超短編小説 21
バラの根元には 第三稿
夜半に風雨が強くなった。これではパーゴラで咲き誇っているアイスバークが散りはし
ないかと心配になった。トレリスにからんだシティオブヨークはこれから満開になるとこ
ろだから、大丈夫だろう。
まだ五月だというのに、雨が降り出した。ことしの梅雨は早まるだろうと報じられている。
それでなくても、コロナのパンデミック。
外出して街を散策したり飲み歩くチャンスはますます少なくなるだろう。
「春馬な。バラの息づかいが感じられるような絵が描けなければ、一流になれないんだ」
「バラが息をするの。それが感じられるような絵を書けと言われても……」
わたしはよく父に逆らった。しまいには口論となることもあった。最後までプロになれなかった父のいうことだ。
母はもくもくとただひたすら、広い庭で日が暮れるまでバラの世話をしていた。
「わたしにお母さんのように、庭のバラの養生しなさい、なんていわれても困るわ。わたしには勤めがあるのよ。一日だって休むわけにはいかないの」
妻は警察に事務職員として勤めている。男性の圧倒的に多い職場だ。
アイスバーク。
シティオブヨーク。
モッコウバラの黄色と白の競演。
ブルームーン。
アンジラ。
アドレス帳を見て――。
春馬は元カノの礼子に携帯した。
「白いバラがきれいに咲いているよ」
アイスバークの花言葉は、初恋なのだ。
そういおうとしたが彼女がこころを乱してはと、やめた。
いまさら、なにを礼子に伝えようとしているのだ。
すこし、ただなんとなく話がしたかっただけだ。
「五月のバラネ」
そっけない返事。
アイスバークのように清楚な彼女はどこにきえてしまったのだ。
それで、話はとぎれてしまった。
春馬が携帯を切ろうとすると、ほっとしたような気配がつたわってきた。
春馬は元カノの遥に携帯をいれた。
スパイシーな匂いをかいでいるうちにキミを思いだした。
なにかエロチックなことをいっている。
そうきこえては、迷惑だろうとおもった。
「子どもを幼稚園にむかえにいかなければ。電話してくれてありがとうね」
やさしい返事がもどってきた。もっと話をしていたかったのだが……。
そうか彼女もいまは、子持ちなのだ。彼女に似てかわいい子だろうな。
どんな男と結婚したのだろう。
結婚案内はもらった。
出席はしなかった。
会場は〈明治記念館〉だった。
あの廊下に飾ってある日本画。名匠の技をを観るのが好きだった父。
さいごまで画塾の先生で終わってしまった。
いまはもういない父を思いだすのが悲しかった。
どうせわたしも……ろくな絵描きにはなれない。
春馬は元カノの佐代子に携帯した。
「バラがきれいに咲いている」
バラの花びらのしっとりとした湿り気。
彼女の肌の感触を思いだした。
だれも母が自慢のバラ園を観にきてくれるものはいない。
最後に電話した。妻の永華に――。
彼女の職場に携帯を入れようとした。
妻がよく職場の男性に電話しているのは気づいていた。
職場の男子職員のひとりひとりに嫉妬していると思われる。
妻は警察に事務職員として勤めている。
こっそりと、ものかげで、電話しているのは知っていた。
問いただしても、返事しない。
「男でもいるのか」
そこまできいても沈黙しているだけだ。
春馬は妻をなぐりつけた。
こんなに意固地な女だとは思ってもみなかった。
母は春馬にガールフレンドができる。
かならず遊びにきたときに、庭仕事を手伝ってもらっていた。
「バラの世話をしているのを見ると、その子の性格がよくわかるのよ」
バラに愛情を感じるような娘さんがいいのよ。なんにんも落第した。
反対された。支配者の母がやっとたどりついたおきにいりは。
永華。
いまの春馬の妻だ。
たが、結婚してみると、母の期待はみごとに裏切られた。
妻は家庭に入るはいることはしなかった。
したがって、バラの世話は年老いた母の負担。
広すぎる庭だ。
