しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

子供の時に小池の水が浸水した

2016年07月05日 | 父の話
談・2000.5.6


子供の時に小池の水が浸水した

水が(敷地まで)へいた。それで背中に背負うてもろうて吉本のところに逃げた。
家から荷をだいぶ運んだ。


しんやんの火事

家が燃えるのみて震ようた。子供じゃけぇ。


消防のポンプ車

昭和17~18年頃じゃ。いっぺんに3台買ぉた、茂平、用之江、大冝。
自動車じゃあねえ。
ポンプにエンジンが付いとる。(以前は手押し)
紐がついてひっぱって行きょうた。
さばって行って(着いたら)、そこでエンジンをつきょうた。

いざゆうときに掛かにゃあいけんのでエンジンは(時に)かきょうた。

今の(火の見櫓の詰所)前は観音さまの入り口のとこにあった。



炭焼き

したことはある。



鉄砲撃ち

4~5年まで(うつろの)山まで来ようた。

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神辺実業

2016年07月05日 | 父の話

談・2000.5.6


神辺実業

神石から来る人は寮に泊まりょうた。
千田の人は歩いてきょうた。
こっちの方からの(進学者)は、城見や陶山や高屋。
笠岡の東の方からは来ょうらなんだ。
実習場があった。


(映画館の)弁士のこと

おじいちゃんも聞いたことがある。
弁士がええ。
上手をゆうから面白い。
トーキーになったら寂しかった。
映画を見るのは福山か笠岡じゃ。


花見

つーさんやかずっさんらと連れのうて千光寺へあがって、輪をつくって飲みょうた。
尾道の方が眺めがええ。


お祭りの当番

当番の家が狭ぇ家じゃったら大きい家に替わってくれぇようた。
それで集会所でするようになった。

神楽

4年に一回、戦前からそうじゃ。


城見小学校の映画

PTAにゃあ金(かね)がねえじゃろ。
それで安い映画を頼んで、せいでTPAに使ようだ。

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城見音頭

2016年07月04日 | 父の話
 談・2000.2.6

城見音頭

(歌詞は)公募したんじゃ。
武徳さんからも応募があった、が、ぶせえくなんじゃ。
(武徳さんは地元を離れて長いので)わからんのじゃ。
それでワシがはんぶん書き直した。
大勢応募はあった。
後になって、ワシの名前にしときゃあえかった思うた。
公民館の委員で決定した。

作曲は岡山の専門家に頼んだ。

踊りは婦人会が笠岡の先生にたのんだ。


笠岡湾干拓の増反者

個人じゃあもらえんので生産組合を作って、
12町ほどもろうた。
そうゆうことは、みな自分がやっとる。
県と市が窓口じゃった。


町名・城見台

大蔵建設は山があるので、工事名は松ヶ丘団地ゆうとった。
完成後の地名は、
“城見”ゆう地名がないんで「城見台」に決めた。


茂平工業団地

川岸、中尾フィルターが来て、
アサムラサキや岩瀬産業や川上や甲神がきた。
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