mugifumi日誌

海外旅行の体験のほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

トルコ一周とカッパドキアの旅<ベルガモン遺跡のアクロポリス2>

2019年05月24日 | 旅行記
 しばらくこのブログ記事の執筆を休んでいましたが、パソコンはいじっていました。
 では、何をしていたのかですが、ホームページ(mugifumi夫婦の海外旅行)のポルトガルの原稿を作成していました。
 こちらも、撮影した写真がリスボンのどこのことなのかといった基本的なことが理解できず、ペンが進まないものですから、焦っていたのですが、何とか前に進みそうです。

 さて、このブログで連載している「トルコ一周とカッパドキアの旅」ですが、本日は旅行8日目(2010年10月25日)に訪ねたベルガモン遺跡をお伝えいたします。

 ▲ ベルガモン遺跡のアクロポリス

<Mugiko>
 アテナ神殿跡の次には何が見えてきたの?
<Mugio>
 それが・・・反時計回りに歩いて、この遺跡のハイライトである「トラヤヌス神殿」に向かったみたいだね。

 <アテナ神殿付近>


 <同じく>


<Mugiko>
 アテナ神殿や、図書館を見ながらトラヤヌス神殿に向かったのだけれど、上の2枚の写真は説明できない光景のようね。でも、こういうのも悪くはないわ。
<Mugio>
 それって嫌み?まぁ、いいか!ここを進んで行くと、白亜の大理石の石柱が並ぶトラヤヌス神殿が見えてきました。

 <トラヤヌス神殿>


 <石柱が並んでいる>


<Mugiko>
 トラヤヌス神殿は、ローマ皇帝ハドリアヌスが先帝のトラヤヌスに捧げるためにベルガモン王国がローマ帝国の属州となった時代(アッタロス3世:在位BC138~133没後)に建てられた神殿だという話だけれど、すごいものを捧げるのね。
<Mugio>
 早速、近づいて見学したいところだけれど、その前に大きな井戸やダム湖が見えてきたので、こちらを先に撮影しておきました。
<Mugiko>
 井戸は、当時の飲料水などのために掘ったものだと思うけれど、高い丘の上での水の確保はいつの時代でも重要だったはずよ。
 中央の柱の上にコインが投げられているのは、ローマのトレビの泉を真似しているようだけれど・・・

 <広大な円形井戸>

 
 <ダム湖が見える>


<Mugio>
 トラヤヌス神殿は、正面6柱、側面9柱の「コリント様式」だというけれど、私たちに説明する際に「皆さん!」を連発するフセインさんの言葉には、「コリントイ様式」と「ドーリア様式」の両方があると聞こえたな。
<Mugiko> 
 そもそも「コリントだ!」、「ドーリアだ!」といっても、「古代建築様式の一つだろう。」ぐらいは分かるけれど・・・。
 まして、「イオニア様式」という説明(ウキペディア)もあるのだから頭が混乱しちゃうわよ。

 <側面の9柱>


 <石柱の基礎部分>


 <大理石の彫像>


 <石柱の横の彫刻>
 

<Mugio>
 白い石柱が綺麗だ!と思うけれど、石柱が支える屋根や壁の彫刻はどんなものなのか?ズームで撮影したので、参考に掲載しておきたいね。
 これが、先ほどから話が出ている「何とか様式」に関係しているのか分からないけれど・・・。

 <石柱が支える建築物>


 <ズーム写真>


<Mugiko>
 まぁ、分からないことを自慢するつもりはないと思うけれど、神殿全体や神殿に寄り添うように立つ大きなイチジクの樹が入った写真はないの?
<Mugio>
 それが・・・全体が入ったものは、最初に掲載したものぐらいかな?
 でも、横一列に並んだ側柱(9本)とバランスの良いものがあるので、次に大きく掲載しておきます。



 <以上で本日の記事は終了します。次回は、イチジクの樹が印象的だといわれる「トラヤヌス神殿」の拡大写真からです。はたしてイチジクの樹はあるのでしょうか?>

トルコ一周とカッパドキアの旅<美しい海岸線を走りチャナッカレへ>

2019年05月11日 | 旅行記
 ◆ 美しい海岸線を走りチャナッカレへ

<Mugiko>
 今日は10月25日、旅行日8日目です。
 クシャダシの朝は、6時では暗かったのですが、7時になると明るくなってきました。お天気は、起きたときの「暗い!」というイメージが頭から離れず「今日は曇りか!」と思ったのですが、「晴天」でした。
<Mugio>
 モーニングコールが7時00分、朝食が6時30分、スーツケース廊下搬出が7時00分、ロビー集合・出発が7時45分となっています。
<Mugiko>
 さぁ!宿泊地の朝からのお便り「〇〇の朝」を書きたいのでしょう?
<Mugio>
 クシャダシの朝は、昨日レポートしているから止めようかな?と思ったけれど、6時50分頃いただいた朝食の写真がありました。

