春うこんの花。うこんには3種類ある。
春うこんは春に花が咲く種類。秋うこんは秋に花が咲く種類。紫うこんは切り口が紫色である種類。
人間にも黒・茶・黄・白の4種類の分け方がある。それぞれが性格も違うように、うこんも違う。
次の機会にうこんについて詳しく書いてみよう。
沖縄の医学のレベルは高いとよく聞いていた。
元気な時分はあまり興味がなかったが、近年、医者の世話になることが増えた。
いい医者の多いのに驚く事が多い。
きょうから浦添総合病院の石川和夫先生の語録を載せてみたい。
浦添総合病院は地元では人気の病院である。医者の紹介状か救急車による緊急でないと一般的には受け付けてくれない。
私が名医と尊敬する石川先生に出会ったのは、今も苦労している眼底出血がきっかけであった。
一昨年12月のある日曜日。
自宅でくつろいでテレビを観ていたら、突然、左目の上の方から髪の毛が垂れ下がってきた。手で払うが、手には何も触れない。益々、大きく垂れ下がってくる。
洗面所に駆け込んで鏡をみるが異常はない。それでも、ますます左目は黒い雲のようなものに覆われ、終いには見えなくなった。
気が動転した。
日曜日の事、近所の眼科医に電話するが医者は不在と言う。
そこでパッと閃いて浦添総合病院に駆け込んだのである。
その日は眼科の当直医はいなかった為、翌月曜日の診察となった。
月曜日は朝一番に病院に駆け込んだ。
一通り診察を済ませた眼科医は
「糖尿はありませんか。血圧はどうですか」
と質問してきた。
「糖尿は25年前に境界型と云われて3ヶ月に一回くらいの割合で検査していますが、変わりありません。薬ももらっていません」
「血圧は下は80台、上は120~130台です。病院に行った時に計るくらいです。時々、140台になることがありますが、しばらくしたら落ち着きます」
ありのままを話す。
「眼の病気ではないようです。眼底の毛細血管が破れて出血しています。レーザー治療が必要か手術になるか、原因が特定できないと治療ができません」
そうして紹介されたのが、同じ病院内の内科糖尿病専門医の石川和夫先生である。
「糖尿は境目と言いますが、高いですなあ」
検査結果の数値である。
「先生、数字はこの20数年変わっていませんが」
何を云っている。高いわけないじゃないか。
「境界と言われた時はいくつでしたか」
「40代でした」
よくコントロールできましたねえ、とお褒めの言葉でも出るかと思ったら、
「血圧は140超えていますねえ」
「その後計ったら137でした」
反論を試みる。
「人間の血圧は測るたびに変わりますよ。高くなった時が危ないんで、低いときもあるからと云って血圧がいい、と言うわけではありませんよ」
それはそうだと納得する。
「糖尿は今のところ心配ないでしょうが、このままだと危険です。一錠の半分を毎朝飲んでください。それで様子を見てみましょう」
「それから血圧ですがねえ。120以下に下げないと駄目です。これも一番軽い奴を処方しておきますから、毎朝1錠飲んでください。これで様子を見ましょう」
大変な事になった。無理に薬を飲みたくないんだがー。
「先生、どうしても薬は飲まないといけませんか」
勇気を出して云ってみた。
「あなたは薬が嫌いですか」
にこにこ笑いながらである。
「はい」
「あなたが変わらないといっている数値は20年前から変わらないというのでしょう」
「はい」
「人間、寿命は50代ですよ。閉経年齢がその動物の寿命です」
なるほど、鮭も産卵すると雌も雄も息絶えてしまう。カマキリに至っては交尾を終えたら、雌は雄を食ってしまうという。納得する。
「あなたはもう20年前の新車ではない。50になったら中古車。60超えたら古々車ですよ。新車のうちはどんな窪みでどんっと跳ねても車はビクともしない。例え、ひどくやっても痛むところは一箇所で済む。中古になると、足周りだけでなくて、ブレーキやエンジンやマフラーなども壊れる。あちこちにガタが来ているからですよ。古々車になるとそれがもっとひどくなる。ひとつが壊れるとあちこちに故障がでる。」
わかりやすい。
そうだ。40代から50代の前半まで階段は2段跳びで昇った。酒も翌日まで持ち越すことはなかったが、最近は、昼までアルコールが抜けた気がしない。
この歳まで病気などしたこともなかったが、そういえば、あちこちガタが来ている。
納得して下がる。
わかりやすい説明だと、その後、友人たちにしゃべって聞かす。
薬はありがたくいただいて飲んでいる。
漸く、眼底出血の血も引いて徐々にではあるが、細かい作業ができるようになった。
