「GIGAスクール構想セミナー」で講師が表示した「スタディノート」説明資料
◆ 加速する「教育デジタル化」の陥穽 (紙の爆弾)
取材・文◎永野厚男
共同通信が二〇二三年六月二十一日に配信した「『聞いてるふり』は通じない?集中しない生徒をリアルタイムで把握 教員からは期待、『管理強化』に懸念も」という記事が、教職員の間で話題になっている。
IT企業等が開発したシステムを、埼玉県久喜市立鷲宮中学校が導入。保護者の”了解”を得て、生徒の手首に(身体の機能を調整する自律神経と関係深い)脈拍を測るリストバンド型端末を装着させ、その脈拍を記録するもので、そのデータから一人一人の”集中度”を割り出し、教員のパソコンに出席番号入りグラフで表示する(保存可。授業後も見返せる)という内容だ。
久喜市教育委員会の担当者と青木真一校長は「狙いは授業改善。生徒の評価のためではない」と弁明するが、教育行政の思惑通り設定できるデジタル機器による管理統制強化だ。加速する教育デジタル化について取材した。
◆ 生徒の端末書き込み 全て大画面に
学校法人先端教育機構が一月十八日にオンライン開催した「GIGAスクール構想セミナー」で特別講演した、中村めぐみ・つくば市立みどりの学園義務教育学校教頭は、約四十年前一部教員らがシャープと開発を始め、十年以上前からつくば市立の全小中の授業で使っているPCソフト「スタディノート」と、二二年に導入したデジタル学習環境のコンセプトである学習eポータル「Lgate(エルゲイト)」の二種を使った取り組みを報告した。
スタディノートは、児童生徒が個々のノートパソコン(市教委が全員に貸与)に回答や意見を書き込むと、教室の電子黒板の大画面にクラス全員分の回答等を映し出せ、分類分けもできる。
Lgateは、クラス全員がどの問題を正答したか否か記録でき、数学では答えだけでなく問題を解く過程(計算式等)も教員は把握できる。その積み重ねを集約し、指導要録や通知表に記入する観点別評価や評定(小学校3段階、中学は5段階)につなげる。
これらは答えが一つの算数・数学等では便利でも、道徳ではどうか。東京の公立小中の道徳公開授業を参観すると、紙のワークシートに自分の考えや意見等を書かせる際、積極的に挙手し考え等を述べる子がいる一方、他校の教員が机の間を回りワークシートを遠目に見ようとすると手で隠す子もいる。
学習指導要領が明記する道徳の二二の内容項目のうち、”国を愛する心情””家族愛”の教材を扱う授業では、「国家への帰属意識より、個人の尊厳・人権の方が大切だ」と考えたり、「シングルマザーやヤングケアラー家庭、最近肉親を亡くした」等の児童生徒は、「先生以外には見られたくない。本音は書かない」という生徒もいる。
ゆえに道徳でPCやタブレット使用の授業を行なうにあたり、価値観が一人一人異なり、対立することもある国家観や、プライバシーを曝(さら)け出させる可能性がある時は、全児童生徒が書き込んだ意見等を、機械的・一律に大画面に映し出すのは避け、たとえば挙手ボタンを押した子の意見だけ映し出す等、教員側には細心の配慮が必要だ。
社会(高校は公民科・地歴科)も、文部官僚が学習指導要領の教科目標に入れ続けている”国を愛する心情”等に関わるテーマを扱う時は道徳同様、配慮を要する。
前出の中村氏は、スタディノートで児童・生徒に毎日継続入力させるデータとして、(1)「生活面:気分アンケート。せんせいあのね」と、(2)「学習面:授業満足度の自己評価アンケート。今の学習活動を自己評価しよう→小学校高学年と中学」を挙げ、スライドで次のように内容を説明した。
(1)について。質問1 今日の気分を教えて下さい→とてもいい、いい、ふつう、わるい、とてもわるい。/質問2 今日の体の調子は→とてもいい、頭が痛い(略)/質問3 朝ごはんは何を食べましたか→ご飯、パン、めん、飲み物、その他(ケーキのイラスト)、何も食べていない。(2)について。質問〔1時間目〕教科は何ですか。授業はわかりましたか。(以下略。(1)までが市教委推奨の質問項目)
中村氏は続けて「先生の端末で即時結果を見る」「毎日:生活面・学習面ぱぱっと見てわかる」「取ったデータから何を感じるか→問題行動が起きる予兆/問題行動の背景(朝食から見る家庭の様子)/保健室の来室予想/登校渋りの傾向/見えていなかった、子供の様子」等の”特長”を挙げた。(1)は生活習慣確立期の小学生対象とはいえ、教員が「家庭の様子」を覗き見る行為の是非の判断は、読者に委ねたい。
回答に窮する児童が出そうなのは、(2)の「授業はわかりましたか」だ。二三年三・四月の京都市立小卒業式、同市立中入学式で、十二歳の田花結希子アイリーンさんは”君が代”不起立・不斉唱を実践した。六月十六日付の朝日新聞(京都版)によると、田花さんは「みんな平等がいいのに、なんで天皇は崇(あが)められているのか。立ったり歌ったりすると、それを認めるようになるんじゃないか」と、不起立の理由を明白に説明している。
しかし、母親が小学校の教頭と話し合うと、教頭は「卒業式を台無しにしてしまうかもしれない。こちらには歌わせる義務がある。教委に逆らえない」と主張。田花さんと二名の教員との四〇分間の話し合いでは、「なんで歌いたくないの→歌うと天皇制を認めてしまうから」「せめて立つのは無理なの→立つのは半分歌うことと同じになる」等のやりとりが交わされた。「周りが驚く。みんなに迷惑がかかる」と繰り返す教員らは田花さんに「他の人の問題ではない」と言われ、ようやく「最終的な判断は任せる」と述べた。
筆者が近年、複数の都立高校の卒業式当日、校門外で取材すると、田花さんと同様、天皇賛美の”君が代”に否定的な考えの生徒は少なからずいる。文科省、全国の教委・校長らが学習指導要領の記述を”根拠”に、特定の思想を教化(indoctrination)してくる授業等に対しては、(2)の選択肢の中に「教員の言葉の意味するところは理解しているが、私はその内容には反対です」といった項目を新設するべきだ。「わかる/わからない」の二択の回答のみでは、人権や多様性を認めず、同調圧力に屈するヒラメ人間を育てることになってしまう。
◆ 教育ダッシュボードから都教委が授業内容収集か
タブレット端末を小中には貸与、高校生には三万円の保護者負担で購入させている東京都教育委員会は一月十九日、ホームページに「都立学校(注、高校等のうちの通信制課程と特別支援学校は除く)における教育ダッシュボードの利用開始について」を掲載した。
教育ダッシュボードとは、「校務データ(成績・出欠席等)」と「学習データ(授業における端末の利用状況等)」の教育データを集約・可視化し、分析等を行なう教員用のシステムだ。都教委は活用事例を、「授業内外における生徒一人一人の端末を利用した活動状況を一覧で確認することで、担任の教員が支援を必要とする生徒を発見し、個別に声掛けする際の判断材料などに活用する」と説明する。
このうち、「生徒の出欠情報等のアラート表示機能」は、都立高校等は年間で規定授業時数以上欠席すると当該科目を単位未履修としているので、生徒を留年させないために有効だろう。
一方、都教委HPは「児童・生徒の個人データを見ることができるのは在籍学校の教員のみとし、教育庁(注・都教委のこと)では個人を特定できる形でデータを見ることはできません」とも記述している。これに関し、民間の研究団体・教育行政研究会は筆者のサポートのもと、①公民科の憲法や自衛隊、米軍基地等に関する授業中、生徒が防衛省や平和団体等のHPを見た閲覧履歴を、授業担当の教員や在籍学校の校長を含む教員が把握することは可能か、②生徒の個人名を伏せた上でなら、全都立高校の授業で教員や生徒がタブレットに入力(投稿)した内容を、都教委が把握することは可能かと、都教委に面会や電話で質問した。
都教委の担当者は、①には「教員がPCに入力し生徒の端末に送信した電子の教材等は、どの生徒が見たかを教員側は把握できる。だが、教員が生徒に送信していないネットのHP等の情報を生徒が見た時は、教員側は把握できない」と回答。②には「まだシステムの開発・構築中なので答えられないが、思想・信条に関わることに立ち入ることはしない」と答えた。
研究会側が②の質問をしたのは、都教委には次の”前科”があるからだ。
一四年一月の都立松が谷高校の三年政治経済の学期末試験で、公民科の教員が一三年十二月当時の安倍晋三首相の靖国神社参拝を批判的に報じた毎日新聞記事を掲げ、「なぜ中国・韓国は批判し、米国は『失望』したか」など、記述式で回答させた。これを産経新聞(四月十六日付)が非難。元ヤンキー教師こと義家弘介(ひろゆき)衆院議員(自民)が同日の文部科学委員会で追及したのを機に、都教委が七月三十日、平野篤士校長(当時。以下同)と当該教員を呼び出し、”教育課程の適正実施指導”を強行。高校教育指導課の江本敏男課長は九月二十四日、「授業での使用教材等(定期試験問題含)を使用前に提出させ、(副)校長らが点検する」よう”検閲”指示の通知を校長宛に発出した。十月十五日の都議会決算特別委員会で金子一彦(かずひろ)指導部長が「参拝当日の安倍氏談話、恒久平和への誓い」を採り上げなかったから不適切だと答弁し、政府見解を教えさせる意図が鮮明だった。
教育のデジタル化で、文科省や保守系政治家、都教委等の権力者側が教育基本法第十四条・十六条に違反し、教育内容への「不当な支配」(政治介入)をしてこないよう、良心ある政治家や研究者、教職員、保護者は監視・分析・批判を強める必要がある。
※ 永野厚男(ながのあつお)
文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。
『紙の爆弾』(2024年3月号)
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