「この非国民め!」
戦時中、京都女子大の国文科の二年生の学生だった時、
学徒動員が下り、私たち女学生は軍需工場へ動員されました。
そこで毎日やらされたのは、弾磨きです。
私は毎日長時間作業による過労と、粗食で体調を崩し、
ある日の午後、工場内の蚕棚のようなベッドに休んでいました。
少し気分が落ち着いてきたので、持参していたバルザックの『谷間の百合』の文庫本をつい手に取った時です。
そこに当直将校が見廻りにやってきました。
バタンと大きな音がしたかと思うと、将校の怒号が響きました。
「起きろ!
貴様、仮病を使って何を読んでいるのか!なにい、『谷間の百合』?
こんな敵国の本を読んでいるのか!
この非国民め!」
平手打ちを食わせました。
好きだった学業を中断され、疲労して病に倒れ、せめてもの慰めにと手にした小説すら没収されてしまった。
いちばん学びたかった、本を読みたかった時に、その自由はなく、
私は人を殺す弾を磨いていたのです。
それが私の学生時代でした。
それでも、私などはまだしもでした。
同じように動員された友人は爆撃で命を落としました。
そして男子学生は、やがて特攻隊として雲の向こうに死んでいきました。
学業は何も修めずとも、自動的に卒業免状が付与され伝で毎日新聞に入社。
ここで学芸部の副部長であった井上靖さんに出会いました。
やがて井上さんは作家デビューされ、毎日新聞社を退社される際に、
「君も小説を書いてみては」と言って下さいました。
私は昭和33年に退社し、職業作家の道を歩めました。
「作家の使命・私の戦後」 山崎豊子 新潮社 2009年発行
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