瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

自覚

2008年11月15日 | 瞑想日記
私の瞑想的な生活の中で、少し意識に変化があったとすれば、それは苦しみの存在だけではなく、エックハルト・トールの新著『ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-』を読んでいることにもよるかもしれない。

使われる言葉は、「幻の自己」「エゴ」「いまに在る」「大いなる存在」「ペインボディ」など、前著『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』と大きく変らない。しかし、より丁寧に、これでもか、これでもかという風に「エゴ」の実態を暴いてくれる。

読みながら印象に残った言葉をいくつか拾って見る。

「変化は、人々の心や思考よりも深いところで起っている。それどころか新しい意識の核心は思考の枠を超えることにある。思考よりも高い場所に上がり、思考よりもはるかに広い次元が自分自身のなかにあることに気づく新たな能力だ。そのとき人は自分のアイデンティティを、自分が何ものであるかの根拠を、いままでの自分自身と同一視していた絶え間ない思考の流れには求めなくなる。」(P29)

絶え間ない思考の流れ、「自分の頭のなかの声」にどれだけ気づいているか。気づいている時間が長くなるほど、「思考する自分」は相対化される。「思考と同一化されている自我」を突き放して見ることができるようになる。だからこそ、一瞬一瞬が気づきのチャンスとなる。

思考したり、それに伴って感情が湧き起こったりする自分を見る。「このことを思い出して確認することで自我はこのように満たされて、喜んでいるんだな」、「こう感じているのは、自我がこのようにプライドを傷つけられているんだな」と自覚する。毎日のなかで、そういう自覚の時間が多くなればなるほど、自我の相対化は進むのだろう。
コメント (2)
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