2019年夏季アニメのキーワードはズバリ『サバイバル』です。
文明が滅んだり、無人島に流れ着いたりしたとき、どうやったら生き延びることができるのか?
南海トラフによる大地震や富士山大噴火のときにも慌てず(いや、慌てるでしょ!それは!)対処できるように、日頃から鍛えておかなければなりません。
勝手にランキング第3位は『ダンベル何キロ持てる?』です。
※間食大好き女子がシェイプアップに挑戦する!『ダンベル何キロ持てる?』
ストーリーは『痩せたい願望実現のために入会したジムは何と競技に臨むボディビルダーたちの巣窟だった!』というオチで、実際に本格的なトレーニングを(キチンと)紹介しています。
さあ、これを観て明日から(今日からではナイところがダメダメですが)トレーニングに挑戦だ!
勝手にランキング第2位は『ソウナンですか?』です。
※女子高生4人が事故で無人島に漂着・・・本格的なサバイバル生活が始まる『ソウナンですか?』
コミカルな展開ですが、意外にキチンとサバイバルの方法を伝授してくれます。
初日からセミ(昆虫)喰ったり、なかなかハードです。
そして栄えある勝手にランキング第1位は『ドクターストーン』です。
※石になった主人公たちが4千年後の世界に目覚める『ドクターストーン』
コレ、設定が笑えます。主人公は愛する女の子に告白・・・しようとしたその瞬間、謎の光によって世界中の人間が石化してしまいます。大木大樹(主人公)は小川杠(ヒロイン)に『俺は告白するんだぁぁぁぁ!』と念じ続けること4千年(!)、ある日あまりに強い想いが叶って目覚めるのですが、そこは原始の世界だった!(他の人間はまだ石化したままなンです)というオハナシです。
なぜか石化が解けていた友人の千空と一緒に文明再興に挑んでいくストーリー!これが燃えます!いいンです。
これはオススメですよー。
※関連記事①2019年春季アニメ勝手にランキングしちゃいます!
※関連記事②2019年冬季アニメ勝手にランキングしちゃいます!
※ギュスターヴ・モロー展(2019年7月13日(土)~9月23日(月) / あべのハルカス美術館)
あべのハルカス美術館は18階・・・かなり上の方です。
※美術館へ向かうエスカレーターが長いっ!
男を滅ぼす宿命の女(ファムファタール)を描いて天下一品のモロー。
モローの描いた『サロメ』はそれまでのイメージ(ヘロデヤに操られた少女)を覆し、男を破滅させる魔性の女のイメージを定着させました。ワイルドの『サロメ』はこの絵画をもとに着想されたのでした。
サロメを描いた『出現』では斬られたヨハネの首が空中に浮かびます。
※ファムファタールとしてのサロメを決定づけた『出現』
『エウロペの誘拐』・・・ゼウスに微笑みかけて、これじゃ『エウロペの誘惑』です。
※キチンと完成させると古典的な仕上がりに・・・『エウロペの誘拐』
処女にしか懐かない一角獣。
※未完成作の方が近代的な仕上がりに・・・『一角獣』
色面による画面分割は流石ルオーやマティスの先生だっただけのことはあります。
※この椅子に座って一角獣を愛でましょう!
中にこんな『モロー!どうした?』と思うような(恋人を描いた)無邪気なデッサンもあって笑えます。
※『雲の上を歩く翼のあるアレクサンドリーヌ・デュルーとギュスターヴ・モロー』
セイレーンやトロイのヘレネーなど悪女満載のこの展示会・・・楽しめます!
(承前)←その②に戻って読み直したいヒトはこの文字をクリック!
親鸞によれば『真の極楽』つまり真実報土の極楽世界は、光の世界なのです。
無礙光如来すなわち阿弥陀仏が発する、妨げるもののない光に満たされた世界です。
その光は、あまりの強さゆえに極楽をのみ満たす光ではありえません。
※阿弥陀仏が発する、妨げるもののない光に満たされた世界こそ真の極楽浄土である。
それは強い光の世界ゆえに、その光をまた、この世界に持ってこなくてはならない。この妨げることのない永遠なる光の世界は、その光の豊満なためにまた多くの苦悩に悩む衆生にその光をもたらすことを命ずるのである。
極楽浄土へ行く者とは、六道の輪廻を脱して極楽の住人となるのですからこれは本来一方通行なのです。
ところが親鸞はそれとは異なる見解を示すのです。
念仏の行者は極楽に赴くのですが、それは56億7千万年後の未来にこの世を救う弥勒菩薩と同じ境地(等正覚)に至り、(弥勒菩薩と同様に56億7千万年の間中)ずっと補處の位にいて、あの世とこの世を往復して菩薩行に励まなくてはならない、というのです。
極楽へ行っても全然ラクではないのです。
この極楽行きを『往相廻向』、帰りを『還相廻向』といい、この2つを合わせて『二種廻向』といいます。
これこそが親鸞独自の革新的な思想なのです。
※親鸞が考えた二種廻向(往相廻向と還相廻向)のイメージ図
この世とあの世を行ったり来たりする永遠の往復運動を通じて衆生を救うことこそ、浄土真宗における極楽往生の真髄なのです。まるでニーチェの『永劫回帰』です。
※真の菩薩は光の世界から衆生を助けるためくり返し何度でも現れる(タロウ!ウルトラマン、ナンバーシックス!)
そして親鸞は『救世観音が衆生を救うために人の姿を借りて何度でも立ち現れている』という考えに至ります。
立ち現れた救世観音は親鸞にこうささやくのです『美しい女身となってお前に犯されてやろう』いや、これではまるきり悪魔ですが・・・。
親鸞自身もまた生まれ変わり死に変わりして衆生を救おうと心に誓うのでした。
現代人はあの世を信じなくなりました。
マルチン・ハイデガー以来『人は死んだら無になる』という考え方が支配的です。
しかし『あの世』を考えることこそが親鸞の本質的な理解につながると著者は言います。
最後は有名な『カラマーゾフの兄弟』の問答で締めくくることといたしましょう。
フョードル『神があるかないか、不死があるかないか、イワン答えよ』
イワン『神も不死もありません』
フョードル『ないとしたら、どうしてそのような虚偽が存在するのか』
イワン『神と不死がなかったら、文明もありません』
(了)