【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

ふるさと

2011-05-29 18:50:47 | Weblog

 有名な唱歌「ふるさと」は、「そこから出た人」の歌です。そこに住んでいる人にとって「そこ」は「現住所」。

【ただいま読書中】『戦火のバグダッド動物園を救え ──知恵と勇気の復興物語』ローレンス・アンソニー&グレアム・スペンス 著、 青山陽子 訳、 早川書房、2007年、2000円(税別)

 バグダッドで荒らされた国立博物館のために働いた人の物語『イラク博物館の秘宝を追え ──海兵隊大佐の特殊任務』(マシュー・ボグダノス/ウィリアム・パトリック)は昨年1月8日に読書日記を書きましたが、こちらは動物園です。「戦争と動物園」ですぐ思い出すのは『かわいそうなぞう』ですが……って、この本、以前に読んだ記憶があるのですが、自分のパソコンに検索をかけても出てこないので、もしかしたら二回目の読書日記かもしれませんがまた書くことにします。
 バグダッドで戦闘がまだ続いている時、著者の車はクウェートから国境を越えました。警備の兵士は著者の正気を疑います。ジャーナリストを除けばバグダッドに入る初めての一般市民です。その目的は「動物園」の現状を確認することと500キロの物資を届けること。著者にはクウェート動物園からのガイドが二人同行していました。ことばは通じませんが。そして、著者のように無防備な西洋人は、たとえ中立の南アフリカ人であっても、イラク軍の残党にとってはよいカモのはずです。
 バグダッドには恐怖が充満していました。どこから誰に狙撃されるかわかりません。やっとたどりついた動物園は……廃墟寸前でした。戦闘による被害も甚大でしたが、それ以外の人為的な所業の方がひどい。檻の鍵は破壊されて食べられる動物はすべて殺されて食べられ、資材は略奪されていたのです。案内をしてくれたシャダラック中尉は著者に言います。「これがきみの動物園だ。いったいどうしてこんな悪夢の中に入り込んでしまったんだね?」
 南アフリカで動物保護(自分で土地を買って禁猟区を設定、密猟者から動物を警備)をしている著者は、CNNでバグダッドの戦闘を知り、自分が何かをしなくては、と決心します。話を聞いた人は、著者の意図には賛成しますが、現場の危険を考えると気楽に許可は出せません。そこを著者は粘りと幸運とによって突破します。わざわざ「悪夢」の中にはいるために。
 爆撃や銃撃による破壊・戦闘後の暴徒による破壊……散らばる不発弾・略奪目的でうろつく暴徒たち……餓えと渇きでやせ衰えた動物たち・びくびくとうずくまるヒグマ・腐った死体・濁った池……動物園は一時「戦場」となっており、檻に閉じ込められた動物たちは撃ち合いに巻き込まれていました。
 やっと集まった3人のイラク人とバケツ一個。当初はそれが“全兵力”でした。それでかろうじて生き残った(暴徒が食おうとしなかった)30頭の猛獣の世話をしなくてはいけません。ちなみに“通勤”は徒歩1時間。銃撃戦の隙間を通って、です。そこにやって来たのが、著者でした。著者は怒ります。動物をこんな悲惨な状況に陥れた人間に対して。それと同時に、それは、バグダッドだけ、イラクだけのことではない、と著者は述べます。バグダッドで行なわれた略奪などの愚行は、人類が地球に対して行なっていることと、根は同じなのだ、と。
 動物のためにまずやるべき事は……水、餌、治療、檻の清掃、修理、備品の調達、人集め……どこで?何から? 自分たちのために必要なのは……安全に眠れる場所、市内を安全に通行できること……どこで?どうやって? 著者はリーダーシップを発揮し、できることから一つずつ始めます。着実に、ゆっくりと、あきらめずに、全力で。
 まずバケツ、それから餌やりのためのカート。備品不足は一歩ずつ前進し、そのたびに泥棒に盗まれて一歩戻ります。なんとかしなければなりません。アメリカ兵は、民間人に対して発砲することは禁じられていました。だからイラク人は動物園に好きに入り、好きに盗むことができました。なんとかしなければなりません。……なにをどうやって?
 肉食獣の餌として、生きたロバを買ってきてしその肉を与えました。他に「肉」がなかったのです。その行為に対して国外の動物愛護団体が倫理上問題がある、と言いました。では、なにをどうしろと?
 軍は公式には関与しようとしませんでしたが、アメリカ兵は個人として協力してくれました。自分の携行食を分けてくれ、自費で羊を買ってきてくれるものもいました(もちろんどちらも動物の餌として)。あるいは、規則に目をつぶっての便宜提供も。彼らの言葉はいつも同じです。「動物園から来たんだろう? これは動物たちのためだ」
 とうとう「サムナー大尉」が現われます。国立博物館と同時に動物園も担当する学術系の軍人として。「担当」。つまり、軍の視野についに「動物園」も入ったのです。まだ本当に小さな点のような存在ではありましたが。大尉は実にユニークで現実的な方法で「動物園」に対処します。略奪者は逮捕すると檻に閉じ込めそこをぴかぴかにきれいにするまで出しません(檻の清掃と、そんな目にあった人間は二度とやって来ない、という二重の効果がありました)。
 世界のあちこちから、少しずつ応援がやって来ます。バグダッド動物園の窮状が少しずつ知られるようになったのです。個人では、現場の活動に限界が来ます。組織だった活動が必要。ところがそういったものを作るため、著者は現場から離れて“宣伝”をしなければならなくなります。これはジレンマですよね。体が二つ欲しかったんじゃないかな。ただ、著者はいつかはバグダッド動物園を離れなければなりません。生き残った動物たちを救い、そして動物園をイラク人の手に渡すことが、著者の最初からの目的だったのですから。著者は“自分がするべきこと”をしました。それ以外(以上)のことは、著者以外の人間が行なうべきことでしょう。