9月2日 Sat.
リリのことを思いだして秋の感傷にひたっています。
●「リアルタイムアクセス解析」という機能が有るのを知らなかった。
そのページを開いてみておどろいた。閲覧ページ詳細によると「リリ」のことをかいたブログページがいまもよまれていた。やはり猫の好きな方が激増しているというのはほんとうだった。空前の猫ブームなですね。
●わたしの猫好きは子どものころからだった。戦時中のことで、じぶんたちの食べものもままならない時代だった。母に猫を飼うことを許されていなかったので、近所のお寺の縁の下に居着いていた野良ネコにセッセトたべのこしを運んだ。いやたべのこしではなく、たべたいのをがまんして、猫と食べ物を分かち合っていた。
●遺伝というのはおもしろいものですね。わたしの長男が上京するまえに猫をひろってきました。チャトラのかわいい子猫でした。ミュウと名付けました。息子を上京させた寂しさを「ミュウ」がうめてくれました。ミュウは5匹の子猫を産みました。18年ほど生きました。
●そのあとが、いま20年ほど生きつづけている「ブラッキ―」です。人間の歳に換算するとわたしよりもお姉さん、100歳くらいになるらしいですね。
●わたしは二十代の半ばに胸膜炎を患い鹿沼の上都賀病院に入院しました。その病の床でかきあげた「眠られぬ夜の底で」を久保書店の「灯」に発表させてもらったのが雑誌デビュー。灯は「抒情文芸」となり以後は廃刊となるまでかきつづけました。その処女作にすでに「黒猫」が登場します。ブラッキ―と出会う30年もまえのことです。そのうち、このブログに再録してみようかとおもうのですが、著者が載せるのですから問題はありませんよね。どうなのでしょうね。
●いまから54ほど前、東京オリンピックの頃、文学少女だったオバアチャンがいたら、まだ麻屋与志夫は生きているよ、とお伝えください。
●そして、愛猫家のみなさん角川の「カクヨム」にわたしとカミサンでかいた「リリ」にかんするブログをまとめた「愛猫リリに捧げる哀歌」をぜひよんでください。
●ふかまりいく秋。猫愛にイリビタリの老夫婦とともに「秋のためいき」をもらしてはいかがでしょうか。
●秋は感傷。
リリちゃんです。


ブラッキーです。

今日も遊びに来てくれてありがとうございます。
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リリのことを思いだして秋の感傷にひたっています。
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●遺伝というのはおもしろいものですね。わたしの長男が上京するまえに猫をひろってきました。チャトラのかわいい子猫でした。ミュウと名付けました。息子を上京させた寂しさを「ミュウ」がうめてくれました。ミュウは5匹の子猫を産みました。18年ほど生きました。
●そのあとが、いま20年ほど生きつづけている「ブラッキ―」です。人間の歳に換算するとわたしよりもお姉さん、100歳くらいになるらしいですね。
●わたしは二十代の半ばに胸膜炎を患い鹿沼の上都賀病院に入院しました。その病の床でかきあげた「眠られぬ夜の底で」を久保書店の「灯」に発表させてもらったのが雑誌デビュー。灯は「抒情文芸」となり以後は廃刊となるまでかきつづけました。その処女作にすでに「黒猫」が登場します。ブラッキ―と出会う30年もまえのことです。そのうち、このブログに再録してみようかとおもうのですが、著者が載せるのですから問題はありませんよね。どうなのでしょうね。
●いまから54ほど前、東京オリンピックの頃、文学少女だったオバアチャンがいたら、まだ麻屋与志夫は生きているよ、とお伝えください。
●そして、愛猫家のみなさん角川の「カクヨム」にわたしとカミサンでかいた「リリ」にかんするブログをまとめた「愛猫リリに捧げる哀歌」をぜひよんでください。
●ふかまりいく秋。猫愛にイリビタリの老夫婦とともに「秋のためいき」をもらしてはいかがでしょうか。
●秋は感傷。
リリちゃんです。


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