 <赤いトマトとオリーブの実>


<Mugiko>
 相変わらず食べ物に目がないわね。でも、今日はバスでの移動が長いから体力をつけないとね。
 クシャダシからチャナッカレまでは、どのくらいの距離があるのかしら?
<Mugio>
 それがよく分からないのさ。1時間ぐらい走ると、イズミールという街を通るけれど、そのイズミールからクシャダシまでは270㎞ということだよ。
<Mugiko>
 今日の予定は、イズミールの先(北)にあるベルガモン遺跡、朝食の後、トロイ遺跡に立ち寄って、イズミールのホテルに向かうことになっているのね。
<Mugio>
 ということで、予定通り7時45分にホテルを出発しました。約1時間でイズミール(IZMIR)に到着しましたが、この町には立ち寄りませんでした。
 立ち寄らなかった理由は、独立戦争時のギリシャ軍撤退による破壊、また、近代化によって見どころが少ないからでしょうか?人口600万人の古い港町でトルコ3番目の大都会です。もしかしたら、見学時間がなかったからでしょうか?

 <イズミール市街が見えてきた>


 <途中のスーパーマーケットで休憩>


 ▲ ベルガモン(ベルガマ)遺跡

<Mugiko>
 すると、ベルガモンに直行したということ?
<Mugio>
 いや!クシャダシのホテルを出発して2時間ぐらい経ったとき(9時50分頃)に場所は分からないけれど、トイレタイムがありました。
<Mugiko>
 ベルガモンには10時20分には到着したからスーパーマーケットの場所は、ベルガモンの近くということね。
<Mugio>
 ベルガモンでは、北の丘に立つというベルガモンに王国の遺跡アクロポリスの見学です。
 ロープウエイに乗って「上市」といわれるアクロポリスの見どころに向かいました。

 <ロープウエイ乗り場>


 <ロープウエイの様子>


<Mugiko>
 話を戻すようで申し訳ないけれども、ベルガモンという街のことを説明しておくね。
 ベルガモン(ベルガマ)という街は、こぢんまりとした平穏な街で、一番の見どころはベルガモン王国の遺跡アクロポリスだけれども、アスクレビオンというローマの医療施設と巨大な神殿建築クズル・アウルも見応えがあるそうね。
 そしてアクロポリスには、私たちが訪問した「上市」のほかに「中市」、また、現在は市街地になっている「下市」もあるようね。
<Mugio>
 こうして、二人で話していると、ベルガモンのことが分かってきて面白いけれど、私たちが訪問できたのは、このうちのアクロポリスの「上市」だけということだね。
 アクロポリスというのは、古代ギリシャ都市国家の中核となる城塞のことらしいけれど、ずいぶんと古い話だよね。
<Mugiko>
 そうね。何しろ紀元前のことらしいから、想像もできないわ。

 <ロープウエイを降りると土産物店が!>


 <遺跡の入口>


<Mugio>
 ロープウエイを降りると、周りに土産物店が並んでいる入口から坂道を上って遺跡見学です。
 この遺跡を見学するには、ベルガモンの歴史を知ることが欠かせませんが、参考書などを読んでみたけれど、よく分からなかったよ。
<Mugiko>
 ベルガモンは、私たちも名前ぐらいは聞いたことがあるアレキサンダー大王(BC356~323)の死後から始まるということのようね。
 大王の死後、広大なマケドニアの領地は分割され、いわゆるヘレニズム諸国が生まれ、小アジア(トルコ)は、リシマコスという人が新王朝を開いたけれども、彼はシリアとの戦いで戦死したため、部下のフィレタイロスという人が財宝を得てベルガモン王国を築いた、ということのようね。
<Mugio>
 その後、エウメネス1世やアッタロス1世が王国の繁栄と地位を不動のものとし、続くエウメネス2世のころには、エジプトやシリアの王朝と比肩するほどの国力を誇り、アクロポリスに「アテナ神殿」、「ゼウス神殿」などが建設された、ということらしいね。
<Mugiko>
 しかし、ベルガモン王国は長く続かず、アッタロス3世(在位BC138~133)の死後にローマ帝国の属州になってしまったが、典型的なヘレニズム都市として繁栄は続いた、ということらしいわね。
<Mugio>
 アクロポリスの勉強が終わったので、実際に歩いて神殿跡などを確認してみたいね。

