斉藤環氏は、「はじめに」にこう書く。
「本書は、オープンダイアローグをテーマとした、世界でも初めての「まんが解説書」です。
おそらく、いま出版されているいかなる文献よりも、わかりやすくコンパクトに、オープンダイアローグの説明がなされていると思います。…最初に気軽に手に取ってもらえる本を目指しました。」(3ページ)
私の場合は、オープンダイアローグに関しては、雑誌を含めればもう十冊以上も読んでいるので、この本は、もうとにかく分かりやすい、とひざを打ちながら読み進める按配であったが、恐らく、はじめて読む人にも読みやすく分かりやすいに違いない。
さらに、この本では、オープンダイアローグに取り組む治療者側の変容について明確に書かれているというのが、これまでの関係書に比べての特徴となっている。
「さらに本書では、水谷さんご自身と、私自身の「変化」についても、事例として漫画にしていただきました。啓蒙的な本にありがちな「事例は観察対象であり、著者は観察する側である」という非対称性をできるだけなくすため、意図的にそうした構成になっています。」(4ページ)
オープンダイアローグの特質である平等性というか、水平性というか、治療者と被治療者、医師と患者の垂直的な支配関係を脱するというか、そういうものを表すための工夫が意図的になされているということであると同時に、工夫を超えた実際の効果としての、医療者側の変化が示されている、ということになる。
「あらためてこの物語を読んでみて、私は自分自身の限界に気づきました。それは「私自身には精神療法の才能がない」ということです。…そういう人間であってもチームによる対話実践で成果を出せた、という事実は大切にしたい。」(6ページ)
医師が、公にこんなふうに自分自身の限界を公言するというのは、これまでの常識から言えばとんでもないことであったかもしれない。しかし、そんなこと以上に、齋藤氏自身が「精神療法の才能がない」のであるにもかかわらず、オープンダイアローグの方法に拠れば、成果を出せた、というのが大切なところである。得意不得意にかかわらず効果を上げることができる手法であるということ。
このあたりの経過は、第9章「タマキ先生のビフォーアフター」に詳しい。
本編に入ると、まずは、マンガ編の第1~3章で、具体的実例のケーススタディが描かれる。ここでは、その内容の紹介は割愛するが、どれも大変に興味深い内容である。かつ、分かりやすい。
解説編の第4章は、「オープンダイアローグの5つの柱」ということで、紹介されている。項目だけ列記すれば、
第1の柱 対話を続けるだけでいい
第2の柱 計画は立てない
第3の柱 個人でなくチームで行う
第4の柱 リフレクティング
第5の柱 ハーモニーでなくポリフォニー
オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン による「オープンダイアローグ対話実践のガイドライン」(HPのほか、雑誌・精神看護2018.3月号にも掲載)には、「オープンダイアローグの7つの原則」と「対話実践の12の基本要素」が掲載されており、この5つの柱というのは、ここではじめて目にしたところである。詳しい内容は、もちろん、直接お読みいただくところだが、5項目どれも、オープンダイアローグの実践を進めるうえでたいせつな事柄であることは間違いがない。
ちなみに、第4の「リフレクティング」というのは、直訳すれば「反射すること」「反映すること」ということになるのだろうが、専門家チームが、当事者や家族を目の前にして、それぞれの見地から見えてきたこと、思いを語り合う時間帯である。当事者の側は見ずに、当事者のことを専門家同士で語り合う場。その間、当事者は自分のことであるのに口出しせずにじっとその様子を見ている。(当事者は、ここで、じっと見ていることを〈強制〉されるわけではない。自分の語ることに熱心に耳を傾けてもらった後に、その語った自分について語られるという流れの中で、自ずから注意が向いてしまうという機制らしい。)
第5の柱「ハーモニーでなくポリフォニー」については、その場に必要なのは「調和」ではなく、「多様性」であるということ。当事者、専門家含めて、同調し調和するのでなく、ばらばらに多様なままであること。専門家同士の間でも(その場を維持することについては共通理解がなくてはいけないだろうけれども)、あらかじめ同調するのではなく、多様な見方が提示されることをよしとするというような。
第1から第3までは、言葉としては特に難しいことはないと思うが、いずれ、詳しいことは本書にあたって、内容を確認していただきたい。
同じく解説編、第5章は「こうすればオープンダイアローグはできる」、第6章「オープンダイアローグべからず集」、第7章はQ&Aで、「よくある質問と答え」となっている。
その後、また、まんが編で、第8章もひとつのケースの紹介。
第9章は、上でちょっと触れた「タマキ先生のビフォーアフター」、第10章がマンガ家水谷緑さんの「オープンダイアローグを見にフィンランドに行ってきました」というルポルタージュになっている。
オープンダイアローグという言葉に興味を持たれた方はもちろん、初めて聞いたという方も含めて、ぜひ、手に取って読んでみることをお勧めしたい入門書である。
〈付録 7つの原則、12の基本要素と5つの柱〉
「オープンダイアローグ対話実践のガイドライン」などで、「オープンダイアローグの7つの原則」、「対話実践の12の基本要素」は、すでに紹介されているところである。
この2つと「5つの柱」と、都合3種類の、箇条書きの重点項目が存在することになる。読んでみると、重なるところもあるし、別のことを述べているところもある。しかし、これらはいずれも大切なことで、どれも納得できる内容であり、特段矛盾するところもないので、なにか不都合が生じるということはないわけであるが、そのうちには、なんらかの整理が行われることになるのかもしれない。
一応、まえの二つも、ここに、書き出しておく。(「オープンダイアローグ対話実践のガイドライン」から)
まず「7つの原則」。
1 Immideate help 即時対応 「必要に応じてただちに対応する」
2 A social network perspective 社会的ネットワークの視点を持つ 「クライアント、家族、つながりのある人々を皆、治療ミーティングに招く」
3 Flexibility and mobility 柔軟性と機動性 「その時々のニーズに合わせて、どこでも、何にでも、柔軟に対応する」
4 Responsibility 責任を持つこと 「治療チームは必要な支援全体に責任をもって関わる」
5 Psycological continuity 心理的連続性 「クライアントをよく知っている同じ治療チームが、最初からずっと続けて対応する」
6 Tolerance of uncertainty 不確実性に耐える 「答えのない不確かな状況に耐える」
7 Dialogism 対話主義 「対話を続けることを目的とし、多様な声に耳を傾け続ける」
「対話実践の12の基本要素」のうち、まず、「対話実践全体に関わる要素」として、2つの項目。
1 本人のことは本人のいないところでは決めない。
2 答えのない不確かな状況に耐える
次に、「治療ミーティングの流れに関する要素」として、のこりの10項目。
3 治療ミーティングを継続的に担当する2人(あるいはそれ以上)のスタッフを選ぶ
4 クライアント、家族、つながりのある人々を、最初から治療ミーティングに招く
5 治療ミーティングを「開かれた質問」から始める
6 クライアントの語りのすべてに耳を傾け、応答する
7 対話の場で今まさに起きていることに焦点を当てる
8 さまざまなものの見かたを尊重し、多様な視点を引き出す(多声性:ポリフォニー)
9 対話の場では、お互いの人間関係をめぐる反応や気持ちを大切に扱う
10 一見問題に見える言動であっても、“病気”のせいにせず、困難な状況への“自然な” “意味のある”反応であるととらえて、応対する。
11 症状を報告してもらうのではなく、クライアントの言葉や物語に耳を傾ける
12 治療ミーティングでは、スタッフ同士が、参加者たちの語りを聞いて心が動かされたこと、浮かんできたイメージ、アイディアなどを、参加者たちの前で話し合う時間をとる(リフレクティング)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます