事件そのものは連日報道され犯人の目星もついてきたようですが、ここではこの事件の背景について論じてみます。
大口病院は老人医療に特化したいわゆる『老人病院』です。それでは、ここに入る人とはどんな人たちだなのでしょうか?
通常、自分の家で生活できなくなった老人の行く先は『特養』すなわち特別養護老人ホームなのですが、ここに入れる人は極めて『運のイイ人』です。
世間では待機児童問題が大きく取り上げられて『保育園落ちた日本死ね』が大きな話題となっていますが、特養に入れない待機老人たちも実は大きな問題なのです。
特養に入るには要介護度3以上が条件になっています。しかし要介護度3といえば『立ち上がりや歩行などが自力ではできず介護を必要とする状態。排泄や入浴、衣服の着脱などに全面介助が必要』・・・もう通常の家庭では『とても面倒見れない』状態の老人で、当然認知症も患っています(要介護度2以上の判定の条件から『認知症を患っている』ことが条件に入っています)。
こういった老人を抱えた家族が特養を申し込むと『この施設ではだいたい500人待ちの状態です』とか、信じられないような人数の列の最後尾にいるという返事が返ってきます。これじゃあ申しこんで入れるまでに寿命の方が尽きてしまいます。
では、特養に入れない人たちはどうすればイイのか?『老健』すなわち介護老人保健施設に置いてもらうというテも無いではありませんが、リハビリと日常生活への復帰を目標とした施設なので永遠に置いてもらえる訳ではありません。お金があれば有料老人ホームに入るという選択肢もアリですが、大半の人は経済的に無理です。また運よく特養に入れた人でも入院加療の必要な病気になった人は3ヶ月を目安に退去させられてしまいます。
こうした行き場を失った老人たちの受け皿のひとつが大口病院のような老人病院なのですが、その実態は『現代の姥捨て山』とでも言うべき施設であって、患者たちは死ぬまでベッドに寝かせられたまま点滴を受け続けて一生を終わるという恐るべき場所です。
食事は病院食を介助者が患者の口に押し込んで食べさせ、排泄はオムツに、お風呂は週2回あればイイ方です。入院患者は映画『セブン』に出て来る『SLOTH(怠惰)』に見立てられた犠牲者のような状態で死んでいく、そういう場所なのです。
報道では話題になりませんが、大口病院に入っている患者の家族は『こんな恐ろしい病院にはもう一刻も大事なお爺ちゃん(またはお婆ちゃん)を置いておけません!』と言って引き取ったりしないのか、という疑問が湧きませんか?現実には誰ひとりそんな事はしません。ここに入っているのは(ミもフタもない良い方をすれば)家族に見捨てられた老人たちで、家族たちは『いったい何時まで生きるのだろう』と暗澹たる気持ちで毎日を送っているのです。『死んで欲しい』とは思わなくても『亡くなってくれてホッとした』というのがホンネです。
そう思えばこの事件はこうした老人問題が事件の形で噴出したものではないかと思えて来ます。
介護者の誰かがひょっとしたら家族の依頼で行ったかもしれませんし、病院そのものが老人を処理する施設となっていたのかもしれません。事件の闇は深いのです。