母はじぶんに見る目がなかったと落胆した。
バラの世話。若いときは軽くこなしていた園芸の仕事。過負担となった。
「わたしはバラの世話をするために結婚したのではないわ。職場が生きがいなのよ」
母が倒れても、妻は庭仕事をしなかった。
しかたなく、春馬が画業の時間を削って庭にでた。
「わたしはバラと結婚したわけじゃないわ」
母は過労で心筋梗塞。ばらの庭で倒れていた。
さすがに春馬ははらがたった。妻をなぐった。
快感。スっとストレスが、妻に対する不満が霧が晴れるように消えた。
それが習慣となった。事あるごとに妻に暴力をふるった。
母が生きているうちに、こうすればよかったのだ。
ごめんな。お母さん。
永華に電話した。妻の永華にだ。
どうしても妻の声が聞きたかった。
妻のさわやかなバラの香りのような声が聞きたい。
春馬は妻のいる場所にはかならず男がいると信じていた。
妻は浮気しているのだ。春馬は嫉妬に狂っていた。
それでも妻の声が聞きたい。
ところが携帯を切る前に聞こえてきた。
彼女の携帯の着信音。
ふいに門扉がひらいた。そこに老人。
顔見知りの妻の職場の刑事。
なんどか来宅したことがある。
いまは嘱託として職場に残っているという老刑事。
「春馬君。なんてことをしたのだ。永華くんから、なんども電話で相談された。あんたのDV
が日増しにひどくなると……」
シテイオブヨークの根元から。
彼女の電話の着信音。
聞かれてしまった。
老刑事は錆びたスコップを道具置き場からもちだしてバラの根元を掘りはじめた。
ところがなにも、期待したものはでなかった。
妻の死体でも埋まっていると思ったのだろう。
老刑事はキッチンに冷蔵庫の内蓋や棚をはずしてあったのを見過ごしてしまった。
それから間もなく、公募展で春馬の絵が、特選となった。
画題は「氷の中の美女」
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バラの根元には 第三稿
夜半に風雨が強くなった。これではパーゴラで咲き誇っているアイスバークが散りはし
ないかと心配になった。トレリスにからんだシティオブヨークはこれから満開になるとこ
ろだから、大丈夫だろう。
まだ五月だというのに、雨が降り出した。ことしの梅雨は早まるだろうと報じられている。
それでなくても、コロナのパンデミック。
外出して街を散策したり飲み歩くチャンスはますます少なくなるだろう。
「春馬な。バラの息づかいが感じられるような絵が描けなければ、一流になれないんだ」
「バラが息をするの。それが感じられるような絵を書けと言われても……」
わたしはよく父に逆らった。しまいには口論となることもあった。最後までプロになれなかった父のいうことだ。
母はもくもくとただひたすら、広い庭で日が暮れるまでバラの世話をしていた。
「わたしにお母さんのように、庭のバラの養生しなさい、なんていわれても困るわ。わたしには勤めがあるのよ。一日だって休むわけにはいかないの」
妻は警察に事務職員として勤めている。男性の圧倒的に多い職場だ。
アイスバーク。
シティオブヨーク。
モッコウバラの黄色と白の競演。
ブルームーン。
アンジラ。
アドレス帳を見て――。
春馬は元カノの礼子に携帯した。
「白いバラがきれいに咲いているよ」
アイスバークの花言葉は、初恋なのだ。
そういおうとしたが彼女がこころを乱してはと、やめた。
いまさら、なにを礼子に伝えようとしているのだ。
すこし、ただなんとなく話がしたかっただけだ。
「五月のバラネ」
そっけない返事。
アイスバークのように清楚な彼女はどこにきえてしまったのだ。
それで、話はとぎれてしまった。
春馬が携帯を切ろうとすると、ほっとしたような気配がつたわってきた。
春馬は元カノの遥に携帯をいれた。
スパイシーな匂いをかいでいるうちにキミを思いだした。
なにかエロチックなことをいっている。
そうきこえては、迷惑だろうとおもった。
「子どもを幼稚園にむかえにいかなければ。電話してくれてありがとうね」
やさしい返事がもどってきた。もっと話をしていたかったのだが……。
そうか彼女もいまは、子持ちなのだ。彼女に似てかわいい子だろうな。
どんな男と結婚したのだろう。
結婚案内はもらった。
出席はしなかった。
会場は〈明治記念館〉だった。
あの廊下に飾ってある日本画。名匠の技をを観るのが好きだった父。
さいごまで画塾の先生で終わってしまった。
いまはもういない父を思いだすのが悲しかった。
どうせわたしも……ろくな絵描きにはなれない。
春馬は元カノの佐代子に携帯した。
「バラがきれいに咲いている」
バラの花びらのしっとりとした湿り気。
彼女の肌の感触を思いだした。
だれも母が自慢のバラ園を観にきてくれるものはいない。
最後に電話した。妻の永華に――。
彼女の職場に携帯を入れようとした。
妻がよく職場の男性に電話しているのは気づいていた。
職場の男子職員のひとりひとりに嫉妬していると思われる。
妻は警察に事務職員として勤めている。
こっそりと、ものかげで、電話しているのは知っていた。
問いただしても、返事しない。
「男でもいるのか」
そこまできいても沈黙しているだけだ。
春馬は妻をなぐりつけた。
こんなに意固地な女だとは思ってもみなかった。
母は春馬にガールフレンドができる。
かならず遊びにきたときに、庭仕事を手伝ってもらっていた。
「バラの世話をしているのを見ると、その子の性格がよくわかるのよ」
バラに愛情を感じるような娘さんがいいのよ。なんにんも落第した。
反対された。支配者の母がやっとたどりついたおきにいりは。
永華。
いまの春馬の妻だ。
たが、結婚してみると、母の期待はみごとに裏切られた。
妻は家庭に入るはいることはしなかった。
したがって、バラの世話は年老いた母の負担。
広すぎる庭だ。
母はじぶんに見る目がなかったと落胆した。
バラの世話。若いときは軽くこなしていた園芸の仕事。過負担となった。
「わたしはバラの世話をするために結婚したのではないわ。職場が生きがいなのよ」
母が倒れても、妻は庭仕事をしなかった。
しかたなく、春馬が画業の時間を削って庭にでた。
「わたしはバラと結婚したわけじゃないわ」
母は過労で心筋梗塞。ばらの庭で倒れていた。
さすがに春馬ははらがたった。妻をなぐった。
快感。スっとストレスが、妻に対する不満が霧が晴れるように消えた。
それが習慣となった。事あるごとに妻に暴力をふるった。
母が生きているうちに、こうすればよかったのだ。
ごめんな。お母さん。
永華に電話した。妻の永華にだ。
どうしても妻の声が聞きたかった。
妻のさわやかなバラの香りのような声が聞きたい。
春馬は妻のいる場所にはかならず男がいると信じていた。
妻は浮気しているのだ。春馬は嫉妬に狂っていた。
それでも妻の声が聞きたい。
ところが携帯を切る前に聞こえてきた。
彼女の携帯の着信音。
ふいに門扉がひらいた。そこに老人。
顔見知りの妻の職場の刑事。
なんどか来宅したことがある。
いまは嘱託として職場に残っているという老刑事。
「春馬君。なんてことをしたのだ。永華くんから、なんども電話で相談された。あんたのDV
が日増しにひどくなると……」
シテイオブヨークの根元から。
彼女の電話の着信音。
聞かれてしまった。
老刑事は錆びたスコップを道具置き場からもちだしてバラの根元を掘りはじめた。
ところがなにも、期待したものはでなかった。
妻の死体でも埋まっていると思ったのだろう。
老刑事はキッチンに冷蔵庫の内蓋や棚をはずしてあったのを見過ごしてしまった。
それから間もなく、公募展で春馬の絵が、特選となった。
画題は「氷の中の美女」
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