【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

月がきれいですね

2013-08-05 08:07:11 | Weblog

 英語の“I love you”を「月がきれいですね」と翻訳すれば良い、と言ったのは、誰でしたっけ?

【ただいま読書中】『日本語に主語はいらない ──百年の誤謬を正す』金谷武洋 著、 講談社選書メチエ230、2002年、1500円(税別)

 「日本語の本」なのに、横書き、という点でまず笑わせてくれます。これは絶対意図的ですね。
 カナダの「バイリンガル都市」ケベックで日本語教師をしている著者は、「日本語の学校文法の誤謬」に困ります。すでに、山田孝男・金田一京助・服部四郎・三上章などによって指摘されているのに、いまだに改正されない「学校文法の誤り」です。
 その一つが「日本語には主語と述語がある」という主張。英語にはたしかに主語と述語があります。しかしその「文法」をそのまま日本語に当てはめて「日本語にも主語と述語がセットであるはずだ」と主張するのは間違っている、と著者は言います。
 「主語」以前に、「人称代名詞」が日本語では不要、と著者は言います(それから「関係代名詞」も)。日本語では「人称代名詞」というカテゴリーをわざわざ立てる必要はなくて、すべて「名詞」として扱えばいいのだそうです。逆に、なぜ英語や仏語では「人称代名詞」という特別なカテゴリーが必要なのかの認識こそが必要だ、とも著者は主張します。英語には「三人称単数現在形の“s”」があります。これは「主語」が決まらなければ動詞が使えないことを意味します。英語ではこの「三単現のs」だけでえすが、仏語ではもっと複雑です。だから何があっても動詞を使う文には「主語」が必要。しかし日本語ではそんな“文法”はありません。
 著者は「日本語学校で、“I love you”は『わたしはあなたを愛します』であると習った生徒がいるが、それを教えた日本人教師は日本でそう言うのか?」と皮肉を飛ばしています。多くは「好きだよ」で、せいぜい「君のこと」が付加されるだけではないか、と。
 本書では「日本語の基本文」は3つだけ、とされます。
1)名詞文(例「赤ん坊だ」。形容動詞もここに含まれます。例「元気だ」)  
2)形容詞文(例「愛らしい」)   
3)動詞文(例「泣いた」)
 たったこれだけ。おやおや、どれにも「主語」がありませんね。
 「ウナギ文」(を批判する人たち)もけちょんけちょんにされます。まあこれは(グループで食事の注文の時言った)「ぼくは、ウナギだ」を“文字通り”「ぼく = ウナギ」とコンテキスト(と「ぼく」と「ウナギだ」の間にある「、」)を無視した硬直した解釈をする方が悪趣味なだけなのですが。(店頭で「すみませ~ん」と言う客に「何を謝っているんだ」と文字通り言うのと同じです。言葉遊びでやるのだったらよろしいのですが)
 本書は単に「おれは日本語が好きだ」という情緒的主張ではなくて(情緒はたっぷり入ってはいますが)、過去の文献を渉猟し、分析と批判と再批判を学術的に吟味し、日本人の無意味な西洋コンプレックスを容赦なく指摘する、ある意味オソロシイ本です。ただ、ふだん「主語のない日本語」を平気で使っている人は、一度は読んでおいて自分が何をしゃべっているのか理論武装をしておいた方が良いかもしれません。私は読んで良かったと思っています。明日から私の日本語がめきめき上達する、とはいかないでしょうが。