 <広場から見える光景>


 <強者どもが夢の跡?>


<Mugiko>
 この遺跡は、標高335mの丘の上、先ほど話があった「上市」という場所にあるそうね。
 そしてここには、アテナ神殿などのほかアゴラ、図書館、武器庫などヘレニズム文化の遺跡を見ることができる、というわけね。

 <レンガ状の城壁>


<Mugio>
 実際に坂道を歩きはじめると、まず、上の写真のように大きなレンガ色の壁が見えてきた。これを見ると、ここが世界遺産に相応しい大規模な遺跡なんだ!という雰囲気が伝わってきたよ。
<Mugiko>
 この次には「アテナ神殿跡」が眼下に広がり、その先には「野外劇場」の入口の塔が見えてきたわ。
<Mugio>
 アテナ神殿跡は、ベルガモン発展の象徴的存在で、ヘレニズム芸術を代表する傑作とされる「死にゆくガリア人」などの彫刻で飾られていた、というから「凄いものがあったんだ!」と思うけれど、今は基礎部分が並んでいるだけ!という印象だね。

 <アテナ神殿跡>


 <図書館方向の景色>


<Mugiko>
 また、図書館の跡は、下の写真の樹木の間に見える「整然とした石積み」部分じゃないかしら?
 この図書館は、当時のヘレニズム世界最大とされたエジプトのアレキサンドリア図書館を凌ぐ20万冊の蔵書を誇った、というから驚きね。


 <以上で本日の記事は終了です。次回は、同じくベルガモン遺跡のアクロポリスからお伝えします。>


我が家の蕗料理

2019年05月10日 | 食・レシピ
 朝は冷たい気温かな?と思いましたら、日中は日差しが強く「夏みたいだな!」と感じましたが、皆さんはいかがですか?
 小生は、午前中は食材の配達がくるのを待ってから、いつものように整形外科に行ってきました。
 左腕の肘から下の筋肉の痛みが取れないものですから、電気治療を受けに行ってきたのです。
 痛みが出てから2ヶ月以上がたちますが、痛みが「さようなら」を言ってくれないので、困っています。
 まぁ、それでも、徐々に良くなっていると思うのですが、これは、痛みに慣れてしまったからでしょうか?

 さて、医者から自宅に帰ってきて庭を眺めていましたら、先日いただいた「蕗」がまたまた大きく伸びているのが見えました。
 例年、一度収穫しますと、次は翌年にならないといただけないのですが、今年は栄養が良いのか2回目の収穫ができました。
 ところが、困ったことになってしまいました。それは、収穫量が多すぎて調理の作業が大変のことと食べきれないのではないか?と心配です。
 今の時刻にはこうしてキーボードをたたいていますが、蕗の皮むきに疲れてしまって一休みしているところです。

 まず、我が家の蕗がどのようになっているのかご覧いただきます。

 <我が家の蕗>


 何だか小さい?そうなのですが、先ほどほとんどを収穫してしまいましたので、貧弱に見えるかも知れませんね。
 このような地面から生えている蕗を地面付近から切り取ってから「葉」「と「茎」を切り分けます。
 このうち、普通、「葉」は捨ててしまうのですが、小生の「もったいない神」が「食べなさい!」と命令するものですから、その一部を煮ていただくことにしました。
 また、「茎」の方は皮をむいて調理する必要があります。
 この作業は、蕗の葉も茎も灰汁が強いからですが、葉の灰汁はどう抜いているのか?といいますと、何度も沸騰したお湯に煮出すという作業をしています。
 ゆでたお湯が真っ茶色になっているのが分かりますが、これは、Mugifumi流の抜き方です。ガス代金がもったいないような気もするのですが、何か良い方法がないものでしょうか?
 茎の方は、ネットに多くのレシピがありますが、小生は「塩で板ずり」をしていませんが、こちらはお湯で茹でるだけにしています。
 生で皮をむきますと、指先ばかりではなく爪の中まで真っ黒になってしまいます。

