
(2017.03.30訪問)
興福寺が味なことをやっていると聞き、訪ねました。
現在国宝館が耐震工事で休館中、国宝館展示の仏像群が仮金堂に移され須弥壇に祀られているんです。今は無き西金堂に祀られてい
た阿修羅像をはじめ諸仏像がお堂は違いますが、本来手を合わすべき御堂の仏として甦ったと云っていいでしょう。
「仏像はお堂に」常々思っていることなんですが、須弥壇上に祀られた諸仏像は心なしか我が意を得た満足げな表情をされているよ
うに見えましたヨ。
仮金堂の諸仏にナットクして、奈良町をフラフラ、さてどうしょう。
帰社するのには早いことだし、そうだ久し振りに新薬師寺を訪ねて見よう。貫主の中田聖観師がご健在の頃はよく訪ねたんですが、
お亡くなりになられてからは足が遠のいていました。あのスッカラカンになった境内はそのまんまなんでしょうか。
▼東門前に建つ寺号石柱。

[ 新薬師寺 ]
●山号 日輪山 (にちりんざん)
●寺号 新薬師寺 (しんやくしじ)
●宗派 華厳宗 (りんざいしゅうてんりゅうじは)
●開基 光明皇后(こうみょうこうごう)
●創建 天平十九年 (747年)
●本尊 薬師如来坐像
▲奈良市高畑町1352番地 電話 0742-22-3736
▲拝観料 600円 御朱印300円
▲時間 9:00~17:00
▲市内循環バス環バス「破石町」下車 山手へ徒歩10分
JR奈良駅、近鉄奈良駅からタクシー10分
▼南門 (重文)。切り妻造、本瓦葺、四脚門。正門です。

新薬師寺縁起
天平十九年、光明皇后が聖武天皇の眼病平癒のため建立、七仏薬師如来を安置したと伝わり、かつては七堂伽藍が整った大寺院でし
たが天災などで大部分が失われ、現在は本堂だけが残り東門、南門、鐘楼、地蔵堂はいずれも鎌倉時代の建造です。
▼南門からの境内、正面に……、

▼本堂 (国宝)。妙にだだっ広い中で寂しそうでしょ。この前庭、以前は萩や樹木で埋まってました。
優雅な国宝のお堂です。桁裄七間、梁間五間、入母屋造、本瓦葺。
言葉が出ない位素晴らしいお堂、奈良天平の名建築、今こうして見ることが出来る幸せを感じます。

▼本尊薬師如来坐像 (国宝)。堂内円形土壇で南を向きド~ンとお坐りで、
周囲を十二神将が囲んでいます。
像高191cm、木造一木造り、手と足は寄せ木造り。

▼本堂 (国宝)。

▼十二神将我折羅大将です。以前描いたペン画です。

▼本堂斜めから撮るのは初めて、遮る樹木がありません。

▼本堂前の灯籠、室町時代の作。

▼鐘楼 (重文)。白漆喰袴腰の直線が非常にシャープですネ。

▼実忠和尚の御歯五重石塔。御歯塔ってなんでしょう、調べましたが不祥です。
実忠さんは東大寺二月堂の修二会を始めた僧として知られてますネ。

▼地蔵堂 (重文)。一間四方、入母屋造、本瓦葺。小さいながらも凄く存在感を感じます。

▼正面格子から覗くと、左地蔵菩薩立像、右薬師如来立像、中十一面観音菩薩立像。
てっきり十一面さんがこのお堂の本尊と思いましたが、堂名が地蔵堂なんで違うんでしょう。

▼十一面さんのアップです。まさに十一面観音のスタンダード、総てバッチリ。

▼地蔵堂の横に宝篋印塔。
相輪のテッペンに太陽を入れてゴーストを狙ったんですが上手く行きません。

▼境内隅に石仏群。

▼本堂西に会津八一の歌碑。
ちかづきて あふぎみれども みほとけの みそなわすとも あらぬさびしさ

▼アートな土塀その一。

▼境内の隅々に馬酔木が増えているみたい。萩に代えて馬酔木のお寺へ花替えかナ。

▼香薬師堂への門なんですが……、

▼道も真っ直ぐなんですが……、

▼お堂には立派な扁額が掲げられているのですが……、

▼お堂の写真は土塀を隔ててしか撮れません。
香薬師堂本尊、香薬師如来は戦前のドサクサで盗難、それっきり行方不明らしいです。
本尊レプリカは本堂に安置されています。

▼馬酔木。

▼アートな土塀その二。

▼放生池横の十三重石塔。

▼アートな土塀その三。

▼庫裡への門です。

▼天平の美をもう一度。

萩が境内を覆っていた頃が懐かしいですわ。代替わりして、防犯上植栽を全て刈り取ったと聞きましたが、余りにもアッケラカンの
スッカラカン、歴史の重みがなくなりあの天平の名堂が寂しそうでしたが、お堂や鐘楼、石塔などのフォルムはよく見えるようにな
りました。
以上あくまでもボクの印象です。
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