ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

鷲田清一 想像のレッスン ちくま文庫

2019-09-17 21:58:54 | エッセイ

 もとは、2005年に「〈想像〉のレッスン」の書名でNTT出版から刊行されたものの文庫化で、今年5月刊である。

 鷲田氏は、現在、仙台メディアテークの館長で、折に触れ、一階の広い会場で対談なされたり、六階で開催される哲学カフェの後方の席でさりげなく耳を傾けておられたりする。そのすべてとはいかないが、仙台まで出かけて参加する機会を持ち続けている。と言いながら、しばらくお目にかかっていないな。

 さて、まえがきにこう記される。

 

「ここにあるものを手がかりにここにないものを想う、その〈想像〉という心のたなびきがどんどん短くなっているようにおもう。何かの情報やイメージが眼の前に現れたときに、それをとくに吟味することもなく額面通りに受け入れる、逆にあたまからそれにふれることを拒み、撥ねつける。それにすぐさま同意する、あるいは反撥する。それに対して適切な距離というものがとれない。それがどうしてそのようなかたちで現れてきたのか、それがわたしにはすぐに見えない遠くのひとにとってどのような意味を持つのかに、うまく想いをはせることができない……」(3ページ)(アンダーラインは原文傍点。)

 

 どうなんだろう。確かに、安易で便利なものを求め、不快なもの不便なものをとことん嫌うような傾向が蔓延している。こう入力すれば、こういう結果になると、マニュアルを読めば、すぐ分かる、そんなものでないと、商品は売れないとか。

 テレビ番組は、小学校4年生が見てすぐ分かるレベルのものでないといけないとか。

 少しだけ努力して、筋道立てて考える、そんな面倒なことはやってられない、みたいな。一つの入力からは、自動的に一つの出力が出てくることが理想で、余計な選択肢は不要だとか。できるだけ想像力を使わないで済ますのが理想、みたいなことになっている。

 

「食がその典型だが、わたしたちは生きるためにはかならず何かを殺さなければならない。たとえばそのような生存の条件をあえて見ないようにしておくシステムが、わたしたちの社会において整備されている。見たくないものを見ないで済むようにしておくシステムが、あらゆるところに張りめぐらされている。その必然の結果として、そのシステムに支払いさえすればたいていのものは思い通りになるという感覚だけはしっかり肥大してきた。だから、その条件を見ないでいるというのは、あきらかに思考の停止であり、想像の失調である。」(5ページ)

 

 ああ、そうだ、われわれは、生活者ではなくて、消費者になり下がってしまったのだ。お金でなんでも買える王様としての消費者なのだが、実のところは、何にも考えず、何の工夫もなく、あてがわれた商品で暮らすほかない、お金だけをむしり取られる奴隷のような消費者である。

 供給者、生産者の側が、これなら売れると想定して商品をあてがう。消費者の側は、それがよければ買うし、不要だと思えば買わない。最近のモノの売買は、ごくシンプルな二者択一になっている。

 昔は、そうではなかったような気がする。生産する側と消費する側のずれが当たり前で、そんなにぴったりとあてはまるようなことばかりではなかった気がする。ずれをはらみながら、なんとか工夫して、事態の解決に必要なモノを調達していた気がする。食事も、とりあえずその時にそこにあるもので我慢するということが多かった気がする。

 消費者の側が、想像力を働かせて間に合わせてなんとか切り抜けるということを普通にしていた気がする。もっと生活者として工夫しながら生きていた気がする。

 もっとも、ここで鷲田氏は、消費者という言葉は使っていない。王様とも奴隷とも言っていない。しかし、想像力を失うということは、突き詰めて言えば、人間が人間でなくなることであり、社会が崩壊することだ。下で言う「文化」とは、人間が人間である所以そのものにほかならない。

 

「〈想像〉といういとなみは、このように、文化をその根のところで支えるものである。支えると同時に、文化を突き動かし、それに編みなおしを迫るはずのものでもある。」(5ページ)

 

