越川芳明のカフェ・ノマド Cafe Nomad, Yoshiaki Koshikawa

世界と日本のボーダー文化

The Border Culture of the World and Japan

デニス・ホッパー追悼

2010年06月12日 | 映画
反体制・ドラッグ文化の象徴としてーーデニス・ホッパーを悼む
越川芳明
(写真は、デニス・ホッパーと詩人のアレン・ギンズバーグ)

 デニス・ホッパーが亡くなった。1936年生まれで、若い頃は俳優学校に通い、シェイクスピアが好きだったという。

 監督や配給会社との対立などにより「ハリウッドの問題児」との世評があったが、本当にそうなのだろうか。

 デニス・ホッパーといえば、監督と主演をした『イージー・ライダー』(69年)を抜きにしては語れない。

 公開当時、まさに多感な思春期を迎えていた僕にとって、デニス・ホッパーは憧れの存在だった。

 アメリカン・ニューシネマと名づけられた他の映画(『俺たちに明日はない』や『明日に向かって撃て』)の悪漢たちと同様、彼の演じる長髪の「カウボーイ」は「反体制」のシンボルだった。
 
 『イージー・ライダー』は格好いいオートバイを使った現代版の西部劇だ。

 ただし、保安官に象徴されるアメリカの「正義」には信頼をおかず、カウンター・カルチャー(対抗文化)の価値観をメッセージとして伝えた。
 
 オートバイにまたがる二人は、ロサンジェルスから南のニューオーリンズに向かって、開拓者たちの旅を逆にたどる。

 道中のピッピー・コミューン(共同体)やニューオーリンズのマルディグラ(謝肉祭)のパレードに見られるように、それはピューリタニズムという開拓者たちの精神的なバックボーンではなく、それまで米国社会で抑圧されてきた先住民やカトリック教徒の文化を浮き立たせるものであった。
 
 米国は十九世紀末から世界の覇権を握ろうとしてカリブ海や太平洋の小国に軍事介入を繰り返してきた。

 ベトナム戦争で露呈したそうした米国の掲げる「民主主義」のダブルスタンダード(嘘)への内部からの静かな怒りが、映画の背景に流れるボブ・ディランの歌詞やジミ・ヘンドリックスのブルース・ロックなどによって表現されている。
 
 確かにホッパーは『イージー・ライダー』以降、酒とドラッグへの耽溺のせいで、一時停滞したように見える。だが、彼は「反体制」のシンボルだけでは終わらなかった。 
 
 デイビッド・リンチ監督の『ブルー・ベルベット』(86年)では、ドラッグに溺れる「性的異常者」の役で抜群に冴えた演技を見せる。
 
 彼は脚本を読み、この男はまさしくこの俺自身だからやらせてくれ、と監督に頼んだという。

 『パリス・トラウト』(90年)や『コールド・クロス』(2000年)でも、やはり正気と狂気のはざまを行き来する「変質者」の役を見事にこなした。
 
 ドラッグが心身をむしばむことを知りながらやめなかったのは、スクリーンの中で、おのれの心の闇(人間としての弱さ)を表現することに命を賭けていたからではないのか。
 
 『イージー・ライダー』でジャック・ニコルソンの演じた、鋭い知見を披露するアル中の弁護士と同様、ホッパーは、ドラッグが知の覚醒をもたらすという先住民の思想を体現していた。六十年代「ドラッグ文化」のすぐれた申し子だった。

(『朝日新聞』2010年6月11日夕刊に若干手を加えました)