日々雑感

最近よく寝るが、寝ると言っても熟睡しているわけではない。最近の趣味はその間頭に浮かぶことを文章にまとめることである。

土地神話は死語になったか

2017年07月26日 09時27分03秒 | 日々雑感
 今年も7月3日に、国税庁から路線価が発表された。路線価とは、市街地において地域の不特定多数が通行する道路に面する宅地の、1平方m当たりの評価額のこととのことであり、山林や農耕地は対象外のようだ。

 2017年分の路線価は、全国平均が前年を0.4%上回り、2年続けて上昇した。特に全国最高価格となった東京銀座は1平方mあたり4032万円で、バブル期のピークの3650万円(1992年)を越し、最高価格を更新したそうだ。バブル現象の再来である。

 全国の主要都市でも地価は上昇傾向のようだ。この新バブル現象は、・観光大国、・オリンピック、・異次元金融緩和の3要素がもたらしているとの識者の評であるが、東京以外でも上昇しているのは、安倍政権下での異次元金融緩和政策で行き先を失った金が土地に流れたのが主原因と見るのが妥当であろう。

 本来、この金融緩和の金は成長産業や工場の設備投資等の将来のために投資される資金となる筈であったが、成長戦略は軌道に乗らず、またデフレ基調から脱却できないため設備投資はままならず、空前の金余り現象が日本を覆っているようだ。

 前回のバブルで大損害を被った銀行や不動産会社等は沢山あったであろうが、一方大儲けした人も少なからずいた筈である。バブル当時、転売に次ぐ転売で価格はどんどん高騰していったが、当時から ”最期にババを引くのは誰か” が話題となっており、結局小回りの利かない大手企業がババを引くことになったのであろう。

 今回の新バブルで踊っている連中は、前回のバブルを知らない別の人種か、あるいは二匹目の泥鰌を狙った前回大儲けした人、あるいは今回こそはとリベンジを狙う人であろう。ここでは土地神話がよみがえった感だ。

 そもそも土地神話とは、”不動産には絶対的価値がある”という合理的根拠のないところから発生していた。多くの人が疑いなく信じていた神話が、バブル前の土地の価格を押し上げていたのであり、日本を売れば、米国が買えるとの信じられない話がまかり通っていた。

 しかし、全国を見渡すと、様子はすっかり変わってしまった。主要都市では土地神話が蘇りつつあるあるというのに、地方では土地神話はすっかり崩壊したようだ。所有者が分からない土地が急増しているのだ。利益を生み出さない土地は権利すら放棄される時代に突入したのだ。地方では、売りたくても売れないのに固定資産税だけがかかる負動産化が顕在化してきたようだ。

 法務省のサンプル調査では、50年以上登記されていない土地は全国で22%、大都市部でも7%に上がったそうだ。固定資産課税台帳の所有者情報も、登記簿が元になる。そこで相続時に登記されないと、自治体の税務担当者が相続人を調べる必要があるが、概して相続人は複数で複雑な経緯を有するため、調査は困難を極めるそうだ。自治体にアンケートすると、55%が所有者不明で、固定資産税の徴収が難しくなったそうだ。

 資産価値が無く、固定資産税だけがかかる土地は、所有権を放棄したくなるのは当然だ。不動産の所有権の放棄は一般論としては認められるが、法務省の1982年の見解によると、所有権放棄者の単独申請による土地登記は出来ないとのことである。すなわち国が受け取ってくれないと、放棄できないことになるのだ。事実、今の登記制度では土地の所有権放棄は認められない。

 相続放棄は、財産全体が対象となるので、不要な土地だけを選んで捨てることが出来ない訳だ。現代は所有権ががっちり守られている代わりに自由に手放せない。国としても、利用価値のない土地を寄付されたところで、費用のかかる管理だけを任されたのでは、敵わない。これは今後大きな問題となるだろうが、誰も解決策を示すことは出来ない。

 大都市における土地の高騰は恐らく一時的な現象だろう。前回と同様にいつかははじける。しかし、地方においては限界集落、耕作放棄地、都市部においては空き家の増加が顕著であり、不動産価値がどんどんを失しなわれていく時代だ。土地神話は死語になりつつある。

 ひと昔前は、人間は自給自足でどんな辺鄙な所でも生活できた。しかし、一旦便利な生活に慣れると都市部でしか生きられなくなってしまった。不便な場所はどんどん放棄されるであろう。喜ぶのは野生動物だけだ。2017.07.26(犬賀 大好-358)