 <湯通しした茎>

 
 <皮をむいた茎>


 <皮の残骸>


 この写真は、作業途中の模様ですので、これからかみさんと皮むき作業が必要なのですが、頑張らないと行けませんね。
 さて、肝心な味付けなどのレシピですが、材料としては「蕗」の他「醤油」「みりん」「酒」「さとう」「水」「出汁」を使っています。
 なお、この材料は「皮」も「葉」も同じにしています。
 ネットで検索しますと、蕗1束に対しての「醤油」などの量が表示されていますが、小生は、独断と偏見でその量を決めていて、「本当にいい加減!」ですね。
 なお、葉の方は、灰汁がなかなか抜けませんので、苦みが強く残りますので、言葉通り苦手な方もいると思います。
 でも、小生などは「蕗の苦みは、大人の楽しみ!」などと勝手に納得しています。
 
 肝心な細かなレシピですが、小生があれこれ申し上げるよりネットの通り作業すれば良いはずです。
 では、本日はこれにて失礼します。

 

トルコ一周とカッパドキアの旅<エフェソス考古学博物館>

2019年05月06日 | 旅行記
 ◆ エフェソス考古学博物館

 ▲ 昼食(エフェソス古代遺跡からバスで10分ぐらいのレストランにて)

<Mugio>
 次の訪問先は、考古学博物館だけど、その前に腹ごしらえだ!
<Mugiko>
 相変わらず食べ物の話になると、目が輝いてくるわね。もう世界3大料理にも飽きた頃だろうと思うのに・・・
 でも、古代遺跡を2時間見学して、しかも、時刻が13時ごろになったからお腹が空いたわね。
 場所は、エフェソスの「Hitit Hotel Havuzbasi」というレストランです。
<Mugio>
 メニューは、サラダ・野菜料理・本日の魚料理・デザートとなっているが、どんな味かな?

 <レストラン>


 <野菜料理>


 <サラダ>


 <魚料理>


<Mugiko>
 「味の方はいかがでしたか?」と聞きたいけれど、相変わらず厳しい評価をしたの?
<Mugio>
 いや!性格が素直なものだから「うまいものは美味い!」と言うつもりだよ。トルコは屋差しが多いし、素直に美味しくいただけました。特に、メインデッシュの黒鯛は、見た目より美味でした。

 ▲ エフェソス考古学博物館

<Mugiko>
 レストランでの楽しいひとときを終了すると、エフェソス考古学博物館に向かいました。
 場所は、私たちは訪問しなかったアルテミス神殿に近く、エフェソス遺跡の北方向で遺跡に隣接していると言った方が分かりやすいかしら?
<Mugio>
 この博物館は、エフェソス遺跡からの発掘物を中心に集めていて、見応えが十分だ!と聞いたよ。

 <考古学博物館が見えてきた>


 <博物館の入口>


<Mugiko>
 緑が豊かな美しい環境ね。
<Mugio>
 そうだね。赤紫の花が私たちを歓迎しているようだね。
<Mugiko>
 でも、あまり期待しない方がいいわよ。どんな素晴らしいものであっても、考古学なんてサッパリ分からないんだから。

 <博物館の演出?>


<Mugio>
 そうだね。中に入ると、このような彫刻があったけれど、これも展示物だろうか?
<Mugiko>
 でしょう!最初から分からないんだから困ってしまうわ。ローマ帝国時代の人物を描いたものかしら?
<Mugio>
 仕方がないから撮影した写真の中身を勝手に解釈しながら掲載しておくよ。
 まず、「古代の墓」というより棺とそこに描かれている彫刻を掲載するね。

 <石棺の一つ>


 <石棺に彫られた彫刻>


 <中央の人物は石棺の人物?>


 <このような彫刻も>


<Mugiko>
 これらが、どのようなものなのか説明できればね???
<Mugio>
 この石棺は、ローマ式のものだけれども、博物館の庭に置かれていたよね。棺が考古学博物館にあるということは、エフェソス遺跡から発見されたものだと言えるよね。
<Mugiko>
 ということは、遺跡に置いてあったニケなどの彫刻と同じもの?
<Mugio>
 そうかも知れないね。でも、確かなことは僕には分からないな!!!
 次の写真の像は、ドミティアヌス神殿におかれていたという1世紀の巨大な皇帝像だよ。

 <ドミティアヌス神殿【再掲載】>


 <皇帝像>


<Mugiko>
 あら!何も分からないというあなたが皇帝像は分かったの?
<Mugio>
 この像は、「わがまま歩き」という旅行雑誌に載っていたのさ。
 像は座った姿で、台座と供に7メートルあったそうだね。
 雑誌でこの彫刻とともに説明があったのが「休息する兵士」という大理石像だけれども、残念ながら撮影していなかったよ。
<Mugiko>
 でも、この博物館の一番の見物は、第5室にある「2体のアルテミス像」だというから、この像が撮影してあれば、「ここに来た甲斐があった!」と言えるわよ。

