goo

『サンキュー・スモーキング』

2010年02月01日 | 映像


*脚本・監督:ジェイソン・ライトマン
*製作:デイヴィッド・O・サックス
*原作:クリストファー・バックリー
*キャスト:アーロン・エッカート/マリア・ベロ/キャメロン・ブライト
(2006 米)



《あらすじ》
タバコ研究アカデミーのPRマンであるニック・ネイラーは、優れた話術を武器に、喫煙に対する逆風吹き荒れる世の中、タバコのパッケージに巨大なドクロマークを掲げるよう義務づける法案を通そうとするフィニスター上院議員などと、タバコ業界の未来のために日夜戦っている。別れた妻に引き取られた息子とは、週末に会うだけ。そしてニックの数少ない友達は、銃製造業界のPRマン、アルコール製造業界PRマンのふたり。彼らは3人合わせて死の商人と揶揄されている。いくらか不満はありつつも、仕事にやりがいも自信も感じていたニックだが、ある女記者との出会いが引き金で人生最大の危機に直面することに…

《この一言》
“誰でもみなローンのために働いているんだ。 ”




痛烈に社会を皮肉っていました。それはもう清々しかったです。なかなか面白い映画を観ましたね。この映画にはあまりお金はかかってなさそうですが、物語はとてもよくできています。見た目の派手さはないけれど、やっぱり映画はストーリーが第一ですよね。メッセージ性を含みながらも、押し付けがましくなく、ユーモラスかつ上品にまとめてありました。気に入った!


大事なのは、常に自分で選択するということ、その選択に自分が責任を持つということ、なんでも鵜呑みにしないこと、とにかく自分で考えること。こういうことですね。なんでもかんでもすぐに他人のせいにし、溢れかえる情報にひたすら翻弄され、自分を見失っているようにしか見えない現代人の惨めなようすを、この映画はうまく描いていたのではないでしょうか。

特に印象的だったのはこの場面。
肺ガンになった途端にタバコ業界を訴えようとする初代マルボロマン。しかも彼はマルボロの宣伝広告に出ていたが、吸っていたのはマルボロではなかったとか。タバコ業界から贈られた見舞金(もちろん買収用)に目がくらみ、その金も欲しいが、一方でやっぱり訴訟を起こそうという気持ちも捨てられず。人間とは実に弱いものです。
ここでは、マルボロマンを買収しようとするタバコ業界の卑劣さと、タバコを吸い続けたのは自分の選択であったことを忘れてちょうど逆風が吹きつけているタバコ業界にたかろうとするマルボロマンの卑劣さと、そのネタで無責任に面白可笑しく盛り上がろうとするマスコミの卑劣さ、その向こう側でそれをただ無批判に受け入れる大衆の卑劣さといったものまでも見せられた気がします。そして、それぞれがみな自身の卑劣を少しずつ自覚し恥じ入りながら、生きるためには仕方がないと諦めてもいる、そういった人生の悲しみのようなものもまたしみじみと感じられました。

さらに、この映画のうまいところは、主人公が決して正義の男ではないというところです。ニックはむしろ、議論で相手を言い負かせれば、それが論点のすり替えであろうと、欺瞞であろうと、まったく構わないという男です。こういう男にやりこめられるのは非常にむかつくんだろうと、私も映画を観ながら思いましたが、でも、どこか憎めないところもあるのです。息子とはうまく付き合えないし、女にはすぐに騙される。しまいには仕事も失って、もうどうしようもない。しかし、彼はここからどうするのか、自分に備わった能力をどう活かすのか、これがこのドラマのもう一つのキモでしたね。人間ドラマとしても良い出来です。爽やか。清々しい。

私たちには、この世の中で自分では選ぶことを許されず強いられるだけのことだって数多くあるかもしれないけれど、たとえば酒、タバコ、(日本では禁止されているが)銃の所持など、個人に選択の自由が与えられていることもたくさんある。自分でそれらを選んでおきながら、問題が生じた時にだけ製造元を訴えるなんていうことは、自分たちがいつも絶対的に正しいと信じている《自由》を、自分たちで汚していることにはならないだろうか。あるいは、自分たちが「選ばなかった」ということを正義と誤認して、そうでない相手を全面的に罵るなんてことは、それが果たして《自由》と言えるだろうか。

もちろん、酒、タバコ、銃をめぐっては個人の自由だけでは済まない問題も多くあるだろう。これらによって他者が迷惑を被ることがしばしばある。だが、だからこその議論だ。一面的な悪影響だけを取り上げて盲目的・排他的な正義を振りかざすのではなくて、もっと公平で、もっと建設的な、もっと正しい議論が交わされるべきではないだろうか。《自由》を掲げるアメリカ人なら、これくらいのことはやるべきじゃないんだろうか。できるはずじゃないだろうか。頭を使え! 自信を、本当の意味での責任感を、自分のもとへ取り戻せ!


とまあ、こういう硬派な問題を提起する映画だったのではないかと私は振り返ります。何の気なしに観始めたのに、とんだ面白い映画でありました。もうかったなぁ。面白かった!




goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )