ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

信田さよ子 上間陽子 言葉を失ったあとで 筑摩書房

2022-07-23 16:28:32 | エッセイ
 信田さよ子氏は、公認心理師、臨床心理士、原宿カウンセリングセンター顧問(前所長)である。
 上間陽子氏は、琉球大学教育学研究科教授。専門は、教育社会学とのこと。
 信田氏は、まえがきで、上間氏とはずいぶん話ができた、思いのほか語り過ぎてしまった、というが、それは、いやな感じではなかった、とおっしゃる。

「対談の収録が終わるたびに、あれ、こんなはずじゃなかった、なんだか話し過ぎてしまったぞ、と思ったのだが、それはいやな感じではなかった。職業柄、個人的な関係でも仕事でも、自分はできるだけ聞く側にポジショニングするようにしているのに、なぜか上間さんと会うと毎回どんどん話したくなってしまうのだった。」(8ページ)

 対談前から、信田氏と上間氏は、語り合うべきことがらが、豊潤に準備されていたということだろう。ふたりの間で、言葉は満ちていた。

【失われた言葉のあとに満ちてくる言葉】
 上間氏の著書は、衝撃だった、と信田氏は言う。

「上田さんの著書『裸足で逃げる』を初めて読んだとき、衝撃を受けたことを思い出す。…あの文体と言葉遣いは、これまでに読んだことのないものだった。登場する女性たちと上間さんとの関係は、調査対象と調査者というだけなのに、浮かび上がってくるのは痛切としか言いようのない、それこそ言葉にならない何かなのだ。」(9ページ)

 そこで描かれていたのは、「沖縄の女性たちの姿」である。言葉を失っているのは、「沖縄の女性たち」である。この書物『言葉を失ったあとで』は、言葉を失った「沖縄の女性たち」が言葉を取り戻すために、ふたりが言葉を紡ぎ出した対談の記録である。
 信田氏もかつて、言葉を失いかけたのだったかもしれない。言葉の根拠を探し求めた。

「カウンセラーであるということは、言葉が武器であるということだ。…言葉なくしてカウンセラーという生業は成り立たない。…
では、私はどこに自分の言葉の根拠を求めたのだろう。」(10ページ)

 信田氏は、心理学の中ではなく、その外に、言葉の根拠を見い出した。

「新しい言葉を与えてくれ、パラダイムの転換を許してくれたのは、社会学や哲学、女性学だった。そこから得た言葉を自分のものにすることで、かろうじて、目の前に居る人たちにカウンセラーとしての役割を果たしてきたと思う。」(11ページ)

 信田氏の実践は、心理学の内部ではなく、「社会学や哲学、女性学」に根拠をえて、はじめて成立したということだろうか。心理学としては本流ではないという思いもあるのだろうか。
 だから、下記において、信田氏は複雑な思いがすると言うのだが、それは謙遜めいたレトリックというべきだろう。

「対談中に、私の存在が臨床心理学への信頼の基本になっていると上間さんが語る部分があるが、うれしくもあり、ちょっぴり複雑な思いがする。」(11ページ)

 上間氏の信頼は、むしろ、当然のことである。人間の心は、体の内部に閉じ困ってあるのではなく、社会の中にこそある、というべきであろう。

【性被害の新しい教科書】
 さて、信田氏は、性被害についての新しい教科書が必要だ、とおっしゃる。

「対談でなんども語られたのが、性被害については新しい教科書が必要だということだ。…これまで使われてきた言説や常識は、被害を受ける側に対する無理解に満ちており、被害者視点を欠いたままだったということがようやく理解されつつある。」(11ページ)

 上間氏と信田氏の、それぞれの場における被害者の言葉を聴く実践こそが、その教科書の前提に違いない。
 一方で、加害者臨床の必要性も語られる。

「もうひとつ、対談では加害者(彼女たちに被害を与える男性たち)についても多くが語られている。…
 本書では、上間さんの問いかけに触発されて、加害者臨床について乏しいながらも私の実践経験に裏打ちされた内容を述べている。…他に類を見ない内容になっている。」(13ページ)

 被害者について語ることと、加害者について語ることは、対になっている。

「…被害に関して語る言葉を獲得しなければ、加害についても語ることができないということだ。現実には加害がなければ被害はないのだが、定義としては逆である。被害者の告発によって、はじめて加害者が立ちあがるのだ。」(13ページ)

「日本でDVや性暴力の加害者がカウンセリングや相談の対象になっていないのは、被害者支援がそれだけ貧困だということだろう。言い換えれば、多くの女性が受けてきた性被害について、新しい言葉による教科書(的なもの)ができることで、性加害(男性の性暴力)についても対応できるようになるのではないだろうか。」(13ページ)

 この教科書は、もちろん、性被害を無くし、つまりは、性加害をも無くすための教科書であり、性被害の無い社会、つまり同時に性加害の無い社会を作るための教科書である。信田氏と上間氏こそが、この教科書を書き上げるべき先駆者である。
 念のため急いで付け加えれば、被害者と加害者と、ここでの引用は、加害者に関わる記述が多くなってしまったが、信田氏は、その間で中立の立場を取るとは言っていない。第1章において、信田氏は明確に、被害者の側に立つとおっしゃる。

「…臨床心理学は一九五〇年代からの非常に新しい学問だし、近代的個人を前提として成立しています。「私」という個人は平等であり、人間としての権利があるという人間観には普遍性がありますから、立場によって見え方が変わるとは考えられていません。
 また、日本の臨床心理学の多くはフロイトに依拠してきました。フロイトの精神分析は中立性を基本としています。…両方を俯瞰的にとらえる立場に治療者がいるという前提が、中立を意味します。…
 私はそれは無理ではないか、その場合の中立は必ず「力のある側」「強い側」に組してしまうのではないかと思っています。暴力の問題は中立性にこだわると扱えないし、被害者に問題があるように見えてしまうでしょう。」(17ページ)

 ということで、6回にわたる対談が展開されていく。

【心理と社会】
 対談を終えて、上間氏は次のように述べる。

「そうやって重ねた六回にわたる対談は、信田さんの言葉の徹底と、私の言葉の不徹底が、しみるように分かる時間になった。抽象的な概念で事柄を語ることを徹底的に禁じ、そのひとの記憶の海に潜るのは、ただ言葉のみによってなされる信田さんならではの営為である。」(347ページ)

「「言葉を失う」と銘打った対談なのに、そこには思いのほか賑やかな場所だった。その場所で信田さんの孤独も私の暗い記憶も語られたはずなのに、いま考えてもそこはほのかに明るく面白い。」(348ページ)

「明るく光る場所が見えているのだから、私もそこに進んでいきたいと思っている。」(348ページ)

 信田氏と上間氏との対話は、社会福祉と臨床心理に豊かな可能性を開いていくものである。つまりは、この社会を改良し、いささかでも住みやすいものにしていくための営為である。これは、もちろん、教育の現場においても重要なことである。
 改めて言うまでもなく、心理と社会は、密接に連関している。その連関において問題を捉える先にこそ、豊かな可能性が広がっていくというべきである。
 この書物は、社会生活の中で労苦にさらされているひとびとの声を、よくよく聴き取る営為を積み重ねた先での、ふたりの専門家の対話であった。おふたりの間に言葉が満ちていた、というのは当然のことである。




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