深夜零時。記録的寒波の襲ったその夜、昭彦は感情の無い目で崩れ落ちる男の最後の表情を見ていた。昭彦の手には薄く煙が漂う銃が握られている。コートをひるがえして、まだ暖かい銃をズボンのベルトに乱暴にねじ込んだ。銃は昭彦のお手製のため、グリップも無い筒に毛が生えたような形状だ。昭彦は銃での仕事を好んだ。使用した銃はすべてスクラップにするため後腐れがない。
バカンスという表現の逃亡生活で海外にいた昭彦はほぼ十年ぶりで帰国した。久しぶりの日本での仕事に感慨深いものがあったが、この仕事で再びバカンスに向かわなくてはならない自分を自嘲気味に笑うしかなかった。昭彦は自分が逃走経路として向かうべき歩道橋へと目を向けた。そこにはショートカットの若い女が踊り場から昭彦を呆然と見下ろしていた。しまった。昭彦は心の中で思った。猛然と女に走り寄った。それを見た女は豹を思わせる早さで背中を向け、猛ダッシュで逃げ出した。昭彦は自分の足の早さにも絶大な自信を持っていたが、両手両足の美しいスライドを見せるその女にまったく追いつけなかった。そのまま漆黒の闇に消えてしまった。昭彦の思考は目撃者の恐怖に支配された。短く息を吐いた後、いかに現場から冷静に逃走するかに頭を切り替えた。
昭彦は急場に借りた何もない殺風景なアパートに戻っていた。二十時間後、はからずとも死体は発見された。いらいらしながら唯一の情報源のラジオを切った昭彦はタバコを吸うために胸ポケットに手を差し入れた。指にタバコの空箱が当たる感触があった。舌打ちをしながら財布を持ち、自室のドアを少しあけた。いきなり外に出ないのは職業病だった。外の気配を観察する。右隣のドアが勢いよく開いた。昭彦は思わずドアを閉め、のぞき窓から外をうかがう。昭彦の見開いた眼球に写った隣人はあの時のショートカットの女だった。隣室の扉が閉まる気配を感じた。あの女は昭彦の存在に気づいているのかどうかを必死で考えた。
その夜、昭彦は眠ることが出来なかった。しかしある結論に達した。早急にこの場から逃げる。身支度を整えた昭彦はドアを静かにあけた。寒風が隙間から押し入ってくる。車を地下の駐車場からだした。
信号を待ちながらもあの女の事が頭から離れることはなかった。隣の車線に停車する車がゆっくりと滑り込んだ。昭彦は自分の目を疑った。ショートカットのあの女だ。無表情にただ前を見据えるその女に昭彦は恐怖を感じた。信号は青に変わり、急発進してからルームミラーで女を観察する。やはり女は無表情で前を見たまま昭彦の車を無視するかのように右折して消えていった。ほっとしたのはほんの一瞬だった。女は車を乗り換えて昭彦の後ろにいつの間にかいた。追跡を巻くために信号無視を繰り返した。巻いたかと思った瞬間、女はまた別の車に乗り換えて後ろにいた。昭彦はパニックに陥り、ハンドル操作を誤った。轟音と共にガードレールをなぎ倒して崖から落ちていく事を自覚した。崖下で煙を上げる車を見下ろす野次馬はすべてあの女だった。
昭彦は十年の海外生活で日本の流行を知らなかった。同じ顔、同じ体型、同じ髪型にする美容整形が大流行していたのだった。
バカンスという表現の逃亡生活で海外にいた昭彦はほぼ十年ぶりで帰国した。久しぶりの日本での仕事に感慨深いものがあったが、この仕事で再びバカンスに向かわなくてはならない自分を自嘲気味に笑うしかなかった。昭彦は自分が逃走経路として向かうべき歩道橋へと目を向けた。そこにはショートカットの若い女が踊り場から昭彦を呆然と見下ろしていた。しまった。昭彦は心の中で思った。猛然と女に走り寄った。それを見た女は豹を思わせる早さで背中を向け、猛ダッシュで逃げ出した。昭彦は自分の足の早さにも絶大な自信を持っていたが、両手両足の美しいスライドを見せるその女にまったく追いつけなかった。そのまま漆黒の闇に消えてしまった。昭彦の思考は目撃者の恐怖に支配された。短く息を吐いた後、いかに現場から冷静に逃走するかに頭を切り替えた。
昭彦は急場に借りた何もない殺風景なアパートに戻っていた。二十時間後、はからずとも死体は発見された。いらいらしながら唯一の情報源のラジオを切った昭彦はタバコを吸うために胸ポケットに手を差し入れた。指にタバコの空箱が当たる感触があった。舌打ちをしながら財布を持ち、自室のドアを少しあけた。いきなり外に出ないのは職業病だった。外の気配を観察する。右隣のドアが勢いよく開いた。昭彦は思わずドアを閉め、のぞき窓から外をうかがう。昭彦の見開いた眼球に写った隣人はあの時のショートカットの女だった。隣室の扉が閉まる気配を感じた。あの女は昭彦の存在に気づいているのかどうかを必死で考えた。
その夜、昭彦は眠ることが出来なかった。しかしある結論に達した。早急にこの場から逃げる。身支度を整えた昭彦はドアを静かにあけた。寒風が隙間から押し入ってくる。車を地下の駐車場からだした。
信号を待ちながらもあの女の事が頭から離れることはなかった。隣の車線に停車する車がゆっくりと滑り込んだ。昭彦は自分の目を疑った。ショートカットのあの女だ。無表情にただ前を見据えるその女に昭彦は恐怖を感じた。信号は青に変わり、急発進してからルームミラーで女を観察する。やはり女は無表情で前を見たまま昭彦の車を無視するかのように右折して消えていった。ほっとしたのはほんの一瞬だった。女は車を乗り換えて昭彦の後ろにいつの間にかいた。追跡を巻くために信号無視を繰り返した。巻いたかと思った瞬間、女はまた別の車に乗り換えて後ろにいた。昭彦はパニックに陥り、ハンドル操作を誤った。轟音と共にガードレールをなぎ倒して崖から落ちていく事を自覚した。崖下で煙を上げる車を見下ろす野次馬はすべてあの女だった。
昭彦は十年の海外生活で日本の流行を知らなかった。同じ顔、同じ体型、同じ髪型にする美容整形が大流行していたのだった。