが語ったことばが印象に残りました。
「いい写真が撮れようが撮れまいが関係なかったのかもしれない。誰に対してではなく、自分に対して」

しかし、ここで解き明かされた「真実」を知ってもなお、キャパという戦場カメラマンが残した仕事の価値は、おそらく変わることはないでしょうし、わたくし自身、もっとキャパのことを知りたくなってきました。
今回の取材で明らかにされたことは、今月17日に刊行予定の沢木さんの著書『キャパの十字架』(文藝春秋)にも記されているようです。この本もぜひ読んでみたいと思います。
そして、まだ未読であったキャパの自伝『ちょっとピンぼけ』(ダヴィッド社、文春文庫)も、併せて読んでみようかな、と。

できれば深夜帯だけではなく、観やすい時間帯でも再放送を熱望したい力作でありました。