瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

大いに追求すればよい

2007年03月21日 | 瞑想日記
最近、すっかり日記への記入が少なくなっている。サティにもそれほど熱心ではない。どうしてなのかも分からないが、求道の姿勢が変わってしまったわけではない。少し怠けている? そうかも知れない。よく言えば、ムキになってどうにかしようという気がない。

一生懸命にサティを続けようという気持ちは薄いのだが、その時その時の自分の心の動き、感情、「自我」の働きなどには、気づきが入っていくことが多い。それは半ば習性化してるかもしれない。

相変わらず「自我」の世界に生きている私であるが、「自我」とそれにまつわる一切が失われたとしても、いや、失われるからこそ、それらを超えてある「何か」への思いも強くなっている。

一方で、「自我」が追求したいことを、大いに追求していこうという気持ちもある。無理に抑圧する必要はない。今、私が欲しがっていることは、大いに欲してよいではないか。ただし、欲し求めつつ、それに気づいていこう。そんな気持ちでいる。
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