再建時から働き続ける従業員としてはただ1人だった西川孝さんは、通天閣を訪れる各界の人とも交流が深かった。ゆかりの人びとは「通天閣の生き字引」の急逝を惜しんだ。
約40年の親交がある作家の藤本義一さん(74)は「通天閣の歩みは西川さんなしに語れない。貴重な人を亡くした」と悔やんだ。「いつも通天閣のことばかり考えていた。客が増えたとか、何かいいことがあるとすぐ報告してくれた」
デビュー作の「どついたるねん」(89年)、「王手」(91年)、「ビリケン」(96年)と、通天閣を舞台にした映画で知られる堺市出身の映画監督阪本順治さん(49)。今月はじめ、新作の短編映画撮影の下見で久しぶりに通天閣を訪れて入院を知り、病院に見舞った。2日間撮影する予定だと話すと、病床の西川さんは「もっと撮ってもええのに」と答えた。
これまでの映画も撮影が順調に進んだのは西川さんのおかげという。「ふつう、映画撮影は面倒臭がられるが、西川さんに頼むと、すぐ応じてくれた。宣伝のためというより、通天閣が好きなんやったら応援したろうという人でした」と振り返る。
「どついたるねん」で主演した大阪市出身の俳優赤井英和さん(48)は「地元に戻って通天閣に足を運ぶたび、『次は何に出るんや』といつもの笑顔で声をかけて下さった。人生をかけて通天閣を守った方。あまりにも突然で、悔しくてたまらない」と話した。
(朝日新聞より引用)
クイズ番組を「通天閣」でやった時、とてもとてもお世話になった。とても気さくなおっちゃんやった。ご冥福をお祈りします。![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kirakira.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kirakira.gif)
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約40年の親交がある作家の藤本義一さん(74)は「通天閣の歩みは西川さんなしに語れない。貴重な人を亡くした」と悔やんだ。「いつも通天閣のことばかり考えていた。客が増えたとか、何かいいことがあるとすぐ報告してくれた」
デビュー作の「どついたるねん」(89年)、「王手」(91年)、「ビリケン」(96年)と、通天閣を舞台にした映画で知られる堺市出身の映画監督阪本順治さん(49)。今月はじめ、新作の短編映画撮影の下見で久しぶりに通天閣を訪れて入院を知り、病院に見舞った。2日間撮影する予定だと話すと、病床の西川さんは「もっと撮ってもええのに」と答えた。
これまでの映画も撮影が順調に進んだのは西川さんのおかげという。「ふつう、映画撮影は面倒臭がられるが、西川さんに頼むと、すぐ応じてくれた。宣伝のためというより、通天閣が好きなんやったら応援したろうという人でした」と振り返る。
「どついたるねん」で主演した大阪市出身の俳優赤井英和さん(48)は「地元に戻って通天閣に足を運ぶたび、『次は何に出るんや』といつもの笑顔で声をかけて下さった。人生をかけて通天閣を守った方。あまりにも突然で、悔しくてたまらない」と話した。
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