 鷲田氏は、ブリコラージュについては語っている。その場にあるもので間に合わせる間に合わせ仕事とか、器用仕事とか訳されたりもするが、そのままブリコラージュというほうがふつうである。文化人類学者レヴィ=ストロースが著書「野生の思考」で取り上げたことで広まった言葉である。私は、確か、30年も前に大江健三郎のエッセイで出会ったのが最初だったと思う。

 生きるために必要なものを、その場で偶然に手元にあるものを活用して作ってしまう。ありあわせの材料でありあわせの道具を使って間に合わせる。もともとの想定された用途をずらして使う。そこには確かに想像の力が働いている。想像の力を働かせることなしには生活していけなかった。

 いまだって、想像力なしに人間は生きていけない、そのことに変わりはないはずだが、何か、そんなものは要らないような、想像力なしでもお金さえあれば生き続けてしまえるような、そんな世の中になり果ててしまった、とでもいうような。

 レヴィ=ストロースがこの言葉を取り上げた当時は、まだ、器用仕事が充分に生きていた、というわけではない。もちろん、程度問題としては今よりましだったとは言えるだろうが、そのずいぶん前から、あえて、器用仕事の重要性を語らざるを得ないような事態が進行していたのである。

 レッスン0「見えないものを見る」の冒頭に、鷲田氏は詩人長田弘の言葉を引く。「視界をこじ開ける」という見出しにすぐ続けて、

 

「みえてはいるが誰もみていないものをみえるようにするのが、詩だ」(18ページ)

 

という、詩人の長田弘の言葉を引いて

 

「これは同時に哲学の定義でもあると、わたしはおもう。哲学という言葉が硬ければ、じぶんが生きているその時代を考えることの定義と言ってもよい。」(18ページ)

 

 その次の見出しは「言葉になりえぬものへ言葉を駆使して潜り込む」である。「みていないものをみえるようにする」というのは、実はことばにするということに他ならない。

 

「…わたしたちの多くは、語りえないこと、理解不能なことに囲まれて、それでも言葉を搾りだす、あるいは逆に、言葉を呑み込むという、そういう呻吟に耐ええないところがある。そしてわかりやすい物語、耳ざわりのいい言葉に、すぐ飛びつく。常に過剰か過少になってしまうという言葉との不均衡な関係に押し潰されて練られてもいない言葉を反射的に漏らしてしまう。思いが窪みというものを失ったかのように。

 わからないものがわからないままに占める場所というもの、それを容れる余裕がなくなってきたということなのだろうか。」(21ページ)

 

 だれかが、ある事態をうまく言葉で説明できたとしたら、あ、そうか、とひざを打って、よくわかるということになる。しかし、そうそううまく説明しきれるときばかりではない。誰も、ある事態をうまく言葉にすることができない状態が続くこともある。そういうときに、その状況に直面しつつ、謎を謎のまま抱え込んで耐える。問いを問いのまま抱え込む。安易な解答はないにもかかわらずそこに直面し続ける。あるいは、スカッと説明しきれたという手ごたえのないまま、まわりを撫で続けるようにもどかしく言葉を紡いでいく。生きていくとは、そんな出口のない試みの連続であるときのほうが多いのかもしれない。

 

「ケアという別の場面でも同じことがいえる。患者、その家族、医師、ナース、事務スタッフ……。それぞれの立場や思惑が錯綜し、対立する場面で、患者にとって何がいちばんいいかを考えながら、「正解」が見えないままにそれでも患者のいちばん近くに立ち続けなければならないのが、ナースの仕事だ。」(23ページ)

 

 ナースの仕事がそうであり、福祉の分野でのケア・ワーカーがそうであり、教育の分野での教師の仕事もそうであろう。

 そして、アートの世界。

 

「ここでもうひとつつけ加えれば、アートもまた、わたしたちが住み込んでいるこの世界の、微細な変化や曖昧な感触を、曖昧なままに正確に色や音のかたちに定着させる技法だといえる。」(24ページ)

 

 そして、哲学がある。

 

