【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

ストックオプション

2011-01-10 17:30:22 | Weblog
もしも「日本国」が株式会社で、給料の代わりにその株式をストックオプションとして渡す、と言われたら、あなたは喜んでその株式を受け取りますか?

【ただいま読書中】『グリーン・マーズ(上)』キム・スタンリー・ロビンスン 著、 大島豊 訳、 創元SF文庫、2001年、1100円(税別)

火星への入植が始まって、はや第三世代が育ちつつある22世紀。地球から持ち込まれた生命によって火星はゆっくりと地球化しつつありました。ただ、その道程はまだまだはるか。気温は低く、人類が閉じ籠っているドームのヒビの補修にドライアイスが使えるくらいです。それでも“温暖化”は着実に進行し、人々はドームから出て行ける日がやって来るのを心待ちにしていました。
火星の南極にはこうしたドームが34箇所ありましたが、実はこれは「避難所」でした。火星の支配権を巡る二つの勢力がかつて対立し(「2061年戦争」地球では1年で1億人死亡。火星はその局地戦)、負けた側が潜伏していた場所だったのです。
第三世代の子供たちの一人ニルガルは、正確な絶対温度感覚と体内での熱産生をコントロールする不思議な能力を持っていました。7歳の少年ですが、火星年ですから地球なら14歳くらい、もうすぐ大人です。ニルガルがコヨーテと呼ばれる地球生まれの男に連れられて旅をすることで、読者にも状況が少しずつ見えてきます。国連暫定統治機構に対して、圧倒的に不利な火星独立派がレジスタンスをやっている、という火星の状態が。
そこで舞台はいったん地球へ。120億の人口を抱え、資源を食いつぶしてしまった状態の地球から、プラクシスという大企業の会長フォートから密命を受けた男アートが火星に派遣されます。表向きの使命は、落ちた宇宙エレベーターのワイヤー(カーボンナノチューブの集合体)の再利用。しかし裏の使命は、火星の反体制グループとの接触。(軌道エレベーターが落ちたとき、ワイヤーが火星をぐるりと一周して惑星を“むち打つ”というダイナミックなシーンも登場します)
そうそう、火星の軌道エレベーターの、アンカーとなる小惑星は「クラーク」(二つ目のは「ニュー・クラーク」)(もちろん『楽園の泉』)、麓の町はシェフィールド(『星々に架ける橋』)です。いやあ、リスペクトが感じられる楽しい命名です。(もちろんワイヤーは“振動”しますし、さらに、ブラッドベリやバロゥズという街まで存在する“サービス”ぶりです)
描写そのものもずいぶんリアルです。地球から3ヶ月かかる火星への旅の生活臭、緑化につれての火星の気象や地勢のダイナミックな変化、「火星人」の肉体の特徴、それらが説得力のある口調で語られます。そして、火星植民第一世代の「最初の百人」のさまざまな火星への思いの食い違いや、火星を食い物にしようとする地球の巨大企業群への反発も、生々しく語られます。まるでその場にいるみたいに。その中で私が一番共感できるのは、「緑化はするにしても、火星を地球にするな」という主張です。火星には火星に適した生態系があるはずだし、それには地球が最適のモデルではないはず、と。しかし、巨大企業をバックとした国連暫定統治機構には、火星は要するにかつての「植民地」と同じ存在です。そこから収益が上げられればいい。だから火星緑化には荒っぽい手段が執られます。色々な方法のメリット・デメリットについて、著者は楽しそうに登場人物に語らせます。その中で、トーマス・クーンをよく引用するサックス(100歳以上なのに“現役”)が、私のお気に入りとなりました。ただ、そのサックスが治安機構の手に落ちて記憶領域から情報を搾り取られてしまいます。暫定統治機構の手が、レジスタンスたちの隠れ家に伸びてきます。ではどうするか。そこでアートは提案します。反体制派の結集を。


人気ブログランキングに参加中です。よろしかったら応援クリックをお願いします。