【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

味は?/『御堂関白記』

2009-08-15 17:36:59 | Weblog
 町をバイクで流していると、「心を込めて手作りをしています」というお弁当の宣伝の幟に気づきました。味のことについて触れていないのは、正直なのか触れて欲しくないのか、それとも無頓着なのか……

【ただいま読書中】
御堂関白記』藤原道長 著、 繁田信一 編、角川ソフィア文庫、2009年、933円(税別)

 私はヘタレなので、抄録で翻訳つきの本書を選びましたが(なにしろ「ビギナーズ・クラシックス 日本の古典」と堂々とカバーに書いてあるのですから、安心です)、現代語訳で全文を読みたい人は講談社学術文庫(全三冊)を、「本物」を読みたい人は、陽明叢書『御堂関白記』(思文閣出版)(ほんものを写真に収めて出版したもの)、その活字版の、大日本記録『御堂関白記』(岩波書店)、さらにその註釈付きの『御堂関白記全註釈』(高科書店・思文閣出版)を読むという手もございます。

 平安貴族について私が抱くイメージは、やたらと方違えや物忌みでうろうろすることに代表される迷信深さを持ち、恋と和歌に夢中になる雅さが重んじられる、という、「源氏物語」や「枕草子」に登場する男どものイメージです。しかし実際はどうだったのでしょうか。で、国語や社会では習わなかった、藤原道長の日記を読んでみることにしました。

 本書の最初は、道長三十三歳、長徳四年(998)七月五日辛酉(かのととり)の「相撲止事仰有。諸寺仁王経転読事。即頭弁。三所大祓事」というそっけない記述です。ちなみに書かれていた紙は「具注暦」という暦です。これは陰陽師によって作られた、年中行事や日々の吉凶や禁忌などが詳しく書かれた巻物状の暦です。そこにいろいろ書き込むのが、平安時代の貴族男性の日記の一般的なスタイルでした。
 藤原道長と言えば絶対的な権力者かと思いましたが、明らかに道長へのレジスタンスが行われています。たとえば出仕拒否がけっこう広く行われています。宮中の重大な行事の責任者である上級貴族が体調不良を理由に当日突然欠勤をしたり、陣定があるのに大納言と中納言が全員休んだり。そのたびに道長は孤軍奮闘で走り回っています。さらに道長の随身が大内裏近くの路上で暗殺されたこともあります(盗人のしわざ、とされましたが)。「絶対的な権力者」であるはずなのに、大変な毎日です。さらに、味方にはもちろん、敵方にも贈り物をして機嫌を取ったりもしています。
 ちょっと驚いたのは、内裏や寺院の床下から人の死体が見つかることが日記に何回も登場することです。大体は子どものもので野犬に食われたあとがあります。おそらくそのへんに捨てられた死体を野犬が食べるために床下に持ち込んでいたのでしょう。で、においなどで気がつかれる。そこでさらに驚くのは、道長らが問題にするのは「死体が見つかったこと」ではなくて「死体が発見されたことによって発生する穢れをどう扱うか」であることです(完全な死体なら三十日だがと不完全な死体なら七日間と、「穢れ」(その建物に住む人は外に出られない、外の人はそこに入れない)の期間が違うので、たしかに大きな問題ではあるのですが)。「死」に対する感覚が、現代人と平安人とでは、ずいぶん違うものだと感じます。なお、内裏と寺院が死体の発見場所でよく登場するのは、上級貴族の視野に入る建物がそれくらいであることと、犬が持ち込めるだけの「床下」がある建物が存在するのがその領域だけ、という二つの事情が重なっているからだろうと私は想像しています。
 そういえば「犬の出産」による穢れも本書には登場します。しょっちゅう犬がお産をしては、その建物が「穢れ」扱いになるのです。猫のお産は出てきませんが、当時の貴族は猫は飼っていなかったのかな。牛や馬の話はよく登場するのですが。
 道長はそれほどの教育を受けていなかったらしく(というか、中級までの貴族は立身出世のためには教育が必要でしたが、上級貴族の場合には不必要でした)、漢文の文法や漢字の書き間違いをしょっちゅう編者に突っ込まれています。最高権力者で漢字の読み間違いをやたら突っ込まれていた麻生さんのことを私は思い出します。ただ、一条天皇崩御の日の日記で「崩」を「萌」と書き間違えるのは、どうかと思いますが。天皇が「萌え給う」のは、やっぱりまずいでしょう。
 道長の晩年は不幸そうです。子どもは勝手に出家するし、自分は病気がちで目も見えなくなってしまうし、言うことを聞かない貴族たちは露骨に道長の足を引っ張る運動をするし。本書を読みながら、私は権力に縁がなくてよかったとつくづく思いました。願っても縁はできないから、最初から安心(?)ではあるのですが。
 そうそう、この日記に例の有名な「望月の歌」は登場しません。これは意外でした。