そうなのだ。私にはいつも時間が足りない。
かの文豪は臨終に際して『もっと光を』と言ったそうだが、今や誰もが『もっと時間を』と言って死んでいく。
これは、葉巻を吸う灰色の男たちが時間を盗んでいるのではない。もっと根本的な原因がありそうだ。
と、思ってこの本を手に取ったのだが、これは目先の時間不足を解決するハウツー本ではないのであった。
・・・で、少ない時間を活用できるようになる本ではなく、読むためにますます時間を必要とするタグイの誠に恐ろしい本なのだ(しかも悪いことに学術的な本でありながら、とてもオモシロイ)。
この本は人間の行動における根本的な性向を明らかにした本なのだ。すなわち『欠乏』に対して人はどういう行動を取るのか?を見事に解き明かしている。
『マルクス経済学はなぜ破綻したのか?』を考えたことがありますか?
『資本主義が高度に発達すると社会主義の萌芽を生み、やがて共産主義革命が起こる』との予言は見事に裏切られ『資本主語が発達していない国において共産主義革命が起こった結果、共産主義国家は何だか訳の分からない圧政国家になってしまった』のです。一般的には『マルクス経済学は人間を経済人としてしか捉えなかったために破綻した』と言われます。
『人間は経済人としてのみ行動するものではない』との反省からマスローの『欲望の階層体系』とかマックス・ウェーバーの『価値自由(ウェルトフライハイト)』なる概念も登場しましたが、結局『人間の行動はよく分からん』という結論しか得られていませんでした。
この本は『欠乏』の観点から『人間の行動とは?』という問いに回答した、おそらくは初めての本なのです。
『欠乏』に直面した人間は(生物として当然)欠乏を埋めようと行動します。このとき、その人間にとっての最優先事項は『欠乏の解消』になり、それ以外の事項が『トンネリング効果』によって意識の外に追いやられるのです。
そればかりでなく、意識に『欠乏の解消というプログラムを常に走らせている状態になった人間』は『ビジー状態になったパソコン』のようにパフォーマンスが著しく低下します。この結果、貧しい人間は(発揮できる能力が低下して)より貧しくなり、時間のない人間は(作業能率が低下して)ますます時間が無くなる、というのがこの本の主張する主な内容なのです。
こうした悪循環の罠に陥らない方法についても豊富な実例とともに検証し、解き明かしてくれます。
結果として、まさに忙しい現代人必読の本になっています。オススメです。