強盗の被害を撲滅するには、コンビニをなくすか、あるいはコンビニの店員をなくす方法があるでしょう。後者はつまりは店全体をでっかい自動販売機にしちゃうわけ。オール機械化の金がなかったら、レジだけセルフ式にする手もあるでしょう。この場合窃盗被害はあるでしょうが、それは、現在の万引きによる被害と同じように処理、かな。
【ただいま読書中】『数学の悦楽と罠 ──アルキメデスから計算機数学まで』ポール・ホフマン 著、 吉永良正・中村和幸・河野至恩 訳、 1994年、2718円(税別)
すべての約数(その数字自身は除く)を足すとその数字と同じになる者を「完全数」と言います。たとえば6は、約数が「1,2,3」ですから完全数。28は「1,2,4,7,14」で全部足せば28になるからやはり完全数。ユークリッドはさらに2つの完全数(496と8128)を知っていました。ところが現代では完全数は30知られていて、その最大のものは13万100桁の数です。で、面白いことに30個すべてが偶数です。ここで問題が2つ出てきます。「31番目の完全数は?」。もう一つは、「奇数の完全数は存在しないのか?」。
素数の話もわくわくします。いろんな本で何回読んでもわくわくする話題ではあるのですが。本書ではユークリッドの「素数は無限に存在する」という証明が簡明に紹介されています。背理法ですが、読むだけで快感です。証明が完成したときのユークリッドは、「すげえ快感」とつぶやいたかな?
幾何ももちろんあります。メビウスの輪の話から、その形の分子構造が実在すること、そしてそこから分子の鏡像関係(カイラル)に話は進みます。さらに、メビウスの輪が、数学と自然科学だけではなくて、数学と工学の間に新しい良い関係を作ったことまで読者は知ることができます。
「4色問題」の証明がコンピューターを使った“力ずく”のものだったのは印象的でしたが、著者はコンピューターに対して否定的ではありません。「3つの穴ととってを持つ中空の球面」とトポロジカルな曲面を見つける過程でコンピューターが果たした役割に関して、非常に面白いことを述べてくれます。しかもこの曲面、発生中の胚に似ていたり人工の歯を骨に移植するときに役立ちそう、とくるのですから、とても興味深い。もっともこの曲面自体、私はいくら図をながめても、どこがどう“トポロジカル”なのか、ちんぷんかんぷんではあったのですが。私は立体の把握は苦手なのです。
チューリングマシンについての数学的説明やゲーム理論も登場します。嬉しいことに難解な数式は登場しません。これらの記述から「純粋数学が現実世界としっかり関係を持っていること」が示されますが、私にはさらに本書からは「“数学のセンス”というものを、少しでも一般の読者に伝えたい」という熱意も感じました。単なる計算力でもなく、難解な数式を立てるだけでもなく、そういった「センス」を持って現実世界に対峙することは、「生きる力」になるのだ、と。
かつて、BSEがまだ狂牛病と呼ばれていた時代に、プリオン仮説を提唱するのに数学者が関与していたことを私は思い出します。この世は数学だけでできているわけではありませんが、数学的センスがあればもっと世界を深く理解することができるということの一例として。
【ただいま読書中】『数学の悦楽と罠 ──アルキメデスから計算機数学まで』ポール・ホフマン 著、 吉永良正・中村和幸・河野至恩 訳、 1994年、2718円(税別)
すべての約数(その数字自身は除く)を足すとその数字と同じになる者を「完全数」と言います。たとえば6は、約数が「1,2,3」ですから完全数。28は「1,2,4,7,14」で全部足せば28になるからやはり完全数。ユークリッドはさらに2つの完全数(496と8128)を知っていました。ところが現代では完全数は30知られていて、その最大のものは13万100桁の数です。で、面白いことに30個すべてが偶数です。ここで問題が2つ出てきます。「31番目の完全数は?」。もう一つは、「奇数の完全数は存在しないのか?」。
素数の話もわくわくします。いろんな本で何回読んでもわくわくする話題ではあるのですが。本書ではユークリッドの「素数は無限に存在する」という証明が簡明に紹介されています。背理法ですが、読むだけで快感です。証明が完成したときのユークリッドは、「すげえ快感」とつぶやいたかな?
幾何ももちろんあります。メビウスの輪の話から、その形の分子構造が実在すること、そしてそこから分子の鏡像関係(カイラル)に話は進みます。さらに、メビウスの輪が、数学と自然科学だけではなくて、数学と工学の間に新しい良い関係を作ったことまで読者は知ることができます。
「4色問題」の証明がコンピューターを使った“力ずく”のものだったのは印象的でしたが、著者はコンピューターに対して否定的ではありません。「3つの穴ととってを持つ中空の球面」とトポロジカルな曲面を見つける過程でコンピューターが果たした役割に関して、非常に面白いことを述べてくれます。しかもこの曲面、発生中の胚に似ていたり人工の歯を骨に移植するときに役立ちそう、とくるのですから、とても興味深い。もっともこの曲面自体、私はいくら図をながめても、どこがどう“トポロジカル”なのか、ちんぷんかんぷんではあったのですが。私は立体の把握は苦手なのです。
チューリングマシンについての数学的説明やゲーム理論も登場します。嬉しいことに難解な数式は登場しません。これらの記述から「純粋数学が現実世界としっかり関係を持っていること」が示されますが、私にはさらに本書からは「“数学のセンス”というものを、少しでも一般の読者に伝えたい」という熱意も感じました。単なる計算力でもなく、難解な数式を立てるだけでもなく、そういった「センス」を持って現実世界に対峙することは、「生きる力」になるのだ、と。
かつて、BSEがまだ狂牛病と呼ばれていた時代に、プリオン仮説を提唱するのに数学者が関与していたことを私は思い出します。この世は数学だけでできているわけではありませんが、数学的センスがあればもっと世界を深く理解することができるということの一例として。