ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

8月25日(土)のつぶやき

2012-08-26 01:24:59 | 嫌いだ嫌いだ
23:04 from web
山形のシベールアリーナで、ジブリの鈴木敏夫さんの講演会を聴いて来た。テーマは、なんと尾形英夫。月刊アニメージュ創刊時の編集長、徳間書店元常務。宮崎駿アニメの生みの親、そして、気仙沼出身。プロデューサー鈴木敏夫の育ての親でもある。ぼくは最晩年にお付き合いさせていただいた。

23:07 from web
鈴木敏夫さんのこのお話は、ぜひ、気仙沼で、気仙沼の人々に聞かせたい。徳間書店の尾形英夫なくして、宮崎アニメはなかったと。

23:15 from web
大学卒業時、尾形英夫という先輩がいると知っていたら、徳間書店に押しかけて採用してもらうのだった、とか。そして、鈴木敏夫の部下として仕事してなどと想像をめぐらす。当時、講談社は、6千人からの受験者から、60人ほどの面接には進んだんで、あながち荒唐無稽な話でもない、などとね。

23:21 from web
まあ、講談社どうこう言っても、不採用は不採用なんでね。もう35年ほど前の話。今日の鈴木敏夫さんのお話で、職業について、自分の希望にとにかく進むということと、偶然であれ与えられた場で一所懸命やるということ、自分は後者だったよと。世の中の多くの人々は後者なのだな。

23:22 from web (Re: @fromkesennuma
おや、感じなかった。@fromkesennuma いやな揺れ方。

23:26 from web
世の中の人すべてが能動的につきたい仕事に就けると言うわけはない。宮台真司なども言っていること。これは、中村雄二郎のパトスの知、受動の知、臨床の知、に通じる話。私は、私のついた仕事の中で私の果たすべき役割、ある場合、幸福な場合には期待された役割をなんとか果たしてきた、みたいなこと。

23:31 from web
今日の鈴木敏夫さんのお話は、尾形英夫という変な男がいた。この変な男は素晴らしい男だった。素晴らしい編集長、プロデューサーであった。自分は、この男に育てられたということ、だったと思う。そしてこの変な男は、気仙沼出身、気仙沼高校の大先輩である。

23:33 RT from web  [ 7 RT ]
原発停止は叫ぶに手頃な理想。停止しても残る廃棄物をどうする。それは3.11以前から存在する大きな問題。2030年になっても、2130年になっても残る大問題。
船曳建夫さんのツイート

by motochida on Twitter

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