「わたしたちが生きるうえでたいせつなことは、わからないものに囲まれたときに、わからないままそれらとどう向き合うかということであろう。それに、人間にあっては、近いもの(たとえばじぶんの感情、性、家族)、大事なこと(たとえば政治)ほど、見えにくいものだ。言葉になりえないもののうちにそれでも言葉を駆使して潜り込んでいくこと。このことを…肝に銘じたいものだ。」(24ページ)

 

「哲学はその誕生以来、わかることよりもわからないことを知ることの大切さを教えてきた。わからないけれどもこれは大事ということを知ること、そのことが重要なのだ、と。」’147ページ)

 

 無知の知である。これは、〈分からないことを調べたり考えたりして分かるようになる〉ということではない。ものごとを分かれば分かるほど、自らの知らないことの多さ、大きさを知るということである。もちろん、〈考えも調べもしないので多くのことが分からないまま放置される〉というのは問題外である。よく考えよく調べてもなお、分かり得ないものがあるのである。

 たとえば、人間とは何か、存在とは何か、神は存在するのか。それらの問いは、そうやすやすと解答しえないものである。もちろん、すべての哲学者は、そういう問いを問うてきた、それでもなお、解答には至らない、そういう問いである。幸福とは何か、福祉とは何か、政治とは何か、それらの問いもまた、簡単には答え得ない問いである、そういっていいだろう。

 哲学史を学べば、さまざまな哲学者が思索をめぐらし、さまざまな解答を与えてきた。しかし、哲学とはついに、解答はない、ということを知るその営みのことである、とすら言ってしまいたい。不断の探求を続けながら、ついに出口に至らない、その迷宮を進み続ける営みである。

 

「家裁の調停員のひとから面白いはなしを聞いた。双方がそれぞれの言い分をぶつけあったはてに「万策尽きた」「もうあきらめた」と観念したとき、話し合いの途がかろうじて開ける。訴えあいのプロセス、議論のプロセスが「尽くされて」はじめて開けてくる道がある、というのだ。ここで開けてくるのは理解の途ではない。「理解できないけれど納得はできる」というときのその納得の途だ。」(149ページ)

 

「聴くというのも、話を聴くというより、話そうとして話しきれないその疼きの時間を聴くということで、相手のそうした聴く姿勢を察知してはじめてひとは口を開く。そのときはもう、聴いてもらえるだけでいいのであって、理解は起こらなくていい。妙に分かられたら逆に腹が立つ。そんなに簡単に分かられてたまるか、と。」(150ページ)

 

 鷲田氏は、あとがきにこう記す。

 

「こんな気ままに作らせてもらった本ははじめてだ。書下ろしではなく、論文やエッセイを集めたものでもなく、この数年間、思いつくままに訪ねた「アート」のシーン、それらについて折にふれ書き継いできた文章のあいだを、さらに思いつくままに繋いでいった本。想いは一貫しているだろうけれど、かならずしも一本の論理の糸で繋がれているわけではない。なんともわがままな本を作らせていただいた。ここには、これから詰めてゆかねばならない問題が散らばっている。言ってみれば宿題だらけの本である。」(322ページ)

 

 実は、この本はメインには「アート」についてのエッセイであるのだが、ここでは、ほとんど触れないできた。現代美術のこと、現代舞踊、舞踏のこと、サザン・オールスターズや忌野清志郎や音楽のこと、映画のことなどなど、手に取って読んでのお楽しみである。

 文庫版の解説は、堀畑裕之。服飾ブランドmatohuデザイナーとのこと。なにか面白い本を書いているようで、こんど買ってみようと思っている。

 ところで、最近読んでいるところでは、オープンダイアローグの関係が、鷲田氏の哲学と非常に相性が良いと思っている。

たとえば、オープンダイアローグの7つの原則のうち、6つ目は、

 

「6 Tolerance of uncertainty 不確実性に耐える 「答えのない不確かな状況に耐える」」

 

というものである。

 

※精神看護 2018.3 オープンダイアローグ対話実践のガイドライン 医学書院

https://blog.goo.ne.jp/moto-c/e/9d74fac70453ce2e904e5fcf4cdd09c9

 



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