 <大きいアルテミス像>


 <小さいアルテミス像>
<Mugio>
 そうだね。それじゃ、2つのアルテミス像の説明をお願いします。
<Mugiko>
 両方ともエフェソス遺跡のアゴラ(公園)から出土した2世紀の作品です。下半身にグリフィン、ライオン、牝牛、蜜蜂(アルテミスのシンボル)などが彫られています。胸の20個ほどの膨らみは、蜜蜂の卵とも睾丸とも言われているが、いずれにしても豊穣を意味しています。
<Mugio>
 大きい像は、「偉大なるアルテミス」とも言われているようで、高さが3メートル、左右の上腕部分にはライオン像が、首の周りには装身具が彫られています。3層のかぶり物は、上段のイオニア式神殿を中段のスフィンクスと下段のグリフィン(ギリシャの怪物)で支えています。
<Mugiko>
 また、小さいアルテミス像は、「美しきアルテミス」といわれ、高さ1.7メートル、下半身の一番上にライオン像が、その下に花、蜜蜂、子羊、鹿、雄牛、兵士などの彫刻が施されています。
<Mugio>
 考古学博物館には、エフェソス遺跡のハドリアヌス神殿のオリジナルレリーフなども展示されていたはずですが、撮影していませんでした。
<Mugiko>
 これで、今日の見学は終了したので、クサダシのホテルに帰ることになっているけれど、到着後、希望者を市内の店に案内してくれそうよ。
<Mugio>
 お土産をゲットしたい君には好都合な話だね。店まではタクシーで15トルコリラ(57円×15=855円)ぐらいで行けるそうだよ。
<Mugiko> 
(ホテル到着後)これから店に行くけれども、あなたのことだから市内の様子や買い物をしているところを撮影したのでしょう。

 <美しいクサダシの街並み>


 <装飾品店?>


<Mugio>
 さあ、次はルビーに18時45分に集合してバスでレストランKazim Ustaに向かうよ。「☆海沿いのレストランにて、シーフードをお召し上がりください。」だってさ。楽しみだな!
<Mugiko>
 さあ!あなたの期待に違わない料理が出てくるかしら?メニューは、「本日の前菜」、「エビ料理」、「デザート」となっているわネ。

 <本日の前菜>

 
 <サラダ>


 <エビ料理>


<Mugio>
 味のことを聞きたいのだろう?残念ながら、エビ料理以外は覚えていないんだ!でも、エビは、「美味しい!」を連発したくなるほどだったよ。


 <以上で、本日の記事は終了です。次回は、翌日(2010年10月25日)の朝(クサダシ)から「美しい海岸線を走りチャナッカレ」へ向かうことになっていますが、途中、ベルガモン遺跡とトロイ遺跡を見学します。>

トルコ一周とカッパドキアの旅<エフェソス古代遺跡4>

2019年05月05日 | 旅行記
前回に引き続きエフェソス古代遺跡からケルスス図書館、大劇場などをお伝えします。

 ◆ エフェソス古代遺跡4など

 ▲ ケルスス図書館、大劇場など

<Mugio>
 ハドリアヌス神殿の見学が終了すると、遺跡の中でもひときわ目立つ「ケルスス図書館」が正面に見えてきます。
 でも、その前に「公衆トイレ」を見学することになりました。
 この公衆トイレでクレテス通りが終了し、ケルスス図書館の手前を右に曲がりますと、マーブルという通りになります。
<Mugiko>
 トイレといっても、私たちがトイレを利用するわけではないのね。
<Mugio>
 そうだけれど、海外旅行ではトイレが気になって仕方がないね。

 <公衆トイレ>


<Mugiko>
 このトイレは、紀元1世紀につくられた男性専用の水洗式トイレで、ご覧のように間仕切りはないそうです。
 便座の下には深い溝があり、手前には手を洗うための上水道が引かれていたという説明があったわ。
<Mugio>
 生鮮トイレだなんて現代みたいで驚きだね!
<Mugiko>
 次がクレテス通りの突き当たりにある「ケルスス図書館」ね。ここは、エフェソス古代遺跡観光ののハイライトのようなところだから、あなたも「パチパチ!」と多くのシャッターを切っていたわね。
<Mugio>
 カメラを落としてしまって、仕方なしにビデオカメラで撮影したので、使い方が分からずボケてしまったものも多数あったけれど、建物の美しさに感動して夢中だったね。
 まず、僕の下手な写真より、君が遠方から撮影したケルスス図書館の全体が理解できるものを掲載したいね。

 <ケルスス図書館>


 <図書館の猫ちゃん>


<Mugiko>
 あら!たくさん撮影していたあなたの写真ではなく、私が撮影したものばかりじゃないの!
<Mugio>
 君の腕がよい!ということだよ。猫の写真には、図書館の左側にあるハドリアヌス門が写っていいるね。

 <ハドリアヌス門>


<Mugiko>
 アテネにもハドリアヌスという門があり、ここの門の上の部分は、アテネの門の造りを思わせるものになっているそうね。
<Mugio>
 ケルスス図書館の配置に話を戻すので、<ケルスス図書館>と表示した写真をご覧いただきましょうか!
 中央に図書館があり、その左側にハドリアヌス門、右側に岩が邪魔して見えないけれど、「マゼウス&ミトリダテス」という門があるそうだ。
<Mugiko>
 あなたが、右から、左から、正面からなど多方面から撮影した数多くのケルスス図書館の写真があるはずよね。

 <mugio撮影のケルスス図書館>


 <図書館から公衆トイレ方向の光景>


<Mugio>
 それが???・・・左寄りの考え方が影響しているのか、へそ曲がりなのか?左方向から撮影したものが多いんだよ。
<Mugiko>
 ケルスス図書館は、2世紀初頭にアジア州の総督だったケルススの功績を記念して息子のティベリウスが建てた図書館だそうよ。
 古代図書館としては、ベルガモン(トルコ)、アレキサンドリア(エジプト)と並ぶ世界3大図書館の一つに数えられているそうよ。
<Mugio>
 そんな昔に図書館があったなんて信じられないが、蔵書も2万冊あったというから凄いね。 
 昔を偲ぶものといえば、地下の墓に石棺があり、また、門前には、女性像(複製)が4つ置かれていて一際目を引くが、これは、「知恵」、「徳」、「思慮」、「学術」を象徴する女性像だという話だよ。

 <ソフィア(知恵)>


 <アレテー(徳)>


 <エンノイア(思慮)>


 <エビステーマー(学術)>


<Mugiko>
 私が撮影したものよ。綺麗に撮れているでしょう!感謝しなさい。
<Mugio>
 本当にありがたいことで、「神様!仏様!かみさん様!」ですね。
 さて、建物の右側には、先ほど申し上げたようにマゼウス&ミトリダテスの門があり、この門をくぐると、下のアゴラ(商業アゴラ)に出るということだね。

 <マゼウス&ミトリダテスの門>


 <下のアゴラ(商業アゴラ)>


<Mugiko>
 マゼウス&ミトリダテスの門は、ローマ皇帝アウグストゥスの奴隷だったマゼウスとミトリダテスの二人が解放されたことに感謝して建てた門だそうよ。
<Mugio>
 下のアゴラでは、奴隷売買をはじめあらゆる商取引がここで行われたそうだ。現代風に言えば、「公園に開設された市場」といったところかな?
<Mugiko>
 クルスス図書館の見学を終えて、マーブル通りを歩いていくと、右側(東側)に大きな野外劇場が見えてきたわ。

 <マーブル通り>


 <野外劇場>


<Mugio>
 この野外劇場は、2万4千人収容の円形劇場となっている。紀元前3世紀に築かれ、歴代のローマ皇帝により増改築が行われてきた建築物だというから驚きだね。
<Mugiko>
 観客席の上からは、埋まってしまった古代の港湾跡などが見渡せるそうだけれど、野外劇場から真っ直ぐ伸びているアルカディアーネという通りの先に港湾があったようだわ。

 <アルカディアーネ通り>


 <野外劇場の全景>


 <北側入口の通路>


<Mugio>
 野外劇場から港までは530mだというが、先には山が見えているだけだね。
 野外劇場の全景は、アルカディアーネ通りから撮影したもので、分かりにくいけれど、山の中腹に段々状になった観客席が見えているよ。
<Mugiko>
 アルカディアーネ通りの右側に杉の木のような樹木があるけれど、ここを右に曲がると、北側入口への通路があったわ。


 <以上で本日の長い記事は終了です。次回は、この日(10月24日)の昼食やエフェソス考古学博物館の模様などをお伝えします。>