春うこんは春に花が咲く種類。秋うこんは秋に花が咲く種類。紫うこんは切り口が紫色である種類。
人間にも黒・茶・黄・白の4種類の分け方がある。それぞれが性格も違うように、うこんも違う。
次の機会にうこんについて詳しく書いてみよう。
沖縄の医学のレベルは高いとよく聞いていた。
元気な時分はあまり興味がなかったが、近年、医者の世話になることが増えた。
いい医者の多いのに驚く事が多い。
きょうから浦添総合病院の石川和夫先生の語録を載せてみたい。
浦添総合病院は地元では人気の病院である。医者の紹介状か救急車による緊急でないと一般的には受け付けてくれない。
私が名医と尊敬する石川先生に出会ったのは、今も苦労している眼底出血がきっかけであった。
一昨年12月のある日曜日。
自宅でくつろいでテレビを観ていたら、突然、左目の上の方から髪の毛が垂れ下がってきた。手で払うが、手には何も触れない。益々、大きく垂れ下がってくる。
洗面所に駆け込んで鏡をみるが異常はない。それでも、ますます左目は黒い雲のようなものに覆われ、終いには見えなくなった。
気が動転した。
日曜日の事、近所の眼科医に電話するが医者は不在と言う。
そこでパッと閃いて浦添総合病院に駆け込んだのである。
その日は眼科の当直医はいなかった為、翌月曜日の診察となった。
月曜日は朝一番に病院に駆け込んだ。
一通り診察を済ませた眼科医は
「糖尿はありませんか。血圧はどうですか」
と質問してきた。
「糖尿は25年前に境界型と云われて3ヶ月に一回くらいの割合で検査していますが、変わりありません。薬ももらっていません」
「血圧は下は80台、上は120~130台です。病院に行った時に計るくらいです。時々、140台になることがありますが、しばらくしたら落ち着きます」
ありのままを話す。
「眼の病気ではないようです。眼底の毛細血管が破れて出血しています。レーザー治療が必要か手術になるか、原因が特定できないと治療ができません」
そうして紹介されたのが、同じ病院内の内科糖尿病専門医の石川和夫先生である。
「糖尿は境目と言いますが、高いですなあ」
検査結果の数値である。
「先生、数字はこの20数年変わっていませんが」
何を云っている。高いわけないじゃないか。
「境界と言われた時はいくつでしたか」
「40代でした」
よくコントロールできましたねえ、とお褒めの言葉でも出るかと思ったら、
「血圧は140超えていますねえ」
「その後計ったら137でした」
反論を試みる。
「人間の血圧は測るたびに変わりますよ。高くなった時が危ないんで、低いときもあるからと云って血圧がいい、と言うわけではありませんよ」
それはそうだと納得する。
「糖尿は今のところ心配ないでしょうが、このままだと危険です。一錠の半分を毎朝飲んでください。それで様子を見てみましょう」
「それから血圧ですがねえ。120以下に下げないと駄目です。これも一番軽い奴を処方しておきますから、毎朝1錠飲んでください。これで様子を見ましょう」
大変な事になった。無理に薬を飲みたくないんだがー。
「先生、どうしても薬は飲まないといけませんか」
勇気を出して云ってみた。
「あなたは薬が嫌いですか」
にこにこ笑いながらである。
「はい」
「あなたが変わらないといっている数値は20年前から変わらないというのでしょう」
「はい」
「人間、寿命は50代ですよ。閉経年齢がその動物の寿命です」
なるほど、鮭も産卵すると雌も雄も息絶えてしまう。カマキリに至っては交尾を終えたら、雌は雄を食ってしまうという。納得する。
「あなたはもう20年前の新車ではない。50になったら中古車。60超えたら古々車ですよ。新車のうちはどんな窪みでどんっと跳ねても車はビクともしない。例え、ひどくやっても痛むところは一箇所で済む。中古になると、足周りだけでなくて、ブレーキやエンジンやマフラーなども壊れる。あちこちにガタが来ているからですよ。古々車になるとそれがもっとひどくなる。ひとつが壊れるとあちこちに故障がでる。」
わかりやすい。
そうだ。40代から50代の前半まで階段は2段跳びで昇った。酒も翌日まで持ち越すことはなかったが、最近は、昼までアルコールが抜けた気がしない。
この歳まで病気などしたこともなかったが、そういえば、あちこちガタが来ている。
納得して下がる。
わかりやすい説明だと、その後、友人たちにしゃべって聞かす。
薬はありがたくいただいて飲んでいる。
漸く、眼底出血の血も引いて徐々にではあるが、細かい作業ができるようになった。