塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

生みの苦しみは誰にでも起りえる

2010-10-28 15:28:39 | 日記
 僕は今

 「陣痛」
 を味わっています。

 僕が結婚して父親になるわけではありません。

 部署移動をして毎日汗を流していると、「生みの苦しみ」は陣痛、つまり
母親が出産する際の苦しみと同様で、

「結果」つまり出産の時は必ず訪れる。という考えが心の中に芽生えたのです。

 ですから不祥事で揺れる大宮アルディージャのフロントの方も、今この生みの
苦しみを味わっているはずです。

 でも大丈夫。
 
 陣痛はいずれおさまり結果、努力が実る時がきっときます。

 「大宮アルディージャは、退任した渡辺社長の宣言どおり日本で最もクリーンな
クラブに生まれ変わった。」

 フロントの皆さんが問題に真摯に取り組み、努力し続けたらきっと評判は回復し
ます。

 確かに水増し問題は由々しき出来事ですし、多くの批判は避けられないでしょう。

 でもそこで反論するのではなく
 「皆様のおっしゃるとおりです。」

 と頭を下げ、改善案を提示して理解を求めればきっとファンの方も理解をしめして
くれると思います。

 頭を下げることは勇気のいること。

 僕のように客商売に就いている人間はその事が痛いほどわかりますし、面と向かって
 「貴方は最低だ。」

 とお客に糾弾されたこともあります。

 でもその間違いが逆に作業をして行く上で、確実に僕の肥やしになっていることも、又
事実なんです。

 ですから過去を振り返った際、アルディージャの関係者が

 「あの事件は忌まわしい出来事だが、これが契機となり新たなクラブ運営が軌道に乗っ
た事は間違いない。」

 そうプラスの出来事に変換できる可能性だってあります。

 アルディージャのフロントの皆様の今後に期待しています。
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僕が唱える魔法の言葉

2010-10-28 15:15:46 | 日記
 僕が今のスーパーでまだ駆け出しだった頃、僕は心の中で毎日呪文の
ように、あるサッカー選手の名前を唱えていました。

 「クロード・マケレレ」

 僕の中で彼の名前は魔法の言葉であり、僕にとっては自分自身を奮いたたせる
カンフル剤でもあったのです。

 実を言うと、僕は今も昔もマケレレのプレイを1度も見たことがありません。

 レアルやチェルシー、フランス代表での活躍を聞いた事があるだけです。

 でも
 「守備的MFとして一級品」

 というマケレレの評判を聞いて、僕自身は幾度と無く「マケレレ」と呟きました。
 
 心が折れそうになればなるほど。

 僕自身は店内のゴミをよく拾いますし、買い物カゴの補充やカートの整理など、細か
い業務は見落とすことなくやってきたつもりです。

 (部署移動してからはいささか少なくなりましたが。)

 でも他の人間がそれらをこなしているかというと、僕は今も昔も疑問符をつけます。

 守備的MFとして攻撃の選手を活かすため、自分は必死になって汗を掻く。
 
 そんなマケレレの姿は、僕自身重なる所があると勝手に解釈したんです。

 レアルが
 「君は選手としては素晴らしいが、ジャージが売れない選手はいらない。」

 とチェルシーに譲渡してからも、僕が彼に対するシンパシーは変わりませんでしたし、
今も胸の中で彼を思い出す時があります。

 みなさんもしんどい時、心が痛いときは敬愛する人物の顔を思い浮かべる、名前を唱え
るという行動をしてみてください。

 心が安定してくるはずです。
 知らず知らずその相手から勇気を貰っている事がわかりますから。

 
 
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欧州サッカークライシス?(2)

2010-10-28 02:34:08 | 日記
 欧州サッカーのなかで、ユナイテッドやレアルなどの有力クラブは、国内
だけでなく海外のファンも多く、実際開幕前には米国や東南アジアへ遠征に
出かけることも多いですね。

 (その地における新規ファン開拓という、顔見世の意味もあるでしょう。)

 確かに国内のみに的を絞っていても、今以上の利益はでないでしょうしクラブ
の知名度も上がりません。

 でもそれらの行為は

 「熱心な地元ファン」
 の存在を希薄にしてしまう危険性もあります。

 以前プレミアリーグがリーグ戦の数試合を、海外で行いたいという声明文を
発表し大きな話題を集めましたが、それは当然のことでしょう。

 確かにアメリカン・フットボールのプロリーグ
 「NFL」

 はメキシコやイングランドでレギュラー・シーズンの試合を過去に行った経験
がありますし、イングランドでの舞台は「新ウエンブリー」でしたから、NFL
ファンの間でも話題になりました。

 でもこの例は例外と考えた方が良いでしょう。

 プロサッカーに限らずプロスポーツは、まず
 
 「本拠地」
 のファンに足を運んでもらう必要があります。

 アメリカのように収益と客足が鈍ければ
 「移転」
 
 という強硬手段もとれますが、サッカーではその論理は通じません。

 僕は欧州サッカーは今1度地元との対話を打ち出す必要があると感じますし、この
点は日本が反面教師として学ぶべき点だと考えます。
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