「福山市引野町学校教育史」より転記する。
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明治末年頃より、実業補習学校の広範な普及については前述のとおりであるがこれに加えて優秀な壮丁(軍役の成人)に育て上げよう目的から「青年訓練所」が設けられることになった。訓練期間は16歳から20歳までの4年間。
元来実業補習学校や小学校に併置するのが原則であった。
両者は主管官庁が複雑不便であった。文部・陸軍省協議のうえ、両者を統合して青年学校とすることとなった。
福山市及びその周辺においては、10年7月1日付けで青年学校が発足したのである。
生徒は皆、社会の実務に従事している者。
課程は、
普通科(尋常卒業後の2年)
本科(高小卒または普通科終了後、男子5年女子3年)
の日程があったが、高小卒業後中等学校に進学しなかった青年を対象とした。
女子は家事・裁縫を主とし、
男子は徴兵年齢に達するまでの間の軍事予備教育を施す、
ことが青年学校の大きな狙いであった。
企業内の青年学校の設置があったが、全体的には男子該当者の場合、その半数の生徒数だった。
そこで、
強兵を期待する軍部、
熟練工を望む企業、
思想施策を考える政府、が
青年学校の義務制度で一致した。
その結果、14年度普通科第一学年から、学年進行により義務制を実施し、20年の本科5年で完了することになった。
こうして小学校尋常科卒業後、19歳までの男子(女子は17歳)全員に義務教育を施すという画期的な制度が成立した。
戦時のため、授業はほとんど行われないまま昭和20年の終戦を迎えた。
なお、本科男子の科目・時間は年間で、
修身20h
普通50h
職業70h
教訓70h、の年間210h。
(上記は1・2年生、3・4・5年生は年間180h)